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四章、隻眼の王と二つの指輪
76、止まっちゃだめだ。歩くんだ。
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自分を客観的に映像で見ると、僕は考えてはいけない類の感想を思いついてしまった。
カジャと僕が、自分たち以外を捨てた。置き去りにした。
――そんな風に見えてしまった。
「ち、ちがう……助けるためなんですよ? 死んでほしくないからなんですよ?」
言い訳をするみたいに呟く自分の声が、震えていた。
ああ、足を止めてしまいそう。
記憶に囚われて、溺れてしまいそう。
けれど。
「……僕は止まらないぞ」
声に出して言って、僕は歩き続けた。足取りは、重かった。
けれど、それでも前に進んでいけば、視界が少しずつ明るくなる――映像が変化する。
「あ……」
ネコの獣人だ。
――ネイフェンがいる。
檻の中のネイフェンを見て、当時記憶のあった僕が助ける。
幼い僕の手がネイフェンに触れて――「あっ」気付けば、現実の僕の手に何かが触れていた。
ネイフェンだ。
現実の手に、生身のネイフェンの手が握られている。
「坊ちゃん……」
ネイフェンの記憶らしき映像が、左側の壁にふわふわとゆっくり、断片的に流れている。
岩山みたいな陣地に旗がいくつも掲げられて、獣人たちが武器を天に突き上げ、吠えている。
「妖精も人間も喰らい尽くし、我ら獣人族が大陸の覇者となるのだ!」
初陣なのだろうか、震える手で緊張した様子で武器を握るネイフェンは、仲間たちと一緒に森林に向かっていく。
「すぐ近くにいらしたのですね。霧が濃くて、はぐれてしまったかと思っておりましたぞ」
ネイフェンは安堵した様子で言って、左側の壁から目を逸らした。
「足を止めずに参りましょう。止まってはいけない気がいたします」
「うん……」
他人の記憶も見えてしまうのか――僕はドキドキしながらネイフェンと道を進んだ。
ということは、僕の過去の記憶もネイフェンに見えている?
あんな記憶や、こんな記憶が?
見られたら恥ずかしい記憶もいっぱいあるよ……!?
「坊ちゃん、あちらにアップルトン殿が」
「ふぇっ、あ、ほ、ほんとだ」
ネイフェンは僕の心中を知ってか知らずか、落ち着いた声で道の先を示した。
黒いローブ姿のアップルトンは、膝を抱えるようにして道端に座り込んでいた。
眼が虚ろになっていて、虚空をみている。心が囚われている――僕はそう思った。
「アップルトン殿、アップルトン殿」
「大丈夫?」
僕たちがぐるぐるとまわりを周るようにして肩を叩いたり身体をゆすったりすると、アップルトンの目に光が少しずつ戻ってくる。
周囲の壁に、ふわふわと記憶が映った。
炎だ。
炎が森林を焼いている。
浅黒い肌をした森妖精たちが、住んでいる森林集落を焼かれている。
「獣人族だ。獣人が攻めてきた……!!」
アップルトンの同胞らしき森妖精が、悲痛な顔でアップルトンを抱きしめる。
「逃げるのよ。西へ行きなさい、そちらに人の都で暮らす親族がいるから……」
ひるがえる侵略者の旗、獣人の旗は――先ほどネイフェンの記憶で覗いた旗ととてもよく似ていた。
……セルズ国の旗だ。
「……あ、わ、私は、……ここは」
アップルトンが自分を取り戻した様子で立ち上がる。
「おお、御心を取り戻されたようでなによりですぞ。お気を確かに、アップルトン殿」
ネイフェンはその肩に手をおきかけて、アップルトンの記憶の映像の端に映る新兵の自分に気付いて手を止めた。
「記憶が。……思い出したくない、故郷の記憶が……」
感情の揺れる声で頭を抱えて現実から逃れようとするアップルトンに、僕はフードを被せて手を引いた。
「止まっちゃだめだ。歩くんだ……止まったら、もっと苦しくなる……」
右手を僕が、左手をネイフェンが繋いで、三人で道を往く。
映像はすこしずつおさまって行って、やがて少しひらけた場所に出た。
そこには、魔物と対峙するウィハルディ王子がいた。
カジャと僕が、自分たち以外を捨てた。置き去りにした。
――そんな風に見えてしまった。
「ち、ちがう……助けるためなんですよ? 死んでほしくないからなんですよ?」
言い訳をするみたいに呟く自分の声が、震えていた。
ああ、足を止めてしまいそう。
記憶に囚われて、溺れてしまいそう。
けれど。
「……僕は止まらないぞ」
声に出して言って、僕は歩き続けた。足取りは、重かった。
けれど、それでも前に進んでいけば、視界が少しずつ明るくなる――映像が変化する。
「あ……」
ネコの獣人だ。
――ネイフェンがいる。
檻の中のネイフェンを見て、当時記憶のあった僕が助ける。
幼い僕の手がネイフェンに触れて――「あっ」気付けば、現実の僕の手に何かが触れていた。
ネイフェンだ。
現実の手に、生身のネイフェンの手が握られている。
「坊ちゃん……」
ネイフェンの記憶らしき映像が、左側の壁にふわふわとゆっくり、断片的に流れている。
岩山みたいな陣地に旗がいくつも掲げられて、獣人たちが武器を天に突き上げ、吠えている。
「妖精も人間も喰らい尽くし、我ら獣人族が大陸の覇者となるのだ!」
初陣なのだろうか、震える手で緊張した様子で武器を握るネイフェンは、仲間たちと一緒に森林に向かっていく。
「すぐ近くにいらしたのですね。霧が濃くて、はぐれてしまったかと思っておりましたぞ」
ネイフェンは安堵した様子で言って、左側の壁から目を逸らした。
「足を止めずに参りましょう。止まってはいけない気がいたします」
「うん……」
他人の記憶も見えてしまうのか――僕はドキドキしながらネイフェンと道を進んだ。
ということは、僕の過去の記憶もネイフェンに見えている?
あんな記憶や、こんな記憶が?
見られたら恥ずかしい記憶もいっぱいあるよ……!?
「坊ちゃん、あちらにアップルトン殿が」
「ふぇっ、あ、ほ、ほんとだ」
ネイフェンは僕の心中を知ってか知らずか、落ち着いた声で道の先を示した。
黒いローブ姿のアップルトンは、膝を抱えるようにして道端に座り込んでいた。
眼が虚ろになっていて、虚空をみている。心が囚われている――僕はそう思った。
「アップルトン殿、アップルトン殿」
「大丈夫?」
僕たちがぐるぐるとまわりを周るようにして肩を叩いたり身体をゆすったりすると、アップルトンの目に光が少しずつ戻ってくる。
周囲の壁に、ふわふわと記憶が映った。
炎だ。
炎が森林を焼いている。
浅黒い肌をした森妖精たちが、住んでいる森林集落を焼かれている。
「獣人族だ。獣人が攻めてきた……!!」
アップルトンの同胞らしき森妖精が、悲痛な顔でアップルトンを抱きしめる。
「逃げるのよ。西へ行きなさい、そちらに人の都で暮らす親族がいるから……」
ひるがえる侵略者の旗、獣人の旗は――先ほどネイフェンの記憶で覗いた旗ととてもよく似ていた。
……セルズ国の旗だ。
「……あ、わ、私は、……ここは」
アップルトンが自分を取り戻した様子で立ち上がる。
「おお、御心を取り戻されたようでなによりですぞ。お気を確かに、アップルトン殿」
ネイフェンはその肩に手をおきかけて、アップルトンの記憶の映像の端に映る新兵の自分に気付いて手を止めた。
「記憶が。……思い出したくない、故郷の記憶が……」
感情の揺れる声で頭を抱えて現実から逃れようとするアップルトンに、僕はフードを被せて手を引いた。
「止まっちゃだめだ。歩くんだ……止まったら、もっと苦しくなる……」
右手を僕が、左手をネイフェンが繋いで、三人で道を往く。
映像はすこしずつおさまって行って、やがて少しひらけた場所に出た。
そこには、魔物と対峙するウィハルディ王子がいた。
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