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四章、隻眼の王と二つの指輪
75、惑わしの迷宮、記憶
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中に入る僕たちの耳に、ほんの一瞬、タッチの差で伝令の声が届いていた。
「――獣人の国が攻めてきました……!」
振り返るより早く、周囲の音が消えた。
視界は、昏くなった。霧のようなものが充ちているようだ。
周囲の景色は深い緑に染まって――迷宮に囚われた、と僕は思った。
昏い視界、霧の中に、いくつもの映像が浮かぶ。声が流れる。
これは、迷宮が惑わす幻影だ――ここは、ひとの心を惑わす場所なのだ。
……周囲には、人の気配がしない。
一緒に入ったはずのみんなの足音がない。息遣いも、声もない。
ひとりぼっちみたいだ。
「ネイフェン。ネイフェン? いる? 僕の声、きこえてる?」
傍にいたはずの騎士の名前を呼ぶ僕の耳に、開拓王リサンデルのいつかの言葉がきこえる。
「魔女家は滅亡を調査せよ」
右側の緑の壁に映像がゆらゆらと映っている。
――僕だ。僕の記憶だ。
脚を止めないようにしながら、僕は記憶の映像といっしょに道を進んだ。
映像の中に、僕がいる。
歩きながら、映像の中の自分を見る――不思議な体験だ。
調査隊を率いて、僕が遺跡に入って行く。指揮権をノウファムから取り上げて。
「脳筋に指揮権などやるものですか」
「殿下に対して不敬でございましょう!」
黒騎士モイセスが激昂するのを、ノウファムが朴訥とした顔で宥める。
「モイセス、気にしなくてよい。エーテル公子の好きにさせよ。彼は優秀なのだから、任せて大丈夫だ」
やり取りを耳にした僕は耳を赤くして、「優秀……」とちょっと嬉しそうに呟いて、肩をそびやかした。
「ええ、私は優秀なのですっ。おわかりのようでなによりですね、殿下」
――僕の小物感がハンパない。調子に乗りまくっている……。
僕は頭痛をこらえながら迷宮をほてほてと進んだ。
他のみんなは大丈夫だろうか、と心配しながら歩いていると、映像の中の僕は牛型の氷像に襲われて、ノウファムに庇われていた。
「あ、あ、あり……ありが」
お礼を言おうとする目が、ノウファムの剣に止まる。
魔力を通さず、力任せに奮う剣があまりに豪快で、僕は「バケモノじみている」と呟いたのだった。
「それに魔力を通せば、もっと破壊力が増すでしょうね」
思い付きをこぼせば、ノウファムは思い切り剣に魔力を通して――パキリと刃が砕け散った。
【これ、最初の世界の記憶だ】
僕はそう思った。
曲がり角をくるっと曲がって少し歩けば、映像はがらりと雰囲気を変えた。
――終末の風景だ。
いつか観た夢に似ている。
「陛下、貴方はどうして私に逆らってばかりなのです? そんなに私がお嫌いですか」
赤竜の杖を手にした不遜な僕が不機嫌に言って、隻眼のノウファムが同じくらい不機嫌に僕を見る。
ああ、この記憶は、ずきりと胸が痛む。
言うことを聞かないノウファムと対立している記憶だ。
「陛下、剣もない。魔力も足りない。そんな状態で、勝てるものですか。このエーテルが預言しましょう、貴方様は負けます……」
憤る僕の手を、白い手が宥めるように握った。
ほっそりとしていて、男にしては嫋やかすぎるような麗しい手――満身創痍のカジャだ。ノウファムと違い、僕の言いなりになって出来るだけのことをして――それでもダメだった白い王弟。
「お前たちはいつも……」
――背中にノウファムの声がきこえる。声が遠くなる。
「この世界は、もう駄目だ」
カジャと僕が一緒に歩き出す。
ノウファムを置いて、白い通路へ。
王族だけが知る秘密の通路を抜けて、扉を開けるとそこには王家に伝わる秘宝に魔女家が総力をあげて改良を加え、起動のための魔力を年単位で蓄えてきた時戻しの時計盤魔導具があるのだ。
……あとは、記憶を引き継ぐ術を施せば、僕たちは。
「――獣人の国が攻めてきました……!」
振り返るより早く、周囲の音が消えた。
視界は、昏くなった。霧のようなものが充ちているようだ。
周囲の景色は深い緑に染まって――迷宮に囚われた、と僕は思った。
昏い視界、霧の中に、いくつもの映像が浮かぶ。声が流れる。
これは、迷宮が惑わす幻影だ――ここは、ひとの心を惑わす場所なのだ。
……周囲には、人の気配がしない。
一緒に入ったはずのみんなの足音がない。息遣いも、声もない。
ひとりぼっちみたいだ。
「ネイフェン。ネイフェン? いる? 僕の声、きこえてる?」
傍にいたはずの騎士の名前を呼ぶ僕の耳に、開拓王リサンデルのいつかの言葉がきこえる。
「魔女家は滅亡を調査せよ」
右側の緑の壁に映像がゆらゆらと映っている。
――僕だ。僕の記憶だ。
脚を止めないようにしながら、僕は記憶の映像といっしょに道を進んだ。
映像の中に、僕がいる。
歩きながら、映像の中の自分を見る――不思議な体験だ。
調査隊を率いて、僕が遺跡に入って行く。指揮権をノウファムから取り上げて。
「脳筋に指揮権などやるものですか」
「殿下に対して不敬でございましょう!」
黒騎士モイセスが激昂するのを、ノウファムが朴訥とした顔で宥める。
「モイセス、気にしなくてよい。エーテル公子の好きにさせよ。彼は優秀なのだから、任せて大丈夫だ」
やり取りを耳にした僕は耳を赤くして、「優秀……」とちょっと嬉しそうに呟いて、肩をそびやかした。
「ええ、私は優秀なのですっ。おわかりのようでなによりですね、殿下」
――僕の小物感がハンパない。調子に乗りまくっている……。
僕は頭痛をこらえながら迷宮をほてほてと進んだ。
他のみんなは大丈夫だろうか、と心配しながら歩いていると、映像の中の僕は牛型の氷像に襲われて、ノウファムに庇われていた。
「あ、あ、あり……ありが」
お礼を言おうとする目が、ノウファムの剣に止まる。
魔力を通さず、力任せに奮う剣があまりに豪快で、僕は「バケモノじみている」と呟いたのだった。
「それに魔力を通せば、もっと破壊力が増すでしょうね」
思い付きをこぼせば、ノウファムは思い切り剣に魔力を通して――パキリと刃が砕け散った。
【これ、最初の世界の記憶だ】
僕はそう思った。
曲がり角をくるっと曲がって少し歩けば、映像はがらりと雰囲気を変えた。
――終末の風景だ。
いつか観た夢に似ている。
「陛下、貴方はどうして私に逆らってばかりなのです? そんなに私がお嫌いですか」
赤竜の杖を手にした不遜な僕が不機嫌に言って、隻眼のノウファムが同じくらい不機嫌に僕を見る。
ああ、この記憶は、ずきりと胸が痛む。
言うことを聞かないノウファムと対立している記憶だ。
「陛下、剣もない。魔力も足りない。そんな状態で、勝てるものですか。このエーテルが預言しましょう、貴方様は負けます……」
憤る僕の手を、白い手が宥めるように握った。
ほっそりとしていて、男にしては嫋やかすぎるような麗しい手――満身創痍のカジャだ。ノウファムと違い、僕の言いなりになって出来るだけのことをして――それでもダメだった白い王弟。
「お前たちはいつも……」
――背中にノウファムの声がきこえる。声が遠くなる。
「この世界は、もう駄目だ」
カジャと僕が一緒に歩き出す。
ノウファムを置いて、白い通路へ。
王族だけが知る秘密の通路を抜けて、扉を開けるとそこには王家に伝わる秘宝に魔女家が総力をあげて改良を加え、起動のための魔力を年単位で蓄えてきた時戻しの時計盤魔導具があるのだ。
……あとは、記憶を引き継ぐ術を施せば、僕たちは。
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