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四章、隻眼の王と二つの指輪
63、殿下は、嘘吐きです。
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「私は旅の土産話を楽しみにしているから、気を付けて行っておいで」
東へと旅立つ僕たちに、魔王カジャは以前と同じように華やかな笑顔を向けた。名目上は外交とか滅亡回避のための調査とか言われている旅は、ちょっと懐かしい感覚を僕にくれる。過去にもこんな旅をしたのかもしれない。
「エーテルは、私と離れて寂しいだろうが、別離は愛を育てるものだからいい子で頑張るのだよ」
と、そんなことを言って僕を「しばらく触れられなくなるから」とむぎゅむぎゅと抱きしめ、撫でまわしながら耳元で囁く声はいたずらっ子のようだった。
「いやぁ~、私はあの時死んでもよかったんだけど。そのつもりだったんだけど。でもお前、私に死んでほしくなかったのだねえ。あんなに可愛らしくおねだりしちゃってさ……お兄様より私を選ぶとは思わなかったな、うふふ」
僕はちょっとだけノウファムの視線と耳を気にしながら、首を横に振った。
「し、死んでほしくないのはそうだけど、選ぶとかは」
「だぁってお前、あの時私が死んでいたら世はノウファム英雄王の時代になっていたのだよ?」
ケラケラと笑うカジャは、僕の頬にちゅっと音を立ててキスをした。
そして、耳元で「お兄様が嫉妬しているよ。よかったねえ」と笑ってから周囲を探るように目を細めた。とても楽しそうだ。
「……他の者も、あやしげな雰囲気だけどね」
集中する視線の中に、東に同行するネイフェンやロザニイル、モイセスといった者たちがいる。
彼らはそれぞれ忠誠心だったり友情だったりな温度で僕を心配してくれているようだった。
「モテモテだねエーテル。どうするの。お前、罪作りだね。聖杯争奪戦とか企画したら彼らは乗ってくるかな?」
「カジャ……君……勘違いしているよ。彼らはそういうのじゃないよ」
カジャは、面白がっている。完全に面白がっている……。
「カジャ。そろそろいいか? 時間が惜しい」
痺れを切らした様子でノウファムが声を降らせて、僕の肩を引いてカジャから引きはがす。
「ああ。そうだね、せっかくだから私の忠実なる臣下の二人にはミッションを追加してあげよう」
「いらん」
ノウファムがむすっとして、不愛想極まりない反応を返している。気持ちはわかる――
カジャはノウファムの反応を愉しむように唇を笑ませて、白い指をあてた。
そして、いつものように命令を下したのだった。
「エーテルには、お前がいつか誰かさんたちに命令していたことをそのまま命じよう。恋愛感情を育んでおいで、と」
カジャの声が大きくて、僕はドキドキした。
そんなの、みんなに聞こえるように命じなくてもいいじゃないか。
しかし、続く言葉はもっと酷かった。
「ノウファムは帰還するまでに聖杯を抱くように」
「……」
抱くように。
僕は衝撃的な言葉に一瞬くらっと眩暈を起こしかけた。
それって、大人のアレ? アレだよな?
抱っこでもいいんだろうか。そんな思いがぐるぐると頭を駆け巡って、煙が出そう。
でもこの命令、いつもとちょっと雰囲気違うような気もする――違和感がある。今すぐじゃなくて、帰還までにしなさいって命令だからだろうか?
僕は頭をふらふらさせながら、肩を押さえて支えてくれているノウファムをチラチラと見た。
ぱちりと目が合うと、恥ずかしくなってしまう。
……意識してしまうではないかっ。
「いい反応だね! っふふふ、あははは!」
ああ、カジャがご機嫌だ。
出発する飛竜の隊列の中で、僕は今回モイセスではなくノウファムの飛竜に乗せてもらえることになった。
黒檀色の美しい飛竜カレナリエンが優雅に飛翔する背で、僕はモイセスの飛竜に乗って冒険した北西の遺跡を思い出して――そっと呟いた。
「……殿下は、嘘吐きです」
何が? って感じで首を傾げる気配に、僕はふくれっ面で声を続けた。
「殿下は、……あ、あの遺跡で……仰いました」
艶っぽい出来事を話題にするのは、ちょっと恥ずかしい。
しかし、言わなければ気が済まないこともある。
「皆を解放する。終末を遠ざける。その二つの目的のために、俺たちはこの部屋の仕掛けをクリアしなければならない、と……終末を遠ざけるためにって仰いました」
「? ああ。そうだな」
「世界の滅亡なんてどうでもいい、終末を遠ざけたい。どっちですか」
終末を遠ざけたいと言ってほしい――そんな願望を籠めてノウファムを見つめれば、ノウファムは不思議な生き物に出会ったような顔で僕を見つめ返した。
「俺はどっちでもいい」
「――殿下ぁっ!?」
……僕はこの人が、本当にわからない!
僕は涙目になって飛翔の速度で後ろに流れていく白い雲を眩しく見つめたのだった。
東へと旅立つ僕たちに、魔王カジャは以前と同じように華やかな笑顔を向けた。名目上は外交とか滅亡回避のための調査とか言われている旅は、ちょっと懐かしい感覚を僕にくれる。過去にもこんな旅をしたのかもしれない。
「エーテルは、私と離れて寂しいだろうが、別離は愛を育てるものだからいい子で頑張るのだよ」
と、そんなことを言って僕を「しばらく触れられなくなるから」とむぎゅむぎゅと抱きしめ、撫でまわしながら耳元で囁く声はいたずらっ子のようだった。
「いやぁ~、私はあの時死んでもよかったんだけど。そのつもりだったんだけど。でもお前、私に死んでほしくなかったのだねえ。あんなに可愛らしくおねだりしちゃってさ……お兄様より私を選ぶとは思わなかったな、うふふ」
僕はちょっとだけノウファムの視線と耳を気にしながら、首を横に振った。
「し、死んでほしくないのはそうだけど、選ぶとかは」
「だぁってお前、あの時私が死んでいたら世はノウファム英雄王の時代になっていたのだよ?」
ケラケラと笑うカジャは、僕の頬にちゅっと音を立ててキスをした。
そして、耳元で「お兄様が嫉妬しているよ。よかったねえ」と笑ってから周囲を探るように目を細めた。とても楽しそうだ。
「……他の者も、あやしげな雰囲気だけどね」
集中する視線の中に、東に同行するネイフェンやロザニイル、モイセスといった者たちがいる。
彼らはそれぞれ忠誠心だったり友情だったりな温度で僕を心配してくれているようだった。
「モテモテだねエーテル。どうするの。お前、罪作りだね。聖杯争奪戦とか企画したら彼らは乗ってくるかな?」
「カジャ……君……勘違いしているよ。彼らはそういうのじゃないよ」
カジャは、面白がっている。完全に面白がっている……。
「カジャ。そろそろいいか? 時間が惜しい」
痺れを切らした様子でノウファムが声を降らせて、僕の肩を引いてカジャから引きはがす。
「ああ。そうだね、せっかくだから私の忠実なる臣下の二人にはミッションを追加してあげよう」
「いらん」
ノウファムがむすっとして、不愛想極まりない反応を返している。気持ちはわかる――
カジャはノウファムの反応を愉しむように唇を笑ませて、白い指をあてた。
そして、いつものように命令を下したのだった。
「エーテルには、お前がいつか誰かさんたちに命令していたことをそのまま命じよう。恋愛感情を育んでおいで、と」
カジャの声が大きくて、僕はドキドキした。
そんなの、みんなに聞こえるように命じなくてもいいじゃないか。
しかし、続く言葉はもっと酷かった。
「ノウファムは帰還するまでに聖杯を抱くように」
「……」
抱くように。
僕は衝撃的な言葉に一瞬くらっと眩暈を起こしかけた。
それって、大人のアレ? アレだよな?
抱っこでもいいんだろうか。そんな思いがぐるぐると頭を駆け巡って、煙が出そう。
でもこの命令、いつもとちょっと雰囲気違うような気もする――違和感がある。今すぐじゃなくて、帰還までにしなさいって命令だからだろうか?
僕は頭をふらふらさせながら、肩を押さえて支えてくれているノウファムをチラチラと見た。
ぱちりと目が合うと、恥ずかしくなってしまう。
……意識してしまうではないかっ。
「いい反応だね! っふふふ、あははは!」
ああ、カジャがご機嫌だ。
出発する飛竜の隊列の中で、僕は今回モイセスではなくノウファムの飛竜に乗せてもらえることになった。
黒檀色の美しい飛竜カレナリエンが優雅に飛翔する背で、僕はモイセスの飛竜に乗って冒険した北西の遺跡を思い出して――そっと呟いた。
「……殿下は、嘘吐きです」
何が? って感じで首を傾げる気配に、僕はふくれっ面で声を続けた。
「殿下は、……あ、あの遺跡で……仰いました」
艶っぽい出来事を話題にするのは、ちょっと恥ずかしい。
しかし、言わなければ気が済まないこともある。
「皆を解放する。終末を遠ざける。その二つの目的のために、俺たちはこの部屋の仕掛けをクリアしなければならない、と……終末を遠ざけるためにって仰いました」
「? ああ。そうだな」
「世界の滅亡なんてどうでもいい、終末を遠ざけたい。どっちですか」
終末を遠ざけたいと言ってほしい――そんな願望を籠めてノウファムを見つめれば、ノウファムは不思議な生き物に出会ったような顔で僕を見つめ返した。
「俺はどっちでもいい」
「――殿下ぁっ!?」
……僕はこの人が、本当にわからない!
僕は涙目になって飛翔の速度で後ろに流れていく白い雲を眩しく見つめたのだった。
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