魔女家の公子は暴君に「義兄と恋愛しろ」と命令されています。

浅草ゆうひ

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三章、悪役の流儀

62、「俺は世界の滅亡なんてどうでもいい」

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「先日の事故で、わが国の招いたセルズ国の方々が犠牲になられたのは、誠に遺憾の限りであった」

 大衆を見下ろす高いバルコニーから、威厳に満ちた魔王の声が朗々と響き渡る。
 拝聴する人々は、不安そうな顔であった。

「セルズ国の方々を襲ったのは、海の支配者と伝承にうたわれる妖精種、人魚族である……」

 魔王は、美しいかんばせに誠実そうな表情をのぼらせた。
 遠目にも容姿に優れた魔王がそんな表情を浮かべると、人々は恐怖や不安を忘れて目を奪われた。
 彼は、そんな表情がとても似合う男であった。
 そんなちょっとしたことに、人々は今日初めて気づいたのだった。

「人魚族は教えてくれた。皆が不安に思っている滅亡の預言の真実を」

 数年間に渡り、皆が薄気味悪く思っていた預言の話が魔王の口から飛び出すと、全員が息を呑んで言葉の続きを待った。
 痛いほどの緊張が大衆の間に充ちて、息苦しいと思うほどだった。

 魔王は、その華麗な唇を滑らかに動かして声を紡いだ。

「我々人間族は、自分たちが生きるために自然を拓き、削り、汚してきた。自然に生きる者――植物や大地、大気といった自然そのものはもちろんとして、自然に寄り添い生きる妖精族や、野生の獣たち。そういった生き物たちの怨念が溜まり、世界は怨嗟のもとである人間族を排除しようと動き始めているのである」

 恐ろしい真実が語られると、人々は互いに視線を交差させて狼狽えた。

「セルズ国は、隣接する大森林地帯の森妖精国家に侵略をしていた。妖精種の中でも力の強い人魚族は、彼らの蛮行を許さなかったのである」

 魔王は切々と声を震わせ、「我が国とて、セルズ国同様に今まで数々の罪を犯してきた歴史がある」と過去の国策を挙げる。それによって生じた自然の被害や、妖精族の被害を数え上げる。
 特に先代の国王、開拓王リサンデルの御代に及ぶと、その開拓っぷりと自然へのダメージの大きさに人々は顔色をどんどんと悪くしていった。

「我々は、変わらねばならない。まずは上が率先して変わろう。私から変わろう……」


 
 真剣に語る魔王の声を聞きながら、王兄が卓上に広げた地図を無感動に見つめている。
 左眼には黒い眼帯がされていて、残る右眼はなんとなく怠そうだった。


「エーテル。お前は南と東どちらがい?」

 
 王兄ノウファムの膝の上に抱きかかえられた姿勢で、僕はカクカクとぎこちなく首を傾げた。

「問いかけの意味をわかりかねますが、殿下?」

 この人の考えていることが、僕にはもう全くわからない。
 この人がどういう人なのか、僕にはもう全然わからない。

「わからなくていい。思いつくまま申してみろ」
「いや、それ怖いんですけど……侵略したりするんですか……? もしかして? もしかして?」

 僕が答えかねていると、ノウファムは眉をあげて「仕方ないな」と呟き、おもむろにサイコロを握った。

「奇数が出たら南、偶数が出たら東とする」

 ぽいっと転がしたサイコロは、ころんころんと転がって偶数の目で止まった。

「……侵略したりするんですか……?」

 僕の声には応えず、ノウファムは部屋に戻ってきた魔王カジャに気付いて僕を降ろした。
 そして、臣従の姿勢を取って告げた。

「陛下。東に参ります」

 許可を取る言い方ではない。
 これは決定事項の伝達――宣言だ。

 スッと立ち上がったノウファムは、カジャの返答を待たずに部屋を出た。
 その指には未だに臣従の指輪があるけれど、カジャは命令を発して兄を止めることはしなかった。

 
 僕は慌てて後を追い、その背中に声をかけた。
 
「殿下……せ、……世界を、守るんですよね? 僕は、カジャと僕は滅亡を回避したくて……」

 胸の中は、不安でいっぱいだった。
 王城の窓から注ぐ陽光はあかるくて、ノウファムの黒髪をしっとりと艶めかせている。
 さらりと毛先を揺らして、精悍な顔が僕をちらりと振り返る。


「俺は、世界の滅亡なんてどうでもいい」

 告げた言葉はゾッとするほど「普通」の温度で紡がれていて、僕は二回目の世界で急に暴君になってしまった彼に戸惑った時のような気分になった。

 あの時も、確かこんな雰囲気を感じさせたような気がする。

 けれど。

 ふっと気配を柔らかくして、ノウファムは急に兄の顔で微笑んだ。
 そして、がらりと雰囲気の異なる声を発した。
「エーテル。兄さんと東に一緒に行くか?」

 
 それは低くて、柔らかくて、ホッと安心するみたいな、そんな声で――
 片方だけになった青い瞳は、「俺を兄と呼べ」と求めているようだった。
 

「はい……、お――お兄様……」
 
 ……僕は、眼の前の王兄が本当にわからなくなってしまったのだった。
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