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不見なる執行者

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38章

「不見なる処刑」
シーラーがそう呟くと海が波立ち始めた。
次の瞬間には砂の波をそれより大きい津波が飲み込んで消し去った。
位置的にシーラーも飲み込まれていたが、津波が不自然な動きをして海に戻るとそこにはどこも濡れたりせず、怪我すらしていないシーラーの姿があった。
「まぁそれぐらいか」
そう呟くと今度はシーラーが曲の指揮を執る様に両手の人差し指を立てて、振り始める。
すると
海の水が不自然な挙動を描いて竜巻をが現れた。その大きさはさっきの砂の津波より大きい。
幽美はそれをシーラーの仕業と確信し、能力を使用する。
この領域は幽美のもの。竜巻一つ消すぐらい容易い。
そう思っていた。
だがいくら操作しようとしても竜巻の形が崩れる気配はない。
「それ、無意味だよ」
シーラーが指揮のようなことをしながらそう言った。
「秘術は基本的に異人より強いって聞いたこと無い?もちろんあんたが強いのは知ってる。でもね、それでも超えられない壁ってものがあるんよ」
そう言うと指揮を止める。
止めた瞬間に竜巻は崩れ落ち、元の海に戻っていく。
「秘術は異人に対抗するために作られたもの。それじゃ秘術のほうが強くなきゃ意味ないよね?」
シーラーは両手を広げて天使を模したような姿をして言った。
だが咲川がそれを否定する。
「そうだとすればあなたは私たちの会長に勝てるんですか?」
それにシーラーは機嫌が悪くなったような顔をし、両手を下げる。
そして「あれは別格」
と言った。
続けて「あれは異人であって異人じゃない。例えれば…水源」と言う。
「水源…?」と何もわからない幽美は呟く。
それを咲川が付け足す。
「異人は能力を行使するためのガソリンを持ってるんです。それの多い少ないによって強さが変わります」
「それが水源となんの関係が?」
幽美が聞く。
それにはシーラーが答える。
「要するにあれが持ってるガソリンは質がいいのと量が異次元に多いっていうこと。それが強さの秘密」
だいたいわかった。
とにかくすごいってことが。
と、百のうち一ぐらいしかわかってない幽美だった。
「それにしてもそっちのほうも異人についてかなり調べてるんだね」
とシーラーが感心したように言った。
それに咲川は胸を張って
「もちろん。伊達に研究担当してるわけじゃないです」と誇らしげに言った。
そして頷くとシーラーはもう一度指揮を構える。
「でも生かすわけにはいかないんだよ」
切り替えが早いと言った感じだなと幽美は思う。
シーラーがまた指揮を指で奏でる。
シーラーが指揮をするため目をつぶった瞬間に咲川が幽美に何かを耳打ちした。
耳打ちが終わった1秒後には海の水がもりあがって今度はシーラーが津波を起こす。
しかしその速さは別格だ。
もう目の前まで津波は迫ってきている。
だが
「ワンパターンだ」
とだけ幽美は呟いて津波に手をかざす。
瞬間後、津波が幽美の手に触れた瞬間に水はなにか斜めのものにぶつかったかのように方向を変えた。
シーラーの方向に。
目をつぶっているシーラーはそれに気付けないと思ったが、そもそもこの津波の操作者はシーラーであるためそんなことはなかった。
シーラーは津波を制御するのをやめ、ただの海水に戻す。
瞬間、砂浜に海水が吸収され変色する。
ただ海水に戻った勢いで海水がシーラーにかかってしまい、服も髪もびしょびしょになった。
そんな惨状を自分で見てわなわなと震えながら
「何をしたの?」と幽美に聞く。
本当なら制御権は私にあったはず。あいつが操作することなんて不可能。とシーラーは思っていた。
それに幽美は
「ただ波の進行方向に壁を作っただけ。空気を操ってね。それをあなたの方向に行くように方向調整した」
と返す。
そうか実質的には干渉してないということね…。あの津波が到達するまでの短い時間でそんなアイデアがでてくるなんて…この子、嫌いだわ。
そうシーラーは幽美のことを嫌ったが、このアイデア自体は咲川のものである。
あの指揮が始まる瞬間耳打ちしたのはこれだった。
「次は大きな波の攻撃なのでそれを空気を圧縮して方向転換してください」と咲川は耳打ちしていた。
最初こそ幽美は混乱していたが、実際にシーラーが津波を生み出したのを見てそうかと確信した。
咲川はシーラーが最初に生み出した竜巻の指の動きを見て、操作するための暗号を既に解読していた。そしてそれを使って次の攻撃を予測する。
さらにそれだけではなく、海水を動かすための秘術エネルギーを能力を使って解析し、何を行うかの予想。単純に海の動きを見て何かの予想など、すべての結果を並列演算し、結果導き出したのが攻撃方法という結論。
そしてそれに対抗するためにはどうすればいいかという対策を練る。
それをあの一瞬で行った。
それが何を表すか。
『もうシーラーの攻撃はすべて読んでいる』
ということだった。
しかし咲川はそこだけでは終わらない。
津波が方向を変えてシーラーにぶつかる寸前、シーラーが津波を消した。
その一瞬で全てにおいて負け筋を探し、それの対処まで考えていた。無論シーラーが津波を消すということも予想済みだった。
咲川はそれらをすべて導き出し、絶対に負けない戦い方を見つけた。大きなイレギュラーがなければ咲川たちが負ける確率は0だ。比喩でもなく確率としての0。
これが生徒会の中で唯一頭脳で奏臣を抜く異人。
咲川白音だった。
「次は波で目くらましをした後に音もなく背後を取ってきます。その後膠着状態になるのでそこで反撃しましょう」
咲川はまた耳打ちする。
幽美はそれに頷いて術を構える。
「何を話してるかは知らないけど、私から逃げられると思わないようにね!」
シーラーは両手を網のようにし、下から上に空気をすくい上げる。
すると海がシーラーと幽美の間に割って入り、向こう側が見えなくなる。
普通ならば向こう側から攻撃が来るか海の上を飛んでこっちに飛んでくるか相手の様子を見るが、今回は話が違う。
幽美は「空縮」とだけ呟いて腕を十字にクロスし勢いよく後ろ振り変える。
するとガギンと音がなって後ろから迫ってきていたシーラーのどこから取り出したかわからないサバイバルナイフを幽美の両手ががっしり受け止めていた。
しかもその腕にはナイフが食い込んでおらず、膜のようなもので覆われていてそこで刃は止まっている。
シーラーは明らかに驚きの表情をする。
これはもう戦闘じゃない。負けゲーだ。そう悟った。
一瞬、シーラーのナイフを掴む腕から力が緩んだ。その隙を突いてクロスした両手で思いっきりナイフを弾く。ナイフはどこかに飛んでいき見えなくなる。
武器がなくなったことで今度は一瞬だけ混乱数する。何が起きたかわかっていなかった。
そこに幽美が顔面に一発。
ドゴォと大きな音がなってシーラーの体は砂浜を勢いよく転がっていった。
拳を放った幽美は少しだけその姿で硬直したがすぐに立ち直す。
あの腕全体を覆っていたのは圧縮された空気だ。圧縮された空気は強度を増し、何者すらも通さない最強の盾に。
そしてそれを攻撃に利用。拳が到達する瞬間にそれを少量爆発させると威力が桁違いになる。
操っているのは小さい魂。本当に小さくほとんど原子と変わらないものだ。それを莫大な量操作すると空気すらも操ることができる。
もちろんそれは複雑な演算が必要だがその程度なら幽美にも容易い。
シーラーの勝てる確率は限界を超えマイナスにまで跳ね上がる。この2人のコンビはとある事情によって簡単なことなら手にとるようにわかる。
彼女たちの欲望の力だった。

どうして勝てない?
あいつはただの異人のはず。秘術師である私が負けるわけがない。もしかして動きをすべて読まれてる?
そんなこと短時間にできるわけない。
いや…。あの化け物が選び抜いた異人たちだった。あるかもしれない。
でもここで負けたら私はあの人に見限られる。
それだけは避けなくちゃ。
どうすればどうすればどうすればどうすれば。
ん?これは…石?砂浜に落ちてたけど普通の石じゃない。形が整ってる。これは勾玉…?太陽に透かすと鉱石みたいに光ってる。きれい…。
え…光が強くなってる。もしかして私に反応してるの?
ふふふ…。面白そう。
なら使ってあげようじゃん。あんたの力を見せてくれよ!

倒れ込んだシーラーが青色に光る。
その光量に思わず2人は目を覆う。さすがにこれを直視するのは危険だ。
薄っすらと手のひら越しに何かが見えた。
「…天使?」
羽が生えた人間がこちらを覗いていた。影で見えにくくはなっているがわかる。
しかし数秒後には羽が消え去って元の人影に戻った。
それと同時に光も消え始め、2人は覆う手を外す。
そこには無傷で服も濡れていなく、どこも汚れていないシーラーが立っていた。
「へぇ。こんな感じなんだ」
シーラーはそう言って手を握る。
「お前何をした」と幽美がシーラーに聞く。
それにシーラーは
「熾天使の勾玉」
と言ってポケットから1つの勾玉を取り出す。
熾天使。その単語には聞き覚えがある。
会長が持っていた鉱石だ。その名前が確か熾天使の鏡だった気がする。だがそれは異人専用だと言っていた。ということは勾玉になにかヒントがありそうだ。
と咲川は思う。
流石にこれだけでは処理するのは難しい。
「気をつけてください。多分あれはやばいです」と耳打ちすることしか出来なかった。
しかし
「そうだったのね。随分反応が早すぎると思ってたらそっちのちびっこが糸を引いていたと。…頭にくるわ」
シーラーが聞こえたような反応をした。否、実際に聞こえている。
聴覚能力が格段に上がっている。
「じゃあそっちから先に潰さないとねぇ!」
シーラーはそう叫んで突進する。
さっきまでの攻撃とは全くパターンが違う。戦略なしの一点突破だ。
あっという間に咲川の背後に接近する。そして今度は右拳を放つ。
「そうはさせない!」
だがその間に幽美が割って入る。咲川を守るために。
また腕に空気を圧縮し、その拳を止めようと進路に入る。
「邪魔!」
その腕をシーラーはそのまま跳ね飛ばす。
力が強い!
幽美はそう思った。そしてすぐに咲川を抱いて拳を避難する。力では拳を止めることが出来ないと判断したからだ。
しかし、
「ねぇ、電子レンジって知ってるよね」
唐突にシーラーがそう聞いてきた。
更にポケットから十円玉を出して、指で弾く。
「あれって水原子をマイクロ波で振動させて温めてるんだけど、要は水原子を振動させれば同じことができる。そして空気中には水蒸気が常にあって…。ここからはわかるよね」
まずい!
直感的にそう思った幽美は砂を固めて四方を塞ぎ壁を作る。
その瞬間に外から大きな爆発音が聞こえてきた。
上から砂がポロポロと落ちてくる。
水蒸気爆発だ。
空気中の水蒸気が高温の物に触れたときに起こる爆発現象。十円玉を何かで急速に熱し、似たような現象を起こしたということだ。
だが
「私が操作できるのって何も触れてるものだけじゃないよ?」
外からそんな声が聞こえてきた。
その瞬間に砂を貫通して十円玉が投げ込まれた。
咲川はその意味を完全に理解した。
十円玉は熱されているようで赤く変色し始めていて、もう数秒後には爆発が起きる。
咲川は必死にここから助かる方法を探したが既に積んでいた。
しかし
「あなただけは」
幽美がそんな事を言うと咲川の周りにだけ固まった砂が展開された。
一瞬何かを言おうとしていたがそんな暇はなかった。
これで咲川「は」爆発に巻き込まれることはない。
「後は任せます」
そう言った直後、砂の城は中からの爆発で崩れた。
命もともに崩れてしまったように。
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