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保護者との対面
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「お前がルイを誘拐犯から救ったと言う少年か」
「え…あ、はぁ…」
目の前の美丈夫を前に、理緒は気の抜けた返事しか返せなかった。
あの後、理緒は朝食を貰ったら帰るつもりでいたのだが、辺境伯が会って礼をしたいと言っていると引き止められてしまい、その後の三日間をルイの相手をして屋敷で過ごしていた。その間、ルイがやたらと懐いてくるため理緒は子供に合わせた規則正しい生活をしていたところ、たった数日とは言えルイの癇癪が鳴りを潜め、ルイは笑顔で過ごして屋敷の者を驚かせた。
そんなこんなでようやく辺境伯が帰ってきて面会になったのだが、ルイの保護者はしかめっ面で恩人を前ににこりともしなかった。
一方の理緒は、ルイの父親なだけにかなりの美形なんだろうと思ってはいたが、現れたのが想像以上だったため、一瞬見惚れてしまった。ルイにそっくりな黄金の髪は軽く波打ち、瞳もルイよりも少し濃いめの深い空色だ。造形は彫刻家が丹念に作り上げた傑作品のように整っていて、理緒がこれまで見てきた人間の中でも最高レベルの美形っぷりだろう。背も高くてしっかり鍛え上げられているのが服の上からでもわかるし、肌が白いのでマッチョの暑苦しさもない。全体的に見ても、男性らしさの溢れた美形だった。
だが、理緒を見る目には好意は微塵も感じられず、むしろ敵意さえ感じられて理緒は戸惑った。
「アルバート様、リオ様はルイ様の恩人でいらっしゃいます。そのような険しい態度は…」
さすがにマシューすらも主人の態度に疑問を感じたのだろう。苦言を呈したが、アルバートと呼ばれた青年はチラとマシューを見ただけで、再びリオに厳しい視線をぶつけた。
「恩人かどうかなどわからぬだろう。オークスの自警団の調書も見たが、この者の身元もはっきりしないとあった。今回は男二人の単独犯とあったが、それとて田舎の町の自警団の取り調べだ。深いところまで調査はされておらぬだろう」
「それはそうでございますが…しかし…」
「そもそも、ルイがこんなに懐いている事自体がおかしいのではないか?」
領主と呼ばれた男は、理緒にピッタリくっ付いて離れないルイを指さしてそう指摘した。
「ルイはあれ以来、私や母親以外には、馴染みの使用人ですら懐かなかったのだぞ。それがいくら恩人とは言え、初対面の者にあのように懐くなどあり得ないだろう。何か怪しげな薬でも使ったのではないか?」
「アルバート様!」
「…薬?」
この世界には、薬で幼児を懐かせる便利なものがあるのか…理緒はこの様な状況だったが、そちらの方が気になった。そんな便利なものがあるならぜひ欲しい。そうしたら子守の仕事も捗るのに…いやいや、その前に子供が懐いたからって不審者扱いはどうなんだ?子供が初対面の人に懐く事なんて珍しくもないだろうに…と思う。ルイの場合、ルイの周りにいる人達に問題があるだろうと理緒は思っていた。腫物を扱う様な態度では、子供だって懐かないだろうに、と思う。子供は子供なりに相手を本能で感じ取って人を見るのだ。
「とにかく、助けて貰った礼はするが、二度とルイには近づくな。今度近づいた時には、お前も誘拐犯と見て捕らえる」
「はぁ?」
言っている事が滅茶苦茶で、思わず理緒は呆れた声が出てしまった。相手はお貴族様だから不敬なのかもしれないが、助けたのに犯罪者扱いとはどういう事だ?
「マシュー、金貨十枚渡して即効帰って貰え。二度とこの屋敷の敷地内に招き入れるな」
「…要りませんよ」
余りの言い様に、さすがに理緒も苛ついた。こっちの世界に来て、これほど腹が立ったことはなかったし、馬鹿にされた事もなかったからだ。出てきた声は低く怒りを含み、理緒にくっ付いていたルイですら驚いて理緒を見上げていた。
「人助けしてこんなに馬鹿にされるとは思いませんでした。そんな人からのお礼なんて結構です。ご心配なさらなくても、恩を仇で返すような相手に近づいたりしませんから」
「何だと…」
「言った通りです。助けたのはたまたまで、別に礼が欲しくてやったわけじゃない。ここにいたのも帰ったらマシューさんが叱られると言われたからです。自分は貴族の常識など分かりませんし、今回の事を教訓にして、二度と貴族には近づかない事にします」
言い返されたのが意外だったのか、はたまた言い返された経験がないのか、目の前の領主は驚きと怒りのせいか頬を紅潮させて理緒を見ていた。そんな表情も美形だと絵になるんだな、と思いながらリオは立ち上がって部屋を出ようとした。
「リオ…」
そんな理緒を引き留めたのは、ルイだった。情況はわからないが、子供なりに不穏な空気は感じ取ったのだろう。不安そうに理緒を見上げているが、残念ながら理緒はルイの保護者でもなんでもない。保護者が出て行け、近づくなと言うのなら、どうしようもないのだ。理緒はルイに笑いかけて頭を撫でると、ルイは直ぐに嬉しそうに目を細めてきて、罪悪感が湧いたが、理緒はじゃあね、とだけ告げるとルイの手が自分を捕まえる前に離れた。
「リオ!」
頭に感じていた手の感触を失ったルイが、慌てて理緒に縋ろうとした。それを止めたのはマシューで、マシューに抱き上げられたルイは火がついたように泣きだした。そんな子を置いていくのは忍びなかったが、理緒はルイの様子に気を取られている領主に失礼しますと一礼すると、そのまま部屋を後にした。ドアを閉じた後も、ルイの泣き声だけが理緒の耳に届いていた。
「え…あ、はぁ…」
目の前の美丈夫を前に、理緒は気の抜けた返事しか返せなかった。
あの後、理緒は朝食を貰ったら帰るつもりでいたのだが、辺境伯が会って礼をしたいと言っていると引き止められてしまい、その後の三日間をルイの相手をして屋敷で過ごしていた。その間、ルイがやたらと懐いてくるため理緒は子供に合わせた規則正しい生活をしていたところ、たった数日とは言えルイの癇癪が鳴りを潜め、ルイは笑顔で過ごして屋敷の者を驚かせた。
そんなこんなでようやく辺境伯が帰ってきて面会になったのだが、ルイの保護者はしかめっ面で恩人を前ににこりともしなかった。
一方の理緒は、ルイの父親なだけにかなりの美形なんだろうと思ってはいたが、現れたのが想像以上だったため、一瞬見惚れてしまった。ルイにそっくりな黄金の髪は軽く波打ち、瞳もルイよりも少し濃いめの深い空色だ。造形は彫刻家が丹念に作り上げた傑作品のように整っていて、理緒がこれまで見てきた人間の中でも最高レベルの美形っぷりだろう。背も高くてしっかり鍛え上げられているのが服の上からでもわかるし、肌が白いのでマッチョの暑苦しさもない。全体的に見ても、男性らしさの溢れた美形だった。
だが、理緒を見る目には好意は微塵も感じられず、むしろ敵意さえ感じられて理緒は戸惑った。
「アルバート様、リオ様はルイ様の恩人でいらっしゃいます。そのような険しい態度は…」
さすがにマシューすらも主人の態度に疑問を感じたのだろう。苦言を呈したが、アルバートと呼ばれた青年はチラとマシューを見ただけで、再びリオに厳しい視線をぶつけた。
「恩人かどうかなどわからぬだろう。オークスの自警団の調書も見たが、この者の身元もはっきりしないとあった。今回は男二人の単独犯とあったが、それとて田舎の町の自警団の取り調べだ。深いところまで調査はされておらぬだろう」
「それはそうでございますが…しかし…」
「そもそも、ルイがこんなに懐いている事自体がおかしいのではないか?」
領主と呼ばれた男は、理緒にピッタリくっ付いて離れないルイを指さしてそう指摘した。
「ルイはあれ以来、私や母親以外には、馴染みの使用人ですら懐かなかったのだぞ。それがいくら恩人とは言え、初対面の者にあのように懐くなどあり得ないだろう。何か怪しげな薬でも使ったのではないか?」
「アルバート様!」
「…薬?」
この世界には、薬で幼児を懐かせる便利なものがあるのか…理緒はこの様な状況だったが、そちらの方が気になった。そんな便利なものがあるならぜひ欲しい。そうしたら子守の仕事も捗るのに…いやいや、その前に子供が懐いたからって不審者扱いはどうなんだ?子供が初対面の人に懐く事なんて珍しくもないだろうに…と思う。ルイの場合、ルイの周りにいる人達に問題があるだろうと理緒は思っていた。腫物を扱う様な態度では、子供だって懐かないだろうに、と思う。子供は子供なりに相手を本能で感じ取って人を見るのだ。
「とにかく、助けて貰った礼はするが、二度とルイには近づくな。今度近づいた時には、お前も誘拐犯と見て捕らえる」
「はぁ?」
言っている事が滅茶苦茶で、思わず理緒は呆れた声が出てしまった。相手はお貴族様だから不敬なのかもしれないが、助けたのに犯罪者扱いとはどういう事だ?
「マシュー、金貨十枚渡して即効帰って貰え。二度とこの屋敷の敷地内に招き入れるな」
「…要りませんよ」
余りの言い様に、さすがに理緒も苛ついた。こっちの世界に来て、これほど腹が立ったことはなかったし、馬鹿にされた事もなかったからだ。出てきた声は低く怒りを含み、理緒にくっ付いていたルイですら驚いて理緒を見上げていた。
「人助けしてこんなに馬鹿にされるとは思いませんでした。そんな人からのお礼なんて結構です。ご心配なさらなくても、恩を仇で返すような相手に近づいたりしませんから」
「何だと…」
「言った通りです。助けたのはたまたまで、別に礼が欲しくてやったわけじゃない。ここにいたのも帰ったらマシューさんが叱られると言われたからです。自分は貴族の常識など分かりませんし、今回の事を教訓にして、二度と貴族には近づかない事にします」
言い返されたのが意外だったのか、はたまた言い返された経験がないのか、目の前の領主は驚きと怒りのせいか頬を紅潮させて理緒を見ていた。そんな表情も美形だと絵になるんだな、と思いながらリオは立ち上がって部屋を出ようとした。
「リオ…」
そんな理緒を引き留めたのは、ルイだった。情況はわからないが、子供なりに不穏な空気は感じ取ったのだろう。不安そうに理緒を見上げているが、残念ながら理緒はルイの保護者でもなんでもない。保護者が出て行け、近づくなと言うのなら、どうしようもないのだ。理緒はルイに笑いかけて頭を撫でると、ルイは直ぐに嬉しそうに目を細めてきて、罪悪感が湧いたが、理緒はじゃあね、とだけ告げるとルイの手が自分を捕まえる前に離れた。
「リオ!」
頭に感じていた手の感触を失ったルイが、慌てて理緒に縋ろうとした。それを止めたのはマシューで、マシューに抱き上げられたルイは火がついたように泣きだした。そんな子を置いていくのは忍びなかったが、理緒はルイの様子に気を取られている領主に失礼しますと一礼すると、そのまま部屋を後にした。ドアを閉じた後も、ルイの泣き声だけが理緒の耳に届いていた。
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