魔女家の公子は暴君に「義兄と恋愛しろ」と命令されています。

浅草ゆうひ

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五章、眠れる火竜と獅子王の剣

106、お前を自由にしてあげる

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 ――窓から差し込む光が柔らかくて、あたたかい。
 薬の匂いがする。

 眼を開けると僕はベッドの中にいて、ロザニイルがベッド脇で座って寝ていた。
 視線をそろそろと動かして手を持ち上げると、手は動く。包帯がぐるぐる巻いてあって、薬が塗布されているようだ。
 脚も動かせる。かなり怠い。

 僕が自分の体の調子を確かめていると、ロザニイルがうにゃうにゃと言葉を成さない呟きを零して、薄っすらと目を開けた。
 ぱちっと目が合うと、ロザニイルはガバッと勢いよく起き上がった。
 
「エーテル! お前、起きたのか!!」
 豊かな自然の象徴みたいな緑の瞳が、キラキラと輝いている。
「おい。お前、おい。オレ心配、おい、い、いいい痛いか? つらいか? おい、これ薬、オレ魔術……」

 ロザニイルの言葉がめちゃくちゃだ。何を言ってるかわからない。いいや、わかる――心配してくれてたんだ。
 その瞳がうるうると透明な涙の膜を湛えていて、僕は綺麗だなと思った。
 
「大丈夫……」
 言葉を発してみたら、別人みたいに枯れていて弱々しい声だった。
 でも、思っていたより全然元気だ。
「僕、死ぬかと思った。でも生きてるのは、みんなが助けてくれたんだね。お薬とか、治癒術のおかげだね、ありがとう」 
  
「ああ。まだ全部治せてないけど、治るからな。みんなで交代で治癒術をかけて、すぐ全快させてやるからな」 
 ……泣きそうな顔で言うじゃないか。
 僕はつられて鼻の奥がツンとするのを感じながら、小さく頷いた。

「坊ちゃん! 坊ちゃん……!!」
 ロザニイルが差し出してくれる木の椀から薬湯を啜っていると、荷物を抱えて部屋に入ってきたネイフェンがベッドに駆け寄ってきた。
 
「ああ、お目覚めになられて! 無茶をなさって……」
「ネイフェン」

 僕の手を握るネイフェンの手が、不思議な日常感をくれる。
 手にあたる肉球がぷにっとしているのが気持ち良くて、僕は「ああ、生きてるんだな」と実感した。そして、ドキドキしながら大切な名前を口にした。

「ノウファム……様は?」
「あいつは生きてる! 大丈夫だ!!」
 ロザニイルが泣き笑いみたいな顔をして拳を握る。
「あいつ、どんだけ負けても起き上がる奴だから。殺しても死なねえから。頑丈だから!」
 ネイフェンがカクカクと頷く。

「いき、てる……」
 その一言が、聞きたかった。
 その事実は、喉を潤す薬湯よりも甘やかに瑞々しく僕に浸透していった。
「ええ、ええ。ただ、殿下は起き上がることがまだ出来ず……坊ちゃん同様に意識もまだ戻られず……、っ!?」
 

「殿下ぁっ! まだ動いてはいけないのでして、……殿下ぁぁっ!!」 
 部屋の外からモイセスの絶叫が聞こえてくる。

 がしゃん、とかどすん、とか重たい物体が倒れたり衝突するような音が何回か聞こえる。
 騒がしい音と声が近づいて。
 
「エーテル……ッ!」

 部屋に飛び込んできた人物が、他の何も目に入らないといった様子でまっすぐに僕に駆け寄ってくる。

「エーテル、エーテル、エーテル……!!」

 ノウファムだ。
 全身包帯だらけで、ぼろぼろになって、目元に濃い隈を浮かべて狂乱するようなギラギラ血走った眼をしたノウファムが、僕をぎゅうっと抱きしめている。
 生きてる――生きている。僕たち揃って、生きている。

 なんて呼んだらいいだろう、この人のことを?
 僕はなんて呼ぶのが相応しいのだろう?
 
 殿下?
 お兄様?
 ――ノウファム?
 
 
「……ノウファム、様……」

 
 ぽつりと呟く声にその人が頷く。

 濡れた頬はちょっとひりひりして、包帯と包帯を引っ付けてその下の体温を伝え合うみたいにくっつくと、痛くて、愛しくて、嬉しくなった。




 ◇◇◇


 
「火山は死山に戻りつつあります。獣人たちは時間をかけて火山に浄化参りやお供えをして、その怒りを鎮めて自然と共存していく方針に舵取りをなさいましたぞ」
 
 動けるように回復した僕がネイフェンに教えられて都市の大広場に行くと、そこには傷付いた火竜が鎮座していた。

「巫様は、元々あの竜体で長く過ごしていらしたところに噴火口への強行で激しい肉体的損傷を負い、魔力も使い果たされたようで……なにより、御心が疲弊しきっていて、もうあまり身体を動かすことができないようです」
 穏やかに語るネイフェンの声は、ちょっと切ない。
「獣人たちは危険を承知で巫様を都市に運び、ああやって懸命にお世話しておりまして」
 
 
 火竜の周りには、獣人たちがたくさんいる。
 みんながそれぞれの手に食べ物やお薬を抱えている。お花を近くに飾る人もいた。
 
「巫様……、美味しいお水をもってきたんです」
 小さなリス族の男の子がそう言って両腕で一生懸命に木桶を掲げて。
「お兄ちゃんとお花を摘んだの。とっても綺麗なの」
 男の子の背中からひょこんと顔を出して、妹らしき女の子がお花を置く。
「お花は元気をくれるって、お母さんが言ったのよ」

 チュエン爺が震える手で火竜の傷に薬を塗り、甲斐甲斐しく鱗を撫でている。
「……巫様、……巫様……ああ、先に逝った古き同胞ら……我が友……あいつやあいつに、巫様が我らを裏切っていなかったのだと教えてやりたいわい……」
 その隣にワゥランの姿があって、僕はネイフェンを見上げた。

「ネイフェン……」
「はい、坊ちゃん?」
 猫の眼が僕を見つめ返してくれる。
 
 僕のお気に入りの眼だ。
 僕のお気に入りの距離だ。
 僕が手に入れた、僕の騎士だ。

「……お前が望むなら、ここに残ってもいいんだよ」

 良いご主人様って、どんなのだろう。
 従者の望むことを許してあげて、幸せにしてあげるのが好いのだろう。
 手放したくないと思っても、手放してあげるのがきっと、良い――、


 じわりと目が熱くなる。

「坊ちゃん」

「ぼ、僕。お前を自由にしてあげる……、」


 檻から出してあげたんだ、この僕が。
 忠誠を誓ってくれたんだ、この騎士が。

 ふわふわで、優しくて、絶対に僕の味方をしてくれて、あったかくて、可愛い。
 そんな彼は、彼は。彼にも家族がいて、戻る場所があるんじゃないか。

 ぎゅっと目を瞑る。
 惜しむ気配を出しちゃ、だめだ。
 全然気にしないよ、お前は故国に戻って、家族と暮らして、いつか良い人を見つけたりして……幸せにおなりって言うんだ。

「坊ちゃん!」

 強い語調で言われて、ハッとする。
 ふわっと猫毛に覆われた手が僕の頬を包んでくれて、地面に膝をついたネイフェンが僕をまっすぐに見つめていた。
  
 猫の眼は透明度の高い宝石みたいで、綺麗だった。

「私は坊ちゃんの騎士ですぞ。力が及ばず、あまりお守りできているとは申せないのが心苦しいのですが――このネイフェンの故国は、今はもう王国なのです。ネイフェンの家族は――魔女家の皆様や、ハネムーン隊の皆様や、坊ちゃんなのです」
 
 はっきりとした声が、僕にその意思を響かせる。
 拾った時からあまり変わらない調子で、柔らかに、あたたかに。優しく。

「これからも、私を坊ちゃんの騎士でいさせてくださいませんか。それが私の幸せなのです」

「ネイフェン……!!」
  
 ネイフェンをぎゅうっと抱きしめると、陽だまりの匂いがした。

「僕、それがいい。そっちがいい。僕、ほんとは、本当は、お前がいなくなるのが嫌だ……!!」

 ネコの手は弁えた従者の温度感でそわそわと後頭部のあたりを彷徨ってから、ぽん、と柔らかに背中を叩いてくれる。あったかい。 

 ――だって、だって、だって、だって、だって。
 
 僕のお前なのだもの。
 僕の騎士なのだもの。
 一緒に帰るんだ。
 
「一緒に、帰りましょう」

 ネイフェンが笑ってくれて、僕は何度も何度も頷いたのだった。
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