魔女家の公子は暴君に「義兄と恋愛しろ」と命令されています。

浅草ゆうひ

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五章、眠れる火竜と獅子王の剣

107、真っ白な王様、お手を

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 僕たちが傷を癒したり王国に帰還する旅の準備をしたりして、数週間を獣人の国で過ごした。
 
 結局ワゥランは獅子王に決まったようで、王国勢に感謝を告げてくれた。

「あの中断した勝負が途中までのポイントでの決着扱いになりまして……狩猟ポイントでは負けていたのですが、素材活用がポイントを稼いでいたみたいで、王国の皆様のおかげです。それに、火山を巡る事件の解決に王国の皆様がとても貢献してくださったので、そこも考慮されたのでしょう」
 
 ズハオは膝を屈してワゥランに忠誠を誓い、それに対するワゥランが手を差し伸べて「我々は共に火山を登った友ではありませんか」と笑ったのが印象的だった。

 
 旅立ちの日は、あっという間にやってきた。
 王国勢が次々と飛竜の背に乗る中、僕はワゥランに近寄るネイフェンをじっと見ていた。
 金色の王冠の縁が、明るい陽射しにキラキラと輝いている。

 少し離れたところでは、火竜のうずくまる広場に新設された教会の釣り鐘が同じ色を煌めかせていた。
 
 一言、二言。
 言葉を交わして、ネイフェンがワゥランに一礼して、背を向ける。

 飛竜シンディの背にネイフェンが乗ると、ノウファムは出発の号令を下した。
 隊列を組む飛竜たちが先頭から順に地を蹴り、翼を羽搏かせて上昇する。
 
「わ、我々はッ、空を飛ぶのは初めてで……!!」
「ひ、ひぇえ」 
 ノウファムが『王国へお招き』すると決めたらしき砂漠の国の人たちが飛竜の背中で震えている。初飛行が怖いらしい。

「黒いローブの魔術師さん!」
 アップルトンがビクリと視線を向ける先で手を振り声を響かせるのは、火山を一緒に登っていた戦士たちだ。
「妖精族だから信頼できないと言ってしまって、悪かった……!!」

「魔術師さんたち! 支援の魔術助かったぜ!」
「箒に乗せてくれてありがとうございました……!」
  
 僕やロザニイル、箒隊のみんなが飛竜の背越しに笑みを交わし合う。

「友よ、我らは友好国として、人間族の滅亡回避のために協調しましょう」
 ワゥランがズハオと共に手を振っている。

 重力に逆らって高く昇る視界で、彼らがどんどん小さくなる。遠くなる。
 

「……王国に帰るのですね、ノウファム様」
 飛竜カレナリエンに乗せてもらった僕が問えば、騎手であるノウファムは頷いた。
 
「ノウファム様、カジャ陛下に旅のお話をしてあげましょうね」
「何故?」
「何故って、お土産話ですよ。冒険のお話は、陛下が好まれるでしょう?」  
 
 結構な長い期間、王国を離れていた気がする。
 そういえば戦争の準備とか不穏な話があった気がするけれど、どうなっているのだろうか。
 僕は出発前のカジャの姿を脳裏に思い浮かべた。
 
「ノウファム様。僕、お土産を買ったんです」
「誰に」
「誰にって、陛下にですよ」
「何故?」
「何故って……」
  
 短杖で空調を整えながら呟くと、視界の端に飛竜が数体ずつ小隊をつくって進路を変えて隊を離れていくのが捉えられた。
 王国に向けた帰路は数日掛かりで、途中で何度か陸に降りて休んだけれど、日に日に進路を変えて離脱する数が増えていく。
 王都にほど近い魔女家の領空を過ぎる頃になると、隊の人数は最初の三分の一くらいまで減っていた。

「あの、殿下。気になっているのですが、途中で少しずつメンバーが減っていませんでした? みんな、何処に向かったんです? みんなで帰るんじゃないんですか?」
 僕が問いかけると、ノウファムは思案気な声で頷いた。
「寄り道隊だ」
「よ、寄り道隊……」

 なんだ、それは。
 僕は半眼になってノウファムを視た。

「それよりエーテル、魔女家の領地が懐かしいな。塔も健在で」
 ノウファムはいつも通りのマイペースで地上風景を鑑賞している。

 確かに、生まれ育った故郷の土地は懐かしい。
 以前カジャに壊された魔塔も修繕されて、四方にそびえ立つ魔塔が術式の起点となり、魔女家の領地に結界を張っている。
 強固な結界は魔女家の魔技術の粋を極めていて、堅牢な結界を眺めていると僕の心の中には誇るような気持ちが湧いてきた。
 
「魔女家の魔技術は素晴らしいな」
 心を読んだようにノウファムが称賛するから、僕は思わず素直に頷いた。
「もちろんです。当家の魔技術は世界一ですから」
「四方の魔塔が魔力を集めて、結界の支柱となっているわけだ」
「そうですね。塔にはかなりの魔力を溜めていて、それを消費してあの世界一の結界を張っています。魔力量には余裕がある上、常に魔術師がいて、毎日魔力を供給しているので貯蓄魔力が枯渇する心配はなく……」

 
 季節の移ろいを感じさせる涼風がふわりと耳を擽って、後ろへと流れていく。
 王国の蒼穹を翔けぬけて、僕たちは王都へと帰還した。

 高度を下げて王城に向かう飛竜の群れに、都市の街道を歩いていた人々が顔をあげている。
 おじいちゃんと一緒に笑顔で手を振る子供もいて、僕はほっこりとした。
 
「平和そうでイイじゃねえか!」
 城内で待たされる間、ロザニイルは明るい声で言って、ノウファムとモイセスを意味ありげに見比べるように視線を移動させた。
 ちなみにモイセスは「山を鎮めた【妖精殺し】の剣が跡地を探しても見つからなかったので、これからもノウファムに剣を献上する係として頑張ります」と張り切っている……。
「んじゃ、弟陛下に元気いっぱい『ただいまー』って言おうか、オニイチャン?」
「オニイチャン……」
「そうだろうが? そうだろうがよ?」
 ロザニイルはお日様のようにニカッと笑い、供された茶菓子を上品につまんだ。
 そういえば、ロザニイルも大森林の迷宮でノウファムの記憶の映像を観たんだな――僕は今更ながらにそう思った。

「おかえりー、ただいまー、で、その後は帰還を祝う宴でもしてもらってだな。その次は聖夜祭だぞ。それが終わったらエーテルを俺にくださいってやって、陛下がいいよって仰ってくれるから、ちゃっちゃと婚約なり結婚なりすればいいのさ。そしたらまた祝宴ができるからオレはずーっと酒を飲んで楽しく過ごせるわけだ!」
 ハイテンションのロザニイルに、ノウファムが眉を寄せている。
「酔っているのか」
「茶菓子でどうやって酔うんだよっ?」
  
 ロザニイルの声は友人の温度感で明るかったから、僕はちょっと安心した。
 火山での一件以来、ロザニイルの様子は普通の友人みたいに戻っている。ノウファムとの仲も、まあまあ良好のようだ。

「お待たせいたしました。カジャ陛下よりお通しするようにと拝謁の許可が下りました」 
 帰参の報告が許されて王の間に通されると、そこには出発前と変わらぬ様子のカジャがいる。

 雪よりも白く透き通った白皙に、美しい銀の瞳。
 神秘的な銀色の髪――、
 精巧に美を追求した人形のような真っ白な王様だ。

 妖しげな唇が三日月のように笑みを象り、僕は懐かしい気持ちでいっぱいになった。

「おかえり、エーテル。兄上も」

 嬉しそうに微笑む表情は、過去の世界の記憶で観たカジャの面影が濃い。
 白い頬が微かに薔薇色に上気しているような気もする。
 玉座から立ち上がり、いそいそと距離を縮める様子は、本当に嬉しそうだ。
 
「カジャ陛下。僕、お土産がございます。それに、旅のお話も」
「ほう。エーテルは可愛いね。私にお土産をくれるのかい? 旅のお話も、きかせてくれるのだね? お前は本当に良い子だね……」 

 上機嫌のカジャに微笑み返す僕を追い越すようにして、ノウファムが前に出る。
 背中のマントをふわりと広げて膝をつき、カジャに帰参の文言を唱える姿は威風堂々として生真面目な感じがして、まるで従順な臣下。物語に出てくる騎士のようだ。

「陛下。俺もお土産がございます――」
 ノウファムが爽やかなお兄さんな声で言えば、カジャは目を瞬かせてふっと唇を指で押さえた。

 ――嬉しそうだ。それを、隠してる。

 僕はカジャを見てそう思った。

「――お手を」

 ノウファムが王様に忠誠を誓う騎士みたいな優しい声で言うと、カジャは少年に戻ったような顔で頷いて、意外なほど素直に手を差し出した。

 ノウファムが懐から小さな指輪を取り出しカジャの指に填めるまでをのんびりと見守って、一拍置いてから僕は間抜けな声を零した。


「……えっ?」


 硬直するカジャの指に填められた金属の輝き――それは、とても見覚えのある指輪だった。
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