6 / 47
幼児の住む屋敷
しおりを挟む
案内されたルイが住むと言う屋敷は、オークスの町から馬車で一刻ほどの場所だった。さすがに小さなルイもいるし、道中飲まず食わずと言うわけにはいかないだろうという事で、自警団で簡単な食事をとってから出発となった。軽い食事とは言え、出されたものは理緒が普段食べている物の何倍も贅沢なものだった。
さすがにお腹が空いていたらしいルイは、にこにこしながらパンや果物を頬張っていた。ルイが理緒から離れないため、理緒は仕方なくルイの世話をしながら同じ物を貰ったが、何かとルイがパンや果物を理緒に食べさせようとするため、理緒は逆にルイの口に食べ物を運ぶ羽目になった。
泣き止んで機嫌がいいルイは文句なしに可愛らしかった。金色のカールのかかった髪も、青空の瞳も白い肌も整った顔立ちも、お人形の様で何をしても絵になるな…と理緒は思った。日本であれば子役として大人気になるのではないだろうか…うん、二十年後を見てみたい…
辿り着いた屋敷は、別宅と聞いていた理緒の想像をはるかに下回るものだった。森の中にある静かな屋敷で、次期領主が住むにはいささか侘しいのではないだろうか。自然が豊かなのはいいが、門や塀もなく、警備の面でも理緒が心配になるほどだった。
「…本当にここがルイ君の?」
こんな小さな子が住むには静か過ぎるし人気も少なすぎる気がして、思わず理緒はマシューに問いかけてしまった。こんな小さな子なら、まだ両親と一緒なのではないのか。
「はい。間違いなくこちらがルイ様のお住まいです」
「え…でも、ご両親とかは…」
「辺境伯様はお忙しいため、城にてお過ごしです。ただ、あちらは執務を行うための場所ですので、ルイ様が生活するにはいささか都合が…」
「そう、ですか。では、お母さんは?」
「お母君は、その…私からは詳細は申し上げられませんが、ずっと体調を崩されておりまして…」
「え?じゃ、ここにはいないんですか?」
「はい…以前はご一緒だったのですが、ルイ様の癇癪が酷くて…その、療養に差し障ると…」
「え?じゃ、ルイ君は一人でここに?」
「こちらでは、私をはじめとしたルイ様専属のお世話をするものがおりますので」
「でも…まだご両親を恋しがる年なのに…」
「そうでございますね。なので最近はより一層癇癪が酷くなられて…あんな風にルイ様が屋敷の者以外の方に懐くとは意外でございました」
「はぁ…まぁ、怖かったところを助けたから、でしょうね」
そう言いながらも、理緒は屋敷の玄関ホールを見渡した。中は確かに立派な造りだが、何というか静か過ぎて子供がいる環境じゃないな、と感じてしまう。こんなところではルイも寂しくて仕方ないだろうに…
「とりあえず、今日は客間をご利用ください。お食事になさいますか?ご希望であれば湯浴みもご用意できますが?」
「湯浴み?」
思わず理緒はその単語に食いついた。こっちの世界ではお風呂は庶民には一般的ではないらしく、理緒はこっちに来てからお風呂にまともに入った事がない。安全のために男の振りをしているのもあって、公衆浴場にも入れなかった。いつもは濡れたタオルで身体を拭くか、暑い時期なら川や池で水浴びをするのが関の山だった。
「はい、客間の続き間には湯浴みできる浴室を揃えてあります。ご希望とあればすぐに準備いたします」
「あ…でも…」
思わず食いついたが、時間帯を考えて理緒は躊躇した。もしかしたらこんなに遅くに準備をお願いするのは迷惑ではないだろうか。この世界のお風呂事情が分からない理緒としては、あまり面倒をかけるのは気が引けた。
「はい、何か?」
「あの…でも、準備が面倒なら無理には…」
「それでしたらご心配無用でございます。先にリオ様の滞在を連絡しておきましたので、既に準備は整っております」
「え?じゃあ…」
「はい。ご遠慮なくお使いください」
「うっわ~身に染みる~」
一年ぶりのお風呂は、まさに命の洗濯だった。日本では毎日の習慣でありふれたものだったが、こっちの世界ではお風呂一つ入るのですらも難儀していた。温かくいい香りのするお風呂にこのままずっと居たいくらいだった。
香りのいい石鹸で身体を洗ってゆったりと湯船につかると、日本に戻った気がした。どういう仕組みなのかはわからなかったが、お風呂には湯船もシャワーもあったのには驚いた。使い方は若干違ったが、教えて貰えばなんて事はなかった。
公衆浴場にはシャワーはなく、小さなバケツで湯船のお湯を汲んでかける必要があった。この世界ではお風呂もそうだがシャワーはぜいたく品なのだろう。つくづく元の世界は恵まれていたんだな、とその有難みを強く感じた。言っても詮無き事だが、日本に帰りたいと強く感じ、不意に涙腺が緩んできたため理緒は慌てて頭を振ってその感じを振り切った。まだ寝るわけでもないから、ここで泣いたら不審に思われると思ったからだ。
お風呂から上がると、シンプルなデザインの寝間着が用意されていた。こんな肌触りのいい服は久しぶりだな、とここでも格差を感じた。
客間のテーブルには温かい食事が用意されていた。マシューが夜も遅いので軽めに、と言ってくれたのは有難かった。そんなに量を食べられる方ではないからだ。パンや消化によさそうな具だくさんのスープ、果物などが用意されていたが、さすがに全てを食べきる事は出来なかった。食べきれなかった分は明日の朝に出して欲しいとにお願いした。この世界に来てからの理緒は、食べられない日もあるため、食べ物にはかなりシビアになっていたのだ。マシューは驚いた顔をしたが、直ぐに了承してくれた。
ルイが気になって尋ねると、ルイは湯浴みの途中で寝てしまったため、そのまま眠らせたと言う。既に用事が起きているには遅い時間だし、今日は怖い目に遭ったから疲れて当然だろう。リオ様も今日はゆっくりお休みくださいとマシューが言ったので、理緒はさっさとベッドに潜り込んだ。疲れたのはルイだけではなかったのだ。
さすがにお腹が空いていたらしいルイは、にこにこしながらパンや果物を頬張っていた。ルイが理緒から離れないため、理緒は仕方なくルイの世話をしながら同じ物を貰ったが、何かとルイがパンや果物を理緒に食べさせようとするため、理緒は逆にルイの口に食べ物を運ぶ羽目になった。
泣き止んで機嫌がいいルイは文句なしに可愛らしかった。金色のカールのかかった髪も、青空の瞳も白い肌も整った顔立ちも、お人形の様で何をしても絵になるな…と理緒は思った。日本であれば子役として大人気になるのではないだろうか…うん、二十年後を見てみたい…
辿り着いた屋敷は、別宅と聞いていた理緒の想像をはるかに下回るものだった。森の中にある静かな屋敷で、次期領主が住むにはいささか侘しいのではないだろうか。自然が豊かなのはいいが、門や塀もなく、警備の面でも理緒が心配になるほどだった。
「…本当にここがルイ君の?」
こんな小さな子が住むには静か過ぎるし人気も少なすぎる気がして、思わず理緒はマシューに問いかけてしまった。こんな小さな子なら、まだ両親と一緒なのではないのか。
「はい。間違いなくこちらがルイ様のお住まいです」
「え…でも、ご両親とかは…」
「辺境伯様はお忙しいため、城にてお過ごしです。ただ、あちらは執務を行うための場所ですので、ルイ様が生活するにはいささか都合が…」
「そう、ですか。では、お母さんは?」
「お母君は、その…私からは詳細は申し上げられませんが、ずっと体調を崩されておりまして…」
「え?じゃ、ここにはいないんですか?」
「はい…以前はご一緒だったのですが、ルイ様の癇癪が酷くて…その、療養に差し障ると…」
「え?じゃ、ルイ君は一人でここに?」
「こちらでは、私をはじめとしたルイ様専属のお世話をするものがおりますので」
「でも…まだご両親を恋しがる年なのに…」
「そうでございますね。なので最近はより一層癇癪が酷くなられて…あんな風にルイ様が屋敷の者以外の方に懐くとは意外でございました」
「はぁ…まぁ、怖かったところを助けたから、でしょうね」
そう言いながらも、理緒は屋敷の玄関ホールを見渡した。中は確かに立派な造りだが、何というか静か過ぎて子供がいる環境じゃないな、と感じてしまう。こんなところではルイも寂しくて仕方ないだろうに…
「とりあえず、今日は客間をご利用ください。お食事になさいますか?ご希望であれば湯浴みもご用意できますが?」
「湯浴み?」
思わず理緒はその単語に食いついた。こっちの世界ではお風呂は庶民には一般的ではないらしく、理緒はこっちに来てからお風呂にまともに入った事がない。安全のために男の振りをしているのもあって、公衆浴場にも入れなかった。いつもは濡れたタオルで身体を拭くか、暑い時期なら川や池で水浴びをするのが関の山だった。
「はい、客間の続き間には湯浴みできる浴室を揃えてあります。ご希望とあればすぐに準備いたします」
「あ…でも…」
思わず食いついたが、時間帯を考えて理緒は躊躇した。もしかしたらこんなに遅くに準備をお願いするのは迷惑ではないだろうか。この世界のお風呂事情が分からない理緒としては、あまり面倒をかけるのは気が引けた。
「はい、何か?」
「あの…でも、準備が面倒なら無理には…」
「それでしたらご心配無用でございます。先にリオ様の滞在を連絡しておきましたので、既に準備は整っております」
「え?じゃあ…」
「はい。ご遠慮なくお使いください」
「うっわ~身に染みる~」
一年ぶりのお風呂は、まさに命の洗濯だった。日本では毎日の習慣でありふれたものだったが、こっちの世界ではお風呂一つ入るのですらも難儀していた。温かくいい香りのするお風呂にこのままずっと居たいくらいだった。
香りのいい石鹸で身体を洗ってゆったりと湯船につかると、日本に戻った気がした。どういう仕組みなのかはわからなかったが、お風呂には湯船もシャワーもあったのには驚いた。使い方は若干違ったが、教えて貰えばなんて事はなかった。
公衆浴場にはシャワーはなく、小さなバケツで湯船のお湯を汲んでかける必要があった。この世界ではお風呂もそうだがシャワーはぜいたく品なのだろう。つくづく元の世界は恵まれていたんだな、とその有難みを強く感じた。言っても詮無き事だが、日本に帰りたいと強く感じ、不意に涙腺が緩んできたため理緒は慌てて頭を振ってその感じを振り切った。まだ寝るわけでもないから、ここで泣いたら不審に思われると思ったからだ。
お風呂から上がると、シンプルなデザインの寝間着が用意されていた。こんな肌触りのいい服は久しぶりだな、とここでも格差を感じた。
客間のテーブルには温かい食事が用意されていた。マシューが夜も遅いので軽めに、と言ってくれたのは有難かった。そんなに量を食べられる方ではないからだ。パンや消化によさそうな具だくさんのスープ、果物などが用意されていたが、さすがに全てを食べきる事は出来なかった。食べきれなかった分は明日の朝に出して欲しいとにお願いした。この世界に来てからの理緒は、食べられない日もあるため、食べ物にはかなりシビアになっていたのだ。マシューは驚いた顔をしたが、直ぐに了承してくれた。
ルイが気になって尋ねると、ルイは湯浴みの途中で寝てしまったため、そのまま眠らせたと言う。既に用事が起きているには遅い時間だし、今日は怖い目に遭ったから疲れて当然だろう。リオ様も今日はゆっくりお休みくださいとマシューが言ったので、理緒はさっさとベッドに潜り込んだ。疲れたのはルイだけではなかったのだ。
2
お気に入りに追加
221
あなたにおすすめの小説
見習い動物看護師最強ビーストテイマーになる
盛平
ファンタジー
新米動物看護師の飯野あかりは、車にひかれそうになった猫を助けて死んでしまう。異世界に転生したあかりは、動物とお話ができる力を授かった。動物とお話ができる力で霊獣やドラゴンを助けてお友達になり、冒険の旅に出た。ハンサムだけど弱虫な勇者アスランと、カッコいいけどうさん臭い魔法使いグリフも仲間に加わり旅を続ける。小説家になろうさまにもあげています。
スキルが【アイテムボックス】だけってどうなのよ?
山ノ内虎之助
ファンタジー
高校生宮原幸也は転生者である。
2度目の人生を目立たぬよう生きてきた幸也だが、ある日クラスメイト15人と一緒に異世界に転移されてしまう。
異世界で与えられたスキルは【アイテムボックス】のみ。
唯一のスキルを創意工夫しながら異世界を生き抜いていく。
みんなからバカにされたユニークスキル『宝箱作製』 ~極めたらとんでもない事になりました~
黒色の猫
ファンタジー
両親に先立たれた、ノーリは、冒険者になった。
冒険者ギルドで、スキルの中でも特に珍しいユニークスキル持ちでがあることが判明された。
最初は、ユニークスキル『宝箱作製』に期待していた周りの人たちも、使い方のわからない、その能力をみて次第に、ノーリを空箱とバカにするようになっていた。
それでも、ノーリは諦めず冒険者を続けるのだった…
そんなノーリにひょんな事から宝箱作製の真の能力が判明して、ノーリの冒険者生活が変わっていくのだった。
小説家になろう様でも投稿しています。
戦場の英雄、上官の陰謀により死亡扱いにされ、故郷に帰ると許嫁は結婚していた。絶望の中、偶然助けた許嫁の娘に何故か求婚されることに
千石
ファンタジー
「絶対生きて帰ってくる。その時は結婚しよう」
「はい。あなたの帰りをいつまでも待ってます」
許嫁と涙ながらに約束をした20年後、英雄と呼ばれるまでになったルークだったが生還してみると死亡扱いにされていた。
許嫁は既に結婚しており、ルークは絶望の只中に。
上官の陰謀だと知ったルークは激怒し、殴ってしまう。
言い訳をする気もなかったため、全ての功績を抹消され、貰えるはずだった年金もパー。
絶望の中、偶然助けた子が許嫁の娘で、
「ルーク、あなたに惚れたわ。今すぐあたしと結婚しなさい!」
何故か求婚されることに。
困りながらも巻き込まれる騒動を通じて
ルークは失っていた日常を段々と取り戻していく。
こちらは他のウェブ小説にも投稿しております。
宮廷外交官の天才令嬢、王子に愛想をつかれて婚約破棄されたあげく、実家まで追放されてケダモノ男爵に読み書きを教えることになりました
悠木真帆
恋愛
子爵令嬢のシャルティナ・ルーリックは宮廷外交官として日々忙しくはたらく毎日。
クールな見た目と頭の回転の速さからついたあだ名は氷の令嬢。
婚約者である王子カイル・ドルトラードを長らくほったらかしてしまうほど仕事に没頭していた。
そんなある日の夜会でシャルティナは王子から婚約破棄を宣言されてしまう。
そしてそのとなりには見知らぬ令嬢が⋯⋯
王子の婚約者ではなくなった途端、シャルティナは宮廷外交官の立場まで失い、見かねた父の強引な勧めで冒険者あがりの男爵のところへ行くことになる。
シャルティナは宮廷外交官の実績を活かして辣腕を振るおうと張り切るが、男爵から命じられた任務は男爵に文字の読み書きを教えることだった⋯⋯
神眼の鑑定師~女勇者に追放されてからの成り上がり~大地の精霊に気に入られてアイテム作りで無双します
すもも太郎
ファンタジー
伝説級勇者パーティーを首になったニースは、ギルドからも放逐されて傷心の旅に出る。
その途中で大地の精霊と運命の邂逅を果たし、精霊に認められて加護を得る。
出会った友人たちと共に成り上がり、いつの日にか国家の運命を変えるほどの傑物となって行く。
そんなニースの大活躍を知った元のパーティーが追いかけてくるが、彼らはみじめに落ちぶれて行きあっという間に立場が逆転してしまう。
大精霊の力を得た鑑定師の神眼で、透視してモンスター軍団や敵国を翻弄したり、創り出した究極のアイテムで一般兵が超人化したりします。
今にも踏み潰されそうな弱小国が超大国に打ち勝っていくサクセスストーリーです。
※ハッピーエンドです
頭が花畑の女と言われたので、その通り花畑に住むことにしました。
音爽(ネソウ)
ファンタジー
見た目だけはユルフワ女子のハウラナ・ゼベール王女。
その容姿のせいで誤解され、男達には尻軽の都合の良い女と見られ、婦女子たちに嫌われていた。
16歳になったハウラナは大帝国ダネスゲート皇帝の末席側室として娶られた、体の良い人質だった。
後宮内で弱小国の王女は冷遇を受けるが……。
集団転移した商社マン ネットスキルでスローライフしたいです!
七転び早起き
ファンタジー
「望む3つのスキルを付与してあげる」
その天使の言葉は善意からなのか?
異世界に転移する人達は何を選び、何を求めるのか?
そして主人公が○○○が欲しくて望んだスキルの1つがネットスキル。
ただし、その扱いが難しいものだった。
転移者の仲間達、そして新たに出会った仲間達と異世界を駆け巡る物語です。
基本は面白くですが、シリアスも顔を覗かせます。猫ミミ、孤児院、幼女など定番物が登場します。
○○○「これは私とのラブストーリーなの!」
主人公「いや、それは違うな」
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる