魔女家の公子は暴君に「義兄と恋愛しろ」と命令されています。

浅草ゆうひ

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五章、眠れる火竜と獅子王の剣

93、虎族と砂漠の国、ネコ族と王国、対立関係

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「失敬、失敬。どうも酒精には弱いものでして……」
 
 ワゥランは従者が差し出した薄紫色の果実を受け取り、パクリと口に放り込んだ。ひとくちサイズの実はぷるんとしていて、王国では流通していない珍しい果実のようだ。

「クレーバスの実です。覚醒効果があるのですよ」
 ネイフェンがコソッと教えてくれる。僕が興味を抱いたのがわかったらしい。さすがだ。

 僕がネイフェンにこっそり感心していると、ワゥランは試練について情報共有してくれた。
 
 かんなぎがいなくなった後、この国では次代の獅子王を選ぶ者がいなくなった。
 その結果、獣人たちは次代の獅子王をみんなで選んでいるのだとか。
 世襲制ではなく、実力主義だ。
 試練とやらを課して、優秀だと認められた者に継がせるようになったらしい。
 
「最大5回、ランダムなくじ引きで決まる試練を引き、獅子王にならんとする二者が同時に試練に挑むのです」

 僕は説明を聞きながら、都市内で見かけた試練引きの光景を思い出した。
 なるほど、箱の中から紙を引いていた。
 あの紙に試練の内容が書いてあるのだろう。
 
「試練は獣や魔物を狩猟するよう求められたり、希少な素材や商材を必要な数揃えるように求められる内容が多いです。狩猟・獲得数や速度を競わせ、その試練でどちらが秀でていたかを決めます。最終的に三勝した者が獅子王に決まるのです」

 ワゥランはふわふわの猫の手を出して、指を折り曲げてカウントしてみせた。肉球がピンク色で可愛い。

「現時点で、私たちは4回目の試練の真っ最中です。これまでの結果は、虎族のズハオが1回。私が2回勝っています」

「ワゥラン殿があと1回勝てば獅子王に決まる段階なのですね」

 逆に、ズハオが勝てば5回目の試練をすることになるわけだ。
 話がわかってきたぞ――僕はウンウンと頷いた。

「4回目の試練は、狩猟能力と獲得した素材活用能力を魅せる、という内容です。【オルグ火山】に巣食う魔物――火鳥や火蜥蜴を決められた期間中にたくさん狩り、という……あの火山は、危険な生き物がたくさん住んでいて人里にも度々魔物が来るものですから。有害な生き物も減らせて、一石二鳥なのですよ」

 ワゥランはそう言って、狩猟大会の日程を教えてくれた。

「虎族は狩猟が得意です。それに、王兄殿下が仰ったように領土拡大にも熱心で、反妖精派でもあります。私は、先代の獅子王陛下がことを残念に思うのと同じくらい、王兄殿下のハネムーンを虎族が邪魔してしまった事実を残念に思います」
 
 穏やかな声で告げられた言葉は、とてもわかりやすく友好の意思を伝えていた。
 ワゥランは先代の獅子王の死因を事故ということにしてくれるし、王国の親妖精方針に同調してくれるというのだ――視界の端で、ネイフェンがヒゲを扱いて目を細くしている。ワゥランの台詞が気に入ったようだった。
 ちなみにノウファムは? と視線を向けると、葡萄酒を気に入ったのかくいくいとグラスを傾けている……。

「それって、僕たちが貴方に表立って協力して良いのでしょうか?」

 僕が問えば、ワゥランはその点を保証してくれた。
 
「資金を用いての傭兵調達能力や、人望により義勇の仲間を集める能力も評価されます。王国の皆様を味方につけたとなれば、私はそれだけで大きく評価を上げるでしょうね」
 
 その場合、ズハオが獅子王になったら僕たちの立場って微妙なことになるんじゃないだろうか――疑念を胸にノウファムを見れば、ノウファムは僕の心中を知ってから知らずか、柔らかな微笑みを浮かべた。

「詳細は明日詰めることにして、今日はここまでにしようか」

 
 屋敷を出ると、夕映えが美しく都市を彩っていた。
 黄色、オレンジ、赤。
 情緒に訴えかけるようなグラデーションを魅せる沈みかけの太陽は、都市の建物や人を茜色に染めている。
 
「あ……」
 宿に向かう小道で、僕はズハオとその従者たちを見付けて足を止めた。それが、ちょっと狭い場所――建物と建物の隙間の暗がりだったものだから、僕はとっても気になった。
「おおおお待ちください殿下、あそこに気になる人がいます。ほら、あんなところに」 
 咄嗟に飛び出た言葉は我ながら意味不明だけど、ノウファムは理解した様子で自分も足を止めて、待ってくれるようだ。

 ズハオは僕は欲しかった剣――【妖精殺し】を持っている。
 それに、目元以外布で覆い隠した人たちと一緒にいるじゃないか。
 布で覆われた身体はシルエットしかわからないけど、尻尾も耳もないように視える。

【資金を用いての傭兵調達能力や、人望により義勇の仲間を集める能力も評価されます】 
 ……ワゥランの言葉が早速思い出される。
 
 布の色は白だったり青だったりして、足音も立てていて暗殺者っぽくはないけれど――?
 
「遠路はるばる手勢を派遣してくださり、ありがとうございます」
 ズハオの声が聞こえる。
「砂漠の国の方々が協力してくださるならば、我ら虎族の勝利はもはや決まったも同然ですな!」
  
 これ、アップルトンがよく使っているのと同じ防諜魔術だ――僕は気付いた。
 ――あの布塗れの人たちは、砂漠の国の人たちだ!
 
「ズハオ殿には1日も早くこの国を掌握していただかねばなりません。かの魔王カジャはこうしている間にも砂漠の国への侵略準備を進めているのですから」
 砂漠の国の人たちの声が聞こえて、僕はドキドキした。
「ライス殿、お任せくだされ。魔王カジャは化け物ですが、王国軍自体は弱兵にござる。南西の貴国と東の我が国とが堅い絆を持ち相対すれば、かの王国の名が過去の国として歴史書に刻まれる日もそう遠くはありませぬ」

 ――わあ。『敵の敵は味方』だ。この人たち、とても危険な会話をしているよ!?

 ワゥランと僕たちみたいに建物の中ですればいいのに。
 僕はついつい心の中でツッコミをいれつつ、ノウファムの袖を引いた。
 
「殿下、殿下」
「お兄様だ」

 いつもの返しを聞きながら、僕はウンウンと頷いて耳に口を寄せた。

「ズハオ殿がお話しているのは、砂漠の国の方々のようです。あの方々、手を結んで王国を東と西で挟んで敵対しようってお話なさっています」
 
「そうか」

 ノウファムは淡々と頷き、僕の腕を取った。

「何処へ行く、エーテル?」
「んっ……」
 
 言われて気付く。
 僕は今、ズハオに近付こうとして足を向けかけたのだ。
 
「殿下、ズハオ殿や砂漠の国の方々を放置していては危険なのではないでしょうか? 何か干渉したほうがよいのでは……、僕は、そう思うのです」

 言い訳するみたいに舌を動かしながら、僕の眼はズハオの携行する剣に向いていた。

「……それに、あの剣。世界に二つほどしかない、ノウファムの魔力に耐えられる剣だ」
 独り言のように呟く身体が、ふわりと抱きかかえられる。

「その……一番生意気だったときに戻ったような親しい距離感の呼び方と喋り方は嬉しいが、剣は必要ないぞ、エーテル」
 ノウファムは僕を抱き、宥めるように軽く身体を揺らした。なお、僕は一番生意気だったときとやらの記憶がないのだが……。

「剣なら壊してもモイセスが新しいのを用意してくれる」
「……剣を壊すのはもったいないです……壊れない剣を持っていた方が絶対良いです……」

 冗談だか本気だかわからないことを言いながら、ノウファムは宿に向かった。

「俺たちがワゥラン殿を勝たせるのだから、ズハオ殿が勝利した後の未来を気にする必要はない」

 ノウファムの声には余裕が感じられて、僕は安心感をおぼえつつも剣のことが気になって仕方なかったのだが……、

「おかえりー! 遅かったなあ!!」
 
 僕たちを出迎えてくれたロザニイルの後ろに白ローブのステントスが当たり前のように立っていたので、それを見た瞬間に僕の頭は「????」でいっぱいになって、剣どころではなくなったのだった。
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