魔女家の公子は暴君に「義兄と恋愛しろ」と命令されています。

浅草ゆうひ

文字の大きさ
上 下
88 / 158
五章、眠れる火竜と獅子王の剣

87、俺はシェアなどしないぞ。

しおりを挟む
 僕たちの王国と、この獣人の国は現在微妙すぎる関係だ。
 彼らの視点で考えてみれば、王国というのは無軌道で油断のならない存在。
 
 元々、カジャは積極的にその絶大な魔力で周囲の小国を征服し、国土を広げていた。
 若き国王カジャは、理屈も道理も知らぬとばかりに権力を奮っていた。開拓王の政策を無理やり中断させたり、王兄や聖杯を見世物のように虐げたり、魔王という不吉な称号を名乗って『気分しだいで私が世界を滅亡させる』と言ったり。にもかかわらず演説では滅亡回避を唱え、まるでわけがわからない。
 しかも、カジャが招待した船上パーティの事件では獅子王が『人魚族に誅罰された』などと主張しているが、人の口に戸は立てられぬとはよく言ったもので、カジャの船上での蛮行はしっかりと世に広められているのだ。カジャに「広めろ」とけしかけられた吟遊詩人も恨みを抱いてか、情報拡散に一役買っている。

 僕はカジャがあの夜に悪役として死んでノウファムを英雄王にしたかったんだとわかっているけれど、そうでない人たちにとっては本当に「狂ってる」と言われても仕方ない――しかも、また戦争の準備をしているらしい……。

「カジャ王め、我らの王を殺害しておいて人魚族に誅罰されたと偽り、滅亡回避の旗頭みたいな顔をするとは」
 獣人族の怒りの声がそこかしこから聞こえてくる。
 森妖精より敵意が高い。
 
「アップルトン、これは警戒というには敵意がありすぎるんじゃないか」
「お立場的に仕方ないでしょう。大変だったんですよ」
 一体どうやって受け入れてもらったのかはわからないが、アップルトンは片手でお金のマークをつくって都市【ヘンドゥーク】の宿へと一行を案内した。
「森妖精の集落を襲おうとして失敗した直後というのもあるかもしれませんね。追い払ったのもステントスでしたから、ぎりぎり我が国とは敵対せず……かなり、ぎりぎりです」
 
 アップルトンはローブのフードを目深にかぶり、慎重な気配をみせている。
 この国は妖精種に良い感情がないので、妖精種の特徴的な耳を視られたらマイナスに働くのは間違いない。
 
「……ああ、あとは、ノウファム殿下はカジャ陛下と対立関係にある王兄殿下として彼らに認識されているようでして、敵の敵は味方と」
 アップルトンは軽く身震いしながら言葉を続けた。
「代表がカジャ陛下だったらもっと殺伐とした出迎えになっていたでしょうね。下手したら私とモイセスは首だけになって殿下をお迎えしていたかもしれません」

「なるほど。カジャ陛下の敵同士、仲良く手を結ぼうという……」
 僕は微妙な顔でノウファムを視た。

 ――ノウファムは、カジャをどう思っているんだろう。
 過去の世界では二人は仲の好い兄弟だったが、今回の世界では最初から敵対関係だ。カジャがそう仕向けたのだ。
 ノウファムは過去三回分の人生の記憶がある様子なのだが、現在のカジャへの心情は果たしてどのようなものなのだろうか……?

「荷物を置いたらさ、観光しようぜ! オレはオークションに行ってみてえよ!」
 ロザニイルが獣人たちの剣呑な気配に早くも慣れた様子で笑っている。

「坊ちゃんたち、お出かけには護衛をちゃんと連れて行ってくださいよ」
 アップルトンは自分は部屋に引き篭もる気満々で、護衛を手配してくれた。
 
 護衛の小隊の指揮を執るネイフェンは自分の故郷とあって堂々としていて、獣人たちの視線も彼に注がれる時は警戒が和らげられている。

「気を付けて行っておいで」
 モイセスを伴って都市の偉い人と話し込む様子のノウファムは、そう言って僕の頬にキスをした。
「ご覧のとおり、殿下のこれは婚前ハネムーン旅行なのでして……我々には貴国への敵意もなければ、カジャ陛下への反意もなく……」
 モイセスが懸命に旅の目的を説明している。
「聖杯はカジャ国王の番ではないのか? 人前でもよく我が物顔で愛でているときいているが」
「あっ、そこはですね、えー、ご兄弟仲良くシェアしておられ……」
「モイセス、何を言っているんだ。俺はシェアなどしないぞ。俺のエーテルは俺だけの聖杯だ」
「殿下ぁっ!!」
 モイセスがおろおろしているのを背に、僕たちは外に出た。
 
 外は良い天気だ。
 モイセス、がんばって……。

「僕、モイセスに胃薬を買おうと思うんだ」
「それは良いアイディアでございますね、坊ちゃん」
「ネイフェンはこの都市に詳しい?」
 僕が問いかけると、ネイフェンは懐かしむような眼で頷いた。
「ええ、ええ。よく知っておりますとも!」
 
 大きな天幕に覆われた店が両側にずらりと並ぶ通りは、物と人でいっぱいで、活気がある。
 
 ロザニイルが目を輝かせて僕の手を取り、「あっちの店みようぜ!」とか「これ食おうぜ!」とかはしゃぎまわると、ネイフェンたち護衛は微笑ましそうにしながらゆっくりと後ろをついてきてくれた。
しおりを挟む
感想 2

あなたにおすすめの小説

異世界転移で、俺と僕とのほっこり溺愛スローライフ~間に挟まる・もふもふ神の言うこと聞いて珍道中~

兎森りんこ
BL
主人公のアユムは料理や家事が好きな、地味な平凡男子だ。 そんな彼が突然、半年前に異世界に転移した。 そこで出逢った美青年エイシオに助けられ、同居生活をしている。 あまりにモテすぎ、トラブルばかりで、人間不信になっていたエイシオ。 自分に自信が全く無くて、自己肯定感の低いアユム。 エイシオは優しいアユムの料理や家事に癒やされ、アユムもエイシオの包容力で癒やされる。 お互いがかけがえのない存在になっていくが……ある日、エイシオが怪我をして!? 無自覚両片思いのほっこりBL。 前半~当て馬女の出現 後半~もふもふ神を連れたおもしろ珍道中とエイシオの実家話 予想できないクスッと笑える、ほっこりBLです。 サンドイッチ、じゃがいも、トマト、コーヒーなんでもでてきますので許せる方のみお読みください。 アユム視点、エイシオ視点と、交互に視点が変わります。 完結保証! このお話は、小説家になろう様、エブリスタ様でも掲載中です。 ※表紙絵はミドリ/緑虫様(@cklEIJx82utuuqd)からのいただきものです。

鬼上司と秘密の同居

なの
BL
恋人に裏切られ弱っていた会社員の小沢 海斗(おざわ かいと)25歳 幼馴染の悠人に助けられ馴染みのBARへ… そのまま酔い潰れて目が覚めたら鬼上司と呼ばれている浅井 透(あさい とおる)32歳の部屋にいた… いったい?…どうして?…こうなった? 「お前は俺のそばに居ろ。黙って愛されてればいい」 スパダリ、イケメン鬼上司×裏切られた傷心海斗は幸せを掴むことができるのか… 性描写には※を付けております。

貢がせて、ハニー!

わこ
BL
隣の部屋のサラリーマンがしょっちゅう貢ぎにやって来る。 隣人のストレートな求愛活動に困惑する男子学生の話。 社会人×大学生の日常系年の差ラブコメ。 ※現時点で小説の公開対象範囲は全年齢となっております。しばらくはこのまま指定なしで更新を続ける予定ですが、アルファポリスさんのガイドラインに合わせて今後変更する場合があります。(2020.11.8) ■2024.03.09 2月2日にわざわざサイトの方へ誤変換のお知らせをくださった方、どうもありがとうございました。瀬名さんの名前が僧侶みたいになっていたのに全く気付いていなかったので助かりました! ■2024.03.09 195話/196話のタイトルを変更しました。 ■2020.10.25 25話目「帰り道」追加(差し込み)しました。話の流れに変更はありません。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

いっぱい命じて〜無自覚SubはヤンキーDomに甘えたい〜

きよひ
BL
無愛想な高一Domヤンキー×Subの自覚がない高三サッカー部員 Normalの諏訪大輝は近頃、謎の体調不良に悩まされていた。 そんな折に出会った金髪の一年生、甘井呂翔。 初めて会った瞬間から甘井呂に惹かれるものがあった諏訪は、Domである彼がPlayする様子を覗き見てしまう。 甘井呂に優しく支配されるSubに自分を重ねて胸を熱くしたことに戸惑う諏訪だが……。 第二性に振り回されながらも、互いだけを求め合うようになる青春の物語。 ※現代ベースのDom/Subユニバースの世界観(独自解釈・オリジナル要素あり) ※不良の喧嘩描写、イジメ描写有り 初日は5話更新、翌日からは2話ずつ更新の予定です。

ブラッドフォード卿のお気に召すままに~~腹黒宰相は異世界転移のモブを溺愛する~~

ゆうきぼし/優輝星
BL
異世界転移BL。浄化のため召喚された異世界人は二人だった。腹黒宰相と呼ばれるブラッドフォード卿は、モブ扱いのイブキを手元に置く。それは自分の手駒の一つとして利用するためだった。だが、イブキの可愛さと優しさに触れ溺愛していく。しかもイブキには何やら不思議なチカラがあるようで……。 *マークはR回。(後半になります) ・ご都合主義のなーろっぱです。 ・攻めは頭の回転が速い魔力強の超人ですがちょっぴりダメンズなところあり。そんな彼の癒しとなるのが受けです。癖のありそうな脇役あり。どうぞよろしくお願いします。 腹黒宰相×獣医の卵(モフモフ癒やし手) ・イラストは青城硝子先生です。

完結・オメガバース・虐げられオメガ側妃が敵国に売られたら激甘ボイスのイケメン王から溺愛されました

美咲アリス
BL
虐げられオメガ側妃のシャルルは敵国への貢ぎ物にされた。敵国のアルベルト王は『人間を食べる』という恐ろしい噂があるアルファだ。けれども実際に会ったアルベルト王はものすごいイケメン。しかも「今日からそなたは国宝だ」とシャルルに激甘ボイスで囁いてくる。「もしかして僕は国宝級の『食材』ということ?」シャルルは恐怖に怯えるが、もちろんそれは大きな勘違いで⋯⋯? 虐げられオメガと敵国のイケメン王、ふたりのキュン&ハッピーな異世界恋愛オメガバースです!

【完結】ぎゅって抱っこして

かずえ
BL
幼児教育学科の短大に通う村瀬一太。訳あって普通の高校に通えなかったため、働いて貯めたお金で二年間だけでもと大学に入学してみたが、学費と生活費を稼ぎつつ学校に通うのは、考えていたよりも厳しい……。 でも、頼れる者は誰もいない。 自分で頑張らなきゃ。 本気なら何でもできるはず。 でも、ある日、金持ちの坊っちゃんと心の中で呼んでいた松島晃に苦手なピアノの課題で助けてもらってから、どうにも自分の心がコントロールできなくなって……。

処理中です...