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二章、未熟な聖杯と終末の予言
32、呪われた指輪と耳飾り、慣れました。
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魔術を使って汚れを清め、着衣の乱れをもそもそと直しながら、僕はノウファムにかける言葉を探していた。
悪いことをしたとさっきも謝ってくれていた――ノウファムは気にしてるんだ。
仕方ないことだったじゃないか。そうしないといけなかったからしたんじゃないか。
……気にするなと返してあげたら、ノウファムの気が楽になるだろうか。
「で、殿下。僕は大丈夫です……な、……慣れました」
慣れましたってなんだ――自分で自分に突っ込みをいれたい。
慣れてたまるか!
そんな思いをぐぐっと胸にしまい込んで堪えていると、ノウファムは少し雰囲気を柔らかくしてくれた。
「エーテル、もう俺を兄とは呼ばないのか?」
右のこめかみのあたりをスルっと撫でられて、顔を覗き込むようにされる。
「あんなことをする兄は、嫌か。兄だとは思えなくなってしまったか」
ノウファムは、兄と呼ばれるほうが好きなんだろうか。
僕は不思議に思いながら、首を傾けた。
「お、お兄様……」
視線を逸らしながら呟くと、毛の流れを整えるように髪が指先で梳かれる。
気持ちがいい。小動物にでもなったような気分だ。
「……無理やり言わせたみたいだな」
きまり悪そうに言って、ノウファムは体温を離して立ち上がった。
そうだ。遺跡はどうなったんだ――僕は自分たちの置かれた状況を思い出して、ノウファムに倣うように立ち上がった。
祭壇に近付くと、像が持っていた杯の内側を満たしたはずの液体がなくなっていた。
そして、代わりに小さな金属と宝石の煌めきが出現している。
片方は、ひと目で特別だとわかる、不思議な宝石を煌めかせている指輪だ。
眼が奪われて、離せなくなる。
惹き付けられる――、
「あ……」
僕の視線に気づいたように、ノウファムが手を伸ばしてきた。
「あまり見てはいけない」
サッと手で目隠しをされて、くるりと後ろを向けられる。
「魅了の効果がある。呪われた指輪だ……」
低く言い放ち、後ろでそれを仕舞う気配をみせながらノウファムは杯にあったもう一つを僕のてのひらに置いてくれた。
「こちらの耳飾りは、エーテルにあげよう」
「……よろしいのですか」
頂いた耳飾りは、赤い宝石がキラキラしている。とても綺麗で、魔力を感じる――魔術の行使に役立つ魔導具の類に違いない。
「ああ」
僕が魔導具に魅入っていると、部屋の外から足音が近づいてきた。
ひとり、ふたり――大勢。
小さな部屋の扉がひらかれて、見慣れた赤毛と黒鎧が視えると、僕の胸に安堵が広がった。
「殿下!」
「お前ら……無事だったか!」
ロザニイル。モイセス。他にも――、
「いやあ、気付いたら全員で通路に寝ててさ。なんか夢をみた気もするんだけど」
ロザニイルが生気に溢れた顔で笑って、駆け寄ってくる。
親しい距離感で抱き着かれて頭をぐりぐりと撫でられるのが、もう全く嫌な気がしなくて、僕はぎゅっとロザニイルを抱きしめた。
「……生きてて、よかった」
この年上の従弟に対して心からそう言える自分を意識して、僕は不思議なほど安心した。
「おお、エーテル! オレを心配してくれたのか? 可愛い奴め」
ロザニイルがはしゃいだような声をあげて、コソコソっと耳元で尋ねてくる。
「あいつにイヤなことはされなかったかよ? オレが怒ってやるからなんかされたなら言えよ」
こちらを見つめるノウファムの視線を感じつつ、僕はそおっと視線を外した。
「さ……されてない」
されてない、されてない。
「なにもなかった!」
――何もなかったっ!
半分自分に言い聞かせるように言えば、ロザニイルは一瞬ノウファムを見てから、ニパッと笑った。
とても華やかで、快活で、魅力的な笑顔だ。
「そっかそっか。それは嘘だな!」
明るい声がきっぱりと断言して、僕はロザニイルの腕の中でちょっぴり居心地悪く縮こまったのだった。
悪いことをしたとさっきも謝ってくれていた――ノウファムは気にしてるんだ。
仕方ないことだったじゃないか。そうしないといけなかったからしたんじゃないか。
……気にするなと返してあげたら、ノウファムの気が楽になるだろうか。
「で、殿下。僕は大丈夫です……な、……慣れました」
慣れましたってなんだ――自分で自分に突っ込みをいれたい。
慣れてたまるか!
そんな思いをぐぐっと胸にしまい込んで堪えていると、ノウファムは少し雰囲気を柔らかくしてくれた。
「エーテル、もう俺を兄とは呼ばないのか?」
右のこめかみのあたりをスルっと撫でられて、顔を覗き込むようにされる。
「あんなことをする兄は、嫌か。兄だとは思えなくなってしまったか」
ノウファムは、兄と呼ばれるほうが好きなんだろうか。
僕は不思議に思いながら、首を傾けた。
「お、お兄様……」
視線を逸らしながら呟くと、毛の流れを整えるように髪が指先で梳かれる。
気持ちがいい。小動物にでもなったような気分だ。
「……無理やり言わせたみたいだな」
きまり悪そうに言って、ノウファムは体温を離して立ち上がった。
そうだ。遺跡はどうなったんだ――僕は自分たちの置かれた状況を思い出して、ノウファムに倣うように立ち上がった。
祭壇に近付くと、像が持っていた杯の内側を満たしたはずの液体がなくなっていた。
そして、代わりに小さな金属と宝石の煌めきが出現している。
片方は、ひと目で特別だとわかる、不思議な宝石を煌めかせている指輪だ。
眼が奪われて、離せなくなる。
惹き付けられる――、
「あ……」
僕の視線に気づいたように、ノウファムが手を伸ばしてきた。
「あまり見てはいけない」
サッと手で目隠しをされて、くるりと後ろを向けられる。
「魅了の効果がある。呪われた指輪だ……」
低く言い放ち、後ろでそれを仕舞う気配をみせながらノウファムは杯にあったもう一つを僕のてのひらに置いてくれた。
「こちらの耳飾りは、エーテルにあげよう」
「……よろしいのですか」
頂いた耳飾りは、赤い宝石がキラキラしている。とても綺麗で、魔力を感じる――魔術の行使に役立つ魔導具の類に違いない。
「ああ」
僕が魔導具に魅入っていると、部屋の外から足音が近づいてきた。
ひとり、ふたり――大勢。
小さな部屋の扉がひらかれて、見慣れた赤毛と黒鎧が視えると、僕の胸に安堵が広がった。
「殿下!」
「お前ら……無事だったか!」
ロザニイル。モイセス。他にも――、
「いやあ、気付いたら全員で通路に寝ててさ。なんか夢をみた気もするんだけど」
ロザニイルが生気に溢れた顔で笑って、駆け寄ってくる。
親しい距離感で抱き着かれて頭をぐりぐりと撫でられるのが、もう全く嫌な気がしなくて、僕はぎゅっとロザニイルを抱きしめた。
「……生きてて、よかった」
この年上の従弟に対して心からそう言える自分を意識して、僕は不思議なほど安心した。
「おお、エーテル! オレを心配してくれたのか? 可愛い奴め」
ロザニイルがはしゃいだような声をあげて、コソコソっと耳元で尋ねてくる。
「あいつにイヤなことはされなかったかよ? オレが怒ってやるからなんかされたなら言えよ」
こちらを見つめるノウファムの視線を感じつつ、僕はそおっと視線を外した。
「さ……されてない」
されてない、されてない。
「なにもなかった!」
――何もなかったっ!
半分自分に言い聞かせるように言えば、ロザニイルは一瞬ノウファムを見てから、ニパッと笑った。
とても華やかで、快活で、魅力的な笑顔だ。
「そっかそっか。それは嘘だな!」
明るい声がきっぱりと断言して、僕はロザニイルの腕の中でちょっぴり居心地悪く縮こまったのだった。
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