【本編完結】【R18】体から始まる恋、始めました

四葉るり猫

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一章

恋とはどんなもの?

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 奥野と過ごすようになってから一月余り過ぎた金曜日の夜、花耶は高校の同級生二人と久しぶりに親交を深めていた。三人は同じ高校の同じ商業科出身で仲がよく、時折こうして近況を報告し合っていた。
 この日奥野は仲のいい同期数名と飲みに行くと聞いていたため、花耶は同級生からの誘いを二つ返事で受けた。奥野とはお互いに用事がなければ一緒に過ごすというルールだったのもあり、花耶は奥野から逃れるために誘いを断る事もなかった。
 
 同級生は山岡里帆と久保田満春と言い、三年間同じクラスだった。花耶の事情も知った上で親しくしてくれていた大切な友達だった。県外に進学した一人とこの二人の三人グループだったが、花耶に何かと声をかけ気にかけてくれて、いつの間にか四人で行動するようになっていた。三人とも大人しく見えるが弱くはなく、花耶が理不尽な目に遭うと庇ったり相手に抗議したりしてくれたりと、中々に気の強い一面を持っていたため、花耶の高校生活はかなりいいものになったのだ。胸の事で揶揄ってくる男子や変質者にも一緒に対処してくれて、花耶にとっては麻友と同じくらいに大切な存在だった。
 里帆は食品会社で、満春は人気のスイーツ店で働いていて、今日は満春がずっと好きだった彼氏と付き合うようになったとの報告を受け、お祝いしようと言う名目での集まりだった。満春は高校卒業後に介護施設に事務として就職したが、利用者のセクハラやお局の嫌がらせに嫌気がさして退職し、その後好きだったスイーツの専門店に転職した。そこで慣れない満春を何かと助けてくれた一歳年上の先輩に恋をし、先日退職覚悟で告白したところ、向こうも実は…という事が判明し、晴れて両思いでお付き合いが始まったと言うのだ。今日はその先輩は会社の研修と親睦会があるので、花耶と里帆に声がかかったのだ。



「満春の初彼、おめでとう~!」

 里帆の乾杯の音頭で始まった飲み会は、まるで事情聴取の様な里帆の質問攻めから始まった。高校の頃から不思議と彼氏が途切れない里帆と違い、満春は割と奥手で慎重な性格もあって、好きな人が出来ても告白できずに終わる事が多かった。そんな満春が晴れて両思いになって付き合い始めたのだ。里帆と花耶も自分の事のように喜んだのは言うまでもない。

「はぁ~とうとう満春にも春が来たか~。中々両思いにならなかったから心配していたけど、ほんとよかったよ~」
「ほんと、よかったね、満春」
「ありがと、二人とも。でも、私もまだ実感ないくらいだよ。目が覚めたら夢オチだったんじゃないかって思うくらいだし」
「うんうん、最初はそうだよね~わかるわ~」
「ええ~百戦錬磨の里帆様でも~?」
「何よ~いくら何でもそんなにいないわよ。それに、何人と付き合っても最初はドキドキするわよ~」
「ええ?里帆でも?」
「何よ、どういう意味?満春、浮かれすぎでしょ~」

 既にアルコールが入った二人はすっかり出来上がっていた。付き合いが長い気心の知れた相手だけあって遠慮がなく、些細な言葉の端々を取っての突っ込み合いになっていた。二人は大人しく見えるが言いたい事ははっきり言うタイプで、でもどこまで言っていいかの線引きのラインが似ている事もあり、かなり際どい事も言い合う仲だった。

「で、花耶はどうなのよ~」

 二人の掛け合い漫才を楽しみながら料理を突いていた花耶は、急に話を振られて戸惑った。この手の話に自分が出てくる時はあまりない。花耶が人付き合いが苦手で、さらに男性には不信感を持っている事を知っているだけに、気を使って話を振らないでいてくれたのだ。だが、かなりアルコールが回った上、満春の彼氏が出来た事ですっかり舞い上がった二人は抑止が効かなかったらしい。

「えっと…特には…」

 奥野の事がちらりと頭の中をかすめたが、さすがにこの関係を話すのは憚られたため花耶は言葉を濁した。奥野とはもう週末同棲の様な感じになっているが、花耶は一時的な関係だと思っているし、こうなるに至った経緯が経緯なだけに二人に話すのも躊躇われた。きっと正直に話したら心配をかけるだろうし、花耶としてはそのうち飽きられて終わると踏んでいたため、一々話す事もないと思っていたのだ。

「も~花耶は。せっかく可愛いのに勿体ない~」
「そうよ、まぁ、変なのに好かれやすいから慎重になるのもわかるけどね」

 そう言って里帆が深く頷いた。里帆は小柄で童顔で小動物の様な可愛らしさがあり、よく男性に告白されるのだが、中にはストーカー化した相手もいた。そんな事もあって、花耶の気持ちをわかってくれる一人だった。

「でも、せっかくの若さ溢れる一番いい時期を潤いなしに過ごすのは勿体ないよ。誰かいないの、いいなって思う人は?」
「そうそう、会社とかは?人数多いし、男性も多いんでしょ?」
「うん、まぁ…男性は多いけど。でも私の部署は殆ど女性だし、想像するほど出会いないよ?」
「そうなの?まぁ、経理って女性の部署って感じだからなぁ。人数多いからってチャンスがあるわけじゃないのか~」
「うん、男性が多い部署はフロアも違うし。そうなるともう別会社って感じで交流もないから」
「そっか~残念」
「でも、だったら努力しないと、その内枯れお局まっしぐらだよ~まぁ、花耶は虐めなんかしないだろうけど」

 お局様の地味な嫌がらせにうんざりして転職した満春が言うと、里帆がそうそう、早くから枯れちゃダメよ、と身を乗り出してきた。既に酔いも回っているのか、目が座りかけている。

「そ、それよりも…好きになるってどんな感じ?」

 満春が説教モードに入りそうに感じた花耶は、慌てて満春が食いつきそうな話題を振った。満春も春が来たばかりだったのもあるが、花耶も好きになるという事が今ひとつわからなくて誰かに聞いてみたかったのもある。そう思うようになったのは奥野の存在があった。奥野は好きだとか愛していると挨拶のように言うが、花耶はどうかというと、あまりよくわからないと言うのが正直なところだった。奥野を好きになれば後で痛い目に遭うと思っているだけに、好きにならないようにとは思っているが、それがどういう状況なのか想像しても、いまいちピンと来なかったのだ。

「ええ?そりゃあ~ねぇ?」

 彼氏と両思いになったばかりの満春は、花耶の質問にさっと頬を染めて両手を当てた。既にアルコールのせいもあるが顔が真っ赤で、正に恋する乙女で、同性の花耶から見ても可愛らしかった。

「どうしたの?花耶も実は誰か気になってるの?
「え?そういうんじゃないけど…どういう感じになるのかなぁ…って気になって」
「う~ん、そうねぇ…やっぱりその人の事考えるだけでドキドキするし、会えるとそれだけで幸せー!ってなるかな。話なんか出来たらその日は完徹出来そうなくらいに頑張れちゃう、みたいな?」
「うんうん、わかるわかる~どんなに憂鬱でも、会社行けば会えるって思ったらどんなブラックな会社でも天国、みたいな?会えるチャンスがあるならサービス残業だってオッケーよね」
「そ。その人の事ならず~っと話していられるし、その人の周りだけ光って見えるし」

 そう言って二人は、いかに恋が素晴らしいかをこんこんと語り、花耶も早く恋をするのよ!と力説した。恋多き里帆だけでなく、今回は彼と付き合い始めたばかりの満春の援護もあって、花耶はタジタジになったが、とりあえず人を好きになるとどうなるのかはよく分かった気がした。

 その後、親睦会を終えた満春の彼氏が彼女を迎えに来て、花耶と里帆は満春の初彼となった男性に挨拶をした。イケメンではないが清潔感があり、誠実で穏やかな人柄は満春にぴったりで、たどたどしくも相手を思いやっているのがわかる二人はとてもお似合いに見えた。
 里帆は二人で仲良く帰っていく様を嬉しそうに眺めながら、いかに恋人同士って感じでいいわ~次は花耶の番だよ!と難しい注文を付けて来たので、花耶は苦笑するしかなかった。



 すっと目が覚めた花耶は暑苦しさと重苦しさを感じて、そういえば今日は奥野の家に来ていたのだな、と思い出した。里帆たちと会った翌日、花耶は奥野のマンションで過ごしていた。花耶を補充させて欲しいと言う奥野にたっぷりと手間暇をかけて可愛がられ、いつの間にか寝落ちしたらしい。体力差があり過ぎてこの行為は花耶には負担なのだが、奥野はこれでも手加減しているらしい。遊びなのだから、どうせならもっと体力のある人にすればいいのに…と思う。

 ぼんやりとした頭が、背中にぴったりとくっ付いて寝る奥野の存在を感じた。奥野は大抵、こうやって花耶を抱きかかえて寝るのだが、時期的にも暑くて寝苦しいせいで、最近は時々こうして目が覚めてしまうのだ。がっつりとホールドされているので動けないが、服を着ていた事に安堵した。多分奥野が着せてくれたのだろう。

 昨日会った満春は、とても幸せそうに微笑んでいて、花耶はそんな満春を嬉しくも羨ましくも思った。初めての彼氏と並ぶ様は、初々しくて見ているだけでも微笑ましかった。
 一方で奥野といる時の自分と満春では、全然態度も雰囲気も違うな、と感じた。恋がどんな感じか二人は教えてくれたが、花耶はそのなかのどれも奥野に感じた事はなかった。ドキドキする事はあったが、それは会社にバレないかとか奥野が余計な事を言わないかという心配からで、きっと恋とは違うだろう。
 そもそもこの関係はそういう類のものじゃないのだから仕方ないのだが。この先、花耶が奥野とあんな風になるとはとても想像できなかった。
 
 花耶が奥野と一緒にいる時間の中で唯一好ましく感じるとしたら、それは抱きしめられて頭を撫でて貰っている時だった。性的なもののないそれは、今までに感じた事のない温かみをもたらしていた。尤もそんな時間はいつも長くは続かず、だからこそ一層花耶には好ましく思えたのかもしれなかった。

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