26 / 158
二章、未熟な聖杯と終末の予言
25、氷の遺跡、家族の温度
しおりを挟む
到着した遺跡の周囲は、不自然な猛吹雪地帯だった。
「宣誓~! オレたち~! お前たちは~! どんな苦難があっても怖気ることなく、勇気と忠誠心をもって~! ノウファム殿下についていく~! いえーい!」
ロザニイルが元気いっぱいにちょっとお莫迦な感じの声を響かせていて、他のメンバーまで一緒になって「おー!」とか声をあげて盛り上がっている。なんだかノリがあやしい。
「この辺りは元々寒冷地だが、この一帯は真夏でもこうらしい」
隊の前方でノウファムが発する声が遠く聞こえる。うーん、遠い。
「待って。でもこれ、悪くない。ポエムにできそうだ」
僕は心の中でなけなしのポエミー心をコネコネした。
「僕のお兄様、遠い人……誰かさんのせいで気まずいし、お兄様だと思ってたら王族だったし、ロザニイルを抱いてもらわないといけないし……あれ?」
これは果たしてポエムなのか?
ポエムってむずかしい。
「エーテル様、大丈夫ですか」
モイセスがすごく心配そうな顔をしている。
その「大丈夫ですか」はアレだね? 「頭大丈夫ですか」ってニュアンスの「大丈夫ですか」だね?
「うん。大丈夫だよ。僕は芸術を爆発させようとしていただけだから――こうなったら世紀の芸術といわれるポエムをつくってやろうじゃないか。見てろ、カジャ陛下」
決意する僕の眼には、隣で「すげー寒い」とか「入り口凍ってら!」とか大声で騒いでいるロザニイルが溌剌と杖を振るのが視えた。
――ほわり。
指揮者みたいな動きの杖先に、赤々とした炎が燈る。
くるり、くるり。
軽快に杖先がまわって、炎が一巡りごとに育ち膨れ上がる。
「オレ様が溶かしてやるよ! 魔法じゃなくて、オレ様の魅力でな!」
「何言ってるんだ、ロザニイル……」
「オレ様の魅力に氷の妖精もトロトロになるってこと!」
ロザニイルの快活な声に促されるようにして、炎は尾を引いて入り口にひゅぅんと飛んでいく。そして、じゅわわっと入り口の氷を溶かした。
「わぁ。溶けた」
僕がぽつりと素直な声で感嘆をこぼすと、ロザニイルがびゅんっと飛んでくる。
がばりと僕に抱き着いて、すりすりと頬擦りしてくる――呆れるほどのハイテンションだ。触れる頬はあったかいけど。
「すごいだろ? 見直したか? 格好良かったか? お兄様って呼ぶか? オニイチャンでもいいぞ?」
……ロザニイルってこんな奴だったかなあ。
僕、なんか違和感があるんだよなぁ……。
「ロザニイル。入口を溶かしたのは上出来だが、ふざけるな」
ノウファムが保護者のようにやってきて、ロザニイルの腕を掴んで前の方に引きずっていく。
ああ、仲が良いなぁ……。
「殿下……」
言いかけて、僕はきゅっと眉を寄せた。
この呼び方は、「遠い」。
他人みたいだ。
僕はもっと距離の近い呼び方ができる立場なんだぞ。
短杖を握る手に力を籠めて、僕は義兄たちに駆け寄った。
「……ノウファム兄様! 僕が灯りの魔術を担当いたします!」
短杖をふるえば、光が生まれる。
道の先を照らすように前に飛ばせば、ノウファムが頷く気配が感じられた。
このノウファムも不憫だな。
第一王子だったのに弟王子にやられっぱなしで、散々な人生じゃないか。
ここ数年なんて見世物にはなるし、無理やり僕のアレを飲まされるし、こんな寒いところで探索してるし……か、かわいそう。とてもかわいそう。
「ロザニイルは空調を頼む。暖かくしてくれ」
同情の念を募らせる僕の耳に、ノウファムがロザニイルに向ける声が聞こえる。
それを聞いて、むくむくと僕の心に不満の種が生まれ始めた。
――お兄様は、僕に一言くらい何か言葉をくれてもいいんじゃないかな。
そりゃあ、アレをアレさせられて気持ち悪かったかもしれないけど、僕は悪くないよ。被害者だよ。
いや、だからといってお兄様が加害者というわけでもないのだけれど……被害者同士「お互い大変だったね」って慰め合うとかしてもいいと思うんだ。
よし、そっちが来ないなら僕から。
「こほん。お兄様、先日は……」
「エーテル」
ふわりと肩に外套がかけられる。
内側にもこもこの柔らかい毛の素材がある、あったかくて大きな外套だ。
背の高い義兄の着ていたものだから、僕が着ると結構――かなり、ぶかぶかだ。
「身体を冷やしてはいけない。お前は病弱なのだから、特に気を付けるように」
「……っ」
家族の温度感な声でいわれて、僕は何も言えなくなった。
そっか、何もなかったみたいに振る舞うんだ。
そっかそっか。それがいいね。うん、お兄様。僕、わかったよ――、
僕はコクリと素直に頷いた。
ぶかぶかの袖が、なんだか嬉しい。
ちょっと匂いとか嗅いでみたくなる――変態っぽいからやめておくけれど。
「はい、お兄様。ちなみに僕が病弱なのは薬のせいで、今は飲んでいないので割と元気なのです……」
浮かれた感じの声がぽやぽやと出てしまって、僕が「ちょっと単純すぎるのではないかな、僕」と自分で自分につっこみをいれていると、大きな手がするりと頬を撫でた。
自然な仕草で耳に唇が寄せられる。内緒話をするみたいに。
「先日は酷いことをしてすまなかった」
「……っ!!」
不意打ちみたいに低く囁かれて、僕は真っ赤になったのだった。
「宣誓~! オレたち~! お前たちは~! どんな苦難があっても怖気ることなく、勇気と忠誠心をもって~! ノウファム殿下についていく~! いえーい!」
ロザニイルが元気いっぱいにちょっとお莫迦な感じの声を響かせていて、他のメンバーまで一緒になって「おー!」とか声をあげて盛り上がっている。なんだかノリがあやしい。
「この辺りは元々寒冷地だが、この一帯は真夏でもこうらしい」
隊の前方でノウファムが発する声が遠く聞こえる。うーん、遠い。
「待って。でもこれ、悪くない。ポエムにできそうだ」
僕は心の中でなけなしのポエミー心をコネコネした。
「僕のお兄様、遠い人……誰かさんのせいで気まずいし、お兄様だと思ってたら王族だったし、ロザニイルを抱いてもらわないといけないし……あれ?」
これは果たしてポエムなのか?
ポエムってむずかしい。
「エーテル様、大丈夫ですか」
モイセスがすごく心配そうな顔をしている。
その「大丈夫ですか」はアレだね? 「頭大丈夫ですか」ってニュアンスの「大丈夫ですか」だね?
「うん。大丈夫だよ。僕は芸術を爆発させようとしていただけだから――こうなったら世紀の芸術といわれるポエムをつくってやろうじゃないか。見てろ、カジャ陛下」
決意する僕の眼には、隣で「すげー寒い」とか「入り口凍ってら!」とか大声で騒いでいるロザニイルが溌剌と杖を振るのが視えた。
――ほわり。
指揮者みたいな動きの杖先に、赤々とした炎が燈る。
くるり、くるり。
軽快に杖先がまわって、炎が一巡りごとに育ち膨れ上がる。
「オレ様が溶かしてやるよ! 魔法じゃなくて、オレ様の魅力でな!」
「何言ってるんだ、ロザニイル……」
「オレ様の魅力に氷の妖精もトロトロになるってこと!」
ロザニイルの快活な声に促されるようにして、炎は尾を引いて入り口にひゅぅんと飛んでいく。そして、じゅわわっと入り口の氷を溶かした。
「わぁ。溶けた」
僕がぽつりと素直な声で感嘆をこぼすと、ロザニイルがびゅんっと飛んでくる。
がばりと僕に抱き着いて、すりすりと頬擦りしてくる――呆れるほどのハイテンションだ。触れる頬はあったかいけど。
「すごいだろ? 見直したか? 格好良かったか? お兄様って呼ぶか? オニイチャンでもいいぞ?」
……ロザニイルってこんな奴だったかなあ。
僕、なんか違和感があるんだよなぁ……。
「ロザニイル。入口を溶かしたのは上出来だが、ふざけるな」
ノウファムが保護者のようにやってきて、ロザニイルの腕を掴んで前の方に引きずっていく。
ああ、仲が良いなぁ……。
「殿下……」
言いかけて、僕はきゅっと眉を寄せた。
この呼び方は、「遠い」。
他人みたいだ。
僕はもっと距離の近い呼び方ができる立場なんだぞ。
短杖を握る手に力を籠めて、僕は義兄たちに駆け寄った。
「……ノウファム兄様! 僕が灯りの魔術を担当いたします!」
短杖をふるえば、光が生まれる。
道の先を照らすように前に飛ばせば、ノウファムが頷く気配が感じられた。
このノウファムも不憫だな。
第一王子だったのに弟王子にやられっぱなしで、散々な人生じゃないか。
ここ数年なんて見世物にはなるし、無理やり僕のアレを飲まされるし、こんな寒いところで探索してるし……か、かわいそう。とてもかわいそう。
「ロザニイルは空調を頼む。暖かくしてくれ」
同情の念を募らせる僕の耳に、ノウファムがロザニイルに向ける声が聞こえる。
それを聞いて、むくむくと僕の心に不満の種が生まれ始めた。
――お兄様は、僕に一言くらい何か言葉をくれてもいいんじゃないかな。
そりゃあ、アレをアレさせられて気持ち悪かったかもしれないけど、僕は悪くないよ。被害者だよ。
いや、だからといってお兄様が加害者というわけでもないのだけれど……被害者同士「お互い大変だったね」って慰め合うとかしてもいいと思うんだ。
よし、そっちが来ないなら僕から。
「こほん。お兄様、先日は……」
「エーテル」
ふわりと肩に外套がかけられる。
内側にもこもこの柔らかい毛の素材がある、あったかくて大きな外套だ。
背の高い義兄の着ていたものだから、僕が着ると結構――かなり、ぶかぶかだ。
「身体を冷やしてはいけない。お前は病弱なのだから、特に気を付けるように」
「……っ」
家族の温度感な声でいわれて、僕は何も言えなくなった。
そっか、何もなかったみたいに振る舞うんだ。
そっかそっか。それがいいね。うん、お兄様。僕、わかったよ――、
僕はコクリと素直に頷いた。
ぶかぶかの袖が、なんだか嬉しい。
ちょっと匂いとか嗅いでみたくなる――変態っぽいからやめておくけれど。
「はい、お兄様。ちなみに僕が病弱なのは薬のせいで、今は飲んでいないので割と元気なのです……」
浮かれた感じの声がぽやぽやと出てしまって、僕が「ちょっと単純すぎるのではないかな、僕」と自分で自分につっこみをいれていると、大きな手がするりと頬を撫でた。
自然な仕草で耳に唇が寄せられる。内緒話をするみたいに。
「先日は酷いことをしてすまなかった」
「……っ!!」
不意打ちみたいに低く囁かれて、僕は真っ赤になったのだった。
0
お気に入りに追加
155
あなたにおすすめの小説

鬼上司と秘密の同居
なの
BL
恋人に裏切られ弱っていた会社員の小沢 海斗(おざわ かいと)25歳
幼馴染の悠人に助けられ馴染みのBARへ…
そのまま酔い潰れて目が覚めたら鬼上司と呼ばれている浅井 透(あさい とおる)32歳の部屋にいた…
いったい?…どうして?…こうなった?
「お前は俺のそばに居ろ。黙って愛されてればいい」
スパダリ、イケメン鬼上司×裏切られた傷心海斗は幸せを掴むことができるのか…
性描写には※を付けております。
異世界転移で、俺と僕とのほっこり溺愛スローライフ~間に挟まる・もふもふ神の言うこと聞いて珍道中~
兎森りんこ
BL
主人公のアユムは料理や家事が好きな、地味な平凡男子だ。
そんな彼が突然、半年前に異世界に転移した。
そこで出逢った美青年エイシオに助けられ、同居生活をしている。
あまりにモテすぎ、トラブルばかりで、人間不信になっていたエイシオ。
自分に自信が全く無くて、自己肯定感の低いアユム。
エイシオは優しいアユムの料理や家事に癒やされ、アユムもエイシオの包容力で癒やされる。
お互いがかけがえのない存在になっていくが……ある日、エイシオが怪我をして!?
無自覚両片思いのほっこりBL。
前半~当て馬女の出現
後半~もふもふ神を連れたおもしろ珍道中とエイシオの実家話
予想できないクスッと笑える、ほっこりBLです。
サンドイッチ、じゃがいも、トマト、コーヒーなんでもでてきますので許せる方のみお読みください。
アユム視点、エイシオ視点と、交互に視点が変わります。
完結保証!
このお話は、小説家になろう様、エブリスタ様でも掲載中です。
※表紙絵はミドリ/緑虫様(@cklEIJx82utuuqd)からのいただきものです。
貢がせて、ハニー!
わこ
BL
隣の部屋のサラリーマンがしょっちゅう貢ぎにやって来る。
隣人のストレートな求愛活動に困惑する男子学生の話。
社会人×大学生の日常系年の差ラブコメ。
※現時点で小説の公開対象範囲は全年齢となっております。しばらくはこのまま指定なしで更新を続ける予定ですが、アルファポリスさんのガイドラインに合わせて今後変更する場合があります。(2020.11.8)
■2024.03.09 2月2日にわざわざサイトの方へ誤変換のお知らせをくださった方、どうもありがとうございました。瀬名さんの名前が僧侶みたいになっていたのに全く気付いていなかったので助かりました!
■2024.03.09 195話/196話のタイトルを変更しました。
■2020.10.25 25話目「帰り道」追加(差し込み)しました。話の流れに変更はありません。
ブラッドフォード卿のお気に召すままに~~腹黒宰相は異世界転移のモブを溺愛する~~
ゆうきぼし/優輝星
BL
異世界転移BL。浄化のため召喚された異世界人は二人だった。腹黒宰相と呼ばれるブラッドフォード卿は、モブ扱いのイブキを手元に置く。それは自分の手駒の一つとして利用するためだった。だが、イブキの可愛さと優しさに触れ溺愛していく。しかもイブキには何やら不思議なチカラがあるようで……。
*マークはR回。(後半になります)
・ご都合主義のなーろっぱです。
・攻めは頭の回転が速い魔力強の超人ですがちょっぴりダメンズなところあり。そんな彼の癒しとなるのが受けです。癖のありそうな脇役あり。どうぞよろしくお願いします。
腹黒宰相×獣医の卵(モフモフ癒やし手)
・イラストは青城硝子先生です。
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。

いっぱい命じて〜無自覚SubはヤンキーDomに甘えたい〜
きよひ
BL
無愛想な高一Domヤンキー×Subの自覚がない高三サッカー部員
Normalの諏訪大輝は近頃、謎の体調不良に悩まされていた。
そんな折に出会った金髪の一年生、甘井呂翔。
初めて会った瞬間から甘井呂に惹かれるものがあった諏訪は、Domである彼がPlayする様子を覗き見てしまう。
甘井呂に優しく支配されるSubに自分を重ねて胸を熱くしたことに戸惑う諏訪だが……。
第二性に振り回されながらも、互いだけを求め合うようになる青春の物語。
※現代ベースのDom/Subユニバースの世界観(独自解釈・オリジナル要素あり)
※不良の喧嘩描写、イジメ描写有り
初日は5話更新、翌日からは2話ずつ更新の予定です。
余命僅かの悪役令息に転生したけど、攻略対象者達が何やら離してくれない
上総啓
BL
ある日トラックに轢かれて死んだ成瀬は、前世のめり込んでいたBLゲームの悪役令息フェリアルに転生した。
フェリアルはゲーム内の悪役として15歳で断罪される運命。
前世で周囲からの愛情に恵まれなかった成瀬は、今世でも誰にも愛されない事実に絶望し、転生直後にゲーム通りの人生を受け入れようと諦観する。
声すら発さず、家族に対しても無反応を貫き人形のように接するフェリアル。そんなフェリアルに周囲の過保護と溺愛は予想外に増していき、いつの間にかゲームのシナリオとズレた展開が巻き起こっていく。
気付けば兄達は勿論、妖艶な魔塔主や最恐の暗殺者、次期大公に皇太子…ゲームの攻略対象者達がフェリアルに執着するようになり…――?
周囲の愛に疎い悪役令息の無自覚総愛されライフ。
※最終的に固定カプ

【完結】ぎゅって抱っこして
かずえ
BL
幼児教育学科の短大に通う村瀬一太。訳あって普通の高校に通えなかったため、働いて貯めたお金で二年間だけでもと大学に入学してみたが、学費と生活費を稼ぎつつ学校に通うのは、考えていたよりも厳しい……。
でも、頼れる者は誰もいない。
自分で頑張らなきゃ。
本気なら何でもできるはず。
でも、ある日、金持ちの坊っちゃんと心の中で呼んでいた松島晃に苦手なピアノの課題で助けてもらってから、どうにも自分の心がコントロールできなくなって……。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる