魔女家の公子は暴君に「義兄と恋愛しろ」と命令されています。

浅草ゆうひ

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五章、眠れる火竜と獅子王の剣

103、この山は、生きている

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 ズハオが【妖精殺し】の剣を献上すると、ノウファムは鞘から剣を抜いて数回確かめるように振り、満足気に頷いた。
 そして、息を詰めて見守っていた周囲に視線を巡らせた。

 青い隻眼がチュエン爺の熱心な視線と出会い、止まる。
「殿下。先ほどの出来事は……火竜は」
 チュエン爺が皺がれた声で問いかけると、ノウファムは自身のあごに手を当てて何かを逡巡する気配を見せた。
「先程は、……寝惚けた。すまなかった」

 誰の耳にもそれが嘘だとわかる、虚しい言葉だ。
 しかし、他者が口を挟もうとした時――ノウファムは【妖精殺し】の剣身に指を滑らせた。指先から伝う魔力が剣に注がれると、夜がその周辺だけ遠ざけられたように眩い光が一瞬スパークして、剣身が力を湛える。ひびひとつ入らない。

「おお……」
「壊れない!」
 王国勢が思わず歓声をあげると、他国勢は不思議そうな顔をした。
  
 皆が見守る中、ノウファムは【妖精殺し】を苛烈に一閃させ、地面を斬りつけた。衝撃は凄まじく、小爆発が起きたような光が剣の軌跡に導かれて弾けて、地面が大きく破砕される。土くれや石が飛び散る中、咄嗟にアップルトンが魔術を使って周囲を守っていた。

「見るがよい」
 ノウファムの静かな声が注意を促し――ぐらりと周囲の地面が震えて、揺れる。

「地震かっ?」
「いや、これは……」

 破砕された地面を中心に、どくん、と大きく脈打つ鼓動が感じられる。
 不気味に震える足元に、大きく気脈のような――人間でいう血管の筋のようなものがムキムキと浮き上がった。

「ひょえっ、地面が変だぞ!」
 ロザニイルが思わず箒で飛び上がり、気味悪がっている。

 震える地面はやがて、破砕された場所に周辺の土をもりもりと寄せた。
 そして、ノウファムに抉られて出来た大地の傷痕は修復されて元通りの地面へと姿を変えたのだった。
 
 
「この山は、生きている」
 

 ノウファムが息を紡ぎ、剣を鞘に納めてしゃがみこんだ。

 それを視て僕は、出会ったばかりのノウファムを思い出した。
 疲れてる――こっそり疲れて、休んでる。
 
「お兄様。貴重な知識を共有してくださるのですね」
 僕はそっと傍に寄って、震える地面に膝をついた。魔女家の紋章入りの白いハンカチで額の汗を拭うと、ノウファムは少年のような顔で目を細めた。
 
 ――きっとあの頃は、ノウファムも以前の記憶をまだ持っていなかった。

「ありがとう、エーテル」
 ハンカチを動かしていた手を取って自然な仕草で甲に唇を寄せ、小さく囁く声が甘く僕の耳朶を震わせる。

 子供の時と違うなと思うのは、こんな時だ。
 頬がふわふわと上気して、照れてしまう……。いや、それどころではない状況なのだけど。

「お前は可愛いな」  
 僕の頭をぽんと撫でて、ノウファムは立ち上がった。そして、チラリと僕を視てから言葉を選ぶ気配をみせた。
 
「俺の知識によると、世界に蔓延る負の感情、怨念――それらに影響され、【オルグ火山】は病んだ。ここに生息する獣も妖精も、山に影響を受けて暴性を高められている。火竜もまた、同様」
  
 言葉はどこか不器用な気配を感じさせて、説明に苦慮している様子だ。

「しかし、チュエン殿のおかげでわかったことがあるのだが……火竜は狂暴になりつつあるが、それを抑える心も健在であるらしい」
 
「あの火竜は、理性を持っていました。暴性に抗い、人を襲うのをやめようと葛藤する様子がありました」
 チュエンが震える声で呟く。
 小さな声は、とても切なそうだった。
「あの時、ほんの一瞬感じさせた気配は、あの気配は……」
 
 声が途切れたチュエンの肩をワゥランが心配そうに抱く。猫の眼が険しい色を浮かべて、ノウファムを視た。
「ノウファム殿下、病んだ山が元凶ならば、この後はいかがなさるのです?」

 ノウファムは飛竜カレナリエンの傍に寄り、黒檀色の飛竜の首を撫でた。
「俺は噴火口に行き、この【妖精殺し】を使って山を鎮めよう」
「……では、山は鎮められるのですね」
「ああ」
 
 声は自信に溢れていて、皆が安心した様子で表情を明るくする。
 ノウファムは飛竜カレナリエンの背に乗り、声を降らせた。
 
「俺は行くが……そなたらは山から下りてもいい」


「えっ……」
 
 飛翔するカレナリエンは、地上で自分たちを見上げる人間たちなど知らぬとばかりにぐんぐんと高い空にのぼっていった。

「いやいや、殿下! 何を仰います!」
 モイセスが慌てて兄弟竜のグエルリンデに乗り、後を追う。
「おひとりでは行かせませんぞ! 剣が壊れないからと言ってこのモイセスを用済みみたいに扱われると傷付きますぞ!」
  
 その後を王国の飛竜隊と箒隊がついていき――獣人たちも地上行を再開して、一行は再び山を登り始めたのだった。
 
  
「負傷者や疲労の激しい方には、応急処置みたいなものですが治癒術をおかけしますよ」
 アップルトンが箒で低空飛行しながら獣人たちに術を配っていく。
「高い所が苦手じゃない方は箒に相乗りもできますよ」

「ノウファムはさ、やっぱ、なんか言葉がタリナイよな」
 箒で飛ぶロザニイルが飛竜カレナリエンを視て唇を尖らせている。

「あのう、さっき仰っていましたが、火竜の気配について何か感じ取られたのでしょうか?」
 僕は箒に同乗したチュエン爺にソワソワと問いかけた。
 チュエン爺は、先ほどからずっと様子がおかしい。思い詰めた感じなのだ。

「ええ、ええ。……気になる感じがしたのです」
 弱々しい声がとても気になる。
「どのように?」
 釈然としない「気になる感じ」を言語化するのが難しいのかな? 僕は首を傾げて、取っ掛かりになるような言葉を探してみた。
「例えば、……僕、ノウファム殿下がチュエン殿を人質みたいに扱ったのが気になっています」
 
 飛翔するうち、どんどん空気が熱くなっていく。
 異常に高まる外気温に、魔術師たちが次々と杖を振って人身の周囲の気温を下げる魔術や毒気を和らげる魔術を配った。  
 
「火竜は、元々獣人の国の皆さんと親しい生き物だったわけでもないのでしょう? けれど、獣人の生命が惜しいというのでしょうか」
 短杖を振って魔術を操りながら言えば、チュエン爺が頷いた。
「火竜は、元々がこの地域の生態系の頂に君臨する猛々しく危険な野生の生き物。獣人の国の民を餌としか思っていない生き物でした。獣人の生命が惜しいなど、感じる心はありますまい――火竜には、ありますまい……」

 視界に噴火口が視えてくる。
 円形でぱっくりと空いた、くぼみ状の地形――、

 そこには、沸々と煮立つ赤い灼熱の湖があった。
 近寄っただけで炎を上げて燃え上がり、炭化してしまいそうなマグマの湖だ。
 
「煙が出て……」
「おい、活火山じゃないか」
「ちょっと前まではこんなんじゃなかった! いつの間に……」 
  
 動揺の声が方々から上がる中、悲鳴もあがる。

「火竜だ。火竜がいる」

 噴火口の上空で、火竜が唸り声をあげてぐるぐると飛翔している。
 

 ――その姿に、僕の背中から声が零れた。

 
「……かんなぎ様……!」
 

 悲痛な声。
 必死な叫び。
 老いたチュエン爺が全身の力を振り絞るようにして放ったその呼びかけを耳にして、僕は杖を躍らせて魔力を持たせた。

 小さな獣人の声が、あの竜体に届くように。
 誰よりも大きく、まっすぐ響いてその心が伝わるように。

 息を吸う体の動きが背に伝わる。

 もう一度、チュエン爺が声を響かせる。

 
かんなぎ様ぁっ……!!」
 

 必死なその声は――届いた。

 火竜はゆったりと翼を上下させ、にわかに理性の気配を強く纏って、僕たちの目の前に飛んできたのだった。
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