魔女家の公子は暴君に「義兄と恋愛しろ」と命令されています。

浅草ゆうひ

文字の大きさ
上 下
38 / 158
二章、未熟な聖杯と終末の予言

37、「オレと逃げないか?」

しおりを挟む

 呼気が穏やかで、とくんとくんと心臓の拍動が感じられる。呼吸に合わせて、幅のある肩が上下している。
 ――ノウファムが寝てる。眠っている……。

 モイセスに不眠症の話を聞いていたから、僕はホッとした。ちゃんと睡眠を取れている――よかった。

「おーい、いつまで寝てるんだよぉ、二人して引っ付いてさ。オレが拗ねちまうぞ」
「ロザニイル、お兄様は疲れていらっしゃるんだよ……」
 静かに、と目配せすると、ロザニイルは肩をすくめて黙ってくれた。
 
 骨格ががっしりしている、と僕は思った。
 もし今から同じくらい背が伸びても、僕はひょろりと縦に伸びるだけで、こんな風にたくましくはなれないだろう――、

 寝乱れた夜着の首から胸元に覗く褐色の肌は無防備で、胸板が厚くて、男の色気みたいなものを感じさせるのが羨ましい。

「あ……」
 首から下げた革紐のネックレスの先にがぶら下がっているのに気づいて、僕の眼はそこから離せなくなった。

「どした、エーテル」
 ロザニイルがベットに手をついて覗き込んでくる。

 見せてはいけない、

 奪われてはいけない……、

 んだ。

 僕は何故かそんな気に駆られて、指輪に手を伸ばした。

「……」

 指先がその硬質な輝きに触れそうになった時、がしりと手首が掴まれた。ギクっとして動きを止めると、ノウファムが目を開けて僕を見ていた。

「エ……、エーテル?」 
 とても驚いた様子の眼に、決まり悪さと後ろめたさがむくむくと湧いてくる。

「何びっくりしてんだノウファム、お前が抱っこしてたんだぞ」
 ロザニイルが茶々を入れて掴まれた手を離させてくれる。ロザニイルには気付かれていないんだ、と僕は深呼吸をした。

 ロザニイルは分からなかったんだ。
 ……今、僕が指輪を奪おうとしたのが、わからなかったんだ。

「寝込みを襲われた生娘みたいな顔するなよノウファム~」
「寝惚けてたんだ、すまん」

 友人同士の温度感でやり取りする二人の声がぽんぽんと続いて、僕は謝る機会を逃してしまった。

 
 ――朝の挨拶を交わして、また1日が始まる。
 
 
「まだ時間があるから、ちょっと歩こうぜ」
「そういうことを言って出発の時間に遅れたりしそう」
「いいじゃんか。お前、一期一会って知ってる? 別の日に来ても、今日のカンタータの風景は二度と観れないんだぜ」
 
 出立前にロザニイルと街道を散歩してみると、小鳥がぴいぴいさえずりながら街路樹の梢枝こずえに群れている。
 朝が来たのに空は曇っていて、あたりは薄暗い。

 足元は明るい色のタイルが整然と敷き詰められて人の歩きやすい道を作っていて、歩きやすい。
 すれ違う都市民はみんな元は色白な肌の人種のようだけど、日に焼けて色黒な人が多かった。

「この地方では肌を焼くのがお洒落なのさ。色黒だとイケてるんだ。魔術師が日焼け魔術で小銭稼ぎしたりするんだぜ」
「じゃあ、僕たちはイケてないって思われてるんだね」
「違いない!」

 ロザニイルはケタケタ笑って、屋台でクレープを買ってくれた。ラバナーヌバナナにチョコレートクリームとヴァニラが香る真っ白生クリームがかけられていて、甘々だ。
 生地はすごく薄くて、ぺらぺらしてる。柔らかいけど、端っこはちょっとカリカリした食感。

 隣のお店に民族調の装飾品が並んでいるのをみて、僕はネイフェンを思い出しながらお土産を選んだ。

 
 足元に落ちていた木の葉を巻き上げる風に誘われて顔をあげれば、雲の隙間から細く光が差し込んでいる。
 なんだか神秘的で、絵画になりそうな空模様だ。
 太陽の光がとても貴重なものに思える。

「……そろそろ戻らない?」
 時間が気になりだして呟いた時、ロザニイルは僕の袖をくいっと掴んだ。

 顔を見れば、緑色の瞳はなんだか重苦しい雰囲気で僕を見ていた。
 薄い唇がひらいて、白い歯と赤い舌が目を引く――声が紡がれる。
 
「オレと逃げないか?」

 ――ロザニイルは、そう言った。
しおりを挟む
感想 2

あなたにおすすめの小説

異世界転移で、俺と僕とのほっこり溺愛スローライフ~間に挟まる・もふもふ神の言うこと聞いて珍道中~

兎森りんこ
BL
主人公のアユムは料理や家事が好きな、地味な平凡男子だ。 そんな彼が突然、半年前に異世界に転移した。 そこで出逢った美青年エイシオに助けられ、同居生活をしている。 あまりにモテすぎ、トラブルばかりで、人間不信になっていたエイシオ。 自分に自信が全く無くて、自己肯定感の低いアユム。 エイシオは優しいアユムの料理や家事に癒やされ、アユムもエイシオの包容力で癒やされる。 お互いがかけがえのない存在になっていくが……ある日、エイシオが怪我をして!? 無自覚両片思いのほっこりBL。 前半~当て馬女の出現 後半~もふもふ神を連れたおもしろ珍道中とエイシオの実家話 予想できないクスッと笑える、ほっこりBLです。 サンドイッチ、じゃがいも、トマト、コーヒーなんでもでてきますので許せる方のみお読みください。 アユム視点、エイシオ視点と、交互に視点が変わります。 完結保証! このお話は、小説家になろう様、エブリスタ様でも掲載中です。 ※表紙絵はミドリ/緑虫様(@cklEIJx82utuuqd)からのいただきものです。

鬼上司と秘密の同居

なの
BL
恋人に裏切られ弱っていた会社員の小沢 海斗(おざわ かいと)25歳 幼馴染の悠人に助けられ馴染みのBARへ… そのまま酔い潰れて目が覚めたら鬼上司と呼ばれている浅井 透(あさい とおる)32歳の部屋にいた… いったい?…どうして?…こうなった? 「お前は俺のそばに居ろ。黙って愛されてればいい」 スパダリ、イケメン鬼上司×裏切られた傷心海斗は幸せを掴むことができるのか… 性描写には※を付けております。

イケメン社長と私が結婚!?初めての『気持ちイイ』を体に教え込まれる!?

すずなり。
恋愛
ある日、彼氏が自分の住んでるアパートを引き払い、勝手に『同棲』を求めてきた。 「お前が働いてるんだから俺は家にいる。」 家事をするわけでもなく、食費をくれるわけでもなく・・・デートもしない。 「私は母親じゃない・・・!」 そう言って家を飛び出した。 夜遅く、何も持たず、靴も履かず・・・一人で泣きながら歩いてるとこを保護してくれた一人の人。 「何があった?送ってく。」 それはいつも仕事場のカフェに来てくれる常連さんだった。 「俺と・・・結婚してほしい。」 「!?」 突然の結婚の申し込み。彼のことは何も知らなかったけど・・・惹かれるのに時間はかからない。 かっこよくて・・優しくて・・・紳士な彼は私を心から愛してくれる。 そんな彼に、私は想いを返したい。 「俺に・・・全てを見せて。」 苦手意識の強かった『営み』。 彼の手によって私の感じ方が変わっていく・・・。 「いあぁぁぁっ・・!!」 「感じやすいんだな・・・。」 ※お話は全て想像の世界のものです。現実世界とはなんら関係ありません。 ※お話の中に出てくる病気、治療法などは想像のものとしてご覧ください。 ※誤字脱字、表現不足は重々承知しております。日々精進してまいりますので温かく見ていただけると嬉しいです。 ※コメントや感想は受け付けることができません。メンタルが薄氷なもので・・すみません。 それではお楽しみください。すずなり。

貢がせて、ハニー!

わこ
BL
隣の部屋のサラリーマンがしょっちゅう貢ぎにやって来る。 隣人のストレートな求愛活動に困惑する男子学生の話。 社会人×大学生の日常系年の差ラブコメ。 ※現時点で小説の公開対象範囲は全年齢となっております。しばらくはこのまま指定なしで更新を続ける予定ですが、アルファポリスさんのガイドラインに合わせて今後変更する場合があります。(2020.11.8) ■2024.03.09 2月2日にわざわざサイトの方へ誤変換のお知らせをくださった方、どうもありがとうございました。瀬名さんの名前が僧侶みたいになっていたのに全く気付いていなかったので助かりました! ■2024.03.09 195話/196話のタイトルを変更しました。 ■2020.10.25 25話目「帰り道」追加(差し込み)しました。話の流れに変更はありません。

いっぱい命じて〜無自覚SubはヤンキーDomに甘えたい〜

きよひ
BL
無愛想な高一Domヤンキー×Subの自覚がない高三サッカー部員 Normalの諏訪大輝は近頃、謎の体調不良に悩まされていた。 そんな折に出会った金髪の一年生、甘井呂翔。 初めて会った瞬間から甘井呂に惹かれるものがあった諏訪は、Domである彼がPlayする様子を覗き見てしまう。 甘井呂に優しく支配されるSubに自分を重ねて胸を熱くしたことに戸惑う諏訪だが……。 第二性に振り回されながらも、互いだけを求め合うようになる青春の物語。 ※現代ベースのDom/Subユニバースの世界観(独自解釈・オリジナル要素あり) ※不良の喧嘩描写、イジメ描写有り 初日は5話更新、翌日からは2話ずつ更新の予定です。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

【完結】ぎゅって抱っこして

かずえ
BL
幼児教育学科の短大に通う村瀬一太。訳あって普通の高校に通えなかったため、働いて貯めたお金で二年間だけでもと大学に入学してみたが、学費と生活費を稼ぎつつ学校に通うのは、考えていたよりも厳しい……。 でも、頼れる者は誰もいない。 自分で頑張らなきゃ。 本気なら何でもできるはず。 でも、ある日、金持ちの坊っちゃんと心の中で呼んでいた松島晃に苦手なピアノの課題で助けてもらってから、どうにも自分の心がコントロールできなくなって……。

ブラッドフォード卿のお気に召すままに~~腹黒宰相は異世界転移のモブを溺愛する~~

ゆうきぼし/優輝星
BL
異世界転移BL。浄化のため召喚された異世界人は二人だった。腹黒宰相と呼ばれるブラッドフォード卿は、モブ扱いのイブキを手元に置く。それは自分の手駒の一つとして利用するためだった。だが、イブキの可愛さと優しさに触れ溺愛していく。しかもイブキには何やら不思議なチカラがあるようで……。 *マークはR回。(後半になります) ・ご都合主義のなーろっぱです。 ・攻めは頭の回転が速い魔力強の超人ですがちょっぴりダメンズなところあり。そんな彼の癒しとなるのが受けです。癖のありそうな脇役あり。どうぞよろしくお願いします。 腹黒宰相×獣医の卵(モフモフ癒やし手) ・イラストは青城硝子先生です。

処理中です...