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もう少しだけ、このままで。
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迷信、という言葉がある。
広辞苑では、道理に合わない言い伝えなどを頑固に信じることであり、通常、現代人の理性的判断から見て不合理と考えられるものについて言うらしい。簡単に言ってしまえば心の迷い、つまり迷妄と考えられる信仰のことだ。
迷って、信じる。
迷わせて、信じさせる。
迷った末に、信じてしまう。
夜に口笛を吹くと悪いものを呼び寄せる。霊柩車が通れば親指を隠せ。陽が落ちた後に爪を切ってはいけない。食べてすぐ横になると牛になる。この他にも、非科学的で非合理的なのにもかかわらず信じられていることが多々ある。日本のように八百万の神がいるというなら納得できないこともないが、一神教を信じる国にさえ迷信は存在するのだから、驚く他ない。
心の迷いにつけ込む信仰。
人の弱みにつけ込む信仰。
だからこそ人は迷信を心の拠り所にする。心が迷っているから。自分を見失ってしまったから。そんな時に救いの手が差し伸べられて、果たしてそれに縋り付かずにいられるだろうか。僕なら無理だと思う。というか無理だ。だって———今現在、道に迷ってしまっている僕はどんな地図でもいいから手元に置いておきたいという気分なのに。
◆ ◆ ◆
今朝のこと。だんだん寒さが増してくるこの季節、枯れ葉が舞う駅のホームでいつものように電車を待ち、いつものように電車に乗り込んで読みかけの小説を開いた。そう、ここまでは良かったのだ。ただ、そこからの記憶がない。気づけば終点で、周りには誰もいなくなっている。軽いタイムスリップをした気分、なのではあるが単純に寝過ごしてしまった。左手の腕時計を見ると一時間目はもう終わりかけていた。
「不幸だ…」
とりあえず学校に連絡を取ろうとして見たが、携帯の充電はゼロだった。さらに追い討ちをかけるかのように駅員からのアナウンスが響き渡る。
人身事故により、しばらくの間運転を見合わせる、と。
驚きを通り越して呆れるしかない。凍えそうなほど寒い駅のホームでいつ来るか分からない電車を待つのも嫌なので、一旦駅から出ることにする。学校は今日はもう休んでしまおう。
知らない街を歩いているとなんだかわくわくする。周りは普通の住宅街で僕が住んでいるところとさして変わらないのだけれど、空気というか、雰囲気というか。感じるものがまるで違う。———そんなことを考えていると道に迷った。学校をサボったという罪悪感から現実逃避しているせいで心が安定していない。つまるところ、道に迷うと同時に心も迷っていた。今からどうすればいいのかがさっぱり分からない。迷信は心の拠り所と言うけれど、今の僕には迷心の拠り所としてこの街の地図が欲しい。まあ嘆いていても仕方が無いのでてくてくと歩き続ける。すると、ラーメン屋が見えてきた。ごく普通、というか少し新しい感じの外見で、つい最近できたのではないかと思われる。うまくいけば若者受けしそうなお店だった。その店に近づくにつれ、ラーメンのいい匂いが漂ってくる。朝ごはんはしっかりと食べてきたのだが、なんせ急いで家を出たせいで気持ち少なめだったことを思い出す。途端、それまでなんとも無かった腹部が空腹を訴え始めた。そう、何があってもどんな時でもたとえ今現在のように自分の置かれている状況がやや危険な状態でさえ。人は食欲には抗えない。ならば、ここでラーメン屋に入るのは間違いでは無いだろう?
広辞苑では、道理に合わない言い伝えなどを頑固に信じることであり、通常、現代人の理性的判断から見て不合理と考えられるものについて言うらしい。簡単に言ってしまえば心の迷い、つまり迷妄と考えられる信仰のことだ。
迷って、信じる。
迷わせて、信じさせる。
迷った末に、信じてしまう。
夜に口笛を吹くと悪いものを呼び寄せる。霊柩車が通れば親指を隠せ。陽が落ちた後に爪を切ってはいけない。食べてすぐ横になると牛になる。この他にも、非科学的で非合理的なのにもかかわらず信じられていることが多々ある。日本のように八百万の神がいるというなら納得できないこともないが、一神教を信じる国にさえ迷信は存在するのだから、驚く他ない。
心の迷いにつけ込む信仰。
人の弱みにつけ込む信仰。
だからこそ人は迷信を心の拠り所にする。心が迷っているから。自分を見失ってしまったから。そんな時に救いの手が差し伸べられて、果たしてそれに縋り付かずにいられるだろうか。僕なら無理だと思う。というか無理だ。だって———今現在、道に迷ってしまっている僕はどんな地図でもいいから手元に置いておきたいという気分なのに。
◆ ◆ ◆
今朝のこと。だんだん寒さが増してくるこの季節、枯れ葉が舞う駅のホームでいつものように電車を待ち、いつものように電車に乗り込んで読みかけの小説を開いた。そう、ここまでは良かったのだ。ただ、そこからの記憶がない。気づけば終点で、周りには誰もいなくなっている。軽いタイムスリップをした気分、なのではあるが単純に寝過ごしてしまった。左手の腕時計を見ると一時間目はもう終わりかけていた。
「不幸だ…」
とりあえず学校に連絡を取ろうとして見たが、携帯の充電はゼロだった。さらに追い討ちをかけるかのように駅員からのアナウンスが響き渡る。
人身事故により、しばらくの間運転を見合わせる、と。
驚きを通り越して呆れるしかない。凍えそうなほど寒い駅のホームでいつ来るか分からない電車を待つのも嫌なので、一旦駅から出ることにする。学校は今日はもう休んでしまおう。
知らない街を歩いているとなんだかわくわくする。周りは普通の住宅街で僕が住んでいるところとさして変わらないのだけれど、空気というか、雰囲気というか。感じるものがまるで違う。———そんなことを考えていると道に迷った。学校をサボったという罪悪感から現実逃避しているせいで心が安定していない。つまるところ、道に迷うと同時に心も迷っていた。今からどうすればいいのかがさっぱり分からない。迷信は心の拠り所と言うけれど、今の僕には迷心の拠り所としてこの街の地図が欲しい。まあ嘆いていても仕方が無いのでてくてくと歩き続ける。すると、ラーメン屋が見えてきた。ごく普通、というか少し新しい感じの外見で、つい最近できたのではないかと思われる。うまくいけば若者受けしそうなお店だった。その店に近づくにつれ、ラーメンのいい匂いが漂ってくる。朝ごはんはしっかりと食べてきたのだが、なんせ急いで家を出たせいで気持ち少なめだったことを思い出す。途端、それまでなんとも無かった腹部が空腹を訴え始めた。そう、何があってもどんな時でもたとえ今現在のように自分の置かれている状況がやや危険な状態でさえ。人は食欲には抗えない。ならば、ここでラーメン屋に入るのは間違いでは無いだろう?
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