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二章、未熟な聖杯と終末の予言
24、大空は竜のものに決まってるじゃないか。狂妖精?
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出発の朝。
「飛竜は浮気に厳しい生き物ですからな。相棒に乗れぬからと、別の飛竜を借りるわけにも参りません……それに、シンディが心配なのもあり……」
「うん、わかるよ。気にしないで」
シンディが解呪中のネイフェンは、迷った末にお留守番することになった。
「聖杯殿下、御乗りください」
黒騎士モイセスが飛竜の背にエスコートしてくれる。彼が僕を乗せてくれるのだ。
黒騎士モイセスの竜は、ノウファムの飛竜カレナリエンと兄弟だ。
名前はグエルリンデ。
兄弟竜は、揃って黒檀色をしている。
瞳は茜色で、宝石みたいにキラキラだ。
「殿下の敬称はまだじゃないかな」
カジャと番ったらその敬称がつくこともあるかもしれないが、僕はまだ『殿下』ではない。
そう呟くと、黒騎士は慌てた様子で頭を下げた。
「失礼いたしました、公子様」
「そ、そんなに畏まって謝るようなことでもないですよ」
「気を付けていってらっしゃいまし!」
黒魔術師アップルトンがひらひらと手を振っている。
ネイフェンがその隣で今生の別れみたいな顔で目を潤ませている。大袈裟だ。
「ネイフェン、いい子にしておいで。お土産をあげるからね!」
なんだか、カジャみたいな言い方だな――自分でおかしく思いながら、僕は笑って手を振った。
「公子様、飛翔いたします。手を放されぬよう」
僕を乗せてくれる竜騎手、黒騎士モイセスが僕を抱えて手綱を操る。
前方で、ノウファムとロザニイルが乗る飛竜カレナリエンがバサリと羽搏き、上昇する。
その後に続くかたちで僕たちの飛竜エルリンデが飛翔すると、地上がぐんぐんと遠くなった。
左右で大きな竜翼が力強く上下して、ふわり、ふぁさりと竜が飛ぶ。竜の群れが、隊列をなして飛んでいく。
ちいさな鳥たちが同じように群れで隊列をつくって飛んでいて、それをあっという間に追い越して、白い雲も地上の景色も輪郭をぶらしながらどんどん後ろに流していく。
竜騎手に同乗する魔術師たちが短杖をふるい、速度をあげたり騎乗者の居心地がよくなるように空調を整えたりしている。
僕もタダ乗りはすまい――短杖を振って風を操れば、モイセスが礼儀正しくお礼を伝えてくれる。
「ありがとうございます、公子様」
「エーテルでいいです」
公子様、だと、該当する人物が同行者の中に他にもいるから紛らわしいじゃないか。
僕が伝えると、モイセスは素直に頷いた。
「それでは、エーテル様と」
「うん。モイセス卿には、沢山お世話になります」
「……敬語は必要ないかと」
「お互いに?」
「いえ」
ぎこちない会話の中、太陽がいつもより近く感じる。
高速の蒼穹の旅は、とても気持ちよかった。
「前方に狂妖精の群れが発見されましたが、駆除したので問題ありません」
伝令の声が響いて、モイセスが頷いた。
「狂妖精?」
首をかしげると、モイセスが教えてくれる。
「ここ数年、出没が確認されている狂暴な妖精です。理性がなく、攻撃性が高く――」
世の中は物騒だ。
けれど、考えてみればこの世界、もうすぐ滅ぶと預言されているのだ。
物騒にもなるよね。
【大空は誰のもの】――呪いの言葉を思い出して、僕は当然のように思った。
――大空は竜のものに決まってるじゃないか。
「王子様が狂うのだもの。妖精だって狂うよね」
僕は悟りみたいなものをひらきつつ、神妙な顔で頷いたのだった。
その発言が「狂王子」と呼ばれたカジャのことを言ったのだとわかったのだろう。モイセスはびっくりしたような顔をして、そおっと周囲を窺った。
カジャ陛下に対して無礼過ぎる発言だ。とても危険だ。そう思ったのだろう。
「……そのご発言は、あまり大声でお話なさらぬほうがよろしいかと」
ためらいがちに諫めてくれたから、僕はこの黒騎士が良い人だなと思った。
「飛竜は浮気に厳しい生き物ですからな。相棒に乗れぬからと、別の飛竜を借りるわけにも参りません……それに、シンディが心配なのもあり……」
「うん、わかるよ。気にしないで」
シンディが解呪中のネイフェンは、迷った末にお留守番することになった。
「聖杯殿下、御乗りください」
黒騎士モイセスが飛竜の背にエスコートしてくれる。彼が僕を乗せてくれるのだ。
黒騎士モイセスの竜は、ノウファムの飛竜カレナリエンと兄弟だ。
名前はグエルリンデ。
兄弟竜は、揃って黒檀色をしている。
瞳は茜色で、宝石みたいにキラキラだ。
「殿下の敬称はまだじゃないかな」
カジャと番ったらその敬称がつくこともあるかもしれないが、僕はまだ『殿下』ではない。
そう呟くと、黒騎士は慌てた様子で頭を下げた。
「失礼いたしました、公子様」
「そ、そんなに畏まって謝るようなことでもないですよ」
「気を付けていってらっしゃいまし!」
黒魔術師アップルトンがひらひらと手を振っている。
ネイフェンがその隣で今生の別れみたいな顔で目を潤ませている。大袈裟だ。
「ネイフェン、いい子にしておいで。お土産をあげるからね!」
なんだか、カジャみたいな言い方だな――自分でおかしく思いながら、僕は笑って手を振った。
「公子様、飛翔いたします。手を放されぬよう」
僕を乗せてくれる竜騎手、黒騎士モイセスが僕を抱えて手綱を操る。
前方で、ノウファムとロザニイルが乗る飛竜カレナリエンがバサリと羽搏き、上昇する。
その後に続くかたちで僕たちの飛竜エルリンデが飛翔すると、地上がぐんぐんと遠くなった。
左右で大きな竜翼が力強く上下して、ふわり、ふぁさりと竜が飛ぶ。竜の群れが、隊列をなして飛んでいく。
ちいさな鳥たちが同じように群れで隊列をつくって飛んでいて、それをあっという間に追い越して、白い雲も地上の景色も輪郭をぶらしながらどんどん後ろに流していく。
竜騎手に同乗する魔術師たちが短杖をふるい、速度をあげたり騎乗者の居心地がよくなるように空調を整えたりしている。
僕もタダ乗りはすまい――短杖を振って風を操れば、モイセスが礼儀正しくお礼を伝えてくれる。
「ありがとうございます、公子様」
「エーテルでいいです」
公子様、だと、該当する人物が同行者の中に他にもいるから紛らわしいじゃないか。
僕が伝えると、モイセスは素直に頷いた。
「それでは、エーテル様と」
「うん。モイセス卿には、沢山お世話になります」
「……敬語は必要ないかと」
「お互いに?」
「いえ」
ぎこちない会話の中、太陽がいつもより近く感じる。
高速の蒼穹の旅は、とても気持ちよかった。
「前方に狂妖精の群れが発見されましたが、駆除したので問題ありません」
伝令の声が響いて、モイセスが頷いた。
「狂妖精?」
首をかしげると、モイセスが教えてくれる。
「ここ数年、出没が確認されている狂暴な妖精です。理性がなく、攻撃性が高く――」
世の中は物騒だ。
けれど、考えてみればこの世界、もうすぐ滅ぶと預言されているのだ。
物騒にもなるよね。
【大空は誰のもの】――呪いの言葉を思い出して、僕は当然のように思った。
――大空は竜のものに決まってるじゃないか。
「王子様が狂うのだもの。妖精だって狂うよね」
僕は悟りみたいなものをひらきつつ、神妙な顔で頷いたのだった。
その発言が「狂王子」と呼ばれたカジャのことを言ったのだとわかったのだろう。モイセスはびっくりしたような顔をして、そおっと周囲を窺った。
カジャ陛下に対して無礼過ぎる発言だ。とても危険だ。そう思ったのだろう。
「……そのご発言は、あまり大声でお話なさらぬほうがよろしいかと」
ためらいがちに諫めてくれたから、僕はこの黒騎士が良い人だなと思った。
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