魔女家の公子は暴君に「義兄と恋愛しろ」と命令されています。

浅草ゆうひ

文字の大きさ
上 下
49 / 158
三章、悪役の流儀

48、この関係は、きっと記憶が戻ったら壊れてしまうんだ(軽☆)

しおりを挟む
 ――流されている。
 音は遮断されているが、外はきっと大騒ぎなのだ。
 寝ていていいはずがない。それなのに、このぬくぬくした居心地の良い腕の中が僕を駄目にする。
 
 頭の隅でそんなことを考えながら、僕は結局引っ付いた体温と呼吸の穏やかさに引きずられるように眠ってしまった。
 
 再び目が覚めると、たっぷりと睡眠を貪って満足したらしきノウファムが着替えを済ませて首から下げたネックレスの革紐を指先で弄っている。
 僕が身じろぎすると、ノウファムの青い瞳がハッとした様子で僕を流し視た。

「起きたのか。おはよう、エーテル?」
「おはようございます……」
 僕は相手の呼び方で詰まった。
「……?」
 どうしてだろう。
 目の前の偉丈夫をお兄様と呼ぶことに、抵抗を感じる。
 それが恥ずかしいことのように思えるのだ……。

「お前のお気に入りの騎士が迎えに来るから、騎士と一緒に行くといい。俺は別の仕事がある」
「はい、……殿下」
 
 そっと殿下の敬称を呼ぶと、ノウファムは微かに眉を寄せた。けれど、もう「お兄様と呼べ」とは言わなかった。

 ノウファムがネックレスを隠すのを見ていると、僕の脳裏には不思議な思考がふと流れる。
 
【惜しいことをした。寝ている間に奪うことができたのに】

「……っ?」
「どうした、エーテル?」
 
 今、僕は変なことを考えた。
 僕は自分の考えに困惑して目を瞬かせつつ、思考を切り替えた。

「いえ。なんでも……そういえば殿下は、不眠症を患っていらっしゃると聞いていました」
 その割によく眠っていたけれど。
 僕が首を傾げると、ノウファムは頭を振った。
「モイセスが話したのか?」
 他に心当たりがないらしい。あとでモイセスが怒られてしまうのだろうか――僕は心の中でこっそりモイセスに詫びて視線を逸らした。誤魔化してあげないと。
「いえ。か……風の噂とか。なんとなく? モイセス卿ってどなたでしたっけ。僕、忘れちゃったなぁ……」
「エーテル、お前は誤魔化すのが下手だな」
 ノウファムがくすっと笑って、僕の背中をぽんぽんと叩く。
 あやされている子供のような気分だ。
「モイセスが薦めてくれたが、抱き枕というのは効果が高いようだな。お前を抱っこして寝るとよく眠れる」
「へっ」
 冗談なのか本気なのかわからないことを言って、ノウファムは顔を寄せた。

 近づく顔は昨夜の情欲を煽る気配を薄く纏っていて、ぞくりとするほど艶っぽい。
 整った顔立ちが目を覗き込むように止まると、その眼差しが渇望みたいなものをまっすぐに隠さず露わにしていて、僕の胸がどきどきと騒ぐ。
 捕食者に見つめられた被食者の気分だ。

「魔力が欲しい」
 声が囁いて、僕の背筋がぞくぞくと震えた。
 低く、温厚で、はっきりとした魅力的な男の声だ。
 
に口付けをしたい。構わないだろうか?」  
 
 一応、許可を窺うんだな――そんな感想がふわっと湧く。
 、だって――その一言がなんだか甘く聞こえて、頬にふわふわと血がのぼる。
 
 視線を合わせていられない。みっともない顔を見られてしまいそう。
 ――困惑してしまう。
 僕の中に、一も二もなく頷いて身を捧げたい自分と、それに反発する自分がいるようなのだ。

「……」
「口付けだけだ。それ以上はしない」

 逡巡を感じ取ったように言葉が足されると、自然と首が縦に揺れる。
 口付けがされると、僕の胸には違和感の芽が吹いていた。


【これは誰だ?】

 そんな思いが頭の中を駆け巡る。

【ノウファムは、私が「聖杯に口付けしろ」と言っても嫌がるような男だったのに】 

 舌が絡まり、唾液を混ぜ合うみたいに口付けが深くなる。
 背中を優しく撫でられて、腰をさすられる。
 
 ――気持ちいい。

 頭がずきずきする。
 何かを思い出しそう。嫌だ。

 唇が離れて、甘い蜜みたいな唾液が糸を引く。
 透明なそれが、部屋の照明にきらきらしてとても美しく視えた。
「っ……、や、やめないで……お兄様……」 
 僕は記憶の奔流を拒絶するように目の前のノウファムにしがみついて、自分から口付けを求めた。

「もっと……して」
 ハァッと甘ったるく熱をはいて甘えるように舌を突きだせば、ちゅぷっと吸われて甘い痺れがぞくぞくと背を奔る。

 ……この関係は、きっと記憶が戻ったら壊れてしまうんだ。
 本能みたいにそう感じて、僕は思い出したくないと思った。

  
 強く、――強く、そう願った。
しおりを挟む
感想 2

あなたにおすすめの小説

異世界転移で、俺と僕とのほっこり溺愛スローライフ~間に挟まる・もふもふ神の言うこと聞いて珍道中~

兎森りんこ
BL
主人公のアユムは料理や家事が好きな、地味な平凡男子だ。 そんな彼が突然、半年前に異世界に転移した。 そこで出逢った美青年エイシオに助けられ、同居生活をしている。 あまりにモテすぎ、トラブルばかりで、人間不信になっていたエイシオ。 自分に自信が全く無くて、自己肯定感の低いアユム。 エイシオは優しいアユムの料理や家事に癒やされ、アユムもエイシオの包容力で癒やされる。 お互いがかけがえのない存在になっていくが……ある日、エイシオが怪我をして!? 無自覚両片思いのほっこりBL。 前半~当て馬女の出現 後半~もふもふ神を連れたおもしろ珍道中とエイシオの実家話 予想できないクスッと笑える、ほっこりBLです。 サンドイッチ、じゃがいも、トマト、コーヒーなんでもでてきますので許せる方のみお読みください。 アユム視点、エイシオ視点と、交互に視点が変わります。 完結保証! このお話は、小説家になろう様、エブリスタ様でも掲載中です。 ※表紙絵はミドリ/緑虫様(@cklEIJx82utuuqd)からのいただきものです。

鬼上司と秘密の同居

なの
BL
恋人に裏切られ弱っていた会社員の小沢 海斗(おざわ かいと)25歳 幼馴染の悠人に助けられ馴染みのBARへ… そのまま酔い潰れて目が覚めたら鬼上司と呼ばれている浅井 透(あさい とおる)32歳の部屋にいた… いったい?…どうして?…こうなった? 「お前は俺のそばに居ろ。黙って愛されてればいい」 スパダリ、イケメン鬼上司×裏切られた傷心海斗は幸せを掴むことができるのか… 性描写には※を付けております。

貢がせて、ハニー!

わこ
BL
隣の部屋のサラリーマンがしょっちゅう貢ぎにやって来る。 隣人のストレートな求愛活動に困惑する男子学生の話。 社会人×大学生の日常系年の差ラブコメ。 ※現時点で小説の公開対象範囲は全年齢となっております。しばらくはこのまま指定なしで更新を続ける予定ですが、アルファポリスさんのガイドラインに合わせて今後変更する場合があります。(2020.11.8) ■2024.03.09 2月2日にわざわざサイトの方へ誤変換のお知らせをくださった方、どうもありがとうございました。瀬名さんの名前が僧侶みたいになっていたのに全く気付いていなかったので助かりました! ■2024.03.09 195話/196話のタイトルを変更しました。 ■2020.10.25 25話目「帰り道」追加(差し込み)しました。話の流れに変更はありません。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

いっぱい命じて〜無自覚SubはヤンキーDomに甘えたい〜

きよひ
BL
無愛想な高一Domヤンキー×Subの自覚がない高三サッカー部員 Normalの諏訪大輝は近頃、謎の体調不良に悩まされていた。 そんな折に出会った金髪の一年生、甘井呂翔。 初めて会った瞬間から甘井呂に惹かれるものがあった諏訪は、Domである彼がPlayする様子を覗き見てしまう。 甘井呂に優しく支配されるSubに自分を重ねて胸を熱くしたことに戸惑う諏訪だが……。 第二性に振り回されながらも、互いだけを求め合うようになる青春の物語。 ※現代ベースのDom/Subユニバースの世界観(独自解釈・オリジナル要素あり) ※不良の喧嘩描写、イジメ描写有り 初日は5話更新、翌日からは2話ずつ更新の予定です。

ブラッドフォード卿のお気に召すままに~~腹黒宰相は異世界転移のモブを溺愛する~~

ゆうきぼし/優輝星
BL
異世界転移BL。浄化のため召喚された異世界人は二人だった。腹黒宰相と呼ばれるブラッドフォード卿は、モブ扱いのイブキを手元に置く。それは自分の手駒の一つとして利用するためだった。だが、イブキの可愛さと優しさに触れ溺愛していく。しかもイブキには何やら不思議なチカラがあるようで……。 *マークはR回。(後半になります) ・ご都合主義のなーろっぱです。 ・攻めは頭の回転が速い魔力強の超人ですがちょっぴりダメンズなところあり。そんな彼の癒しとなるのが受けです。癖のありそうな脇役あり。どうぞよろしくお願いします。 腹黒宰相×獣医の卵(モフモフ癒やし手) ・イラストは青城硝子先生です。

完結・オメガバース・虐げられオメガ側妃が敵国に売られたら激甘ボイスのイケメン王から溺愛されました

美咲アリス
BL
虐げられオメガ側妃のシャルルは敵国への貢ぎ物にされた。敵国のアルベルト王は『人間を食べる』という恐ろしい噂があるアルファだ。けれども実際に会ったアルベルト王はものすごいイケメン。しかも「今日からそなたは国宝だ」とシャルルに激甘ボイスで囁いてくる。「もしかして僕は国宝級の『食材』ということ?」シャルルは恐怖に怯えるが、もちろんそれは大きな勘違いで⋯⋯? 虐げられオメガと敵国のイケメン王、ふたりのキュン&ハッピーな異世界恋愛オメガバースです!

【完結】ぎゅって抱っこして

かずえ
BL
幼児教育学科の短大に通う村瀬一太。訳あって普通の高校に通えなかったため、働いて貯めたお金で二年間だけでもと大学に入学してみたが、学費と生活費を稼ぎつつ学校に通うのは、考えていたよりも厳しい……。 でも、頼れる者は誰もいない。 自分で頑張らなきゃ。 本気なら何でもできるはず。 でも、ある日、金持ちの坊っちゃんと心の中で呼んでいた松島晃に苦手なピアノの課題で助けてもらってから、どうにも自分の心がコントロールできなくなって……。

処理中です...