魔女家の公子は暴君に「義兄と恋愛しろ」と命令されています。

浅草ゆうひ

文字の大きさ
上 下
78 / 158
四章、隻眼の王と二つの指輪

77、森妖精の王子と魔物のワンコ

しおりを挟む
 少し広い空間に、ふわふわと映像が揺れる。
 ウィハルディ王子と睨み合う魔物の唸り声が、地の底から響くみたいで恐ろしい――、

 これはウィハルディ王子の記憶なのだろうか。

 小さな犬と出会って、いっしょに走り回ったり遊んだりするウィハルディ王子の姿。
「ヴィブロ、こっちだ、こっち!」
「ワンッ!」
 ヴィブロと呼ばれた犬は尻尾をぶんぶんと振って、わふわふと大はしゃぎだ。

「ふわっ、くすぐったい」
 はふはふと息を喜ばせて顔を舐めるヴィブロに、ウィハルディ王子はニコニコして、大人たちに気付いて表情を凍り付かせる。

「これは、魔物ではないか!」
「わふっ?」

 
 現実の空間には、ヴィブロと呼ばれた犬がそのまま巨大に成長したような姿の魔物がいた。
 身体付きは筋肉質で、毛皮は汚れている。泥が付着して、そのまま乾いて長時間放置したみたいな外見だ。
 
「……これは。この……生き物は」 
 映像を観ながら、ネイフェンが戸惑いがちに剣を抜く。切っ先は低く、敵意は向けずに、けれど襲い掛かってきたら応戦できるようにと。

 戸惑うネイフェンの気持ちが、僕にはよくわかった。
 
 だって、映像の中で小さな可愛いヴィブロは大人たちに「魔物」と呼ばれて殴られ、矢を射かけられ、キャンキャン鳴きながらも反撃はしていない。
 だって、映像の中のウィハルディ王子が必死に大人たちの手からヴィブロを奪い、傷だらけのヴィブロを抱きかかえて、世界樹に向かって走っていく。
 覚えたての治癒術を使って、迷路の中を彷徨って、綺麗な泉と花が咲く場所で、ヴィブロに言い聞かせている。

「ヴィブロ、ここにいるんだ」
「わん、わんっ」
「ついてくるな! 外に出ちゃダメなんだ」
「きゅうん、くぅん」
「また会いに来る。だから、ここで待ってるんだぞ……」

 映像の中のウィハルディ王子が駆けていく。
 走って、走って――白いローブ姿の人物がその道の前に立ちふさがる――あれは、ステントスだ。
 
 現実世界のウィハルディ王子は、僕たちに手を振って、柔らかな声で懇願した。
「……剣をさげてくれないか」

 映像の中のステントスが意地悪な笑みを浮かべて、ウィハルディ王子が出た後の扉を封じてしまう。
 入り口も、出口も。

 
「入れなかった。入れなくされてしまった――」
 ウィハルディ王子は、その生き物に向かって一歩を踏み出した。
「――言い訳だ。言い訳でしかない……」
 
「グルルルル……」
 生き物は、低く警戒するように唸り声をあげている。ウィハルディ王子は、なおも近付いた。

「――王子!」
 悲鳴があがったのは、その生き物がクワリと大きな口を開け、ウィハルディ王子に襲い掛かったからだ。

 ――けれど。
 みんなが恐れたような惨劇は、起きなかった。

 その生き物は牙が触れる直前で動きを止めて、ふんふんとウィハルディ王子に鼻を近づけた。
 大きな生き物特有の鼻息に宝石細工みたいな綺麗な金髪をふわふわ揺らされて、ウィハルディ王子はくすぐったそうに切なそうに眼を細めた。
 
「……くぅん」

 生き物は、大きな図体に見合わない可愛らしい仔犬みたいな声で鳴いた。

「きゅうん、……くぅん」

 大きな泥だらけの尻尾をぶわぶわと振って、その生き物は甘えるように何度も鳴いて、ウィハルディ王子をぺろりと舐めて、頬をすりすりとした。

 王子の瞳が奇跡に出会ったみたいに瞬いて、目尻から透明な雫がこぼれる。

「ヴィブロ――ごめん、ごめんよ」
「くうん、くうん」
 
 警戒していた全員が、その声に武器を動かす事ができなくなって、動きを止めた。

「私を覚えていてくれたんだ……私がわかるんだ」
「わぅ、わふっ!」


「待っててくれたんだな――」

 
 居合わせた全員が、静寂を友とした。
 
 変わり者だという王子が若者然とした未熟な感情をむき出しにして、泣き笑いみたいな顔で彼の友を優しく大切そうに撫でている。
 一生懸命尻尾をふって愛情表現をする一匹は、図体はとても大きいのに、本当に仔犬のようだった。

「いっしょに帰ろう。私はもう、お前をこんなところにひとりぼっちにはしないよ」
「――わんっ!」
 
 頭の硬そうな森妖精も、生真面目そうな森妖精も――誰ひとり、目の前で友情を確かめ合うひとりと一匹のコミュニケーションを邪魔することはできなかった。
しおりを挟む
感想 2

あなたにおすすめの小説

鬼上司と秘密の同居

なの
BL
恋人に裏切られ弱っていた会社員の小沢 海斗(おざわ かいと)25歳 幼馴染の悠人に助けられ馴染みのBARへ… そのまま酔い潰れて目が覚めたら鬼上司と呼ばれている浅井 透(あさい とおる)32歳の部屋にいた… いったい?…どうして?…こうなった? 「お前は俺のそばに居ろ。黙って愛されてればいい」 スパダリ、イケメン鬼上司×裏切られた傷心海斗は幸せを掴むことができるのか… 性描写には※を付けております。

異世界転移で、俺と僕とのほっこり溺愛スローライフ~間に挟まる・もふもふ神の言うこと聞いて珍道中~

兎森りんこ
BL
主人公のアユムは料理や家事が好きな、地味な平凡男子だ。 そんな彼が突然、半年前に異世界に転移した。 そこで出逢った美青年エイシオに助けられ、同居生活をしている。 あまりにモテすぎ、トラブルばかりで、人間不信になっていたエイシオ。 自分に自信が全く無くて、自己肯定感の低いアユム。 エイシオは優しいアユムの料理や家事に癒やされ、アユムもエイシオの包容力で癒やされる。 お互いがかけがえのない存在になっていくが……ある日、エイシオが怪我をして!? 無自覚両片思いのほっこりBL。 前半~当て馬女の出現 後半~もふもふ神を連れたおもしろ珍道中とエイシオの実家話 予想できないクスッと笑える、ほっこりBLです。 サンドイッチ、じゃがいも、トマト、コーヒーなんでもでてきますので許せる方のみお読みください。 アユム視点、エイシオ視点と、交互に視点が変わります。 完結保証! このお話は、小説家になろう様、エブリスタ様でも掲載中です。 ※表紙絵はミドリ/緑虫様(@cklEIJx82utuuqd)からのいただきものです。

貢がせて、ハニー!

わこ
BL
隣の部屋のサラリーマンがしょっちゅう貢ぎにやって来る。 隣人のストレートな求愛活動に困惑する男子学生の話。 社会人×大学生の日常系年の差ラブコメ。 ※現時点で小説の公開対象範囲は全年齢となっております。しばらくはこのまま指定なしで更新を続ける予定ですが、アルファポリスさんのガイドラインに合わせて今後変更する場合があります。(2020.11.8) ■2024.03.09 2月2日にわざわざサイトの方へ誤変換のお知らせをくださった方、どうもありがとうございました。瀬名さんの名前が僧侶みたいになっていたのに全く気付いていなかったので助かりました! ■2024.03.09 195話/196話のタイトルを変更しました。 ■2020.10.25 25話目「帰り道」追加(差し込み)しました。話の流れに変更はありません。

イケメン社長と私が結婚!?初めての『気持ちイイ』を体に教え込まれる!?

すずなり。
恋愛
ある日、彼氏が自分の住んでるアパートを引き払い、勝手に『同棲』を求めてきた。 「お前が働いてるんだから俺は家にいる。」 家事をするわけでもなく、食費をくれるわけでもなく・・・デートもしない。 「私は母親じゃない・・・!」 そう言って家を飛び出した。 夜遅く、何も持たず、靴も履かず・・・一人で泣きながら歩いてるとこを保護してくれた一人の人。 「何があった?送ってく。」 それはいつも仕事場のカフェに来てくれる常連さんだった。 「俺と・・・結婚してほしい。」 「!?」 突然の結婚の申し込み。彼のことは何も知らなかったけど・・・惹かれるのに時間はかからない。 かっこよくて・・優しくて・・・紳士な彼は私を心から愛してくれる。 そんな彼に、私は想いを返したい。 「俺に・・・全てを見せて。」 苦手意識の強かった『営み』。 彼の手によって私の感じ方が変わっていく・・・。 「いあぁぁぁっ・・!!」 「感じやすいんだな・・・。」 ※お話は全て想像の世界のものです。現実世界とはなんら関係ありません。 ※お話の中に出てくる病気、治療法などは想像のものとしてご覧ください。 ※誤字脱字、表現不足は重々承知しております。日々精進してまいりますので温かく見ていただけると嬉しいです。 ※コメントや感想は受け付けることができません。メンタルが薄氷なもので・・すみません。 それではお楽しみください。すずなり。

いっぱい命じて〜無自覚SubはヤンキーDomに甘えたい〜

きよひ
BL
無愛想な高一Domヤンキー×Subの自覚がない高三サッカー部員 Normalの諏訪大輝は近頃、謎の体調不良に悩まされていた。 そんな折に出会った金髪の一年生、甘井呂翔。 初めて会った瞬間から甘井呂に惹かれるものがあった諏訪は、Domである彼がPlayする様子を覗き見てしまう。 甘井呂に優しく支配されるSubに自分を重ねて胸を熱くしたことに戸惑う諏訪だが……。 第二性に振り回されながらも、互いだけを求め合うようになる青春の物語。 ※現代ベースのDom/Subユニバースの世界観(独自解釈・オリジナル要素あり) ※不良の喧嘩描写、イジメ描写有り 初日は5話更新、翌日からは2話ずつ更新の予定です。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

【完結】ぎゅって抱っこして

かずえ
BL
幼児教育学科の短大に通う村瀬一太。訳あって普通の高校に通えなかったため、働いて貯めたお金で二年間だけでもと大学に入学してみたが、学費と生活費を稼ぎつつ学校に通うのは、考えていたよりも厳しい……。 でも、頼れる者は誰もいない。 自分で頑張らなきゃ。 本気なら何でもできるはず。 でも、ある日、金持ちの坊っちゃんと心の中で呼んでいた松島晃に苦手なピアノの課題で助けてもらってから、どうにも自分の心がコントロールできなくなって……。

学院のモブ役だったはずの青年溺愛物語

紅林
BL
『桜田門学院高等学校』 日本中の超金持ちの子息子女が通うこの学校は東京都内に位置する野球ドーム五個分の土地が学院としてなる巨大学園だ しかし生徒数は300人程の少人数の学院だ そんな学院でモブとして役割を果たすはずだった青年の物語である

処理中です...