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第二十二話 七振の剣 仙石峽座衛門

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 日影兵衛達四人は一気に駆け抜けると村長の屋敷の前まで到達した。
 「山ほど山賊は切り捨てたが、これだけと言うわけではあるまい」周りを探りながら日影石流斉は言った。他の三人も気配を探る。
 「来るぞ、三人か」日影石流斉がそう言うと皆は頷いた。
 村長の屋敷のの門から、その三人は現れた。雑魚は連れていない。すべて出し尽くしたのか、よっぽど腕に自信があるのか。
 「かしらをお探しか。外れだ、残念残念」
 女物の着物を着込んだ痩せぎすの男が言った。女物の着物は別段問題ない。仲間に佐々木琴もいる。しかしその身体が蛇の様にうねうねと落ち着かなく動いていているのが気持ち悪い。
 もうひとり、浪人姿の男はぺっと唾を吐く。
 最後のひとりは煙管をくわえながらにやにやしていた。
 「蓮田冬次郎、宗像源蔵、大河原鉄朗か」と大村右近が誰に告げるともなく言った。
 「ひゃっはっは。お前知ってるぞ。大村右近だな」と女物の着物を着た蓮田冬次郎。
 「よくもまあここまでやってくれたな」と浪人姿の宗像源蔵。
 「大将はどうするきかねえ。いちからやり直しか黒錦党に頭を下げて戻るのか」と煙管を咥えた大河原鉄朗。
 「兵衛、大村の。この阿呆あほうどもはわしと永山がやる。お前たちは親玉を探せ」
 日影石流斉は三人を前にしてなんでもないように言った。
 「しかし俺は」と大村右近が言いかけた。
 「雑魚より親玉のほうが美味しいだろ。行け」
 「俺一人でも良いぞ、右近」と日影兵衛がやはり余裕を見せて言った。
 「お前の優先順位はどれが一番上か」
 日陰兵衛にそう言われると、大村右近は「では任せる」と言って日影兵衛とともに庄屋の屋敷の方へ駆け出した。
 敵の三人は余裕を見せて駆け出したふたりを見ている。
 「追わんでいいのかな」と日影石流斉。
 無言で三人を見る永山宗之介。
 「なに、お前らを殺してからでも問題ない」と宗像源蔵。
 大河原鉄朗が煙管を投げ捨てると同時に五人は抜刀した。
 「永山の、お前はあのきもいのを殺れ。わしはたこが嫌いなのだ。代わりに残るふたりはわしが相手してやる」
 「私だって蚯蚓みみずは嫌いなのです。押し付けないで下さい」
 蓮田冬次郎は酷い言われようである。
 「何を余裕こいている。じじい、後悔するぞ」宗像源蔵の言葉とともに三人が寄ってくる。
 「抜け作が」
 いきなり現れた前田主水が背後から蓮田冬次郎に斬りかかった。予想もしていないところから前田主水の斬撃を受けた蓮田冬次郎の左腕がきり飛ばされ、それとともに刀が転がる。
 「うおおおお、俺の、俺の腕があ」と蓮田冬次郎は叫んだ。
 「このところてんの始末は儂がつけてやる。永山殿、石流斉殿、それなら構わんだろ」
 「この豚野郎、腕の代償は高いぞううう」そういって蓮田冬次郎は刀を拾った。
 「ありがたい。前田殿」
 永山宗之介は心からそう言って宗像源蔵に対峙する。
 「なんだ、つまらんのう。ひとりだけか」と日影石流斉が大河原鉄朗の方を向く。
 
 「降参してもいいぞ。わかめ昆布」
 「この豚野郎。殺す。死んでも死んでも斬りきざむ」
 前田主水と蓮田冬次郎はそう言って向き合った。
 (窮鼠猫を噛むというからな。しかし)
 いきなり前田主水が仕掛けた。
 「どうりゃあああ」
 渾身の一撃を蓮田冬次郎の首を狙って叩き込む。
 蓮田冬次郎は刀でそれを受け止めた、はずだった。
 おのれの刀が首にめり込んで、あらぬ方向へ折れ曲がった。そしてその場に崩れ落ちる。
 「あの世で不意打ちが汚いなどと言うなよ。盗賊が」
 そう言った前田主水の傷口が更に開き、血をふきだした。
 
 「さて、どうしたものですかね」
 霞の構えを取った永山宗之介がつぶやく。
 「この状況で霞の構えか。相当自信があるのだな」と宗像源蔵。
 「ならば」そう言うと八相の構えを取った。首元に刀を載せる様にするその構えは刃が隠れて見えない。
 先手を取って敵の太刀や拳を打つ構えは永山宗之介の技には相性が悪そうだ。
 「ほう」と永山宗之介が言うと、いきなり刃が飛んできた。
 「後の先」
 そうつぶやきながら永山宗之介の刃が走る。
 永山宗之介のこぶしを狙った宗像源蔵の刀を巻き込むように繰り出された刀は、そのまま喉に吸い込まれるように貫いた。
 宗像源蔵はそのまま後ろに倒れ込む。喉を突かれた為、一言も発する事もなく絶命した。
 「少々強引過ぎましたか」そう言う永山宗介の左の二の腕も宗像源蔵の放った刀に切り裂かれていた。
 その傷に手を当て「こぶしを潰されなかったので良しとしましょう」そう言う彼の傷から血が吹き出している。
 「左腕をやられました。もうまともに刀が振るえません。また敵が現れたら逃げますね」と前田主水と日影石流斉に声をかける様に言うと永山宗介は片膝をついた。
 
 「じじいが、剣豪気取りか」と大河原鉄朗が日影石流斉にむかって言った。
 「煙管きせるなどで格好つけても腕は上がらんぞ」と笑いながら日影石流斉は返す。
 「言ってろ」いきなり鋭い突きが飛ぶ。日影石流斉は殆ど身体を動かさずにあっさりとかわす。
 「なかなか良い突きだ」
 「こ、講釈をたれるな。師匠にでもなったつもりか」
 そう答えた大河原鉄朗の右腕は、手首から肩元まで裂けていた。何をされたのか、大河原鉄朗は見切れなかった。
 決着をつけた永山宗之介と前田主水がその戦いを見ていたが彼らにも解らなかった。
 「では次はわしの番だな」
 今度は日影石流斉の突きが飛ぶ。
 避ける事も受け流す事もできなかった大河原鉄朗の喉元をその突きが貫いた。刀を抜かれると前のめりに倒れた。
 「わしもまだまだ現役を名乗れるかな」
 そして永山宗之介と前田主水を見る。
 「なんだ、だらしのない。この程度の小粒こつぶにやられて怪我をするとは。まあ三人一度に相手をしたらわしも腰が立たな無くなる。ご苦労ご苦労」
 日影石流斉は何事も起こらなかったように言った。
 「一応その屋敷の中を調べてくれい。なんの気配も感じぬのだが、親玉がいたら逃げるのだぞ」と言いながら、日影兵衛と大村右近の向かった方へ歩き出した。
 永山宗之介と前田主水は顔を見合わせる。
 「ありゃ何だ。あんなのに日影殿は鍛えられたのか」
 「最初の斬撃とあの突きはいくら何でも受け流せるとは思えません」
 そう言いながらふたりは屋敷に入っていった。
 
 「物凄い殺気だな」
 日影兵衛はいきなり庄屋の扉を蹴り開けるとそのまま中に突入し、護りをかためた四人の盗賊を斬り付ける。
 そこへ各部屋から十人程の盗賊共が廊下に現れた。
 日影兵衛はいきなり無影剣を繰り出すと、出てきた盗賊はことごとく倒れ伏す。
 反対側に現れた日影兵衛は部屋を蹴破りながら背後から襲おうと身を隠していた敵を斬り捨て回る。
 「いきなりそれか。お前は派手好きなのか」
 「右近。どうせ親玉をひとりでやらせろと言うつもりだろう。俺にも見せ場を作らせてくれ。腕が立ちそうな奴を一人も倒していないのだ」
 ふたりはそう言いながら二階への階段を上る。
 「二階は大広間一つだけか。つまらん。あの部屋の雑魚も俺が殺る」日影兵衛はそう言って部屋のふすまを蹴破った。
 部屋の奥には殺気の主が立っていた。その姿は顔も身体も岩で出来ている様に見えるごつごつしている大男である。
  日影兵衛は無造作に部屋へ入ると、待ち構えていた盗賊共を無造作に切り倒す。
 それを見ながら大村右近は親玉に対峙した。
 「仙石峽座衛門せんごくきょうざえもんだな。その命貰い受ける」
 「大村右近か。まだ根に持っているのか、女々しい奴め」と仙石峽座衛門は刀を抜き放つ。
 「あれは橘遊侠たちばなゆうきょう加神峰惣治かがみねそうじ並だ。本当に手を貸さなくていいのか」
 「ほう。橘遊侠と加神峰惣治を倒したのか、大村右近」
 「倒したのは俺だ」
 日影兵衛は負けず嫌いの様である。
 大村右近は脇構えを取った。日影兵衛と違うのは、身を低くしていない所だ。
 「ふたり同時で来ないのか」
 「ああ言っいるが、本当にいいのか」
 「俺が殺られそうになったらその時頼む。ここで死ぬつもりは無いからな」
 「と言うわけだ。仙石峽座衛門」と日影兵衛。
 「笑わせてくれるわ」
 仙石峽座衛門はじりじりと間合いを取り始める。
 大村右近は動かない。
 瞬間。
 「がいん」という音と共に大村右近が後方に転がり倒され、仙石峽座衛門は前にに跳ねて間合いから遠ざかる。
 日影兵衛は無言で見ているだけだ。
 「何だ、そっちのが追撃してくるのかと思ったのだが」と仙石峽座衛門が日影兵衛にむかって言った。
 日影兵衛はそれに答えず仙石峽座衛門から目を離さない。その間に大村右近は立ち上がり、また脇構えをとって元の位置まで戻る。
 「凄いな、あいつは。俺に殺らせてくれんか」と驚いた様子もなく日影兵衛が言った。
 「転んだだけだ。馬鹿を言うな」と大村右近。
 「転んだだけとは笑わせる」仙石峽座衛門は大村右近の方へ向き直った。
 その瞬間、仙石峽座衛門が後方に弾けとんだ。
 「二式でもこれか」と大村右近が言いながら、ふらついた。
 仙石峽座衛門は苦もなく立ち上がる。その体のあちこちから血がたれていたが、どれも浅い。しかも急所には傷ひとつない。無明剣の突きの連撃を叩き込んだはずであった。普通なら蜂の巣だ。
 「右近、足をやったな。まだできるのか」と日影兵衛は彼にに問うた。
 「今のは見たか」と言いつつ、大村右近は右足首を動かして「うむ。まだ行ける」と呟いた。
 「そうか。俺にも大体見えた。いつでも変わるぞ」
 「次も見ろ」大村右近はまた脇構えをとる。
 「何をごちゃごちゃ言っている。既に大村右近の動きは丸見えだ」そう言いながら仙石峽座衛門は刀を構え、じりじりと間合いを詰めてくる。
 「はっ」といきなり仙石峽座衛門はその場で刀を振り下ろした。その前には大村右近が倒れている。
 仙石峽座衛門の両脛りょうすねに切り傷が出来ていたが、動きを止めるほどの傷ではない。逆に大村右近の背中が切り裂かれていた。
 「大村右近、貴様はこれ迄だ」仙石峽座衛門は大村右近を畳に縫い付ける様に刀を突き立てた。
 間一髪、大村右近は転がり避けて壁際で片膝を立てた。
 「言い訳はしたくないが、足首をくじいていなければ、この三式で深手を与えられたものを」
 その三式とは、身体を床に付くほど身を落としながら高速移動し、足を狙って薙ぐ技であった。
 「日影兵衛、今ので見えたか」
 「はっきりとな」
 「残念ながら俺はここ迄だ。けりをつけてくれ」
 無念そうに大村右近は言った。
 そして彼の代わりに日影兵衛が前に進み、
 「何だ。大村右近はもう終わりか。だが問題ない。お前を先に斬り殺してからゆっくりとどめをさしてやる。まだその技が通用すると思っているのか。この馬鹿目が」
 仙石峽座衛門はいきなり刀を振り切った。
 しかしその刃は畳を切り裂いたのみであった。日影兵衛は寸分も動かなかったのだ。
 「俺が無明剣を使えると誰が言った」そう言いながら日影兵衛兵衛は仙石峽座衛門の右腹から左肩まで斬り裂いた。
 「な、なんだと」仙石峽座衛門はまだ倒れずに、また刀を構える。
 日影兵衛はもう終わったとばかりに腕をだらりと下げた。
 「き、貴様、これで終わりと思ったか。この程度で勝っ……」
 そこで仙石峽座衛門の言葉は止まり、その場に崩れ落ちた。腹が千切れんばかりに斬り裂かれていた。
 「俺の技は無影剣だ」
 日影兵衛兵衛はそう言うと、倒れた仙石峽座衛門に近づいた。
 「念の為だ。また起き上がりそうな気がする」と言って仙石峽座衛門の首を刎ねる。
 「右近、立てるか。なんなら肩を貸そうか」
 「馬鹿を言うな。なんの問題もない」大村右近はやれやれと立ち上がる。
 
 ふたりが外へ出ると、日影石流斉と永山宗之介、前田主水が立っていた。
 「何だお前ら。助けるつもりは微塵もなかったのか」と日影兵衛。
 「助けに入ったら、余計なお世話だと言って私達に斬りかると思いましてね」と永山宗之介。
 「俺は猛獣か。それより右近、首検分はしないのか」
 「忘れていた。二度手間になるのはごめんだからな。俺は京へ早く戻りたい」
 「首検分とはなんですか」
 「倒した頭だった者の名を知りたい。雑魚はいい」
 「向こう側にいた毛皮の奴は倒したぞ。頭は潰れて無くなったが」と前田主水。
 「野中獣郎か」
 「わしらはあの三人組を。他にはらんかった」と日影石流斉。
 「松平康治郎がいないな。手こずっているのか、やられたのか」と日影兵衛は周りを見回した。
 「まずい気がしますね。おしゃべりしている場合では無いようです」
 永山宗之介がそう言うと、五人は駆け出した。
 彼らは松平康治郎が来るはずの道を急ぐと、真っ二つになった春日井小次郎と、血まみれの松平康治郎、そのそばにひざまずいた佐々木琴を見つけた。
 「見事にばっさりとやったな。春日井小次郎、お前か」と半分になった春日井小次郎を見て大村右近がたずねる。
 「お前は生きているのか」とぴくりとも動かない松平康治郎へ日影兵衛が問いかけた。
 「い、今のところは」と松平康治郎がなんとか答える。
 「お主、何故ここにいる。来るなと言ったであろう」日影石流斉は佐々木琴をにらみつけた。
 「人を斬る機会はそうそうないではないか。私もこれ以上なめられなくはなかった。しかし私のせいで松平殿が……」
 日影石流斉はそう言う佐々木琴の目を見つめた。
 「人を斬ったか。何人斬った」
 「さ、三人」
 「終わったことだ。仕方あるまい。しかし場所を教えたのは誰だ」
 「……儂だ。すまん」前田主水は罰の悪そうな顔をしている。あの晩した事は許すから代わりに決まった事を教えろと、佐々木琴に詰め寄られたのだ。
 「いや、私が無理やり聞き出したのだ。そのせいでこんな事に」
 「気にするなと言っただろう」と松平康治郎は佐々木琴の顔を見る。
 「所でこの鎧武者をやったのはどちらかな」
 「佐々木殿だ」と松平康治郎は無念そうに言った。
 「三人のうちひとりがこれだと。月光を使ったのか。見事なものだ。兵衛、お前が指南したのか」
 「一度見せただけなのだか……」
 「なんだと」と、日影石流斉は驚いて佐々木琴を見つめた。
 「それより松平殿を早くなんとか」佐々木琴は顔をあげて言った。
 「下手に扱うとはらわたがこぼれてしまうな」と日影石流斉。
 「儂がそおっとはこぶ。お琴は傷が広がらないか見ながら来てくれ」
 そして村の出入り口まで行くと、待っていた亀山の侍はふたりだけであった。
 「申し訳無い。幾人か取り逃してしまいました」
 「しょうがあるまい。仲間は後でとむらって貰おう」日影石流斉は仕方がないとでも言うように答えた。
 「兵衛殿、刀はよろしいのですか」と永山宗之介。
 「藤原草太に良いものを貰ったからな。それより松平ののが優先だ」
 「日影石流斉殿、まだ息のある黄錦党はとどめを刺さなくて良いのでしょうか」と亀山藩のひとりが聞いた。
 「どうせ傷をおった雑魚のみだ。生き延びても使い物にならないか、二度と刀を振ることができないか。どの道関宿は襲えまい。松平のの方が大事だからな。では帰るとするか」
 日影石流斉の言葉に従って、生き残った九人は村を後にした。
 帰ってきた日影兵衛達を見て、りんとたけが腰が抜けるほど安堵したことは言うまでもない。
 
 関宿で傷を癒やした日影兵衛達は、また京へ行く旅支度たびじたくをして関宿を後にしようとする。
 大村右近は既にひとりで京に向かって出発していた。
 「わしと松平のはしばらく亀山藩に留まる」
 松平康治郎は命を取り留めたが、また刀を振るえるかどうか。
 「俺達も京へ向かうが、もう厄介事に巻き込むなよ」
 「はっはっは、まあ、その時はその時で」
 笑う日影石流斉を日影兵衛はにらみつけると「さあ、俺達も出発するか」と言って六人は関宿を後にした。
 
 「ところで日影殿、石流斉殿は倒せるのですか」
 「ああ、じじいは昔から強健では無いからな。初手さえかわせば問題ない」
 「その初手が問題なのですが」
 永山宗之介と前田主水は顔を見合わせた。
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