もう少しだけ、このままで。

AisA

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もう少しだけ、このままで。

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「らっしゃーい!」
 意外と元気な声で迎えられた。
 若者向けのお店だと思っていたからもっと上品な感じに迎えられるかと思っていたが、そうでも無いようだ。小ぢんまりとした店内には何かが置かれているという訳でもなかったが、それにより落ち着いた雰囲気が醸し出されている。何より、店員がいい味を出している。いや、調理場に1人しかいないのでおそらく店主なのだろう。筋肉質な体で頭にはタオルを巻いている。いかにもラーメン屋の店主といった容姿だ。明らかに偏見だが。
「おや、珍しい。学生さんか。———注文はどうする?」
「…おすすめは?」
「そうだなあ、若い衆に人気なのはやっぱりチャーシュー麺チャーシュマシマシだな」
チャーシューマシマシって。
「じゃあ、それで」
了解、と店主は返し準備を始める。

そりゃあ学生ってわかるよなあ。制服着たままだもんな。それでも何も言わずに作ってくれるもんなんだな。商売のためとはいえ、普通に接してくれるのは嬉しいものだ。学校だと、そうはいかないから。それにしても、一つ一つの動作がどれもラーメン屋の店主っぽい。しつこいと思われるかもしれないが、具材を切る時、ラーメンを茹でる時、麺の水分を切る時。どれも店主店主しているのだ。いやしかしこれはあれかもしれない。何をしたらカップルっぽく見えるのか、ではなくカップルなら何をしてもカップルっぽく見えるってやつか。ラーメン屋の店主という先入観が、すべての動作をラーメン屋の店主っぽく見せているのかもしれない。

「へいお待ち。若いんだからしっかり食えよ?」
そう言って手渡されたものは、第一印象は『茶色』だった。
というか。
第一印象とか関係なく『茶色』だった。
異様にチャーシューが多い。チャーシューのせいで麺が見えない。というよりチャーシューしか見えない。器用に積み上げられたチャーシューたちは一つの王国が作れそうだ。異様で器用なチャーシュー麺。普段の僕なら食べる気にはならなかっただろう。しかし、空腹には勝てなかった。
「いただきます」

 十五分後。生まれて初めて、お肉が怖いと感じた。
 それでも味は美味しかったし、なによりコクのあるスープが絶品だった。作り方はどうやら教えてもらえないらしい。食べ終えた食器は店主に返したものの、満腹で動けない。そのままじっと座っていると、店主に話しかけられた。
「兄ちゃん、今日は創立記念日ってやつかい?」
「いえ…。創立記念日に制服着て外出することはないですよ」
少し言葉に刺を含めてしまった。聞かれたく、なかったことなのに。
「そうか。やっぱりサボりだな?」
「電車で寝過ごしてしまったもので」
言い訳だけれども。多分店主も勘付いているのだろう、あまり追求はしようとはしなかった。
「好きな女の子とかはいないのか?」
いきなりそんなこと聞かれても。
「いませんよ」
「兄ちゃん何か悩んでるみたいだからな。ちょっとでも明るい話をしようかと」
それで突然恋バナを。しかし時と場合によっては恋バナはさらに人を傷つける時もあると思う。
「…人間関係が少し上手くいってないだけです」
高校デビュー、というものが存在するように、新学期デビューも存在する。僕は見事それに失敗した。皆と話していても、なぜか疎外感を感じる。仲良くなろうとしても、避けられている気がする。ただの思い過ごしなのかもしれないが僕には心当たりが一つあるのだ。それは、僕は昔から自分以外の人間を自分よりも下の存在だと思っている、ということ。中学生のときに、幼馴染みに言われたのだ。僕はいろんな人に対して馬鹿にした態度をとるから、他人から好かれないらしい。その言葉がどこまで正しいのかは分からないけれど、僕が人間関係を築くことの障害の一つになっていることは確かだ。

だから、教室にとても居づらい。

この感情を読み取ってか、励ますように店主が話しかけてきた。
「まあ、そんなに気にすることないさ」
「はあ……」
気にしないでいられるならこんなに悩んではいないのだけれど。相変わらず後ろ向きだな、僕は。
「俺も昔はよくサボってたよ。……懐かしいなあ、授業をサボって全国ラーメン巡りをした時もあったなあ」
「嘘だ…」
「これがその時の写真」
「嘘じゃないっ⁉︎」
「そう言えば、冬が来れば氷河期が来て、夜が来れば暗黒の世紀が来るってよくいうだろ?」
「言いませんよ⁉︎」
「どんなに苦境に思えても、結局は今が一番マシ、という意味だ」
「ポジティブなようで最悪に後ろ向きだ!」
「洪水にならない雨はない」
「あるよ!洪水にならない雨だってありますよ!」
「前向きになったろ?」
あ。いやでもかなり無理があると思うけれど。
「その…ありがとうございます」
「よせやい。どうせ乗り乗りかかった船だ、気が済むまで話聞いてやるよ」
「ノリノリなんですね」
二十分ほど。一時間の六分の1の間だけ、店主といろいろな話をした。それはほとんどがどうでもいい話で、後々何を語り合ったのか思い出すことはできないだろうけれど。
気分は楽になった。
「ありがとうございました。———駅までの道順を教えてもらえませんか」
「ああ。紙に書いてやるからちょっと待っとけ」
そう言って長い時間をかけて地図を書き、折り畳んで渡してくれた。もう一度礼を述べて店を出ると店主に呼び止められた。
「兄ちゃん、人間関係なんて何が起こるか分からないからな、この先まだまだ辛いこと苦しいことあると思うが、———」
ニヤッと。不敵に、不器用な父親が我が子を安心させようとしているかのような笑顔で。
「———とりあえず、笑っとけ」
そう言った。言い終えると同時に店内に戻っていったが。
「ははっ…」
それなりには、楽しかったと思う。この店に、あの店主に出会えて良かった。そう思いながら渡された地図を広げる。
 しかし、そこに書かれていたのは幼稚園児が書いたかのような、あんなに時間をかけたのが信じられないくらい雑な地図が広がっていた。それでも見える範囲での道のりは合っている気がしたので歩き出してみたのだが。
案の定、というか当然というか。
再び道に迷った。
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