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手配書の存在

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 隣町に向かう馬車は、いつものようにゆっくりしたペースで進んだ。隣町までの需要は多いから一日に三往復は馬車が出るのだが、今回の馬は年を取って引退間際の老馬だったのだ。
 ちなみに馬とは言っても、元の世界の馬に比べて足は太くて毛も長い。違和感ありまくりなのだが、皆が馬だと言うからどうしようもない。全ての物について、同じような感じだ。元よりこちらと言葉が通じるのが不思議なのだが、そこはもう考えないようにしていた。考えたところで答えが見つかりようもないと気が付いたからだ。

 馬車に揺られながら理緒は、この世界に思いを馳せた。気が付けば二年近くこの世界にいた事になる。それは教育を受けてから気が付いた事で、それまでの理緒は暦すらも理解していなかったのだ。実際、これまでの生活では、せいぜい一月先のことがわかれば事足りたため、理緒はあまり気にしていなかった。この世界では一季節で一月と数えていて、一年は4ヵ月、一月が100日、一週は10日だとか、一日は20の時間に分かれていて、朝が一日の始まりだとか、微妙に違いがあるのはわかった。
 それでも空は青いし、人は同じような見た目だ。魔術や魔獣や魔蟲がいるのは大きく違うが、平民として暮らしていれば魔術とは無縁だし、魔獣や魔蟲も猛獣や毒虫だと思えば違和感は少なかった。
 元の世界に戻りたいが、そもそも自分と同じ境遇の人がいるのかもわからない。いるならぜひ帰れるかどうか聞いてみたいとは思うが、今のところその手の話は聞かない。時々店の客相手にそれとなく、寄っている時に冗談交じりで話を振ってみたが、それに対して期待できるような話は一つもなかった。



 隣町に着いた理緒は、まずは頼まれた用事を終わらせるべくロイの店に向かった。ロイの店は乗合馬車の停車場から歩いて十分ほどの大通りに面していた。いわゆる八百屋のような店で、まだ開店準備中らしく、客は誰もいなかった。

「こんにちは…」

 まだ早かっただろうかと思いながらドアを開けると、ちょうどそこにはこの店の主であるロイと、二人の冒険者がいた。

「ああ、エステルさんとこの…あ~ちょっと待っとくれ」
「え?あ、はい」

 どうやら冒険者との話が終わるまでは待たなきゃいけないらしい。理緒は大人しく店の端に寄ってロイの用事が終わるのを待った。

「それじゃ、頼んだよ、ロイ」
「ああ、だが張っておくだけだぞ。探しはせんからな。商売が忙しいんだから」
「分かってるって。でも、見つけたら教えてくれよ」
「はいよ」

 そう言うと冒険者の男たちは、嬢ちゃん、悪かったな、と理緒に声をかけて行ってしまった。どうやら用事は済んだらしい。

「待たせたね、嬢ちゃん」
「あ、はい、サラです。今日はまた息子さん達の品物を…」
「はいよ。相変わらずエルテルは過保護だねぇ…」
「それ、乗合馬車のおじさんにも言われました」
「やっぱりね。まぁ、旦那が死んじまったからしょうがねぇよな」

 エステルと幼馴染だというロイは、どうやらエステルの夫とも知り合いだったらしい。会話の端々にそれを感じて、ロイがエステルを気にかけているのがよく伝わってきた。エステルに言わせるとロイは喧嘩仲間だったというが、ロイはそうじゃないようにも見えた。多分ロイはエステルが好きだったのだろう。

「ああ、そう言えば嬢ちゃんはこんな顔は知らないかい?」

 そう言ってロイが見せたのは、尋ね人の紙だった。ロイはさっきいた冒険者が置いていったんだが、この娘を探しているのだという。理緒はその紙を見て、思わず息を詰めた。そこに書かれていた特徴は、どう考えても自分だったからだ。

「これは…」
「ああ、何でもお隣の領主様が人を探しているらしいよ。わざわざ隣の領地まで回ってくるなんて滅多にないんだけどねぇ…そう言えばサラの知り合いにはいないかい?どうやら同じような年ごろだけど」
「…いえ、知り合いでは、ちょっと…」

 理緒はそう答えるのが精いっぱいだったが、ここに記されている特徴は確実に自分の事だろうと思った。髪の色や目の色だけでなく、髪の長さも年齢も一致するし、名前もリオで合っているのだ。手書きの人相書はあまり似ている様には見えなかったが、特徴と探しているのがあのファレル辺境伯なのだ。間違い様がなかった。

「そういえばロイさん、この街から出ている乗合馬車で王都って行けるの?」
「王都?何でまた?」
「うん、私が以前お世話になった人が王都にいるって噂を聞いて…簡単に行ける距離なのかなぁって」
「そうかい。まぁ、ここからだと隣のギラン伯爵様のとこのハーリーって街まで行って乗り換えすればいけるよ。そうだなぁ…最低でも十日はかかるかな」
「そっかぁ…結構遠いんだね」
「まぁ、ここは辺境だからね。でも、行くならしっかりした準備が必要だよ」
「そっか、ありがとう。また考えてみる」
「そうしな。何ならエステルに聞くと言い。あいつは昔、暫くだったが王都にいたからな」
「そうなの?」
「ああ。亡くなった旦那と知り合ったのも王都だったって言うしな」

 エステルが王都にいたとは知らなかった、どうせならもっと話を聞いておけばよかったと思った理緒だったが、時すでに遅しだ。ここにまで手配書が回っているなら、戻るのも危険な気がする。理緒は焦る気持ちを抑えながら、停車場に向かった。

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