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四章、隻眼の王と二つの指輪
77、森妖精の王子と魔物のワンコ
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少し広い空間に、ふわふわと映像が揺れる。
ウィハルディ王子と睨み合う魔物の唸り声が、地の底から響くみたいで恐ろしい――、
これはウィハルディ王子の記憶なのだろうか。
小さな犬と出会って、いっしょに走り回ったり遊んだりするウィハルディ王子の姿。
「ヴィブロ、こっちだ、こっち!」
「ワンッ!」
ヴィブロと呼ばれた犬は尻尾をぶんぶんと振って、わふわふと大はしゃぎだ。
「ふわっ、くすぐったい」
はふはふと息を喜ばせて顔を舐めるヴィブロに、ウィハルディ王子はニコニコして、大人たちに気付いて表情を凍り付かせる。
「これは、魔物ではないか!」
「わふっ?」
現実の空間には、ヴィブロと呼ばれた犬がそのまま巨大に成長したような姿の魔物がいた。
身体付きは筋肉質で、毛皮は汚れている。泥が付着して、そのまま乾いて長時間放置したみたいな外見だ。
「……これは。この……生き物は」
映像を観ながら、ネイフェンが戸惑いがちに剣を抜く。切っ先は低く、敵意は向けずに、けれど襲い掛かってきたら応戦できるようにと。
戸惑うネイフェンの気持ちが、僕にはよくわかった。
だって、映像の中で小さな可愛いヴィブロは大人たちに「魔物」と呼ばれて殴られ、矢を射かけられ、キャンキャン鳴きながらも反撃はしていない。
だって、映像の中のウィハルディ王子が必死に大人たちの手からヴィブロを奪い、傷だらけのヴィブロを抱きかかえて、世界樹に向かって走っていく。
覚えたての治癒術を使って、迷路の中を彷徨って、綺麗な泉と花が咲く場所で、ヴィブロに言い聞かせている。
「ヴィブロ、ここにいるんだ」
「わん、わんっ」
「ついてくるな! 外に出ちゃダメなんだ」
「きゅうん、くぅん」
「また会いに来る。だから、ここで待ってるんだぞ……」
映像の中のウィハルディ王子が駆けていく。
走って、走って――白いローブ姿の人物がその道の前に立ちふさがる――あれは、ステントスだ。
現実世界のウィハルディ王子は、僕たちに手を振って、柔らかな声で懇願した。
「……剣をさげてくれないか」
映像の中のステントスが意地悪な笑みを浮かべて、ウィハルディ王子が出た後の扉を封じてしまう。
入り口も、出口も。
「入れなかった。入れなくされてしまった――」
ウィハルディ王子は、その生き物に向かって一歩を踏み出した。
「――言い訳だ。言い訳でしかない……」
「グルルルル……」
生き物は、低く警戒するように唸り声をあげている。ウィハルディ王子は、なおも近付いた。
「――王子!」
悲鳴があがったのは、その生き物がクワリと大きな口を開け、ウィハルディ王子に襲い掛かったからだ。
――けれど。
みんなが恐れたような惨劇は、起きなかった。
その生き物は牙が触れる直前で動きを止めて、ふんふんとウィハルディ王子に鼻を近づけた。
大きな生き物特有の鼻息に宝石細工みたいな綺麗な金髪をふわふわ揺らされて、ウィハルディ王子はくすぐったそうに切なそうに眼を細めた。
「……くぅん」
生き物は、大きな図体に見合わない可愛らしい仔犬みたいな声で鳴いた。
「きゅうん、……くぅん」
大きな泥だらけの尻尾をぶわぶわと振って、その生き物は甘えるように何度も鳴いて、ウィハルディ王子をぺろりと舐めて、頬をすりすりとした。
王子の瞳が奇跡に出会ったみたいに瞬いて、目尻から透明な雫がこぼれる。
「ヴィブロ――ごめん、ごめんよ」
「くうん、くうん」
警戒していた全員が、その声に武器を動かす事ができなくなって、動きを止めた。
「私を覚えていてくれたんだ……私がわかるんだ」
「わぅ、わふっ!」
「待っててくれたんだな――」
居合わせた全員が、静寂を友とした。
変わり者だという王子が若者然とした未熟な感情をむき出しにして、泣き笑いみたいな顔で彼の友を優しく大切そうに撫でている。
一生懸命尻尾をふって愛情表現をする一匹は、図体はとても大きいのに、本当に仔犬のようだった。
「いっしょに帰ろう。私はもう、お前をこんなところにひとりぼっちにはしないよ」
「――わんっ!」
頭の硬そうな森妖精も、生真面目そうな森妖精も――誰ひとり、目の前で友情を確かめ合うひとりと一匹のコミュニケーションを邪魔することはできなかった。
ウィハルディ王子と睨み合う魔物の唸り声が、地の底から響くみたいで恐ろしい――、
これはウィハルディ王子の記憶なのだろうか。
小さな犬と出会って、いっしょに走り回ったり遊んだりするウィハルディ王子の姿。
「ヴィブロ、こっちだ、こっち!」
「ワンッ!」
ヴィブロと呼ばれた犬は尻尾をぶんぶんと振って、わふわふと大はしゃぎだ。
「ふわっ、くすぐったい」
はふはふと息を喜ばせて顔を舐めるヴィブロに、ウィハルディ王子はニコニコして、大人たちに気付いて表情を凍り付かせる。
「これは、魔物ではないか!」
「わふっ?」
現実の空間には、ヴィブロと呼ばれた犬がそのまま巨大に成長したような姿の魔物がいた。
身体付きは筋肉質で、毛皮は汚れている。泥が付着して、そのまま乾いて長時間放置したみたいな外見だ。
「……これは。この……生き物は」
映像を観ながら、ネイフェンが戸惑いがちに剣を抜く。切っ先は低く、敵意は向けずに、けれど襲い掛かってきたら応戦できるようにと。
戸惑うネイフェンの気持ちが、僕にはよくわかった。
だって、映像の中で小さな可愛いヴィブロは大人たちに「魔物」と呼ばれて殴られ、矢を射かけられ、キャンキャン鳴きながらも反撃はしていない。
だって、映像の中のウィハルディ王子が必死に大人たちの手からヴィブロを奪い、傷だらけのヴィブロを抱きかかえて、世界樹に向かって走っていく。
覚えたての治癒術を使って、迷路の中を彷徨って、綺麗な泉と花が咲く場所で、ヴィブロに言い聞かせている。
「ヴィブロ、ここにいるんだ」
「わん、わんっ」
「ついてくるな! 外に出ちゃダメなんだ」
「きゅうん、くぅん」
「また会いに来る。だから、ここで待ってるんだぞ……」
映像の中のウィハルディ王子が駆けていく。
走って、走って――白いローブ姿の人物がその道の前に立ちふさがる――あれは、ステントスだ。
現実世界のウィハルディ王子は、僕たちに手を振って、柔らかな声で懇願した。
「……剣をさげてくれないか」
映像の中のステントスが意地悪な笑みを浮かべて、ウィハルディ王子が出た後の扉を封じてしまう。
入り口も、出口も。
「入れなかった。入れなくされてしまった――」
ウィハルディ王子は、その生き物に向かって一歩を踏み出した。
「――言い訳だ。言い訳でしかない……」
「グルルルル……」
生き物は、低く警戒するように唸り声をあげている。ウィハルディ王子は、なおも近付いた。
「――王子!」
悲鳴があがったのは、その生き物がクワリと大きな口を開け、ウィハルディ王子に襲い掛かったからだ。
――けれど。
みんなが恐れたような惨劇は、起きなかった。
その生き物は牙が触れる直前で動きを止めて、ふんふんとウィハルディ王子に鼻を近づけた。
大きな生き物特有の鼻息に宝石細工みたいな綺麗な金髪をふわふわ揺らされて、ウィハルディ王子はくすぐったそうに切なそうに眼を細めた。
「……くぅん」
生き物は、大きな図体に見合わない可愛らしい仔犬みたいな声で鳴いた。
「きゅうん、……くぅん」
大きな泥だらけの尻尾をぶわぶわと振って、その生き物は甘えるように何度も鳴いて、ウィハルディ王子をぺろりと舐めて、頬をすりすりとした。
王子の瞳が奇跡に出会ったみたいに瞬いて、目尻から透明な雫がこぼれる。
「ヴィブロ――ごめん、ごめんよ」
「くうん、くうん」
警戒していた全員が、その声に武器を動かす事ができなくなって、動きを止めた。
「私を覚えていてくれたんだ……私がわかるんだ」
「わぅ、わふっ!」
「待っててくれたんだな――」
居合わせた全員が、静寂を友とした。
変わり者だという王子が若者然とした未熟な感情をむき出しにして、泣き笑いみたいな顔で彼の友を優しく大切そうに撫でている。
一生懸命尻尾をふって愛情表現をする一匹は、図体はとても大きいのに、本当に仔犬のようだった。
「いっしょに帰ろう。私はもう、お前をこんなところにひとりぼっちにはしないよ」
「――わんっ!」
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