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四章、隻眼の王と二つの指輪
72、穢れし世界樹と迷宮の入り口
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朝になると、夜の間に全員が眠っていたことに気付いたみんなが大騒ぎしていた。
――そういえば、僕は自分の小屋を抜け出してしまった……。
小屋の見張りをしていたネイフェンとロザニイルがさぞ心配しているだろう。
僕が狼狽えていると、ノウファムは少し眠たげな隻眼を瞬かせ、剣を抜いた。
「お……兄様?」
何をするのか、と視線をやって、僕は凍り付いた。
「――殿下!」
一瞬の出来事だった。
ノウファムは剣の切っ先を自分に向けて、利き腕と逆の腕をザクッと斬って血を流した。
そして、血相を変える僕に構わずに外に出た。
「皆、案ずるな。落ち着け」
声が放たれるのを聞いて、僕は慌てて後に続いた。
朝方の白い木漏れ日の中で、腕から血を流したノウファムが闊達な声を響かせている。
集まって彼に視線を注ぐ人間たちを、木の上や茂みの陰に潜む森妖精たちが観ていた。
「昨夜は、狂妖精の敵襲があった。狂妖精はこの周辺に、眠りに導く外術を振り撒いたのだ。その魔力は強く、皆が抗えなかったのは仕方のない事である。見ての通り、俺も無傷とはいかなかった。強敵だった……だが、撃退はした」
ノウファムは僕に視線を移して、救世主を見るような眼になった。
「ここにいる聖杯は眠りの外術に抗い、魔術で俺を助けてくれた。とても助かったぞ」
視線が僕に集まり、様々な声が周囲に充ちる。
――う、嘘吐き!
僕の震える視線を綺麗にスルーして、ノウファムはモイセスと何か相談し始めた。
僕のところには、ロザニイルとネイフェンがやってきた。
「坊ちゃん! 昨夜は申し訳ございません、眠ってしまったようで」
「オレもだよ。眠りの外術だって? クソッ、悔しいな」
「あ、あはは……」
眠っていたのは、本当だ。
僕は曖昧な顔でチラチラとノウファムの様子を窺いながら無難な相槌を打って詳細を誤魔化した。
「人間族の皆さん、昨夜はゆっくり休まれたようですね」
みんなで集まっての朝食の席には、ウィハルディ王子が訪ねてきた。その口ぶりは、昨夜の真実を把握しているようだった。
ウィハルディ王子は水瓶を持ったままで、「森妖精は要求を受け入れることにした」とノウファムに告げた。
そして、きらきらと清廉な輝きを魅せる金色の頭を下げたのだった。
「代わりに世界樹の浄化を求めたいのです」
……と、そう言って。
「世界樹の浄化ですと?」
黒魔術師アップルトンが思わずといった様子で問いかける。
「世界樹とは、この世界に立つ樹木でありながら半分妖精界に根差した樹木ともいわれている、世界で最も聖浄な植物ではありませんか? それを浄化とは、どういうことです……?」
ウィハルディ王子は深刻な顔で頷き、食事を終えた僕たちを世界樹に続く迷路の入り口に案内してくれた。
昨日の夕方にロザニイルと眺めた場所だ。
「数十年前から世界樹は迷路の入り口と出口を閉ざしています。そして、少しずつ穢れを蓄積させているようなのです……」
――そういえば、僕は自分の小屋を抜け出してしまった……。
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そして、血相を変える僕に構わずに外に出た。
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ノウファムは僕に視線を移して、救世主を見るような眼になった。
「ここにいる聖杯は眠りの外術に抗い、魔術で俺を助けてくれた。とても助かったぞ」
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――う、嘘吐き!
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「オレもだよ。眠りの外術だって? クソッ、悔しいな」
「あ、あはは……」
眠っていたのは、本当だ。
僕は曖昧な顔でチラチラとノウファムの様子を窺いながら無難な相槌を打って詳細を誤魔化した。
「人間族の皆さん、昨夜はゆっくり休まれたようですね」
みんなで集まっての朝食の席には、ウィハルディ王子が訪ねてきた。その口ぶりは、昨夜の真実を把握しているようだった。
ウィハルディ王子は水瓶を持ったままで、「森妖精は要求を受け入れることにした」とノウファムに告げた。
そして、きらきらと清廉な輝きを魅せる金色の頭を下げたのだった。
「代わりに世界樹の浄化を求めたいのです」
……と、そう言って。
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「世界樹とは、この世界に立つ樹木でありながら半分妖精界に根差した樹木ともいわれている、世界で最も聖浄な植物ではありませんか? それを浄化とは、どういうことです……?」
ウィハルディ王子は深刻な顔で頷き、食事を終えた僕たちを世界樹に続く迷路の入り口に案内してくれた。
昨日の夕方にロザニイルと眺めた場所だ。
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