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依頼の受難
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マシューの依頼を断った理緒は、ルイの事が気になって少し後悔したが、再び引き離された後の事を考えると、やはり断って正解だったな、と思うようにしていた。あちらは一流の専門家がついているのだ。ただ弟や妹の世話をしただけの理緒とは知識もレベルも違うだろう。そもそも、こちらの世界では何が正解なのか理緒は知らない。間違った育児でルイが正しく成長できない可能性だってあるのだ。
マシューが来てから三日後、理緒は久しぶりに森に薬草採取の仕事をするために入っていた。薬草探しは初心者レベルの冒険者向けの依頼で、ほぼ毎日のように依頼があるため、理緒にとっても大事な収入源だった。
とは言っても、理緒は武術の心得もなく体力もないため、どうしても森の入り口の浅いところでしか採取が出来なかった。その為、依頼の数をこなすには、ほぼ一日森に入っていなければいけなかった。腕に自身があればもう少し奥まで入れるため、半日で済むのだが、理緒はさすがにそこまでの危険を冒す気にはなれなかった。
久しぶりの魔の森は、暗くて独特の嫌な雰囲気が漂っていた。ここは魔獣と呼ばれる普通の獣よりもずっと凶暴で危険な生き物がいるのだ。それは獣だけではなく、虫が進化したらしいものもいて、ここでは魔蟲と呼ばれていた。理緒が嫌いだったゴキブリの様な魔蟲もいて、それらは集団で人を襲う事もあった。森の入り口と言えども油断は出来ず、理緒は常に蟲除けの護符を持って、刺されたりしないように完全防備で森に入っていた。
「うわ…」
異変を感じたのは、森に入って半日くらいしてからだろうか。いつも薬草を採る場所よりも少しだけ深く森に入ると、そこにはたくさんの薬草が生えていた。これらを採れば今日の依頼分には十分だと、理緒は目を輝かせた。ただ、初めての場所だったため、理緒は暫くの間、慎重にその場を観察していた。蟲や魔獣が潜んでいる可能性もあったからだ。
しかし、暫く待っても何の動きもなかったため、理緒は手近にある薬草からゆっくりと、慎重に歩を進めて薬草を摘んでいった。慎重に動いたせいか時間はかかったが、それでもいつもよりも早く薬草を摘んだ理緒は、早々にその場を離れる事にした。
「いたっ!」
まだ日が高いうちに依頼を達成出来た理緒は、少し油断したらしかった。いつもなら時間をかけて周囲を気にしながら歩くのに、今日はあまりにも上手く行って浮かれてしまったらしい。理緒は蝶の様な綺麗な羽をもつ魔蟲に腕を刺されてしまった。
この蝶の様な魔蟲は、見た目は綺麗だが厄介な蟲の一つだった。見た目に反して毒を持っていて、集団で獲物を襲ってその血を吸うのだ。刺された場合、直ぐに患部に薬を塗れば済むのだが、この日理緒は薬を持っていなかった。と言うのも、薬は高価で底辺の冒険者には手が届かないのだ。
毒が回る前に森を出て、ギルドにさえ行けばそこで薬を塗って貰えるため、理緒は急いでギルドに向かった。幸いにも、刺したのが一匹だけだったのは運がよかったのだろう。魔蟲から逃れる間は腕の心臓に近い方を反対の腕できつく握り、森の入り口に辿り着くと、理緒は腕を持っていた布できつく巻いて毒が回らないようにしてからギルドに向かった。
少しずつ痛みと意識が朧げになる中、理緒はいつもの倍以上の時間をかけてギルドに辿り着いた。
「リオ!」
店に入った理緒に声をかけたのは、ギルドを仕切っている女将のフィオナだった。赤みの強い金髪と、胡桃色の目を持つ彼女は、元は腕の立つ冒険者だった。理緒がこのギルドに登録した時から何かと気にかけてくれて、アドバイスをしてくれた恩人でもある。その彼女は、ふらつきながら店に入ってきた理緒を見て、カウンターから飛び出してきた。
「どうしたのよリオ!顔色が真っ青よ」
「す、すみません、フィオナさん…魔蟲にやられて…」
「魔蟲?どんな奴にやられたの?」
「青い羽根を持った、確か…ガルシェ…って名前の…」
「ガルシェ?何匹だった?」
「一匹だけ…です」
「一匹?それで済んだの?」
「あ…はい…」
「分かったわ。とりあえずここ座って。今薬塗ってあげるわ」
「すみま…せん」
理緒を近くの椅子に座らせたフィオナは、再びカウンターの向こうに消えた。イスに座った理緒は、何とか戻ってこれた安堵感にホッとした。とにかく薬さえ塗れば死ぬ事はない。依頼の薬草も持って帰られたし、まずまずだったと思う。
「さ、リオ、腕を出して」
薬を手にフィオナが戻ってきた。きつく縛った腕が少し紫色になっていたが、フィオナは消毒の薬を刺された痕に塗ると、次に軟膏のような薬を患部に塗って布で抑えた。
「これで大丈夫だと思うわ。でも…熱が出るかもしれないから、今日は帰って寝た方がいいわね」
「ありがとうございます…」
「いいのよ。ただ、薬代を貰わなきゃいけないから…」
「あ、はい。それは…今日の依頼分で足りますか?」
そう言って理緒は今日採取したばかりの薬草をフィオナに渡した。
「偉いわね、ちゃんと持って帰ってきたなんて。でも、危険だから無理しちゃダメよ。薬代は…これだと依頼分の半分は残るかな。今日の薬草、程度がいいから少し色付けてあげられるし」
「そうですか…よかった」
足りなかったらどうしようかと思ったが、無事足りた事に理緒はホッとした。ギルドは冒険者のために様々な支援をしてくれるが、残念ながらただではない。時には薬代が足りずに借金になる事もあるが、そうならなかった事に理緒は安堵した。
「今日はもう帰りなさい。後で食べる物届けてあげるから」
フィオナにそう言われて、理緒は有難くその申し出を受ける事にした。さすがに先ほどからイスに座っているだけでも辛くなってきたからだ。ここから自分の部屋までは比較的近いのは幸いだった。
重い身体を何とか引きずり、何度も休みながらも理緒は自分の拠点としている下宿に戻った。着替えをするのも億劫で、今は早く横になりたくて、理緒はベッドに倒れ込んだ。熱が出てきたのか、寒気がするし気持ち悪い…一匹だけだから大した事はないと言われたが、初めて感じる毒を受けた身体の反応に、理緒は言い知れぬ恐怖を感じた。でも、フィオナは大丈夫だと言い、後で来てくれるとも言ってくれた。だから大丈夫…そう自分に言い聞かせた理緒は意識を手放した。
マシューが来てから三日後、理緒は久しぶりに森に薬草採取の仕事をするために入っていた。薬草探しは初心者レベルの冒険者向けの依頼で、ほぼ毎日のように依頼があるため、理緒にとっても大事な収入源だった。
とは言っても、理緒は武術の心得もなく体力もないため、どうしても森の入り口の浅いところでしか採取が出来なかった。その為、依頼の数をこなすには、ほぼ一日森に入っていなければいけなかった。腕に自身があればもう少し奥まで入れるため、半日で済むのだが、理緒はさすがにそこまでの危険を冒す気にはなれなかった。
久しぶりの魔の森は、暗くて独特の嫌な雰囲気が漂っていた。ここは魔獣と呼ばれる普通の獣よりもずっと凶暴で危険な生き物がいるのだ。それは獣だけではなく、虫が進化したらしいものもいて、ここでは魔蟲と呼ばれていた。理緒が嫌いだったゴキブリの様な魔蟲もいて、それらは集団で人を襲う事もあった。森の入り口と言えども油断は出来ず、理緒は常に蟲除けの護符を持って、刺されたりしないように完全防備で森に入っていた。
「うわ…」
異変を感じたのは、森に入って半日くらいしてからだろうか。いつも薬草を採る場所よりも少しだけ深く森に入ると、そこにはたくさんの薬草が生えていた。これらを採れば今日の依頼分には十分だと、理緒は目を輝かせた。ただ、初めての場所だったため、理緒は暫くの間、慎重にその場を観察していた。蟲や魔獣が潜んでいる可能性もあったからだ。
しかし、暫く待っても何の動きもなかったため、理緒は手近にある薬草からゆっくりと、慎重に歩を進めて薬草を摘んでいった。慎重に動いたせいか時間はかかったが、それでもいつもよりも早く薬草を摘んだ理緒は、早々にその場を離れる事にした。
「いたっ!」
まだ日が高いうちに依頼を達成出来た理緒は、少し油断したらしかった。いつもなら時間をかけて周囲を気にしながら歩くのに、今日はあまりにも上手く行って浮かれてしまったらしい。理緒は蝶の様な綺麗な羽をもつ魔蟲に腕を刺されてしまった。
この蝶の様な魔蟲は、見た目は綺麗だが厄介な蟲の一つだった。見た目に反して毒を持っていて、集団で獲物を襲ってその血を吸うのだ。刺された場合、直ぐに患部に薬を塗れば済むのだが、この日理緒は薬を持っていなかった。と言うのも、薬は高価で底辺の冒険者には手が届かないのだ。
毒が回る前に森を出て、ギルドにさえ行けばそこで薬を塗って貰えるため、理緒は急いでギルドに向かった。幸いにも、刺したのが一匹だけだったのは運がよかったのだろう。魔蟲から逃れる間は腕の心臓に近い方を反対の腕できつく握り、森の入り口に辿り着くと、理緒は腕を持っていた布できつく巻いて毒が回らないようにしてからギルドに向かった。
少しずつ痛みと意識が朧げになる中、理緒はいつもの倍以上の時間をかけてギルドに辿り着いた。
「リオ!」
店に入った理緒に声をかけたのは、ギルドを仕切っている女将のフィオナだった。赤みの強い金髪と、胡桃色の目を持つ彼女は、元は腕の立つ冒険者だった。理緒がこのギルドに登録した時から何かと気にかけてくれて、アドバイスをしてくれた恩人でもある。その彼女は、ふらつきながら店に入ってきた理緒を見て、カウンターから飛び出してきた。
「どうしたのよリオ!顔色が真っ青よ」
「す、すみません、フィオナさん…魔蟲にやられて…」
「魔蟲?どんな奴にやられたの?」
「青い羽根を持った、確か…ガルシェ…って名前の…」
「ガルシェ?何匹だった?」
「一匹だけ…です」
「一匹?それで済んだの?」
「あ…はい…」
「分かったわ。とりあえずここ座って。今薬塗ってあげるわ」
「すみま…せん」
理緒を近くの椅子に座らせたフィオナは、再びカウンターの向こうに消えた。イスに座った理緒は、何とか戻ってこれた安堵感にホッとした。とにかく薬さえ塗れば死ぬ事はない。依頼の薬草も持って帰られたし、まずまずだったと思う。
「さ、リオ、腕を出して」
薬を手にフィオナが戻ってきた。きつく縛った腕が少し紫色になっていたが、フィオナは消毒の薬を刺された痕に塗ると、次に軟膏のような薬を患部に塗って布で抑えた。
「これで大丈夫だと思うわ。でも…熱が出るかもしれないから、今日は帰って寝た方がいいわね」
「ありがとうございます…」
「いいのよ。ただ、薬代を貰わなきゃいけないから…」
「あ、はい。それは…今日の依頼分で足りますか?」
そう言って理緒は今日採取したばかりの薬草をフィオナに渡した。
「偉いわね、ちゃんと持って帰ってきたなんて。でも、危険だから無理しちゃダメよ。薬代は…これだと依頼分の半分は残るかな。今日の薬草、程度がいいから少し色付けてあげられるし」
「そうですか…よかった」
足りなかったらどうしようかと思ったが、無事足りた事に理緒はホッとした。ギルドは冒険者のために様々な支援をしてくれるが、残念ながらただではない。時には薬代が足りずに借金になる事もあるが、そうならなかった事に理緒は安堵した。
「今日はもう帰りなさい。後で食べる物届けてあげるから」
フィオナにそう言われて、理緒は有難くその申し出を受ける事にした。さすがに先ほどからイスに座っているだけでも辛くなってきたからだ。ここから自分の部屋までは比較的近いのは幸いだった。
重い身体を何とか引きずり、何度も休みながらも理緒は自分の拠点としている下宿に戻った。着替えをするのも億劫で、今は早く横になりたくて、理緒はベッドに倒れ込んだ。熱が出てきたのか、寒気がするし気持ち悪い…一匹だけだから大した事はないと言われたが、初めて感じる毒を受けた身体の反応に、理緒は言い知れぬ恐怖を感じた。でも、フィオナは大丈夫だと言い、後で来てくれるとも言ってくれた。だから大丈夫…そう自分に言い聞かせた理緒は意識を手放した。
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