魔女家の公子は暴君に「義兄と恋愛しろ」と命令されています。

浅草ゆうひ

文字の大きさ
上 下
7 / 158
一章、狂王子と魔女家の公子(オープニング)

6、「お前たちは兄弟じゃないだろ。欲しがりのエーテル」

しおりを挟む
「カジャ!」

 僕が名前を呼ぶより早く、叫ぶ者がいた。
 
 ――

 ノウファムが腰にいていた剣をすらりと抜く。金属の刃がぎらりと光って、僕の脳裏に「凶器」という単語が浮かぶ。
 鋭い刃は、人の生命を奪うことができる殺傷武器だ。

 前傾の姿勢で苛烈に踏み込みながら奮われた剣は、しかし相手に届く前に見えない壁にはばまれた。魔術だ――僕はそう思った。僕の眼には、剣が視えない壁に衝突した瞬間に、バチッと蒼白い光みたいなのがスパークしたのが視えた。痛そう。

「ぐぅッ」
 短い呻き声を洩らして、ノウファムが蹲る。カラン、と硬質な音を立てて、ノウファムの剣が床に転がる。指輪のような小さな術具のようなものがふわりと虚空を舞って、ノウファムの指にまるのが視えた。

「殿下!」
 悲鳴をあげてノウファムに駆け寄ったのは、赤毛のロザニイルだ。

 寄り添う二人を見て、僕の頭がずきりと痛む。
 彼らの前に歩み出たのは、無意識だった。

「エーテル、下がれ」
 ロザニイルが背中側から震える声を発している。
「お、オレ。オレが」
 カタカタと震えながら、術を紡ごうとする気配が感じられる。震えてまともに術は発動しない様子だけれど。
「ま、守る。守るから、オレが。オレが」 
 
 ロザニイルは怯えている。でも、強がってる。年下であり魔女家内での身分が上の僕を、一応は守ろうという気があるのだ。

 僕はそんなロザニイルに好感を覚えつつ、一方でモヤモヤしていた。
 そんな風にロザニイルに「いい奴」っぽく振る舞われたら嫌だと思う自分がいるのだ。

 だって、だって……【僕は、ロザニイルに嫉妬しているから】。

 そんな思いがフワッと湧いた。
 ああ、そうなんだ――僕は嫉妬する自分を自覚した。ロザニイルの何に対する嫉妬なのかまでは、わからない。記憶を失う前に何かあったのかもしれないけど、今は――それどころじゃない。

 複雑な気持ちで佇む僕の目の前で、カジャがふわりと虚空に浮く。
 子供とは思えないほどの魔力行使術。
 天才だ。
 そう呼ばれる類の生き物だ――僕は不思議なほど冷静な頭で、そう思った。
 
「やあ、エーテル。記憶がないんだって? 調子はどう?」

 友達みたいな、気さくな声だ。
 けれど、何を考えているのかわからない底知れなさがある。
 返答を間違ったら即詰みのような、不思議な緊張感や怖さがある。

【ふんぞり返っておやりなさい】
 
 僕は唇を舌先でチロリと舐めてから、ネイフェンの声を思い出して背筋をまっすぐ、ぴんっと伸ばして姿勢よく相手をにらんだ。

 守るべき存在が後ろにいる――、
 僕は、魔女家の中でも身分が上のほうなのだ。
 敬われる存在である魔女家の坊ちゃんは、こういう時に敵に情けない姿は見せないのだ。

 ――さて、なんと応えよう? 僕は平静をよそおいながら、脳内で必死に言葉を捜して舌に台詞を乗せた。

「カジャ殿下。僕の兄に乱暴はおやめください」

 凛然りんぜんと言い放てば、カジャは意表を突かれたような顔をした。
 今の応答はよかったらしい――そんな顔をさせられたというのが、僕の心をふるい立たせた。

「兄? 誰? ロザニイル?」

「ノ……」
 言いかけて、束の間逡巡しゅんじゅんする。
 名前をそのまま言っていいのか。そんな迷いの末、僕は言葉を続けた。

「ノウファム様――ノウファム兄さん」

 その瞬間のカジャの顔は、全く見ものだった。
 綺麗に整った顔が「????」でいっぱいになって、その後に眉を寄せて、何かを一生懸命考えるような――それは実年齢にそぐう子供っぽい表情だった。

 そして、真実のひとかけらを僕に刺した。

「お前たちは兄弟じゃないだろ。欲しがりのエーテル」
 
しおりを挟む
感想 2

あなたにおすすめの小説

鬼上司と秘密の同居

なの
BL
恋人に裏切られ弱っていた会社員の小沢 海斗(おざわ かいと)25歳 幼馴染の悠人に助けられ馴染みのBARへ… そのまま酔い潰れて目が覚めたら鬼上司と呼ばれている浅井 透(あさい とおる)32歳の部屋にいた… いったい?…どうして?…こうなった? 「お前は俺のそばに居ろ。黙って愛されてればいい」 スパダリ、イケメン鬼上司×裏切られた傷心海斗は幸せを掴むことができるのか… 性描写には※を付けております。

貢がせて、ハニー!

わこ
BL
隣の部屋のサラリーマンがしょっちゅう貢ぎにやって来る。 隣人のストレートな求愛活動に困惑する男子学生の話。 社会人×大学生の日常系年の差ラブコメ。 ※現時点で小説の公開対象範囲は全年齢となっております。しばらくはこのまま指定なしで更新を続ける予定ですが、アルファポリスさんのガイドラインに合わせて今後変更する場合があります。(2020.11.8) ■2024.03.09 2月2日にわざわざサイトの方へ誤変換のお知らせをくださった方、どうもありがとうございました。瀬名さんの名前が僧侶みたいになっていたのに全く気付いていなかったので助かりました! ■2024.03.09 195話/196話のタイトルを変更しました。 ■2020.10.25 25話目「帰り道」追加(差し込み)しました。話の流れに変更はありません。

いっぱい命じて〜無自覚SubはヤンキーDomに甘えたい〜

きよひ
BL
無愛想な高一Domヤンキー×Subの自覚がない高三サッカー部員 Normalの諏訪大輝は近頃、謎の体調不良に悩まされていた。 そんな折に出会った金髪の一年生、甘井呂翔。 初めて会った瞬間から甘井呂に惹かれるものがあった諏訪は、Domである彼がPlayする様子を覗き見てしまう。 甘井呂に優しく支配されるSubに自分を重ねて胸を熱くしたことに戸惑う諏訪だが……。 第二性に振り回されながらも、互いだけを求め合うようになる青春の物語。 ※現代ベースのDom/Subユニバースの世界観(独自解釈・オリジナル要素あり) ※不良の喧嘩描写、イジメ描写有り 初日は5話更新、翌日からは2話ずつ更新の予定です。

ブラッドフォード卿のお気に召すままに~~腹黒宰相は異世界転移のモブを溺愛する~~

ゆうきぼし/優輝星
BL
異世界転移BL。浄化のため召喚された異世界人は二人だった。腹黒宰相と呼ばれるブラッドフォード卿は、モブ扱いのイブキを手元に置く。それは自分の手駒の一つとして利用するためだった。だが、イブキの可愛さと優しさに触れ溺愛していく。しかもイブキには何やら不思議なチカラがあるようで……。 *マークはR回。(後半になります) ・ご都合主義のなーろっぱです。 ・攻めは頭の回転が速い魔力強の超人ですがちょっぴりダメンズなところあり。そんな彼の癒しとなるのが受けです。癖のありそうな脇役あり。どうぞよろしくお願いします。 腹黒宰相×獣医の卵(モフモフ癒やし手) ・イラストは青城硝子先生です。

完結・オメガバース・虐げられオメガ側妃が敵国に売られたら激甘ボイスのイケメン王から溺愛されました

美咲アリス
BL
虐げられオメガ側妃のシャルルは敵国への貢ぎ物にされた。敵国のアルベルト王は『人間を食べる』という恐ろしい噂があるアルファだ。けれども実際に会ったアルベルト王はものすごいイケメン。しかも「今日からそなたは国宝だ」とシャルルに激甘ボイスで囁いてくる。「もしかして僕は国宝級の『食材』ということ?」シャルルは恐怖に怯えるが、もちろんそれは大きな勘違いで⋯⋯? 虐げられオメガと敵国のイケメン王、ふたりのキュン&ハッピーな異世界恋愛オメガバースです!

【完結】ぎゅって抱っこして

かずえ
BL
幼児教育学科の短大に通う村瀬一太。訳あって普通の高校に通えなかったため、働いて貯めたお金で二年間だけでもと大学に入学してみたが、学費と生活費を稼ぎつつ学校に通うのは、考えていたよりも厳しい……。 でも、頼れる者は誰もいない。 自分で頑張らなきゃ。 本気なら何でもできるはず。 でも、ある日、金持ちの坊っちゃんと心の中で呼んでいた松島晃に苦手なピアノの課題で助けてもらってから、どうにも自分の心がコントロールできなくなって……。

学院のモブ役だったはずの青年溺愛物語

紅林
BL
『桜田門学院高等学校』 日本中の超金持ちの子息子女が通うこの学校は東京都内に位置する野球ドーム五個分の土地が学院としてなる巨大学園だ しかし生徒数は300人程の少人数の学院だ そんな学院でモブとして役割を果たすはずだった青年の物語である

幽閉王子は最強皇子に包まれる

皇洵璃音
BL
魔法使いであるせいで幼少期に幽閉された第三王子のアレクセイ。それから年数が経過し、ある日祖国は滅ぼされてしまう。毛布に包まっていたら、敵の帝国第二皇子のレイナードにより連行されてしまう。処刑場にて皇帝から二つの選択肢を提示されたのだが、二つ目の内容は「レイナードの花嫁になること」だった。初めて人から求められたこともあり、花嫁になることを承諾する。素直で元気いっぱいなド直球第二皇子×愛されることに慣れていない治癒魔法使いの第三王子の恋愛物語。 表紙担当者:白す(しらす)様に描いて頂きました。

処理中です...