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二章、未熟な聖杯と終末の予言
28、この通路では前以外を見てはいけない
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最後の扉は、左側が南で右側が北を示す絵の描かれた扉だった。
「……」
ロザニイルと僕が見守る中、ノウファムは北を選んだ。
鏡みたいな氷壁が左右にそびえて、一本道が長く続く。
「この通路では前以外を見てはいけない。全員、前だけを見るんだ。左右に目をやってはいけない」
ノウファムが凛然と告げて、先頭を行く。
「左右を見たら、どうなっちゃうの……っと、ぐぇっ」
ロザニイルが面白がって左右を見ようとして、ノウファムに首を固定されて引きずられていく。
「ぐ、ぐるしい! うぇげえ、放せノウファム、じぬ!」
「左右に目をやってはいけない、いいな。絶対だ」
――言われると見たくなるけどな。
我慢しながら前を視続けているうちに、僕は違和感を覚えるようになった。
後ろに続いていた足音がすこしずつ、減っている。
後続の気配が――、
みんなが、仲間が……一人また一人、脱落していく。
「で……殿下……」
おそるおそる声をかける背中は、振り返らない。
「エーテル、振り返ってはいけない」
ノウファムの声が天の声みたいに僕に作用する。絶対言う通りにしないといけないんだって思わせる。
臣従の指輪の効果は指輪を填めたカジャにしか発動できないのに。
「で、殿下、殿下……お兄様……」
「前を視て歩け。視線を逸らすな。俺の背中を見つめて、ついてこい。足を止めるな」
だって、足音が。
人の気配が。
みんなが。いなくなっている。
襲われたんじゃないだろうか?
倒れていて、助けないといけないんじゃないだろうか。
死んでしまうのではないだろうか。
あるいは、もう死んでしまった……?
「助かる」
ノウファムが心を読んだように言葉を放つ。
断固とした声で、はっきりと空気を震わせる。
「あとで、また会える。お前が脱落してはいけない……この先で聖杯が必要だ」
ノウファムが僕を聖杯と呼んで、僕は「ああ」と思った。
聖杯だから、僕が聖杯だから。
気遣ってもらうのも、大事にされるのも、守られるのも……この遺跡に来る許可をもらえたのも。
全部、それが理由か。そうなのか。
「おい。なんっかイヤ~な言い方だな。負け犬の王兄!」
「っ!」
僕がしょんぼりとしたとき、前方で引きずられていたロザニイルが杖を振ってノウファムをポカッと叩いた。
すごく軽快で、いい音がした。
「いっ」
「お前は今エーテルを道具みたいに言ったんだ。オレは許さねえぞ、カジャの犬……、っ……?」
「ロザニイル――」
僕は目を見開いた。
目の前で、ノウファムを睨んでその向こう側にあった右側の壁を視たロザニイルが――さぁっと全身を薄くして、消えた。
「あ……っ、あ、ああ……!!」
消えた。
空気に溶けるみたいに、消えた。
いなくなった!!
口を押えて固まる僕に、振り返ることなくノウファムが唸るような声を放つ。
「エーテル!!」
「……っ!!」
雷に撃たれたように、僕はびくりとした。
「に、にいさ……殿下……殿下……、ロザニイルが、ロザニイルが……」
ロザニイルはどうなったんだろう。
僕はその先が恐ろしくて言えなかった。
全身がガタガタと震える。
どこが安全だ。この遺跡。
誰が安全だと言ったんだ。全然安全じゃない――!
「エーテル、落ち着いて深呼吸をするんだ。俺の背中を見ろ」
少し必死な感じのノウファムの声が、僕の理性を繋ぎ止める。
周囲には、もう他の人の気配はしなかった。
「背中だけ見て、ただ歩け」
「は……っ」
――殿下がそう言うのだ。僕は、ついていかないと……。
僕は頭二つ分ほど背の高いノウファムの背中を見つめて、棒みたいになった足をぎこちなく動かした。
「……」
ロザニイルと僕が見守る中、ノウファムは北を選んだ。
鏡みたいな氷壁が左右にそびえて、一本道が長く続く。
「この通路では前以外を見てはいけない。全員、前だけを見るんだ。左右に目をやってはいけない」
ノウファムが凛然と告げて、先頭を行く。
「左右を見たら、どうなっちゃうの……っと、ぐぇっ」
ロザニイルが面白がって左右を見ようとして、ノウファムに首を固定されて引きずられていく。
「ぐ、ぐるしい! うぇげえ、放せノウファム、じぬ!」
「左右に目をやってはいけない、いいな。絶対だ」
――言われると見たくなるけどな。
我慢しながら前を視続けているうちに、僕は違和感を覚えるようになった。
後ろに続いていた足音がすこしずつ、減っている。
後続の気配が――、
みんなが、仲間が……一人また一人、脱落していく。
「で……殿下……」
おそるおそる声をかける背中は、振り返らない。
「エーテル、振り返ってはいけない」
ノウファムの声が天の声みたいに僕に作用する。絶対言う通りにしないといけないんだって思わせる。
臣従の指輪の効果は指輪を填めたカジャにしか発動できないのに。
「で、殿下、殿下……お兄様……」
「前を視て歩け。視線を逸らすな。俺の背中を見つめて、ついてこい。足を止めるな」
だって、足音が。
人の気配が。
みんなが。いなくなっている。
襲われたんじゃないだろうか?
倒れていて、助けないといけないんじゃないだろうか。
死んでしまうのではないだろうか。
あるいは、もう死んでしまった……?
「助かる」
ノウファムが心を読んだように言葉を放つ。
断固とした声で、はっきりと空気を震わせる。
「あとで、また会える。お前が脱落してはいけない……この先で聖杯が必要だ」
ノウファムが僕を聖杯と呼んで、僕は「ああ」と思った。
聖杯だから、僕が聖杯だから。
気遣ってもらうのも、大事にされるのも、守られるのも……この遺跡に来る許可をもらえたのも。
全部、それが理由か。そうなのか。
「おい。なんっかイヤ~な言い方だな。負け犬の王兄!」
「っ!」
僕がしょんぼりとしたとき、前方で引きずられていたロザニイルが杖を振ってノウファムをポカッと叩いた。
すごく軽快で、いい音がした。
「いっ」
「お前は今エーテルを道具みたいに言ったんだ。オレは許さねえぞ、カジャの犬……、っ……?」
「ロザニイル――」
僕は目を見開いた。
目の前で、ノウファムを睨んでその向こう側にあった右側の壁を視たロザニイルが――さぁっと全身を薄くして、消えた。
「あ……っ、あ、ああ……!!」
消えた。
空気に溶けるみたいに、消えた。
いなくなった!!
口を押えて固まる僕に、振り返ることなくノウファムが唸るような声を放つ。
「エーテル!!」
「……っ!!」
雷に撃たれたように、僕はびくりとした。
「に、にいさ……殿下……殿下……、ロザニイルが、ロザニイルが……」
ロザニイルはどうなったんだろう。
僕はその先が恐ろしくて言えなかった。
全身がガタガタと震える。
どこが安全だ。この遺跡。
誰が安全だと言ったんだ。全然安全じゃない――!
「エーテル、落ち着いて深呼吸をするんだ。俺の背中を見ろ」
少し必死な感じのノウファムの声が、僕の理性を繋ぎ止める。
周囲には、もう他の人の気配はしなかった。
「背中だけ見て、ただ歩け」
「は……っ」
――殿下がそう言うのだ。僕は、ついていかないと……。
僕は頭二つ分ほど背の高いノウファムの背中を見つめて、棒みたいになった足をぎこちなく動かした。
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