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二章、未熟な聖杯と終末の予言
40、SIDE:???
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「恐れながら、陛下は不能でいらっしゃるのでしょうか?」
冷然とした声が刃のように室内に響く。
国一番の有力貴族の嫡男で、希代の天才魔術師と呼ばれる美しい男――傲岸不遜なあいつが座する兄に対して膝を付く事もなく、居丈高に無礼千万を申しているのだ。
「そうかもしれんな」
「ああっ、そういうところです。なんて覇気のない仰りよう! 怒りなさい、反論なさい、嘆かわしい、情けない。まさか本当に不能なわけでもありますまいに」
分厚い本のページをぱらりとめくった拍子に、薄っぺらい栞が零れ落ちそうになる。
それを手で受け止めて、視線を文字に固定する。
「大切な事ですよ陛下。世界が危機だというのに……」
「聞き飽きた」
聞き慣れたやり取りは、僕にとって騒音でしかない。
せっかく楽しく物語に没入しかけていたのに、現実に引き戻さないで欲しい。
意識を文字に集中させて、再び没入するべく本に綴られた物語を読んでいく。
***
「もちろんでございます、俺の姫。貴方の嫌がることはしませんとも。誓って、誓って」
皇帝は愛しの姫に真摯に誓いつつも、胸の奥では未来を奔放に思い描いていた。
この手のうちに全てがある。
姫君に嫌われる下手は打つまい。
嫌われぬよう巧く立ち回りつつ、全て思いのままにしてやろう――繊細な姫君の心とて、俺がゆっくりと時間をかけて変えてやろうではないか。
けれど姫君は叡智をたたえた瞳に麗しの皇帝を映し、その心のうちを見抜いていた。
***
――この物語は、前半はせっかくワクワクする冒険物語だったのに、後半はドロドロしているや。
本の文字を辿る瞳に軽く失望をのぼらせてしまう。
僕はもっと、冒険のお話を読みたかった。
青い空、緑の草原、険しい岩山、危険がいっぱいの洞窟に、旅先で出会う人々。
海の下にはどんな風景が広がっているだろう?
空の上には何があるだろう。
前人未到の地に眠る宝物を探すんだ。
見つけた瞬間の感動はきっと特別だね……。
「殿下も殿下で、現実逃避ばかり」
氷のような声がして、僕はびくりと肩を震わせた。矛先が僕にきた――、
そろそろと見上げた先には、不遜という二文字を頭の上に冠ったようなあいつが僕を見下していた。
ああ、怖い。
あの鋭い目つきが怖い。
いきなり乱暴な魔術をかけてきそうな、何をやらかすか解らない感じが怖い。
「弟を怖がらせるな」
兄がそう言って、立ち上がる。
背に揺れるマントを片手で捌くと、マントがゆったりと揺れて空気が柔らかくなるような心地がした。
「陛下は弟殿下にお甘い。陛下のみならず、他の者も皆……昔から、殿下を子猫のように愛でるのみ。ですから、かように軟弱で甘ったれにご成長なされたんでしょうねえ!」
「俺に話があったのだろう。話が逸れているようだが。そなたがよく言う『効率』だの『時間を無駄にしてはいけない』だのは良いのか」
「ああ? ええ、ええ。そうですとも。そうですとも。まったく、時間の無駄ですともっ」
背の高い二人が睨み合う虚空には、視えない火花がばちばちと弾けるようだった。
――兄上が僕を守るのをみて、嫉妬してるんだ。あいつ、兄上が好きだから。
日常風景だ。
僕はコソコソと兄の後ろにまわって、マントの裾をぎゅっと握った。
……そうするとあいつはとても苛々とした顔で不機嫌になって、とてもとてもわかりやすいのだ。
「愛情なしに抱くのがお嫌なのでしたら、愛情をさっさと育むとよろしい! 私情で義務が遂行できぬ時点で王族として全く嘆かわしく耳を疑ってしまいますが、できぬものをできるようにするのがこの天才の務め」
高らかに、声が響く。
「恋愛なさい! というか、したくなくても、させてやります!」
赤竜の杖をトンっと床に突き、自信に溢れた顔であいつは言った。
「このエーテルが陛下とロザニイルを恋仲にしてみせましょう……!!」
冷然とした声が刃のように室内に響く。
国一番の有力貴族の嫡男で、希代の天才魔術師と呼ばれる美しい男――傲岸不遜なあいつが座する兄に対して膝を付く事もなく、居丈高に無礼千万を申しているのだ。
「そうかもしれんな」
「ああっ、そういうところです。なんて覇気のない仰りよう! 怒りなさい、反論なさい、嘆かわしい、情けない。まさか本当に不能なわけでもありますまいに」
分厚い本のページをぱらりとめくった拍子に、薄っぺらい栞が零れ落ちそうになる。
それを手で受け止めて、視線を文字に固定する。
「大切な事ですよ陛下。世界が危機だというのに……」
「聞き飽きた」
聞き慣れたやり取りは、僕にとって騒音でしかない。
せっかく楽しく物語に没入しかけていたのに、現実に引き戻さないで欲しい。
意識を文字に集中させて、再び没入するべく本に綴られた物語を読んでいく。
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「もちろんでございます、俺の姫。貴方の嫌がることはしませんとも。誓って、誓って」
皇帝は愛しの姫に真摯に誓いつつも、胸の奥では未来を奔放に思い描いていた。
この手のうちに全てがある。
姫君に嫌われる下手は打つまい。
嫌われぬよう巧く立ち回りつつ、全て思いのままにしてやろう――繊細な姫君の心とて、俺がゆっくりと時間をかけて変えてやろうではないか。
けれど姫君は叡智をたたえた瞳に麗しの皇帝を映し、その心のうちを見抜いていた。
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――この物語は、前半はせっかくワクワクする冒険物語だったのに、後半はドロドロしているや。
本の文字を辿る瞳に軽く失望をのぼらせてしまう。
僕はもっと、冒険のお話を読みたかった。
青い空、緑の草原、険しい岩山、危険がいっぱいの洞窟に、旅先で出会う人々。
海の下にはどんな風景が広がっているだろう?
空の上には何があるだろう。
前人未到の地に眠る宝物を探すんだ。
見つけた瞬間の感動はきっと特別だね……。
「殿下も殿下で、現実逃避ばかり」
氷のような声がして、僕はびくりと肩を震わせた。矛先が僕にきた――、
そろそろと見上げた先には、不遜という二文字を頭の上に冠ったようなあいつが僕を見下していた。
ああ、怖い。
あの鋭い目つきが怖い。
いきなり乱暴な魔術をかけてきそうな、何をやらかすか解らない感じが怖い。
「弟を怖がらせるな」
兄がそう言って、立ち上がる。
背に揺れるマントを片手で捌くと、マントがゆったりと揺れて空気が柔らかくなるような心地がした。
「陛下は弟殿下にお甘い。陛下のみならず、他の者も皆……昔から、殿下を子猫のように愛でるのみ。ですから、かように軟弱で甘ったれにご成長なされたんでしょうねえ!」
「俺に話があったのだろう。話が逸れているようだが。そなたがよく言う『効率』だの『時間を無駄にしてはいけない』だのは良いのか」
「ああ? ええ、ええ。そうですとも。そうですとも。まったく、時間の無駄ですともっ」
背の高い二人が睨み合う虚空には、視えない火花がばちばちと弾けるようだった。
――兄上が僕を守るのをみて、嫉妬してるんだ。あいつ、兄上が好きだから。
日常風景だ。
僕はコソコソと兄の後ろにまわって、マントの裾をぎゅっと握った。
……そうするとあいつはとても苛々とした顔で不機嫌になって、とてもとてもわかりやすいのだ。
「愛情なしに抱くのがお嫌なのでしたら、愛情をさっさと育むとよろしい! 私情で義務が遂行できぬ時点で王族として全く嘆かわしく耳を疑ってしまいますが、できぬものをできるようにするのがこの天才の務め」
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「恋愛なさい! というか、したくなくても、させてやります!」
赤竜の杖をトンっと床に突き、自信に溢れた顔であいつは言った。
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