魔女家の公子は暴君に「義兄と恋愛しろ」と命令されています。

浅草ゆうひ

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六章、逆転、反転、繰り返し

109、『二回目』のカジャと人類の敗北(SIDE カジャ)

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「兄上、調査隊に同行なさるのですか?」
 
 カジャがノウファムの部屋を訪ねると、ノウファムは愛剣を磨きながら頷いた。

「ああ。王族が同行することで、調査隊の士気も上がるだろう。民や臣下にも、王室が滅亡回避のために率先して動くのだという姿勢を示すことができる」

 言い訳のよう。
(きっとあのエーテルだ。兄上は、あの魔術師が気になるんだ)

 エーテル・スゥーム――カジャと同年齢の、赤毛の魔術師。
 いつもあの魔術師が登城とじょうするとノウファムはコッソリ姿を見に行く。
 声をかけるでもなく、ただ視線で追いかけているときもあれば、あの不遜な魔術師が王室なり高官なりに失礼を働いてトラブルになりかけてさりげなく助けてあげたりしているときもある。
 
(兄上のお気に入りなんだ。特別なんだ。あのエーテルという魔術師は) 
 
 ――好きなのだろうか。
 
 自身もお年頃であり、恋物語も嗜むカジャは身近な家族の春にワクワクした。
 
 惹かれるのもわかる。
 

「魔女家は王家を守ってあげてるんです! 力を貸してあげてるだけで、忠誠は誓ってないんですよ我が家は! そして私は魔女家の中でもと、く、に、エリートで天才ッ。どちらかといえば殿下たちが私に敬意を払うくらいでよいかもしれませんッ!」 
 あの無礼千万なエーテルは、無条件に敬われてきたカジャたちにあまり媚びへつらうことがない。そこがまず、新鮮だ。
 それに、偉そうで、生意気だけど、よく見ていたら結構純粋なところがあって、子供っぽくて、可愛げもある。
 人付き合いになれていない不器用さが感じられて、隙がある。一生懸命に調査の仕事に打ち込む姿は、憎めない。
 なにより、魔女家の特徴ある華のある髪色と活き活きとした感情に煌めく橙色の瞳は美しいし。
 すらりと伸びた若鹿のような肢体はしなやかで、立ち居振る舞いも目を奪われるような上品さと華麗さを兼ね備えているのだ。
 
 カジャはそう思いながら、唇を尖らせた。

「兄上がご不在になるとぼくはひとりになってしまいます……そうだ。ぼくもついて行ってよいですか?」
 カジャが尋ねると、ノウファムはとても驚いた顔をした。
「えっ? 何故、そのようなことを言い出すんだ。カジャは、調査隊にはいなかった……」
「? いなかったって、なんです?」
「あ、いや。なんでもない」

 誤魔化している。
 カジャはそう感じた。

(上辺だけの仲良し兄弟だ)
  
(兄上は、ぼくのことは全然お気に入りじゃない。特別でもない)

 そう思うと、カジャの心には冬めく風が吹く。
 兄の初恋らしき変化にワクワクし、応援したい気持ちと同居するように、一方の自分は孤独だ、というような寂しさがあった。
 
「……ついていきます」 
 半ば意地を通すようについて行った遺跡調査。
 
 ノウファムが手を伸ばし、エーテルの腕をぐい、と引く。自分の懐に抱き寄せるようにして氷像から守る兄は、初めて見る表情を浮かべていた。
 守られたエーテルが橙色の瞳にノウファムを映して、そこに初々しく甘酸っぱい感情が芽吹く。

(あっ、あの魔術師。兄上に優しくされて、触れ合って満更でもなさそうにしてないか……)
 カジャはドキドキした。

 兄の一方的な片想いだとばかり思っていたが、もしや相手の魔術師にも脈があるのか。

(それはあるだろう。ぼくの兄上は、格好良いのだ。強くて、立派な方だ。それに、そなたに特別優しいのだもの。いつもさりげなく便宜を図ってあげていて、無礼も許している……)

 気付いている? 魔術師。
 兄上はそなたを特別扱いしているって、気付いてる?



 ◇◇◇


 
 遺跡の調査を終えた後くらいからだろうか。
 
 ノウファムに引っ付くようにしていると、エーテルとは段々と会う頻度が高くなった。
 だいたいは兄の側がうろちょろとエーテルの所在地を聞いては近くに寄ったり、用事を思いついて呼びつけたりしていて、カジャから見ているととてもわかりやすい。

(兄上、その腰にまわしかけて躊躇ためらってる片手はなんです? ぐいっと触っちゃってよいのでは? あっ、ほら、逃げられちゃった……)
 
(兄上、用もないのに名前をただ呼びたいだけって、それはもう告白なのではありませんか。エーテルもちょっと嬉しそうではありませんか。脈があるならもうぐいっと距離を詰めてもよいのでは……あ、お仕事の話を初めてしまった……)

 そうしているうちに、父王リサンデルは暗殺された。
 暗殺事件でノウファムが負傷すると、エーテルは兄の隻眼を辛そうに見つめて、憔悴した様子で、人が変わったように殊勝に謝罪の言葉と王室への忠誠の誓いを繰り返す――カジャはエーテルへの好感を強めた。
 
(生意気なこの魔術師は、ぼくにとっては不快ではない。兄にとっても、愛しい存在なのだろう。ならば、ぼくは二人の幸せを願おうか)
 けれど、その頃には世界は「滅亡」の預言が真実味を増して感じられるほど各地に異変を発生させていた。

 異常気象に、魔物の群れの暴走に、狂妖精の大量出没。
 尋常ならざる強力な狂妖精の存在が確認されて、それが明確な害意をあらわに破壊行為を繰り返すようになると、その存在をなんとか討伐しようと各国が対策に頭を悩ませた。


 新王ノウファムはその存在に名前をつけた。

「あれを、ステントスと呼ぶ」

 そして、当時の獅子王と話をつけて、獅子王の有する稀なる名剣【妖精殺し】を借り、討伐すると宣言した。

「陛下、あの狂妖精の力は日に日に高まっているようです。今の時点ですでに魔力が及ばぬのですから……強めないといけません」
 この宣言を機にエーテルは聖杯との交わりによる魔力増強を推すようになった。

「もともと、聖杯とは王家の方が求められて魔女家が共同開発した禁術です。倫理観も問われるため、めったに使われることのない術でしたが、起死回生の最後の手段とはよく言ったもので」

「エーテル、そなたは何を……そんな手段、おぞましい……」
 
 魔女家の若者ロザニイルの血や唾液、精液などの摂取や、性行為を強要するエーテルと、拒絶するノウファム。
 それを眺めている間に、世界情勢はどんどんと悪化した。
 ステントスという狂妖精は、世界が荒廃するほど力を増し、なんだか苦しそうな、痛々しさみたいなものを感じさせるようになっていった。

 ノウファムは何度か【妖精殺し】を手にステントスの討伐を試みたが、不思議なことにステントスは【妖精殺し】で死なないどころか、理性を完全に消滅させた。
 苦しそうな、痛々しさみたいなものが【妖精殺し】で貫かれて消滅して、代わりに純然たる破壊の意思みたいな狂気だけが残り、ますます猛々しく暴れ出した。

 理性や苦痛を貫き殺し、狂暴で歪な何かを打ち消そうとして――【妖精殺し】は途中で砕け散った。
「この剣にも限界はあったか。限界を越えるほど力が集まりすぎていたか」
 ノウファムは悔しそうに言って、退いた。
「もう少し早い段階で使っていれば、あるいは」
  
 
 兄は、勝てなかった。
 そしてもう人間たちには、打つ手がないように思われた。

 
 
(このままでは本当に世界が滅びてしまう)
 
 カジャはその日、ロザニイルを犯したのだった。

「いや……だ……!!」 
 嫌がる体に無理を強いて発情を誘うようにして、カジャはロザニイルを抱いた。
 怖がり、快楽と欲求に屈して蕩けかけて、そんな自分が嫌だと泣くロザニイルは哀れだった。
「約束します、ロザニイル。そなたに辛い想いをさせたからには、必ず私は世界を……」

 カジャはそう言ってステントスを討伐しようとした。


 けれど、それでも敵わなかった。


「ロザニイル、ロザニイル。許してください。世界のためなのです」
「世界なんて知るか、滅びてしまえ、滅びてしまえ……!!」

 敵わぬならもう一度。
 それでも敵わぬなら、さらにもう一度。
 何度も、何度も。


「私の、元々の能力が低いから……」
 それに、ロザニイルの聖杯化も完熟していないからというのもあったかもしれない。
 魔力の増強は確実にされるが、ステントスが崩壊世界の負の感情を吸い取って強くなる速度に、追いつけない。


 そしてある日、ロザニイルは死んだ。
 自死だった。
    
 
 
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