魔女家の公子は暴君に「義兄と恋愛しろ」と命令されています。

浅草ゆうひ

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四章、隻眼の王と二つの指輪

83、お疲れ世界樹さん、いい子いい子

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 泉に手を浸して確認するように水を飲んでから、ノウファムは着衣のまま泉に入っていった。
 真似するようについていくと、泉は真ん中に近付くにつれ深くなっていく。

「木の上に泉って、不思議だな……」
 ほろりと呟いてから、僕は言わないといけないことを思い出した。
 
「そうだ、殿下……、他のみんなは、入り口まで避難させたんです。だけど、僕たちが入ったときに獣人の国が攻めてきたって報告があって、今どうなっているか……」
「問題ない」
 とてもアッサリした声が返ってくる。これは果たして本当に問題がないのだろうか――僕の中ではノウファムは信頼できるようでいて、嘘吐きで信じちゃいけないような、そんな微妙すぎる信頼度なのだが。
「……ここは、どういう場所なんでしょうか?」
 問いかけると、ちょっと残念そうな気配が返される。
「敬語じゃなくてもいい。さっきみたいに親しく話してくれ」
「あっ……いえ。なんか、さっきは余裕がなくてつい話し方が……」
  
 日差しを跳ねて煌めく青の水面はとても美しくて、身も心を綺麗にしてくれるみたいな清冽さがある。
 ちゃぷりと水を跳ねて泳ぐみたいに深みに進めば、木の上にいるのを忘れてしまいそうだ。

「えっと……お兄様? あんまり深いところにいくと、僕の足がつかないんだ……?」
 僕は呼び方と話し方にちょっと迷ってから、ノウファムの肩を掴んだ。
「ああ……」
 ぱしゃりと水音を立てて振り返るノウファムが、僕を両腕で軽く持ち上げるみたいに抱き上げてくれる。
 
 引っ付いた服の生地ごしに伝わる鼓動はゆったりしていた。
 濡れて透けた布の下に、あのネックレスが視える。
 指輪のあたりから、じわりと墨みたいなものが滲み出ているのがとても気になって、僕はチラチラとそちらに視線を送った。

 ――これは、穢れではないか?

「お前は結局、記憶が全部戻っていないのか」
 鼻先を啄むみたいに軽いキスを落としてから、ノウファムが僕の視線を追い、指輪から滲み出る穢れに目を留めた。 
 
「世界をひとつの生き物だと考えたとき、世界樹というのは、浄化器官に該当する――以前、とても尊大で生意気な魔術師が無知な俺に教えてくれたのだが」
「それは、僕のことなんだろうなぁ……」
 
 呟けば、ノウファムは楽しそうに肩を揺らして治癒魔術を行使した。
 増強された魔力はとても強くて、近くで見守る僕の首筋がぞくぞくと粟立った。
 
「浄化器官は穢れが増えすぎると、疲弊して枯れてしまう。これが枯れないようにしてあげなければならない」
 魔力を歓ぶみたいに、周囲の青い水が一層きらきらと輝いている。ふわふわと光が水面からあふれ出て、光の粉が綿毛みたいに舞いあがって――すごく幻想的な景色だ。
 
「僕たち、働きすぎてお疲れの世界樹さんをいい子いい子してあげるんだね」
 これは定期的にしてあげたほうが良いかもしれない――そう思いながら僕が魔術を使えば、ノウファムはちょっと戸惑うように微笑んだ。
「……世界樹さんを、いい子いい子? なんだその可愛い……こほん。まあ、そうだな。あとは、仕事を減らしてあげるのも効果があるだろうな」

 輝きを増した水が、指輪から溢れ出る墨色の穢れをどんどん清めている。
 
「あのぅ。……この指輪は、仕事を増やしていませんか?」
 おそるおそる問いかければ、ノウファムは爽やかに笑った。
「気のせいだ」

 ――絶対、気のせいじゃないっ!

「恐れながら、殿下はそういうところが……」
 僕が半眼になると、ノウファムは悪戯を仕掛けるみたいに唇にキスを落とした。
 
「いい子、いい子」 
 
「……」
 
 なんだ、それ。恥ずかしい――ちょっと喜んでる自分が悔しい……。
 僕が続きの声を失って黙り込めば、軽く身体を揺らすようにして浅いところに連れていかれる。

 泉からあがって魔術で服を乾かすと、ノウファムは胸元に満足げに手を置いて「みんなのもとに戻ろう」と言ったのだった。
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