子守を引き受けただけなのに、その保護者から不審者扱いされています

四葉るり猫

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小屋にて

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 数百メートル戻ったところの、小さな崖の下に、確かに辺境伯が言うように粗末な小さな小屋があった。頑丈さだけが取り柄のような手作り感満載のその小屋は、猟師が狩猟の際に泊ったり休んだりする小屋だろうと言う。小屋の前まで来た辺境伯は理緒を横抱きにしたまま、ゆっくりと小屋の周りを一周した。襲撃を受けたばかりなだけに、周辺に誰かが潜んでいないか確認しているのだろう。耳を澄ませ、周りの気配を探っているようだった。

コンコン…

 辺境伯が小屋のドアをノックしたが、二度繰り返しても返事はなかった。慎重にドアを開けると、ドアは施錠されてはおらず、ギイィィ…と軋む音をたてながら開いた。中は窓がなくてぼんやりと薄暗く、そして誰もいなかった。
 中は六畳くらいの広さだろうか。部屋の奥には手作りの壊れかけた木のベッドが一つと、左手には暖炉の様なものがレンガで組まれていた。それ以外はイスやテーブルもないが、獣の毛皮で作ったらしい敷物や鍋、ヤカン、コップなどが一角に集められていた。誇りっぽくないところを見ると、頻繁に使われているように感じられた。

「誰もいなさそうだな…」
「…そう、ですね…」

 ドアを開けたまま入り口に佇んだ辺境伯は、鋭い視線で室内を見渡すとそう呟いた。何となく相槌くらいは打つべきだろうかと思った理緒は、分かり切った返事を返すしか出来なかった。とにかくこの体勢は落ち着かないので、さっさと下ろして欲しかった。
 室内に踏み込むと、ギシリと床が軋んだ。見かけは頑丈そうだが、年数がたっているのか床はかなり傷んでいるようだ。埃っぽくはないが、湿ったくぐもった空気が身を包んだ。
 辺境伯は真っすぐ室内を進むと、三歩程で辿り着く距離にあったベッドに理緒を下ろした。ベッドも年数が経っているのか、それだけでぎしっと大きな音を立てた。
 やっとお姫様抱っこから解放された理緒は、辺境伯に知られないようにこっそり息を吐くので精一杯だった。傷も傷むが、親しくもない人にお姫様抱っこをされるのは想像以上に気力を削がれた。うん、こういうのはやはり好きな人にやって貰えるから嬉しいのであって、そうでなければ苦痛でしかないんだな…と実感した。

「とりあえず傷を見せろ。治療する」
「へ?あ、あの…」
「何だ?」
「治療って…さっき…」
「あれは応急処置だ。さすがにいつ襲ってくるかわからない外で治療は出来ないだろう」
「…そ、そうですか…」
「お前…冒険者なのにそんな事も知らないのか?」
「はぁ…危なそうな依頼は受けなかったので…」

 眉間のしわを深めながらそう言われたが、これは紛れもない事実だった。理緒は自分が非力だと自覚していたため、刃傷沙汰になるような依頼を受けた事はなかったのだ。
 傷口を見せろと言われた理緒は、袖をまくろうとしたが、直ぐにそれでは無理だと気が付いた。傷口が袖よりも上にあったからだ。
 仕方なくシャツのボタンを外して片方の腕を出した。ブラ替わりにサラシを巻いていたし、タンクトップの様な物も着ていたから別に問題ないだろう。一瞬辺境伯が苦虫を潰したような表情を浮かべたが、気が付かなかった事にした。傷口を見せろと言ったのは向こうなのだ。
 応急処置として傷口を縛っていたタオルを外されて、理緒はようやく傷口を自分の目で見る事になった。思ったほど傷は大きくなく、貫通したところが赤くなっていて、わずかに血が滲んでいた。これなら縛ったまま屋敷に戻ってから消毒をすればいいのではないかと言ったが、それでは化膿する可能性があるから早い方がいいと言われた。のだが…

「あの~治療って…どうやって…」

 治療すると言われたが、ここには治療するための薬も何もなかった。理緒ももちろん持ってきていない。もしかして辺境伯が携帯しているのだろうか…と思ったが、またしても変な顔をされた。何かを言う度に怪訝な表情をされるので、酷く居心地が悪かった。あまり喋らない方がいいかもしれない…

「…治癒魔法を知らんのか?」
「ち、ゆまほう?」
「傷をいやす魔術だ」
「…は?本当に、あるんですか…?」
「当たり前だろう。知らなかったのか?」
「…ええまぁ…実際に見た事がなかったので…」
「…なるほど」

 今度はあっさりと納得されてしまい、それはそれで微妙な気分だった。物知らずと飽きられたような気がする。だが、実際理緒はこっちの世界に来ても治癒魔法をかけている場面に出くわした事がなかった。そこまでの怪我をした事もなかったし、周りにはそんな事が出来る人もいなかった、と思う。ギルドに登録した際も、そんな説明はなかった。もしあったら、おお、ファンタジーだ!と絶対に印象に残った筈だ。

「じっとしてろ」

 そういうと辺境伯は、目を瞑ると矢傷に手を当てた。集中しているようにも見えて、何だか声をかける事も憚られたため、理緒は黙ってその様子を見ていた。辺境伯の手の周りにうっすらと光る何かを見たと思った途端、部屋の中に光が溢れた。

「…っ!何だ?!」

 集中していた筈の辺境伯が声を上げた。そうしている間も小屋の中はまばゆい程の白と金色の光が広がっていた。それは小屋の床の真ん中を中心に円を描き、そこから複雑な文様が順番に組み立てるように次々と浮かび上がってきた。それは理緒がかつて見たアニメや映画の魔法陣のようにも見えたが、それよりももっと複雑で、光の一つ一つが生き物のように動いていた。理緒は何が起こっているのかわからず、ただその色彩のダンスを呆然と眺めていた。
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