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ルイの母の事情
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「ルイ様のお母様ってどんな人なんですか?」
さすがに今回の訪問での母親の態度は、理緒にとっては理解出来ないものだった。どういう経緯でこうなっているのかもよくわかっていなかった理緒は、あの後ルイの昼寝の時間にマシューに尋ねた。
「ルイ様のお母君ですか…」
「ええ、いくら療養中とは言え、こんな幼児を放っておくなんてちょっと理解に苦しむというか…」
「…」
「まぁ、事情はあるんでしょうけど。そこら辺も教えて頂けませんか?でないと、余計な事を言ってルイ様を傷つける可能性もありますし」
「…そうですね…」
マシューの口は重かったが、それでも隠していても意味がないと思ったのだろう。それは理緒が誰かから間違った情報を聞いてもよくないと思ったのだろう。辺境伯家の内情なので決して口外しないようにと前置きをしたうえで、マシューはぽつりぽつりと話し始めた。
ルイの母はコーデリアと言い、辺境伯領の隣の伯爵家の娘で、辺境伯の兄で前辺境伯だったブライアンの妻だった。コーデリアはブライアントや現辺境伯のアルバートとは幼馴染で、子供の頃から交流があり、ブライアントの結婚は自然な流れだった。
ブライアンが結婚し、第一子が生まれたのを機に、伯父で先々代の辺境伯は子どもがいなかったのもあり、ブライアンに家督を譲って隠居した。その後、コーデリアはルイを含む三人の子を産み、一家は順風満帆に見えた。
だが一年前のある日、馬車の事故に遭ってブライアントと三人の子供のうちルイを除く二人が亡くなった。
生き残ったのはコーデリアとルイの二人だったが、コーデリアは怪我と事故のショックで寝込んでしまった。怪我自体は大した事はなく、程なくして傷も塞がったのだが、精神的なショックが大きく、起き上がれないのだという。
一方のルイも怪我をしたがブライアンが庇ったのもあり、軽傷で済んだ。それでも事故のショックで、暫くは泣いて目を覚ます日々が続いた。事故が暗くなった時間帯だったのもあり、暗闇を怖がって夜も中々眠れず、夜中に目を覚まして大泣きする事も少なくなかった。
最初は一緒に過ごしていたコーデリアだったが、ルイの大泣きに振り回されて寝不足になり、一層精神的な落ち込みが酷くなったのだという。さすがにこれではコーデリアの負担が大きいという事で、八ヵ月前からルイはこの屋敷で暮らしているのだという。
「一年って…」
話を聞いた理緒は、さすがにそれはどうなんだ…と思った。だったらルイは二歳の時に父親と兄を失い、母親とも引き離されて一人ぼっちだったのか…それでは癇癪と言うか情緒不安定になっても仕方がないだろう。あの頃は一番親の温もりを必要としている筈だ。なのに、ここの大人たちはどうしてこうも幼児の心に無頓着なのか…
「どうして我慢するのが一番幼いルイ様なんです?母親が一番恋しい頃なのに…」
「そうなのですが…でも、貴族の子息は乳母に育てられる事が多いので、母親と接触が少ないのは珍しくはないのです」
「じゃ…ルイ様の乳母は?」
「乳母は…ルイ様が一歳の時、夫が病気になって看病すると辞めまして…」
「代わりの人はいないんですか?」
「それが…」
マシューの話では、乳母の後任を何人か雇ったが、ルイの癇癪が酷くて続かなかったのだと言う。
「続かなかったって…でも、家族を亡くして、母親とも引き離された子が癇癪を起すというか、情緒不安定になっても仕方ないでしょう?」
「そうなのでしょうか…」
「そうなのでしょうかって…今の時期って、子供の成長には一番大事な時期じゃないですか」
「でも、あれくらいの年では記憶に残らないですし、問題ありませんよ」
「は?」
「え?」
「問題ないって…大有りじゃないですか?人格形成の一番元になる時期ですよ?」
「は?人格…?」
「え?」
どうやらマシューとは会話が成立していない気がした。何だろう、幼児期は人格形成の元になる大切な時期じゃなかったっけ?記憶が残らなくても、その時期に受けた愛情は子供の心を安定させたはずだし、逆に放置されると問題児になった筈…
そこまで考えて、この世界では幼児期は記憶が残らないから重要視されていないのだろうか…と思い至った。だからルイが泣いても母親優先で、だからこんな寂しい屋敷に一人置いているのだろうか…
「リオ、我々は一体どうすればいいのでしょう…」
マシューに心底わからないと言った風にそう告げられて、理緒も戸惑った。この世界の常識は自分のそれとは随分違う事を思い出したからだ。
さすがに今回の訪問での母親の態度は、理緒にとっては理解出来ないものだった。どういう経緯でこうなっているのかもよくわかっていなかった理緒は、あの後ルイの昼寝の時間にマシューに尋ねた。
「ルイ様のお母君ですか…」
「ええ、いくら療養中とは言え、こんな幼児を放っておくなんてちょっと理解に苦しむというか…」
「…」
「まぁ、事情はあるんでしょうけど。そこら辺も教えて頂けませんか?でないと、余計な事を言ってルイ様を傷つける可能性もありますし」
「…そうですね…」
マシューの口は重かったが、それでも隠していても意味がないと思ったのだろう。それは理緒が誰かから間違った情報を聞いてもよくないと思ったのだろう。辺境伯家の内情なので決して口外しないようにと前置きをしたうえで、マシューはぽつりぽつりと話し始めた。
ルイの母はコーデリアと言い、辺境伯領の隣の伯爵家の娘で、辺境伯の兄で前辺境伯だったブライアンの妻だった。コーデリアはブライアントや現辺境伯のアルバートとは幼馴染で、子供の頃から交流があり、ブライアントの結婚は自然な流れだった。
ブライアンが結婚し、第一子が生まれたのを機に、伯父で先々代の辺境伯は子どもがいなかったのもあり、ブライアンに家督を譲って隠居した。その後、コーデリアはルイを含む三人の子を産み、一家は順風満帆に見えた。
だが一年前のある日、馬車の事故に遭ってブライアントと三人の子供のうちルイを除く二人が亡くなった。
生き残ったのはコーデリアとルイの二人だったが、コーデリアは怪我と事故のショックで寝込んでしまった。怪我自体は大した事はなく、程なくして傷も塞がったのだが、精神的なショックが大きく、起き上がれないのだという。
一方のルイも怪我をしたがブライアンが庇ったのもあり、軽傷で済んだ。それでも事故のショックで、暫くは泣いて目を覚ます日々が続いた。事故が暗くなった時間帯だったのもあり、暗闇を怖がって夜も中々眠れず、夜中に目を覚まして大泣きする事も少なくなかった。
最初は一緒に過ごしていたコーデリアだったが、ルイの大泣きに振り回されて寝不足になり、一層精神的な落ち込みが酷くなったのだという。さすがにこれではコーデリアの負担が大きいという事で、八ヵ月前からルイはこの屋敷で暮らしているのだという。
「一年って…」
話を聞いた理緒は、さすがにそれはどうなんだ…と思った。だったらルイは二歳の時に父親と兄を失い、母親とも引き離されて一人ぼっちだったのか…それでは癇癪と言うか情緒不安定になっても仕方がないだろう。あの頃は一番親の温もりを必要としている筈だ。なのに、ここの大人たちはどうしてこうも幼児の心に無頓着なのか…
「どうして我慢するのが一番幼いルイ様なんです?母親が一番恋しい頃なのに…」
「そうなのですが…でも、貴族の子息は乳母に育てられる事が多いので、母親と接触が少ないのは珍しくはないのです」
「じゃ…ルイ様の乳母は?」
「乳母は…ルイ様が一歳の時、夫が病気になって看病すると辞めまして…」
「代わりの人はいないんですか?」
「それが…」
マシューの話では、乳母の後任を何人か雇ったが、ルイの癇癪が酷くて続かなかったのだと言う。
「続かなかったって…でも、家族を亡くして、母親とも引き離された子が癇癪を起すというか、情緒不安定になっても仕方ないでしょう?」
「そうなのでしょうか…」
「そうなのでしょうかって…今の時期って、子供の成長には一番大事な時期じゃないですか」
「でも、あれくらいの年では記憶に残らないですし、問題ありませんよ」
「は?」
「え?」
「問題ないって…大有りじゃないですか?人格形成の一番元になる時期ですよ?」
「は?人格…?」
「え?」
どうやらマシューとは会話が成立していない気がした。何だろう、幼児期は人格形成の元になる大切な時期じゃなかったっけ?記憶が残らなくても、その時期に受けた愛情は子供の心を安定させたはずだし、逆に放置されると問題児になった筈…
そこまで考えて、この世界では幼児期は記憶が残らないから重要視されていないのだろうか…と思い至った。だからルイが泣いても母親優先で、だからこんな寂しい屋敷に一人置いているのだろうか…
「リオ、我々は一体どうすればいいのでしょう…」
マシューに心底わからないと言った風にそう告げられて、理緒も戸惑った。この世界の常識は自分のそれとは随分違う事を思い出したからだ。
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