魔女家の公子は暴君に「義兄と恋愛しろ」と命令されています。

浅草ゆうひ

文字の大きさ
上 下
64 / 158
四章、隻眼の王と二つの指輪

63、殿下は、嘘吐きです。

しおりを挟む
「私は旅の土産話を楽しみにしているから、気を付けて行っておいで」

 東へと旅立つ僕たちに、魔王カジャは以前と同じように華やかな笑顔を向けた。名目上は外交とか滅亡回避のための調査とか言われている旅は、ちょっと懐かしい感覚を僕にくれる。過去にもこんな旅をしたのかもしれない。
 
「エーテルは、私と離れて寂しいだろうが、別離は愛を育てるものだからいい子で頑張るのだよ」
 と、そんなことを言って僕を「しばらく触れられなくなるから」とむぎゅむぎゅと抱きしめ、撫でまわしながら耳元でささやく声はいたずらっ子のようだった。

「いやぁ~、私はあの時死んでもよかったんだけど。そのつもりだったんだけど。でもお前、私に死んでほしくなかったのだねえ。あんなに可愛らしくおねだりしちゃってさ……お兄様より私を選ぶとは思わなかったな、うふふ」

 僕はちょっとだけノウファムの視線と耳を気にしながら、首を横に振った。

「し、死んでほしくないのはそうだけど、選ぶとかは」
「だぁってお前、あの時私が死んでいたら世はノウファム英雄王の時代になっていたのだよ?」
 ケラケラと笑うカジャは、僕の頬にちゅっと音を立ててキスをした。

 そして、耳元で「お兄様が嫉妬しているよ。よかったねえ」と笑ってから周囲を探るように目を細めた。とても楽しそうだ。

「……他の者も、あやしげな雰囲気だけどね」
 集中する視線の中に、東に同行するネイフェンやロザニイル、モイセスといった者たちがいる。
 彼らはそれぞれ忠誠心だったり友情だったりな温度で僕を心配してくれているようだった。
「モテモテだねエーテル。どうするの。お前、罪作りだね。聖杯争奪戦とか企画したら彼らは乗ってくるかな?」
「カジャ……君……勘違いしているよ。彼らはそういうのじゃないよ」
 カジャは、面白がっている。完全に面白がっている……。  

「カジャ。そろそろいいか? 時間が惜しい」
 痺れを切らした様子でノウファムが声を降らせて、僕の肩を引いてカジャから引きはがす。

「ああ。そうだね、せっかくだから私の忠実なる臣下の二人にはミッションを追加してあげよう」
「いらん」
 ノウファムがむすっとして、不愛想極まりない反応を返している。気持ちはわかる――
 カジャはノウファムの反応を愉しむように唇を笑ませて、白い指をあてた。
 そして、いつものように命令を下したのだった。

「エーテルには、お前がいつか誰かさんたちに命令していたことをそのまま命じよう。恋愛感情を育んでおいで、と」

 カジャの声が大きくて、僕はドキドキした。
 そんなの、みんなに聞こえるように命じなくてもいいじゃないか。

 しかし、続く言葉はもっと酷かった。
「ノウファムは帰還するまでに聖杯を抱くように」

「……」

 
 


 僕は衝撃的な言葉に一瞬くらっと眩暈を起こしかけた。
 それって、大人のアレ? アレだよな?
 抱っこでもいいんだろうか。そんな思いがぐるぐると頭を駆け巡って、煙が出そう。
 
 でもこの命令、いつもとちょっと雰囲気違うような気もする――違和感がある。今すぐじゃなくて、帰還までにしなさいって命令だからだろうか?
 僕は頭をふらふらさせながら、肩を押さえて支えてくれているノウファムをチラチラと見た。

 ぱちりと目が合うと、恥ずかしくなってしまう。
 ……意識してしまうではないかっ。

「いい反応だね! っふふふ、あははは!」

 ああ、カジャがご機嫌だ。

 出発する飛竜の隊列の中で、僕は今回モイセスではなくノウファムの飛竜に乗せてもらえることになった。

 黒檀色の美しい飛竜カレナリエンが優雅に飛翔する背で、僕はモイセスの飛竜に乗って冒険した北西の遺跡を思い出して――そっと呟いた。

「……殿下は、嘘吐きです」

 何が? って感じで首を傾げる気配に、僕はふくれっ面で声を続けた。

「殿下は、……あ、あの遺跡で……仰いました」
 
 艶っぽい出来事を話題にするのは、ちょっと恥ずかしい。
 しかし、言わなければ気が済まないこともある。
 
「皆を解放する。終末を遠ざける。その二つの目的のために、俺たちはこの部屋の仕掛けギミックをクリアしなければならない、と……終末を遠ざけるためにって仰いました」

「? ああ。そうだな」

「世界の滅亡なんてどうでもいい、終末を遠ざけたい。どっちですか」

 終末を遠ざけたいと言ってほしい――そんな願望を籠めてノウファムを見つめれば、ノウファムは不思議な生き物に出会ったような顔で僕を見つめ返した。

「俺はどっちでもいい」

「――殿下ぁっ!?」
 
 ……僕はこの人が、本当にわからない!
 

 僕は涙目になって飛翔の速度で後ろに流れていく白い雲を眩しく見つめたのだった。
しおりを挟む
感想 2

あなたにおすすめの小説

異世界転移で、俺と僕とのほっこり溺愛スローライフ~間に挟まる・もふもふ神の言うこと聞いて珍道中~

兎森りんこ
BL
主人公のアユムは料理や家事が好きな、地味な平凡男子だ。 そんな彼が突然、半年前に異世界に転移した。 そこで出逢った美青年エイシオに助けられ、同居生活をしている。 あまりにモテすぎ、トラブルばかりで、人間不信になっていたエイシオ。 自分に自信が全く無くて、自己肯定感の低いアユム。 エイシオは優しいアユムの料理や家事に癒やされ、アユムもエイシオの包容力で癒やされる。 お互いがかけがえのない存在になっていくが……ある日、エイシオが怪我をして!? 無自覚両片思いのほっこりBL。 前半~当て馬女の出現 後半~もふもふ神を連れたおもしろ珍道中とエイシオの実家話 予想できないクスッと笑える、ほっこりBLです。 サンドイッチ、じゃがいも、トマト、コーヒーなんでもでてきますので許せる方のみお読みください。 アユム視点、エイシオ視点と、交互に視点が変わります。 完結保証! このお話は、小説家になろう様、エブリスタ様でも掲載中です。 ※表紙絵はミドリ/緑虫様(@cklEIJx82utuuqd)からのいただきものです。

鬼上司と秘密の同居

なの
BL
恋人に裏切られ弱っていた会社員の小沢 海斗(おざわ かいと)25歳 幼馴染の悠人に助けられ馴染みのBARへ… そのまま酔い潰れて目が覚めたら鬼上司と呼ばれている浅井 透(あさい とおる)32歳の部屋にいた… いったい?…どうして?…こうなった? 「お前は俺のそばに居ろ。黙って愛されてればいい」 スパダリ、イケメン鬼上司×裏切られた傷心海斗は幸せを掴むことができるのか… 性描写には※を付けております。

貢がせて、ハニー!

わこ
BL
隣の部屋のサラリーマンがしょっちゅう貢ぎにやって来る。 隣人のストレートな求愛活動に困惑する男子学生の話。 社会人×大学生の日常系年の差ラブコメ。 ※現時点で小説の公開対象範囲は全年齢となっております。しばらくはこのまま指定なしで更新を続ける予定ですが、アルファポリスさんのガイドラインに合わせて今後変更する場合があります。(2020.11.8) ■2024.03.09 2月2日にわざわざサイトの方へ誤変換のお知らせをくださった方、どうもありがとうございました。瀬名さんの名前が僧侶みたいになっていたのに全く気付いていなかったので助かりました! ■2024.03.09 195話/196話のタイトルを変更しました。 ■2020.10.25 25話目「帰り道」追加(差し込み)しました。話の流れに変更はありません。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

いっぱい命じて〜無自覚SubはヤンキーDomに甘えたい〜

きよひ
BL
無愛想な高一Domヤンキー×Subの自覚がない高三サッカー部員 Normalの諏訪大輝は近頃、謎の体調不良に悩まされていた。 そんな折に出会った金髪の一年生、甘井呂翔。 初めて会った瞬間から甘井呂に惹かれるものがあった諏訪は、Domである彼がPlayする様子を覗き見てしまう。 甘井呂に優しく支配されるSubに自分を重ねて胸を熱くしたことに戸惑う諏訪だが……。 第二性に振り回されながらも、互いだけを求め合うようになる青春の物語。 ※現代ベースのDom/Subユニバースの世界観(独自解釈・オリジナル要素あり) ※不良の喧嘩描写、イジメ描写有り 初日は5話更新、翌日からは2話ずつ更新の予定です。

完結・オメガバース・虐げられオメガ側妃が敵国に売られたら激甘ボイスのイケメン王から溺愛されました

美咲アリス
BL
虐げられオメガ側妃のシャルルは敵国への貢ぎ物にされた。敵国のアルベルト王は『人間を食べる』という恐ろしい噂があるアルファだ。けれども実際に会ったアルベルト王はものすごいイケメン。しかも「今日からそなたは国宝だ」とシャルルに激甘ボイスで囁いてくる。「もしかして僕は国宝級の『食材』ということ?」シャルルは恐怖に怯えるが、もちろんそれは大きな勘違いで⋯⋯? 虐げられオメガと敵国のイケメン王、ふたりのキュン&ハッピーな異世界恋愛オメガバースです!

【完結】ぎゅって抱っこして

かずえ
BL
幼児教育学科の短大に通う村瀬一太。訳あって普通の高校に通えなかったため、働いて貯めたお金で二年間だけでもと大学に入学してみたが、学費と生活費を稼ぎつつ学校に通うのは、考えていたよりも厳しい……。 でも、頼れる者は誰もいない。 自分で頑張らなきゃ。 本気なら何でもできるはず。 でも、ある日、金持ちの坊っちゃんと心の中で呼んでいた松島晃に苦手なピアノの課題で助けてもらってから、どうにも自分の心がコントロールできなくなって……。

ブラッドフォード卿のお気に召すままに~~腹黒宰相は異世界転移のモブを溺愛する~~

ゆうきぼし/優輝星
BL
異世界転移BL。浄化のため召喚された異世界人は二人だった。腹黒宰相と呼ばれるブラッドフォード卿は、モブ扱いのイブキを手元に置く。それは自分の手駒の一つとして利用するためだった。だが、イブキの可愛さと優しさに触れ溺愛していく。しかもイブキには何やら不思議なチカラがあるようで……。 *マークはR回。(後半になります) ・ご都合主義のなーろっぱです。 ・攻めは頭の回転が速い魔力強の超人ですがちょっぴりダメンズなところあり。そんな彼の癒しとなるのが受けです。癖のありそうな脇役あり。どうぞよろしくお願いします。 腹黒宰相×獣医の卵(モフモフ癒やし手) ・イラストは青城硝子先生です。

処理中です...