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意外な訪問者
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ルイの住む屋敷から戻った理緒は、またいつもの日常を送っていた。礼を断ったから帰る時も無一文だったが、それでも数日間贅沢な生活を送ったせいか、心身ともに調子がよく、それだけで十分だったな、と思う。
街に戻ってからダニーにお礼を言いに行き、ついでにこれまでの顛末を話すと、辺境伯相手に啖呵切ってきたのか!と大層驚かれてしまった。相手が悪かった場合、それだけで手打ちになっても文句は言えなかったんだぞ、と言われたが、理緒にだってプライドはある。あんな奴に馬鹿にされたままなんて納得できなかった。特に咎められなかったし、近づかなければ問題ないだろう。ルイの事は気がかりだが、それでも理緒はいくら美形でもあの保護者には二度と会いたくなかった。
「リオ様!」
久しぶりに食堂の皿洗いの仕事をこなし、賄いを貰って機嫌よく帰ってきた理緒は、自分が住む部屋の前でマシューに待ち伏せされていた。マシューは理緒の姿を認めると嬉しそうに笑みを浮かべたが、心なしか疲れているようにも見えた。
「マシューさん…?」
思いがけない訪問者に、理緒も戸惑った。彼の主人は理緒に二度と近づくなと言ったのだから、彼がここに来る理由はない筈だった。
「すみません、お留守だったのでここで待たせて頂きました」
「え…いや、それは…別に…」
待つのは勝手だが、何の用だと理緒は不審に思った。主の意に反した事をするのはまずくないのだろうか?と思う。
「どうされたんですか?」
「あ、はい。実はお願いがございまして…」
「お願い?」
「はい。是非とも我が屋敷にお越し頂きたいのです」
「はぁ?何言って…」
「そう仰られるのは当然でございますが…その…」
「無理です」
理緒は一刀両断した。来るなと言ったのは主の辺境伯で、近づいたら容赦しないとまで言っていたではないか。なんだってそんな物騒なところに行かねばならないのだ。
「は?」
「だから無理ですって。マシューさんも聞いたでしょ?二度と近づくなって、あなたのご主人様が仰ったんですよ?」
「それはそうなのですが…」
「ね。自分としても二度と会いたくないですし」
「それは重々承知しておりますが…どうか一緒に来ていただけませんか?」
「だから無理ですって。自分もまだ死にたくないし」
「そこを何とか!」
そういうとマシューは、ここに来た経緯を話した。
理緒が屋敷を去ってからと言うもの、ルイの癇癪がこれまでにないほど激しくなったらしい。これまでは母親と辺境伯には懐いていたが、あの一件以来ルイは辺境伯すらも拒むようになったと言う。当然ながら屋敷の使用人も嫌がり、食事もろくに取らなくなっていると言う。医者にも見せたが問題はなく、最初は誘拐犯に攫われた影響だと言われていたが、それも三週間も続くとさすがにルイの成長に不安が見られた。
唯一の跡取りのルイの不調は、領地にとっては一大事だ。さすがにこのままではいけないと、子守のプロや医師などを呼び寄せてルイに引き合わせたが、ルイは理緒の名を呼ぶばかりで誰も受け付けなかった。
マシュー達理緒を知る者は理緒を呼ぶように勧めたが、さすがに不審者扱いした手前、辺境伯は首を縦には振らなかった。その間もルイの不調は続き、さすがにこの状態が続くと辺境伯も事態を重く受け止めるようになり、とうとう理緒を呼ぶようにマシューに告げたのだと言う。
「やっぱり嫌です」
話を聞いた理緒だったが、それでも断った。ルイの事は心配だが、貴族だし一流の医師や育児のプロが揃っているのだ、その内落ち着きを見せるだろう。
「どうしてですか?」
「だって…行ったところで暫くしたらまた離れる事になるでしょ?そうなったらルイ君はどうなります?また泣くことになるんですよ?だったら会わない方がずっといいですよ」
「それは…」
「子供なんだから、そのうち落ち着きますよ。今は誘拐されたショックもあるんでしょう。それに本当のお母さんは?子供にとって一番はお母さんですよ。いくら療養中でも体調がいい時くらい一緒にいさせてあげた方がずっといいですよ」
「しかし…」
「第一、人を不審者扱いしておいて、自分の都合が悪くなったら呼びつけようなんて、その根性が気に入りませんし。自分は二度とあの人に会いたくないので」
だからお引き取り下さい、と理緒は笑顔でマシューの依頼を断った。マシューも辺境伯の態度に思うところがあっただけに、それ以上理緒にごり押しする事も出来なかったのだろう。申し訳ありませんでした、と頭を下げて帰っていった。その後ろ姿に少し罪悪感が湧いたが、理緒にだってプライドがある。謝りもしない相手の希望を叶えるほどお人好しにはなれなかった。
街に戻ってからダニーにお礼を言いに行き、ついでにこれまでの顛末を話すと、辺境伯相手に啖呵切ってきたのか!と大層驚かれてしまった。相手が悪かった場合、それだけで手打ちになっても文句は言えなかったんだぞ、と言われたが、理緒にだってプライドはある。あんな奴に馬鹿にされたままなんて納得できなかった。特に咎められなかったし、近づかなければ問題ないだろう。ルイの事は気がかりだが、それでも理緒はいくら美形でもあの保護者には二度と会いたくなかった。
「リオ様!」
久しぶりに食堂の皿洗いの仕事をこなし、賄いを貰って機嫌よく帰ってきた理緒は、自分が住む部屋の前でマシューに待ち伏せされていた。マシューは理緒の姿を認めると嬉しそうに笑みを浮かべたが、心なしか疲れているようにも見えた。
「マシューさん…?」
思いがけない訪問者に、理緒も戸惑った。彼の主人は理緒に二度と近づくなと言ったのだから、彼がここに来る理由はない筈だった。
「すみません、お留守だったのでここで待たせて頂きました」
「え…いや、それは…別に…」
待つのは勝手だが、何の用だと理緒は不審に思った。主の意に反した事をするのはまずくないのだろうか?と思う。
「どうされたんですか?」
「あ、はい。実はお願いがございまして…」
「お願い?」
「はい。是非とも我が屋敷にお越し頂きたいのです」
「はぁ?何言って…」
「そう仰られるのは当然でございますが…その…」
「無理です」
理緒は一刀両断した。来るなと言ったのは主の辺境伯で、近づいたら容赦しないとまで言っていたではないか。なんだってそんな物騒なところに行かねばならないのだ。
「は?」
「だから無理ですって。マシューさんも聞いたでしょ?二度と近づくなって、あなたのご主人様が仰ったんですよ?」
「それはそうなのですが…」
「ね。自分としても二度と会いたくないですし」
「それは重々承知しておりますが…どうか一緒に来ていただけませんか?」
「だから無理ですって。自分もまだ死にたくないし」
「そこを何とか!」
そういうとマシューは、ここに来た経緯を話した。
理緒が屋敷を去ってからと言うもの、ルイの癇癪がこれまでにないほど激しくなったらしい。これまでは母親と辺境伯には懐いていたが、あの一件以来ルイは辺境伯すらも拒むようになったと言う。当然ながら屋敷の使用人も嫌がり、食事もろくに取らなくなっていると言う。医者にも見せたが問題はなく、最初は誘拐犯に攫われた影響だと言われていたが、それも三週間も続くとさすがにルイの成長に不安が見られた。
唯一の跡取りのルイの不調は、領地にとっては一大事だ。さすがにこのままではいけないと、子守のプロや医師などを呼び寄せてルイに引き合わせたが、ルイは理緒の名を呼ぶばかりで誰も受け付けなかった。
マシュー達理緒を知る者は理緒を呼ぶように勧めたが、さすがに不審者扱いした手前、辺境伯は首を縦には振らなかった。その間もルイの不調は続き、さすがにこの状態が続くと辺境伯も事態を重く受け止めるようになり、とうとう理緒を呼ぶようにマシューに告げたのだと言う。
「やっぱり嫌です」
話を聞いた理緒だったが、それでも断った。ルイの事は心配だが、貴族だし一流の医師や育児のプロが揃っているのだ、その内落ち着きを見せるだろう。
「どうしてですか?」
「だって…行ったところで暫くしたらまた離れる事になるでしょ?そうなったらルイ君はどうなります?また泣くことになるんですよ?だったら会わない方がずっといいですよ」
「それは…」
「子供なんだから、そのうち落ち着きますよ。今は誘拐されたショックもあるんでしょう。それに本当のお母さんは?子供にとって一番はお母さんですよ。いくら療養中でも体調がいい時くらい一緒にいさせてあげた方がずっといいですよ」
「しかし…」
「第一、人を不審者扱いしておいて、自分の都合が悪くなったら呼びつけようなんて、その根性が気に入りませんし。自分は二度とあの人に会いたくないので」
だからお引き取り下さい、と理緒は笑顔でマシューの依頼を断った。マシューも辺境伯の態度に思うところがあっただけに、それ以上理緒にごり押しする事も出来なかったのだろう。申し訳ありませんでした、と頭を下げて帰っていった。その後ろ姿に少し罪悪感が湧いたが、理緒にだってプライドがある。謝りもしない相手の希望を叶えるほどお人好しにはなれなかった。
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