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六章、逆転、反転、繰り返し
116、聖夜に鐘鳴りて、星に願いを(メリクリ!)
しおりを挟む「君に花を、空に魔法を」
月下、聖夜祭のパーティ会場に魔術師の声が咲く。
「君に花を、空に魔法を。新国王陛下のばーか!」
僕の父でもある魔女家当主が指揮者みたいに杖を振っている。魔女家は祭事を取り仕切るのが大好きなのだ。
「当家に圧力をかけていた目の上のタンコブもいなくなったし、聖杯化は中止だ中止! うちの子は王家にはやりませんっ」
「魔女家が魔女家らしいことを言ってる」
「平和になった証拠ですね」
不敬極まりない父に、貴族たちは平和の象徴を見るように和ましい視線を注いでいた。
「あれでよろしいのです、本来魔女家とは権力には決して屈することのない……」
ネイフェンが誇るように肩をそびやかし、魔女家自慢を始める横で、ロザニイルは短杖を振って夜空に「魔女家はいちばんエライ!」という文字を描いている。
天の涯ては艶やかな深藍色の夜闇に沈み、贅沢に金砂銀砂を振り撒いたような満天の綺羅星が煌いている。
南の天頂にかけて紺青や瑠璃へと光を透かす空は、万華鏡や宝石箱のように幻想的で美しい。
「今年も一年、色々な事があったがみんな生き残ってエライッ」
「世界もまだまだ平和だぞい! 来年もこの調子でがんばろーうっ!」
魔術師たちが打ち上げる花火は色鮮やかで、空に描く模様も様々。
「わぁっ……!」
どん、どんと派手に鳴る花火の音と共演するような楽団の演奏は陽気で、胸をどうしようもなく躍らせる。
競うように夜空に花開く一瞬の芸術は華麗で儚くて、時間も呼吸も瞬きも忘れて見入ってしまう。
「ノウファム様、バターミルクパンケーキを召し上がれ」
僕が隣に座るノウファムに好物を切り分けると、ノウファムはちょっと微妙な顔をした。
「エーテル、お前はおそらく勘違いをしているが、俺は別にバターミルクパンケーキが特別好物というわけではない」
言いつつ洗練された所作で味わう横顔は、美味しそうだ。
「新国王陛下、ばんざーいっ」
「これより英雄王の冒険という我々が考えた人形劇を~」
モイセスがご機嫌で壇上にあがっている。手に新作のぬいぐるみを持って、アップルトンを相棒に人形劇めいたことをしているようなのだが……。
「あれは下げたほうがよいのではないか。というか、誰があの人形劇を許した? 俺は許可した覚えがないぞ」
ノウファムの心には響かないようだった。
お酒や料理は各テーブルに運ばれる以外に、会場中央にも集められていて、ハーフブッフェ形式となっていた。
「エーテルは、以前はあまり酒を嗜まない印象が……いや、なんでもない……」
お酒を飲み比べるように楽しんでいた僕に、ついつい以前に引きずられる調子でノウファムが首を振った。
手元にはライフルーツや香辛料を加えて紅茶を香り付けしたウィンター・ティーがほわほわと白い湯気をくゆらせている。
「……お兄様のお酒は……僕が選んで差し上げます」
「それもちょっと、媚薬を盛られたトラウマが刺激されるのだが」
「お兄様?」
「……選んでもらおうか」
ミルクに卵と砂糖を加えたエッグ・ノック。
フルーツや香辛料の香りが効いたグリューワイン。
香辛料入りの温かいりんご酒。
ワイングラスの中で金箔が舞うスパークリングワイン。
――眺めているだけで高揚する!
「全部を少しずつ……僕といっしょに飲み比べ……」
「こちらは、唇に触れるだけで陶然となりそうななめらかさですね! 滑らかな甘露が舌に躍り、心までも甘く潤される心地です」
甘露が爽やかに口中で躍り、弾ける気泡とともに幾重にも風味を咲かせていく。僕の舌も快調だ。
「こちらのしゅわりとしたゴールドピンクの気泡を湛える淡い春花色のワインは、可憐な香りがしますよ」
「エーテル、酔っていないか? 酒精はこれくらいにしておくといい。ホットチョコレートドリンクはどうだ。ほら」
「料理もたくさんありますから、お兄様がお腹いっぱいになれますね」
「酔い醒ましの魔法薬も入れておこうな」
「お兄様はお腹いっぱいになったら、ぐっすり眠って元気な王様になるんです。僕が料理を選びましょう」
「なぜ」
ネイフェンが後ろでうろうろしながら「お持ちしますよ坊ちゃん」とか「お席に落ち着いていてください坊ちゃん」とか言っている。可愛い。
並ぶ料理に目を輝かせる僕の背を、ノウファムが支えている。
「お兄様、過保護です」
「お前がふらふらしているんだ」
真っ赤に熟れたトマトを乗せてチーズを蕩けさせた火鳥の焼き肉。
パリパリの皮が美味しいフレスケスタイ。
キャラメル・ポテトにフライド・ポテト。
持ち手を綺麗に飾った艶々のローストチキン。
新鮮緑葉と互いに引き立て合うようなロゼ色のローストビーフ。
ひき肉をベーコンで巻いたスラフィンク。
レーズンやオリーブが入ったパン・デ・ハモン。
純白のクリームが清楚な丸いケーキ。
ラム漬けフルーツ入りのチョコレートケーキ、トルタ・ネグラ。
薔薇とルバーブのパフェ。
あったか焦げ目のクリームブリュレ。
初々しい苺のブランマンジェ。
ムースの上に雪の結晶をかたどったチョコ……。
「お前たち、何やってんだ」
ロザニイルが変なモノを見るような眼で僕たちを見ている。
「オレが言うのもアレだけど、王様と聖杯が二人して……なんかもっとあるだろ、身分に相応しい偉そうな過ごし方ってもんがよ」
「俺は王様ではない」
「これからなるんだろ」
ぎゃあぎゃあと賑やかに騒ぐロザニイルが、ふと会場の一点を指して目を丸くした。
「おい! あいつがいる!」
ふわふわとそちらを視た僕は、一瞬でサアッと酔いが醒める思いがした。
そこには、白いローブのステントスがいたのだ。
ノウファムはステントスに目を細めて、片手を上にあげた。
「俺が招いた」
「ふぁっ……?」
僕たちが目を瞬かせる中、会場の至るところに設置された巨大な板状の魔導具がパァッと光輝いた。
そして、清らかな鐘の音が響き渡る。
ひとつ。
ふたつ。
みっつ。
……たくさん!
「あ、……あの鐘……っ?」
「あの音は、清めの効果が期待できる。浄化の鐘だ」
ノウファムが各地で作らせていた鐘だ。
鐘に合わせて、歌が聞こえる。
「妖精族は、音楽を好むときく……」
北西の都市カンタータ、大森林の森妖精族の集落、獣人の国の都市ヘンドゥーク……魔導具板には各都市の映像が流れて、そこに生きる人々の活き活きとした笑顔が輝いている。
寄り道隊の人たちが指揮者みたいになって、鐘の音と歌の調子を取っていた。
『♪ながれる空の星に願いを』
『♪いとしきこの世の全てに感謝を』
『♪隣人に伝えよう 愛をつたえよう ありがとうと伝え合おう』
『♪清し この夜 雪降りて寒える冬は肩を寄せ合い暖め合おう』
会場のモミの木を飾る小さな鐘も一緒になって音を鳴らして、楽団が伴奏を奏でて、みんなが一緒になってひとつの歌を歌いあげる。
ステントスはそれをとても嬉しそうに聞いて、ゆらゆらとリズムにあわせて体を揺らした。
「ステントス――この者は、自然や妖精族のために救世を志した妖精の勇者であった」
歌が終わると、ノウファムが凛然とした声でその存在を語り始める。
「勇者はしかし、狂気の病に冒される――世界中の穢れや負の感情がその病を加速させていき、最後にはあの火竜のように苦しみながら破壊を繰り返すのみの存在へと変わっていく」
僕は大森林で観たノウファムの記憶を思い出した。
勇者ステントスは、とても痛々しい存在だった。火竜のよう、と言われれば、確かにそうかもしれない。
つまり、現在僕たちの近くで機嫌が良さそうにしているステントスは、火竜のように元々の自我に反して歪みつつある狂った妖精なのだ。
「ひとりの男が勇者と約束をした。勇者は約束を覚えていないが、男は約束を覚えている。男は勇者を救い、約束を果たすであろう」
ノウファムの声に、ステントスはゆっくりと頷いた。
そして自分に注目する王国民に仰々しく一礼して、夜に溶けるように姿を消した。
会場の王国民は話をどれだけ理解したのかはわからないが、つられるように盛大な拍手をして、かの元勇者妖精を見送った。
「酔いは醒めたのか? ……まだだな、肌に薔薇色が燈っていて、艶めかしいな」
菫青石の隻眼が僕を覗き込んでくる。
「ふ、……エーテル、クリームがついてるぞ」
唇の端に浮いたクリームを褐色の指先に攫われた。
僕はその指先を掬いあげるように自分の手で包みこんで、ぺろりとクリームを舐め取った。
「……」
お行儀が悪かっただろうか? ノウファムがちょっとびっくりした顔をしていて、楽しい。
「常々思っていたが、エーテルは罪深いな」
至高の宝石のように指先に大切にキスを降らせて、ノウファムは思い出したように填められていた臣従の指輪を外してくれた。
そして、ふわりと僕を抱き上げた。
「俺たちは兄弟水入らずで休むゆえ、あとは好きにせよ」
「おう、いちゃいちゃするんだろ」
ロザニイルが茶々を入れてきて、僕はほわほわと赤くなった。
そんな僕を機嫌よく見つめて、ノウファムがこめかみに啄むようなキスをしてから囁く声は、甘かった。
「エーテル。兄さんといちゃいちゃするか?」
僕がふわふわと運ばれる中、高い夜天の頂点に座していた星は瞬いて――するりと静かにすべり落ちていく。
――流れる星に願いを念じたら、叶うんだ……。
「お兄様、星が流れましたよ」
「不吉だな」
「不吉ではありません、お願い事をしたら叶うんです。何か願うんですよ」
ノウファムはネガティブだ。
前から感じていたけれど。
「お兄様が明るくて元気いっぱいでポジティブでなんでも打ち明けてくれる人になりますように」
「ロザニイルに言われることもあるが、エーテル……俺はそんなに陰気臭いか」
ちょっと気にするように呟いてから、ノウファムは小さく星に願いを捧げてくれた。
「エーテルが幸せに生きる未来を……」
声は優しくて、僕はすっかり浮かれてしまった。
「ノウファム様――いっぱい、僕といちゃいちゃしましょう……っ」
僕は元気いっぱい、ぎゅうっとノウファムに両腕をまわして抱き着いて、へにゃりと笑った。
「酔っている……」
くすくすと困ったように笑いながら、王様とお兄様がごちゃまぜになった彼が何度も何度も頷いて、僕は幸せな気持ちでいっぱいになったのだった。
***
メリークリスマス!
Wishing you joy, peace and good health this holiday season.
…健やかで平穏でハッピーな日でありますように。
読んでくださっている貴方にモチベーションを頂いて、今日のこのお話が書けています。
ありがとうございます。
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