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誘拐犯は街角で
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交差点にはその日、修羅場が待っていた。
「わ!」
いきなりドン!と身体の前に強い衝撃を受けて、海崎理緒は手にしていた荷物を落とし、自身はすぐそばの建物に背中をぶつけた。身体の前と後ろ両方の痛みで、思わず手にしていた荷物の一部を落としてしまった。
「バカ野郎!気をつけろ!」
痛みと共に降ってきた声に苛つき、睨みつけた。そこにいたのは、いかも柄の悪そうな若い男二人組と、小脇に抱え込まれている幼児だった。子供を抱えた男はバランスを崩したのか、尻もちをついている。猿ぐつわをされた幼児が目に入って、理緒は一瞬で現状を把握した。
(げ…誘拐…だ…)
幼児は泣き続けたのか顔と目を真っ赤にしているし、片頬は一層赤くなっているため叩かれたのかもしれない。ぱっと見でも質のいい服を着ているのがわかり、着古した服を纏う男たちが親や親族とはとても見えなかった。
ここは辺境の町、オークス。この地を治める領主のお膝元に位置し、比較的治安がいい方だが、誘拐や人身売買は割と日常茶飯事だ。貴族や裕福な商家の子が、身代金目的で誘拐されるのも、そう珍しくなかった。
「人攫いだ!」
理緒は直ぐに大声でそう叫んだ。ここは町のメイン通りの一本裏だが、すぐそばには居酒屋が立ち並ぶ。既に太陽は傾き、夜の入り口の時間帯のこの時間は、こんな場所でも人通りが少なくなかった。
「くそ!黙れガキ!」
「おい待て、今はずらかるのが先だ!」
幼児を小脇に抱えた男が、理緒を怒鳴りつけた男を制した。どうやらたった今攫ってきて、どこかに逃げ込むところらしい。理緒の声を聞いてか、男たちの向こうから男性が数人、走って来るのが見えた。
「ちっ!逃げるぞ!」
「させるかっ!」
子供を抱えて起き上がった男が駆けだそうとしたのを見た理緒は、手にしていたモノを男の顔めがけて投げつけた。
「ぎゃあ!」
「何しやがる、このガキ…!」
理緒が投げたのは、つい今しがた買ったばかりの熱いスープだった。顔に熱々のスープを受けた男が手で顔を覆って倒れ込んだ。もう一人の男が不幸に見舞われた仲間とみられる男に気を取られおろおろしている。
その一瞬を理緒は見逃さなかった。男の手から離れた子供に手を伸ばし、腕の中に抱き込んだ。小さな身体はまだ2~3歳くらいだろうか。微かに震えているのが伝わり、理緒は自分の見立てが間違いではない事を感じた。
「このガキ!そいつを返せ!」
仲間の心配をしていた男は、だが金づるを奪われて激昂し、大声を上げた。その大きな手が振り上がるのを見た理緒は、瞬時に子供を強く抱きしめ、次に来るであろう衝撃に備えて目を固く閉じたが、その瞬間は来なかった。
「そこまでだ!」
「この野郎!よくも子供に手を出しやがって!」
「自警団に突き出してやる!」
予想していた衝撃が来ず、重なる複数の男の語った内容から、理緒は助けがきたと悟った。先ほどこちらに向かって走っていた人達だろうか。目を開けると身なりから冒険者らしい男三人が、誘拐犯を取り押さえていた。よくよく見ると、冒険者の一人は見知った顔だった。
「ダニーさん!」
冒険者ギルドで時々見かける姿を見つけて、理緒が声を上げた。その人物はギルドマスターの友人の一人で、よくギルド併設の酒場のカウンターに陣取っている人物だったからだ。中々にレベルの高い冒険者で、理緒など足元にも及ばないが、何かと理緒を気にかけて声をかけてくれていた。
「…何だ、誰かと思ったらリオか?無事か?」
「は、はい。ダニーさん達のお陰で」
「それはよかった。で、何があったんだ?」
「それが…私もよくわからないんです。ここであの二人とぶつかったんですけど、子供が…」
そう言って理緒は抱きしめていた幼児に視線を落とした。幼児はまだ猿ぐつわをされたまま泣いていて、自分に視線が向けられていると悟ると、一層身を固くした。理緒はそれを感じ取り、背中をゆっくりと摩ってやった。随分怖い目に遭ったらしい。
「この子は?」
「あの二人が連れていた子です。小脇に抱えてるし、猿ぐつわされてたから…」
「誘拐だと思った?」
「え?あ、はい…」
「ふぅむ…まぁ、確かに怪しいな。とりあえず自警団に運ぼう」
ダニーは冒険者仲間に振り返りそう告げ、男たちが頷き、理緒も一緒に行く事になった。事情を説明する必要があったからだ。
幼児が理緒から離れようとしないため、仕方なく抱っこして行く事になった。幼児とは言えそこそこ重いので、出来れば誰かに頼みたかったのだが、その子が理緒から離れようとせず、それどころか冒険者を見て泣きだしてしまった。中々に大きな声で狂ったように泣き叫んだため、育てにくそうな子かもしれない…と理緒は感じた。
(お腹空いた…)
幼児を抱きかかえながら理緒は、生理的欲求に負けて倒れそうだった。さっき誘拐犯に投げつけたのは、今日最初にして最後の食事だったのだ。一緒に買ったパンも、あの誘拐犯に踏みつけられてダメになった。今日一日必死に働いた分を踏みにじられて、理緒の心の中はやさぐれていた。この世知辛い世の中では、食べ物の恨みはより根深いのだから…
「わ!」
いきなりドン!と身体の前に強い衝撃を受けて、海崎理緒は手にしていた荷物を落とし、自身はすぐそばの建物に背中をぶつけた。身体の前と後ろ両方の痛みで、思わず手にしていた荷物の一部を落としてしまった。
「バカ野郎!気をつけろ!」
痛みと共に降ってきた声に苛つき、睨みつけた。そこにいたのは、いかも柄の悪そうな若い男二人組と、小脇に抱え込まれている幼児だった。子供を抱えた男はバランスを崩したのか、尻もちをついている。猿ぐつわをされた幼児が目に入って、理緒は一瞬で現状を把握した。
(げ…誘拐…だ…)
幼児は泣き続けたのか顔と目を真っ赤にしているし、片頬は一層赤くなっているため叩かれたのかもしれない。ぱっと見でも質のいい服を着ているのがわかり、着古した服を纏う男たちが親や親族とはとても見えなかった。
ここは辺境の町、オークス。この地を治める領主のお膝元に位置し、比較的治安がいい方だが、誘拐や人身売買は割と日常茶飯事だ。貴族や裕福な商家の子が、身代金目的で誘拐されるのも、そう珍しくなかった。
「人攫いだ!」
理緒は直ぐに大声でそう叫んだ。ここは町のメイン通りの一本裏だが、すぐそばには居酒屋が立ち並ぶ。既に太陽は傾き、夜の入り口の時間帯のこの時間は、こんな場所でも人通りが少なくなかった。
「くそ!黙れガキ!」
「おい待て、今はずらかるのが先だ!」
幼児を小脇に抱えた男が、理緒を怒鳴りつけた男を制した。どうやらたった今攫ってきて、どこかに逃げ込むところらしい。理緒の声を聞いてか、男たちの向こうから男性が数人、走って来るのが見えた。
「ちっ!逃げるぞ!」
「させるかっ!」
子供を抱えて起き上がった男が駆けだそうとしたのを見た理緒は、手にしていたモノを男の顔めがけて投げつけた。
「ぎゃあ!」
「何しやがる、このガキ…!」
理緒が投げたのは、つい今しがた買ったばかりの熱いスープだった。顔に熱々のスープを受けた男が手で顔を覆って倒れ込んだ。もう一人の男が不幸に見舞われた仲間とみられる男に気を取られおろおろしている。
その一瞬を理緒は見逃さなかった。男の手から離れた子供に手を伸ばし、腕の中に抱き込んだ。小さな身体はまだ2~3歳くらいだろうか。微かに震えているのが伝わり、理緒は自分の見立てが間違いではない事を感じた。
「このガキ!そいつを返せ!」
仲間の心配をしていた男は、だが金づるを奪われて激昂し、大声を上げた。その大きな手が振り上がるのを見た理緒は、瞬時に子供を強く抱きしめ、次に来るであろう衝撃に備えて目を固く閉じたが、その瞬間は来なかった。
「そこまでだ!」
「この野郎!よくも子供に手を出しやがって!」
「自警団に突き出してやる!」
予想していた衝撃が来ず、重なる複数の男の語った内容から、理緒は助けがきたと悟った。先ほどこちらに向かって走っていた人達だろうか。目を開けると身なりから冒険者らしい男三人が、誘拐犯を取り押さえていた。よくよく見ると、冒険者の一人は見知った顔だった。
「ダニーさん!」
冒険者ギルドで時々見かける姿を見つけて、理緒が声を上げた。その人物はギルドマスターの友人の一人で、よくギルド併設の酒場のカウンターに陣取っている人物だったからだ。中々にレベルの高い冒険者で、理緒など足元にも及ばないが、何かと理緒を気にかけて声をかけてくれていた。
「…何だ、誰かと思ったらリオか?無事か?」
「は、はい。ダニーさん達のお陰で」
「それはよかった。で、何があったんだ?」
「それが…私もよくわからないんです。ここであの二人とぶつかったんですけど、子供が…」
そう言って理緒は抱きしめていた幼児に視線を落とした。幼児はまだ猿ぐつわをされたまま泣いていて、自分に視線が向けられていると悟ると、一層身を固くした。理緒はそれを感じ取り、背中をゆっくりと摩ってやった。随分怖い目に遭ったらしい。
「この子は?」
「あの二人が連れていた子です。小脇に抱えてるし、猿ぐつわされてたから…」
「誘拐だと思った?」
「え?あ、はい…」
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