83 / 158
四章、隻眼の王と二つの指輪
82、「俺と手を繋いでくれるか?」
しおりを挟む
ふわりと頬を微風が撫でる。
外の空気だ。自然な大気の流れだ。
長い階段の先から風が吹き込んでいるのだ。
巨大な世界樹だ。信じられないくらい大きな樹木を、のぼっている。
都市サイズの大樹の外縁にめぐらされた階段をのぼっている――
家が数軒並んで建てられるぐらい太い枝があちらこちらから伸びて、家の屋根みたいな大きな葉っぱをたくさん茂らせている。
ノウファムは僕が起きていることに気付いていないのだろうか?
青い隻眼はただ、道の先を見つめていた。
――記憶の映像があっちでもこっちでもゆらゆらと揺れて、僕の情緒を刺激する。
「世界が滅びてしまうのです」
国中に滅亡の預言が溢れる中、ノウファムが夢を観る。
毎夜。
毎晩。
眠るたび、延々と最初の人生を追体験し、滅亡の悪夢にうなされる。
僕が夢と同じように悪態をついて、無礼を申して、遺跡でピンチになる。
最初の世界では誰にも庇われずに負傷した僕を、夢の知識を活かしてノウファムが僕を庇う。
すると、僕は頬を染めて憧憬みたいな眼差しをノウファムに注いだ。
「……っ」
ノウファムが息を呑み、剣を奮う手に力を籠めた。
「バケモノじみている」
僕が呟いた声に称賛を感じて、ノウファムは口元をゆるゆるとさせて嬉しそうな顔をした。
その感情を悟られまいと顔を背けて、一層魅せつけるように剣を舞わせた。褒めてほしいとねだる子供のように、見た目を派手に、力をみせつけるように美しく豪快に剣を奮った。
「それに魔力を通せば、もっと破壊力が増すでしょうね」
僕の思い付きをきいてノウファムは張り切って剣に魔力を通して――パキリと刃が砕け散った。
「え……なんだこのノウファム……なんか可愛い……」
僕は思わず、ぽつりと声を零した。
ちょっと喉が枯れた感じがする。
すごくはしたない声をいっぱいあげて、啼いてしまったから――気を失うまでの行為を思い出し、僕はふわふわと赤くなった。
「……こほん、こほん」
僕を抱きかかえている現在世界のノウファムが咳払いをして、耳を赤くしている。
あっ、照れている――!?
見てはいけないものを見てしまった……僕は正視できない気分になって縮こまった。
「俺が最初の人生と違う行動をすると、お前たちも最初と違う行動をするようになった」
ノウファムは階段をのぼりきって、大きな枝の上で僕を降ろした。
葉っぱが幾つも重なる葉天蓋の下、樹の枝がスプーンみたいになっているのが見える。スプーン状の先端には、不思議な泉があった。
きらきらと水自体が光を放つような、青々としていてとても神秘的で清らかな泉だ。
ゆらりと後ろで記憶が映像をみせている。
協力関係を築き、手を繋いでノウファムに背を向ける二人――僕とカジャが、白い通路を歩いていく。
「滅亡を回避するんだ。この記憶を引き継いでやり直せば、きっとできる」
姿を隠したノウファムは、時間を戻そうとする二人の後をこっそりと尾行した……。
「エーテル」
現在世界のノウファムが僕に低く呼びかけてくる。
「歩けそうか?」
身体を気遣うような声色に、僕はカクカクと頷いた。
気遣われると恥ずかしい――
「歩けます」
しかし、枝の上だと意識すると、ちょっと怖いかもしれない。
僕がこわごわと周囲を見ていると、ノウファムが気持ちを読んだように呟いた。
「高いし、ちょっと怖いな」
ノウファムも怖いんだ?
僕は眼を瞬かせて、頷いた。
「うん。ちょっと怖いね」
風が笛みたいな音をたてて木や葉っぱの隙間を吹くのが、怖さを誘う。
僕が軽く身震いすると、目の前に褐色の手が差し出された。ノウファムの手だ。
「エーテル、俺と手を繋いでくれるか?」
顔を見上げると、ノウファムの顔は全然怖くなさそうで、余裕な感じで、けれど切実な色を湛えていた。
「……兄さんは、ひとりだと怖くて心細いんだ」
僕はなんだか胸が苦しくなって、その手を掴んで一生懸命笑った。
「うん。僕……僕が貴方と手を繋ぐから……」
指先がちょっと冷たくて、指の付け根には剣の鍛錬でできた努力の証の感触がある。
「……ひとりじゃないよ」
はっきりと告げると、ノウファムはとても安心したような、嬉しそうな目で微笑んだ。
繋いだ手を仲良しの兄弟みたいに揺らすと、胸の奥がぽかぽかする。
きっと僕は、仲良し兄弟のノウファムとカジャに憧れていたんだ。
……きっとノウファムは、世界に二人だけの戦友みたいに手を結ぶ僕とカジャをみて寂しく思っていたんだ。
きらきら輝く泉のふちに辿り着いて、覗き込むようにしゃがみこむノウファムを見て、僕は自然と手を伸ばしていた。
艶やかな黒髪を撫でてみると、さらっとした感触がする。癖になりそうだ。
心を許したように大人しくされるままにしている王様は全然怖い感じがしなくて、僕は幸せな気分になった。
外の空気だ。自然な大気の流れだ。
長い階段の先から風が吹き込んでいるのだ。
巨大な世界樹だ。信じられないくらい大きな樹木を、のぼっている。
都市サイズの大樹の外縁にめぐらされた階段をのぼっている――
家が数軒並んで建てられるぐらい太い枝があちらこちらから伸びて、家の屋根みたいな大きな葉っぱをたくさん茂らせている。
ノウファムは僕が起きていることに気付いていないのだろうか?
青い隻眼はただ、道の先を見つめていた。
――記憶の映像があっちでもこっちでもゆらゆらと揺れて、僕の情緒を刺激する。
「世界が滅びてしまうのです」
国中に滅亡の預言が溢れる中、ノウファムが夢を観る。
毎夜。
毎晩。
眠るたび、延々と最初の人生を追体験し、滅亡の悪夢にうなされる。
僕が夢と同じように悪態をついて、無礼を申して、遺跡でピンチになる。
最初の世界では誰にも庇われずに負傷した僕を、夢の知識を活かしてノウファムが僕を庇う。
すると、僕は頬を染めて憧憬みたいな眼差しをノウファムに注いだ。
「……っ」
ノウファムが息を呑み、剣を奮う手に力を籠めた。
「バケモノじみている」
僕が呟いた声に称賛を感じて、ノウファムは口元をゆるゆるとさせて嬉しそうな顔をした。
その感情を悟られまいと顔を背けて、一層魅せつけるように剣を舞わせた。褒めてほしいとねだる子供のように、見た目を派手に、力をみせつけるように美しく豪快に剣を奮った。
「それに魔力を通せば、もっと破壊力が増すでしょうね」
僕の思い付きをきいてノウファムは張り切って剣に魔力を通して――パキリと刃が砕け散った。
「え……なんだこのノウファム……なんか可愛い……」
僕は思わず、ぽつりと声を零した。
ちょっと喉が枯れた感じがする。
すごくはしたない声をいっぱいあげて、啼いてしまったから――気を失うまでの行為を思い出し、僕はふわふわと赤くなった。
「……こほん、こほん」
僕を抱きかかえている現在世界のノウファムが咳払いをして、耳を赤くしている。
あっ、照れている――!?
見てはいけないものを見てしまった……僕は正視できない気分になって縮こまった。
「俺が最初の人生と違う行動をすると、お前たちも最初と違う行動をするようになった」
ノウファムは階段をのぼりきって、大きな枝の上で僕を降ろした。
葉っぱが幾つも重なる葉天蓋の下、樹の枝がスプーンみたいになっているのが見える。スプーン状の先端には、不思議な泉があった。
きらきらと水自体が光を放つような、青々としていてとても神秘的で清らかな泉だ。
ゆらりと後ろで記憶が映像をみせている。
協力関係を築き、手を繋いでノウファムに背を向ける二人――僕とカジャが、白い通路を歩いていく。
「滅亡を回避するんだ。この記憶を引き継いでやり直せば、きっとできる」
姿を隠したノウファムは、時間を戻そうとする二人の後をこっそりと尾行した……。
「エーテル」
現在世界のノウファムが僕に低く呼びかけてくる。
「歩けそうか?」
身体を気遣うような声色に、僕はカクカクと頷いた。
気遣われると恥ずかしい――
「歩けます」
しかし、枝の上だと意識すると、ちょっと怖いかもしれない。
僕がこわごわと周囲を見ていると、ノウファムが気持ちを読んだように呟いた。
「高いし、ちょっと怖いな」
ノウファムも怖いんだ?
僕は眼を瞬かせて、頷いた。
「うん。ちょっと怖いね」
風が笛みたいな音をたてて木や葉っぱの隙間を吹くのが、怖さを誘う。
僕が軽く身震いすると、目の前に褐色の手が差し出された。ノウファムの手だ。
「エーテル、俺と手を繋いでくれるか?」
顔を見上げると、ノウファムの顔は全然怖くなさそうで、余裕な感じで、けれど切実な色を湛えていた。
「……兄さんは、ひとりだと怖くて心細いんだ」
僕はなんだか胸が苦しくなって、その手を掴んで一生懸命笑った。
「うん。僕……僕が貴方と手を繋ぐから……」
指先がちょっと冷たくて、指の付け根には剣の鍛錬でできた努力の証の感触がある。
「……ひとりじゃないよ」
はっきりと告げると、ノウファムはとても安心したような、嬉しそうな目で微笑んだ。
繋いだ手を仲良しの兄弟みたいに揺らすと、胸の奥がぽかぽかする。
きっと僕は、仲良し兄弟のノウファムとカジャに憧れていたんだ。
……きっとノウファムは、世界に二人だけの戦友みたいに手を結ぶ僕とカジャをみて寂しく思っていたんだ。
きらきら輝く泉のふちに辿り着いて、覗き込むようにしゃがみこむノウファムを見て、僕は自然と手を伸ばしていた。
艶やかな黒髪を撫でてみると、さらっとした感触がする。癖になりそうだ。
心を許したように大人しくされるままにしている王様は全然怖い感じがしなくて、僕は幸せな気分になった。
0
お気に入りに追加
155
あなたにおすすめの小説
異世界転移で、俺と僕とのほっこり溺愛スローライフ~間に挟まる・もふもふ神の言うこと聞いて珍道中~
兎森りんこ
BL
主人公のアユムは料理や家事が好きな、地味な平凡男子だ。
そんな彼が突然、半年前に異世界に転移した。
そこで出逢った美青年エイシオに助けられ、同居生活をしている。
あまりにモテすぎ、トラブルばかりで、人間不信になっていたエイシオ。
自分に自信が全く無くて、自己肯定感の低いアユム。
エイシオは優しいアユムの料理や家事に癒やされ、アユムもエイシオの包容力で癒やされる。
お互いがかけがえのない存在になっていくが……ある日、エイシオが怪我をして!?
無自覚両片思いのほっこりBL。
前半~当て馬女の出現
後半~もふもふ神を連れたおもしろ珍道中とエイシオの実家話
予想できないクスッと笑える、ほっこりBLです。
サンドイッチ、じゃがいも、トマト、コーヒーなんでもでてきますので許せる方のみお読みください。
アユム視点、エイシオ視点と、交互に視点が変わります。
完結保証!
このお話は、小説家になろう様、エブリスタ様でも掲載中です。
※表紙絵はミドリ/緑虫様(@cklEIJx82utuuqd)からのいただきものです。

鬼上司と秘密の同居
なの
BL
恋人に裏切られ弱っていた会社員の小沢 海斗(おざわ かいと)25歳
幼馴染の悠人に助けられ馴染みのBARへ…
そのまま酔い潰れて目が覚めたら鬼上司と呼ばれている浅井 透(あさい とおる)32歳の部屋にいた…
いったい?…どうして?…こうなった?
「お前は俺のそばに居ろ。黙って愛されてればいい」
スパダリ、イケメン鬼上司×裏切られた傷心海斗は幸せを掴むことができるのか…
性描写には※を付けております。
貢がせて、ハニー!
わこ
BL
隣の部屋のサラリーマンがしょっちゅう貢ぎにやって来る。
隣人のストレートな求愛活動に困惑する男子学生の話。
社会人×大学生の日常系年の差ラブコメ。
※現時点で小説の公開対象範囲は全年齢となっております。しばらくはこのまま指定なしで更新を続ける予定ですが、アルファポリスさんのガイドラインに合わせて今後変更する場合があります。(2020.11.8)
■2024.03.09 2月2日にわざわざサイトの方へ誤変換のお知らせをくださった方、どうもありがとうございました。瀬名さんの名前が僧侶みたいになっていたのに全く気付いていなかったので助かりました!
■2024.03.09 195話/196話のタイトルを変更しました。
■2020.10.25 25話目「帰り道」追加(差し込み)しました。話の流れに変更はありません。
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。

いっぱい命じて〜無自覚SubはヤンキーDomに甘えたい〜
きよひ
BL
無愛想な高一Domヤンキー×Subの自覚がない高三サッカー部員
Normalの諏訪大輝は近頃、謎の体調不良に悩まされていた。
そんな折に出会った金髪の一年生、甘井呂翔。
初めて会った瞬間から甘井呂に惹かれるものがあった諏訪は、Domである彼がPlayする様子を覗き見てしまう。
甘井呂に優しく支配されるSubに自分を重ねて胸を熱くしたことに戸惑う諏訪だが……。
第二性に振り回されながらも、互いだけを求め合うようになる青春の物語。
※現代ベースのDom/Subユニバースの世界観(独自解釈・オリジナル要素あり)
※不良の喧嘩描写、イジメ描写有り
初日は5話更新、翌日からは2話ずつ更新の予定です。
完結・オメガバース・虐げられオメガ側妃が敵国に売られたら激甘ボイスのイケメン王から溺愛されました
美咲アリス
BL
虐げられオメガ側妃のシャルルは敵国への貢ぎ物にされた。敵国のアルベルト王は『人間を食べる』という恐ろしい噂があるアルファだ。けれども実際に会ったアルベルト王はものすごいイケメン。しかも「今日からそなたは国宝だ」とシャルルに激甘ボイスで囁いてくる。「もしかして僕は国宝級の『食材』ということ?」シャルルは恐怖に怯えるが、もちろんそれは大きな勘違いで⋯⋯? 虐げられオメガと敵国のイケメン王、ふたりのキュン&ハッピーな異世界恋愛オメガバースです!

【完結】ぎゅって抱っこして
かずえ
BL
幼児教育学科の短大に通う村瀬一太。訳あって普通の高校に通えなかったため、働いて貯めたお金で二年間だけでもと大学に入学してみたが、学費と生活費を稼ぎつつ学校に通うのは、考えていたよりも厳しい……。
でも、頼れる者は誰もいない。
自分で頑張らなきゃ。
本気なら何でもできるはず。
でも、ある日、金持ちの坊っちゃんと心の中で呼んでいた松島晃に苦手なピアノの課題で助けてもらってから、どうにも自分の心がコントロールできなくなって……。
幽閉王子は最強皇子に包まれる
皇洵璃音
BL
魔法使いであるせいで幼少期に幽閉された第三王子のアレクセイ。それから年数が経過し、ある日祖国は滅ぼされてしまう。毛布に包まっていたら、敵の帝国第二皇子のレイナードにより連行されてしまう。処刑場にて皇帝から二つの選択肢を提示されたのだが、二つ目の内容は「レイナードの花嫁になること」だった。初めて人から求められたこともあり、花嫁になることを承諾する。素直で元気いっぱいなド直球第二皇子×愛されることに慣れていない治癒魔法使いの第三王子の恋愛物語。
表紙担当者:白す(しらす)様に描いて頂きました。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる