魔女家の公子は暴君に「義兄と恋愛しろ」と命令されています。

浅草ゆうひ

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三章、悪役の流儀

58、殿下は拗ねていらっしゃいます

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 人工の灯りの中で、影が不気味に伸びている。
 そこにいたのは、ノウファムだった。背後には彼の忠臣、黒騎士モイセスと配下騎士たちが連れられている。
 
 ――いつも、この後は……。
 
 その姿を視た瞬間、僕は叫んでいた。

「殿下! 来ないでくださいっ!」
 トラウマのように、過去二回に及ぶノウファムの負傷した姿が僕の脳裏に思い浮かんでいた。

 そんな心を読んだように、ノウファムは妖しく口の端をゆがめた。
「術を中断したら、言う通りにしてもいい」
 深い海のような瞳は、冴え冴えとしていた。鋭い眼差しは、少し怖い。

「カジャが!!」
 死にそうなんだ。
 僕は、そんな思いを舌にのせることができなかった――この唯一無二の存在がいなくなるという事態を、言葉にするのが怖かった。
「死なない」
 ノウファムは聞き分けの悪い子供を見るような眼で眉を寄せた。
 なんだか、仏頂面だ。
 とても不機嫌そうな顔だった。

「お前の騎士が申したように、カジャは化け物じみた魔力を有している。半分くらい毒を吸い取ってやれば十分だ」
「坊ちゃんたち、……その魔王を生かしては……っ」
 ネイフェンが未練がましく呟いている。
  
 声に釣られたように、ノウファムの青い瞳がネイフェンに移った。
 刹那――室内の温度が数度下がったような、ゾワッとした悪寒が背筋を奔る。
 
「そなたは、騎士であろう。主の命令に口答えをするのか?」
 
 殺気。怒気。
 そんな恐ろしい気配が目に視えるような錯覚を覚えるほど、周囲を浸した。

 勘気に触れたネイフェンが、ネコヒゲをしおしおとさせる。術を中断させながら、僕は場違いにも「可愛い」と思ってしまった。
 耳をへたりと倒して剣を手放すと、床に落ちる音が僕の耳に高く澄んだ音として響いてきこえた。

 喉元に突き付けられていた剣を放され、ネイフェンがガクリとその場に膝をつく。
 それに頷いたノウファムは、背後に目配せをした。モイセスが頷いて、ネイフェンの身柄を抑える。同時に、医者が騎士たちに守られて室内に進み、カジャを診る様子をみせた。

「……ネイフェン、よかっ……」
 言いかけた僕の腕がぐいっと引かれる。言葉を最後まで言うより先に、僕は唇をノウファムのそれで塞がれていた。
「……っ」
 身体に移した毒が、口腔から抜けていく――ノウファムへと移動していく。吸われていく。
「ンッ! ん、ン……ッ!」

 抗議するように拳を握って胸板を叩いても、大柄な身体はびくともしない。
 毒がどんどん吸われていく――、

「ッはっ」
 唇が離されて、僕は動揺を言葉に乗せた。

「殿下っ!」
「ん」
 
 ノウファムが指を持ち上げて、僕の唇に付着した血をするりと拭う。
 その指をぺろりと舐めて、青い眼差しはモイセスを見た。

「エーテルも医者に診せて、安静にさせておくように」

 モイセスは僕を引き受けて、恭しく頭を下げた。

「殿下……っ」
「その呼び方は気に入ってるのか? カジャは呼び捨てにするのに」
 ノウファムが言い捨てる声は、なんだか拗ねたような声だ。
「殿下は拗ねていらっしゃいます」
「モイセス、説明しなくてよろしい」  
 
 ノウファムがくるりと背を向けた時、船内にけたたましく警報が鳴った。
 ばたばたと慌てた様子の足音と、悲鳴のような警告がその場にいた全員の耳に届く。


「――魔物だ! 魔物が向かってくる!!」

 
【魔物が襲ってくるのは明日なんだ】
 ……そういえば、魔物が来るんだった……っ!?

 ノウファムの声を思い出して、僕はずきずきとする頭痛をこらえた。

 ――僕が思い出した記憶はいつもノウファムが負傷したところで真っ赤に染まっていて、魔物の襲撃については思い出せていないのだ。
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