魔女家の公子は暴君に「義兄と恋愛しろ」と命令されています。

浅草ゆうひ

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二章、未熟な聖杯と終末の予言

16、ダンスをさせられている、見られてる(軽☆)

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 檻から放たれた魔獣は、空中を浮遊するクジラみたいな生き物だ。サイズは、結構大きい。上に乗って寝転がりたくなる感じだ。
 クジラと違って、潮を吹く部位から綺麗な半透明のひもを吹いている。
 綺麗だけれど、魔獣は人に害を及ぼす獣だ。狂暴だったり、大人しくても毒を持っていたり。危ないのだ。

 綺麗だな、と視ていた僕は、ちょっとお間抜けさんだったかもしれない。
「ひぁっ!?」
 半透明の紐が空中で蛇みたいに自立した動きをして、しゅるしゅるっと巻き付いてきたのだ。
 紐の先はクパリと口をあけて、やっぱり半透明の舌のようなモノを出してくる。

「あ、あ、待っ、あ……っ!?」
 全身にしゅるしゅると細い紐が巻き付いてうごめき、舌みたいなモノでくすぐられると、僕は変な声をあげて身悶えしてしまいそうになる。
 口を塞ごうにも、両腕は縛られていて自由が利かない――足元をじたばたと暴れさせて、僕は身を捩った。

「んっ、あ、あ……く、」
 くすぐったい。

 笑っていいんだろうか――なんだか笑い声とは違う類の色めいた声が洩れてしまいそうなのだけど。

「ああ、んっ、は……ぁ、や……っ」

 人がいっぱい視ている――観ている!
 見られてる。

 羞恥心でたまらない気持ちになる。
 大勢の人が、口元に手をあてて僕の痴態を見つめている。
 耳に変な音が聞こえてくる――くちゅ、くちゅという水音。濡れた液体の奏でる音。
 淫猥な音だ。
 はしたなくて、破廉恥で、どこから出ているのか考えただけでどうにかなってしまいそうな音だ。

 胸に刺激を感じて、胸を突き出すように大きく上半身をくねらせる。
 直後に股に強い刺激が走って、脚をもちあげて悶絶する。
 刺激が続くとじっとしていられなくて、腰が揺れた。

 ……ダンスだ。
 僕、みっともなくて破廉恥で滑稽なダンスをさせられている――、
 
「や、あ、あ、う、うっぅ、ぁう……やぁっ」
 視界が涙で歪む。
 泣いてたまるか。
 僕は由緒正しく誇り高き魔女家の――、
 
【気持ちいいね】
 脳裏にカジャの声が蘇ると、悔しくてたまらなくなった。


 ああ――戦いの舞台アリーナにノウファムがいる。
 どんな表情をしているか、想像しただけで居たたまれない。
 視線を感じる。僕を見ている。
 
「……っ、」

 見られている……、

「はぁっ……」

 懇願こんがんなんて、するものか。
 僕は魔女家のエーテルだぞ。
 ――なのに。

「……ないで」

 ……弱々しく女々しい声が、情けない。

「視ないで。観ないで。僕を見ないで……っ」

 ――まるで、何もできない無力な子供。お姫様――そう呼ばれるのが、否定できないじゃないか……っ!
 
 胸の奥で熱くてドロドロした感情がぐつぐつと煮込まれる。
 沸騰して、羞恥や快楽よりも怒りが勝っていく。
 
『さあ、スタートで……はっ!?』

 アナウンスが言いかけて、途切れた。

「あっ……」 

 スタートの合図と同時に、クジラが悲鳴をあげるきずもなく斬り伏せられた。
 王兄の剣が抜かれて剣撃が放たれたのだと観衆が気付いたのは、一拍遅れてからだった。


 僕の身体に纏わりついていた半透明な紐が動きを止めて、空気に溶けるみたいに消えていく。
 
 数秒間、誰も何も言えない沈黙が重苦しく場を支配した。


 ひたひたと近付いてきた王兄は――ノウファムは、汗ひとつかいていなかった。
 何を考えているのか全くわからない無表情で、十字架から僕を解放して、剣を腰におさめた。
 そして、淡々と僕を横抱きにした。
 軽々と。本当に、軽々と。
 あんまりアッサリしているから、僕は夢でも見ているような気分で呆然として、自由にしてもらった両手を持て余してノウファムの肩や胸のあたりでそわそわと彷徨わせてしまった。

「で、殿下……」
 呼びかける声が止まったのは、ただならぬ空気に気付いたからだ。
 
 ノウファムは観覧席の実弟――カジャを睨んでいた。

 カジャが立ち上がって、口の端を持ち上げたのが遠目にもはっきりとわかった。
 
 国王と王兄が睨み合う。
 沈黙が続く。
 緊迫した数秒間。
 
 息をすることも躊躇ためらわれるような、音を立てて悪目立ちした者は殺されてしまうのではないかと危ぶまれるような、緊張感に満ちた恐ろしい時間が過ぎる。

 ――そして、命令が下された。
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