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四章、隻眼の王と二つの指輪
74、死んだら、また時間を戻してやるんだ!!
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「もう三日になる。中で何かあったんだ」
時間が過ぎれば過ぎるほど、僕の胸に不安の霧が濃く立ち込める。
「僕、どうしてか安心してた。あの人たちなら大丈夫だって。いつもみたいに緊張感なく、当たり前に帰って来て、全員ぴんぴんして笑ってただいまって言うんだって。僕、どうしてかそう思い込んでた」
声が震える。
どうしよう。
もしものことがあったら、どうしよう。
怖くて怖くて、仕方がない。
「助けなきゃ。どうしてこんなに楽観的になってたんだろう? 本当に、本当に……」
――いいや。
理由は、わかってる。
ノウファムだ。
あの得体の知れないノウファムが、余裕そうだったからだ。
なんでもわかってるみたいな雰囲気で、安心して待ってろって感じだったからだ。
「嘘吐きだ。ノウファム殿下は、嘘吐きなんだ……」
いつも、いつも。
――嘘付きなんだ。
「坊ちゃん、我々が救出に参りましょう」
「ええ、ええ。お供いたしますとも!」
ネイフェンとアップルトンが僕の手をとり、迷宮の方角を視た。
「うん……」
僕はあの隻眼の人物を脳裏に思い描いて、頷いた。
彼の隣には、ロザニイルがよく似合う。カジャと一緒にいるところも、微笑ましい。
僕の中にそんな風にロザニイルを隣に置く自分がいて、一方で「けれど」と叫ぶ意思もある。
けれど、今は僕が弟なんだ。
けれど、今は僕が聖杯なんだ。
けれど、……いなくなってしまった。
あの隻眼がようやく僕を見てくれて、僕は堂々とそれを見つめ返せる場所を手に入れた。
なのに、いなくなってしまったんだ。離れてしまったんだ。帰ってこないんだ。
【――そんなのは、嫌だ】
ワガママな子供が自分の都合で泣き叫ぶみたいに、僕の心に激情が渦を巻く。
【嫌だ。嫌だ。嫌だ!】
呪詛のように、僕の感情が身のうちで叫ぶ。
【ノウファムが死ぬのは、嫌だ。そんな結末は、許さないんだ……死んだら、また時間を戻してやるんだ!!】
きっと過去にも覚えたであろう感情の奔流を胸に抑えて、僕は息を紡いだ。
息を吸って、吐く。
頭がすこし冷えて、理性が戻る。
「……行こう」
……待機組は戻ってこないメンバーの救出を決めた。
僕がウィハルディ王子のもとに向かうと、森妖精たちは集団で何かをつくっていた。
粘土のようなものをこねて、形を整えて。
大きな型のようなものを作っている――釣鐘のような形だ。僕はそれを見て、カンタータの教会にぶらさがっていた鐘を思い出した。
「エーテル殿!」
ウィハルディ王子は作業に勤しむ集団を隠すようにして、従者と一緒に僕たちを迎えてくれた。
「救出に向かうのですね。我々も同じ考えでした」
誠実そうに語る王子は、弓を持っている。
「王子様の人間好きにも困ったもので」
「いや、人間に限ったことじゃない。魔物だって愛でるのだから」
「あの王子様は変わり者だから……」
さわさわとした森の葉擦れの音に混ざり、僕の耳に囁き声が聞こえていた。
森妖精だ。あちらこちらに潜む気配が、僕たちをみながらコソコソ話をしている――
どうも、この王子様は変わり者として知られているらしい。
「坊ちゃん、王国側の待機組で一番身分が高いのは坊ちゃんでございますからな。出発にあたってご挨拶を」
ネイフェンは僕を引き立てるように傍で膝をつき、頭を下げた。大袈裟だ。
隣では、何故かアップルトンまで同じようなポーズを取っている……。
「……」
入り口まで進んで振り返ると、人間と森妖精が一緒に武器を携えて並んでいる。
……同じ方向――入り口の方向を向いて、木漏れ日に髪をきらきらさせて、毅然とした眼差しを僕に注いでいる。
【この森妖精たちとこんな風に協力するのは……】
【……初めてだ】
過去二回の世界で、彼らは獣人の国に滅ぼされたのだ――僕の記憶がそう囁いていた。
吸い込む空気は、自然の香りがした。
葉っぱの匂い。土の匂い。名前も知らない花の匂い。
たくさんの匂いが混ざって、複雑で有機的な匂いになっている。
僕はそこに生命の息吹を感じた。
「僕たちの大切な仲間が中にいます。僕は、彼らを助けたい」
他人みたいで、なのに、ちゃんと自分だという確信の持てる声が響く。
短杖を持ち上げて、僕は背筋を伸ばして、顎をあげた。
「世界樹の周囲に広がる迷宮内部は……心を惑わす場所だときいたことがあります。皆さん、どうか気持ちを強く持ち、現実の自分を見失わないようにしてください」
風がふわりと吹き抜けて、アップルトンがフードをはらりと後ろに払われ、その顔を晒している。
その容貌は森妖精にとてもよく似ていて、耳は長くて先が尖っていて、肌の色は浅黒かった。
周囲の森妖精たちが一瞬だけその姿に目を瞠り……けれど何も言わなかった。
時間が過ぎれば過ぎるほど、僕の胸に不安の霧が濃く立ち込める。
「僕、どうしてか安心してた。あの人たちなら大丈夫だって。いつもみたいに緊張感なく、当たり前に帰って来て、全員ぴんぴんして笑ってただいまって言うんだって。僕、どうしてかそう思い込んでた」
声が震える。
どうしよう。
もしものことがあったら、どうしよう。
怖くて怖くて、仕方がない。
「助けなきゃ。どうしてこんなに楽観的になってたんだろう? 本当に、本当に……」
――いいや。
理由は、わかってる。
ノウファムだ。
あの得体の知れないノウファムが、余裕そうだったからだ。
なんでもわかってるみたいな雰囲気で、安心して待ってろって感じだったからだ。
「嘘吐きだ。ノウファム殿下は、嘘吐きなんだ……」
いつも、いつも。
――嘘付きなんだ。
「坊ちゃん、我々が救出に参りましょう」
「ええ、ええ。お供いたしますとも!」
ネイフェンとアップルトンが僕の手をとり、迷宮の方角を視た。
「うん……」
僕はあの隻眼の人物を脳裏に思い描いて、頷いた。
彼の隣には、ロザニイルがよく似合う。カジャと一緒にいるところも、微笑ましい。
僕の中にそんな風にロザニイルを隣に置く自分がいて、一方で「けれど」と叫ぶ意思もある。
けれど、今は僕が弟なんだ。
けれど、今は僕が聖杯なんだ。
けれど、……いなくなってしまった。
あの隻眼がようやく僕を見てくれて、僕は堂々とそれを見つめ返せる場所を手に入れた。
なのに、いなくなってしまったんだ。離れてしまったんだ。帰ってこないんだ。
【――そんなのは、嫌だ】
ワガママな子供が自分の都合で泣き叫ぶみたいに、僕の心に激情が渦を巻く。
【嫌だ。嫌だ。嫌だ!】
呪詛のように、僕の感情が身のうちで叫ぶ。
【ノウファムが死ぬのは、嫌だ。そんな結末は、許さないんだ……死んだら、また時間を戻してやるんだ!!】
きっと過去にも覚えたであろう感情の奔流を胸に抑えて、僕は息を紡いだ。
息を吸って、吐く。
頭がすこし冷えて、理性が戻る。
「……行こう」
……待機組は戻ってこないメンバーの救出を決めた。
僕がウィハルディ王子のもとに向かうと、森妖精たちは集団で何かをつくっていた。
粘土のようなものをこねて、形を整えて。
大きな型のようなものを作っている――釣鐘のような形だ。僕はそれを見て、カンタータの教会にぶらさがっていた鐘を思い出した。
「エーテル殿!」
ウィハルディ王子は作業に勤しむ集団を隠すようにして、従者と一緒に僕たちを迎えてくれた。
「救出に向かうのですね。我々も同じ考えでした」
誠実そうに語る王子は、弓を持っている。
「王子様の人間好きにも困ったもので」
「いや、人間に限ったことじゃない。魔物だって愛でるのだから」
「あの王子様は変わり者だから……」
さわさわとした森の葉擦れの音に混ざり、僕の耳に囁き声が聞こえていた。
森妖精だ。あちらこちらに潜む気配が、僕たちをみながらコソコソ話をしている――
どうも、この王子様は変わり者として知られているらしい。
「坊ちゃん、王国側の待機組で一番身分が高いのは坊ちゃんでございますからな。出発にあたってご挨拶を」
ネイフェンは僕を引き立てるように傍で膝をつき、頭を下げた。大袈裟だ。
隣では、何故かアップルトンまで同じようなポーズを取っている……。
「……」
入り口まで進んで振り返ると、人間と森妖精が一緒に武器を携えて並んでいる。
……同じ方向――入り口の方向を向いて、木漏れ日に髪をきらきらさせて、毅然とした眼差しを僕に注いでいる。
【この森妖精たちとこんな風に協力するのは……】
【……初めてだ】
過去二回の世界で、彼らは獣人の国に滅ぼされたのだ――僕の記憶がそう囁いていた。
吸い込む空気は、自然の香りがした。
葉っぱの匂い。土の匂い。名前も知らない花の匂い。
たくさんの匂いが混ざって、複雑で有機的な匂いになっている。
僕はそこに生命の息吹を感じた。
「僕たちの大切な仲間が中にいます。僕は、彼らを助けたい」
他人みたいで、なのに、ちゃんと自分だという確信の持てる声が響く。
短杖を持ち上げて、僕は背筋を伸ばして、顎をあげた。
「世界樹の周囲に広がる迷宮内部は……心を惑わす場所だときいたことがあります。皆さん、どうか気持ちを強く持ち、現実の自分を見失わないようにしてください」
風がふわりと吹き抜けて、アップルトンがフードをはらりと後ろに払われ、その顔を晒している。
その容貌は森妖精にとてもよく似ていて、耳は長くて先が尖っていて、肌の色は浅黒かった。
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