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この心の熱は恋なのでしょうか?

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 風魔法でその辺の木を切り倒し、薪にして火をつける。風魔法も火魔法も得意な俺は、杖もなく無詠唱で焚き火を完成させた。前世でコレができてたら、キャンプとかのアウトドアを趣味にしてたかもしれない。

 パチパチと火の粉が爆ぜる焚き火のそばに、騎士団長殿から脱がせた鎧と服を広げて置いておく。血を水魔法で洗い流した為、濡れて重くなっていた。
 竜を倒したとはいえ、この遺跡周辺の樹海には魔物も多く生息している。奴らは血の匂いに反応して集まってくる為、洗えるものは洗っておかないと面倒なことになるのだ。

 まだ夜明けまで少し時間がある。野営地へ戻るのは明るくなってからにしようと決め、一枚の紙にその趣旨を書いた。
 その紙を飛行機の形に折り、魔力を込めて空へ飛ばした。


「樹海入り口付近の騎士団野営地。魔法師団のテイラーへ」


 送信先の場所と相手の名前を言ってこの紙飛行機を飛ばせば、後は自動で向かってくれる。俺が考案した伝書魔法だ。
 テイラーというのは俺の部下の一人で、今回連れてきた精鋭の中でも一番の実力者である。彼に伝えれば適当にやってくれるだろう。


「ん……」


 焚き火の向こう側から衣擦れの音が聞こえ、音の発生源に顔を向ける。草で作った簡易マットに寝かせておいた騎士団長殿が、寝返りを打ったらしい。
 毛布の隙間からちらりと白い肩が見えた。丸みがなく、鎖骨がくっきりと浮かんでいる男の肩。
 とりあえず息があることにホッとしつつ、一瞬心臓がドクンと跳ねた事実からは目を逸らす。

 あの毛布の下は、全裸である。
 なぜかって、俺が全部脱がせたからだ。

 月のかすかな明かりにぼんやりと照らされた、しなやかな豹のような裸体を思い出す。
 女の肉感的な身体とは全く似ても似つかないのに、なぜかゴクリと喉を鳴らしてしまった。


「……ラビニアに、似てるもんなぁ」


 その理由はきっと、推しの少女とよく似ているからだろう。彼女が男だったら、きっとこの父親と瓜二つだ。推しの顔がちらつくせいで、ちょっとだけ……ほんのちょっとだけ、男のシンボルが反応してしまっただけだ。
 自分の中で納得できる理由が見つかり、安堵する。

 よし。やっぱり俺はノンケだ。


「せっかく男に生まれたんだから、今度こそ可愛い彼女が欲しいよな。黒髪で上品でおっぱいがそこそこ大きくて、腰がキュッと締まってて睫毛が長くて鼻が高くて目がぱっちりしたちょっと歳上の……あ」


 やめよう。もうこの話やめよう。

 今一瞬「条件バッチリの人間、目の前で寝てね?」って思ってしまった。アレは男です。おっぱいはおっぱいでも胸筋です。確かに性別以外全部当てはまった気がするけど、気のせいです。
 心を無にしようとしたらその分だけ邪念が邪魔をしてくる。


「もうやだ。発狂しそう」

「…………大丈夫か?」

「大丈夫じゃないです。………………ぅえ!?」


 独り言に返事が返ってきたことに驚き、声が上擦ってしまった。
 この場に俺以外の人間は一人しかいないわけで。見れば横たわったままの騎士団長殿が、その菫色の両目をしっかりと開けて、俺のことを心底心配そうに見つめていた。


「…………いつから、起きて、ました?」

「……つい先程目が覚めたばかりだ。考え事の邪魔をして申し訳ない」

「いえ…………」


 これは絶対に気を遣われた。盛大に目を逸らされて視線が合わなくなったもん。
 おっぱいがどうとか言ってたのを聞かれてた可能性大である。穴があったら入りたい。なければ掘ってでも埋まりたい。そこをそのまま墓にしてくれ。


「えっと、俺の独り言聞いてました? 聞いてませんよね? 何も聞いてないですよね? あっ別にあの、聞いてたら聞いてたで心の中に閉まっていただければ大丈夫なんですけど、でも、でもあの……」

「もちろんだ。きみの令嬢の好みに関して聞いたことは、全て墓まで持って行こう」

「やっぱり聞こえてたんじゃないですか!! もうやだ!!」


 若干泣きの入った俺の大声は、まるで狼の遠吠えのように暗い森に響き渡った。俺が頭を抱えて呻いていると、彼は目をぱちぱちと瞬かせ、やがて細めてくすりと笑った。


「ふふ。冗談だ。きみは賑やかで面白い男だな。話していて楽しいよ」

「……忘れてください。ほんと」

「もちろん。恩人のきみがそう望むなら」


 そう言って手のひらを地面につけると、肘を伸ばしてゆっくりと起き上がった。一糸纏わぬ上半身が露わになり、俺は思わず息を呑む。
 しかし血を流しすぎた彼の身体は体勢を維持できなかったようで、ぐらりと大きく前のめりに倒れこんでしまう。

 危ない! と咄嗟に駆け寄り身体を支えるが、その肌の氷のような冷たさに驚いた。よく見れば肩で息をしており、相当無理をして起き上がったのがわかる。
 抱きしめるようにして支え、冷たい背中をさすってやる。そうしていると、少しずつ呼吸が落ち着いてきた。


「もう少し、横になってましょうよ。動くのは夜が明けてからでもいいと思います。野営地には連絡をしましたから。安心してください」

「……そこまで気を配ってくれていたのか。やはり、きみは優しい男だな」


 力なく笑って、彼は腕を持ち上げた。骨張った親指が、俺の唇の端を拭う。見ればその指先には、少し乾いた赤い血が付いていた。


(あのときの……)


 口移しで回復薬を飲ませたときに付いたのだろう、彼の血だ。
 彼は指先のそれを困ったような顔で見つめ、次に俺を見上げて苦笑した。


「優しいきみに迷惑をかけてしまった。すまない。それと……ありがとう。どうしても礼を言いたかったんだ」

「い、いえ……。どう、いたしまして……」

「きみの善意に甘えて、もう少し休ませてもらおう。何かあれば遠慮なく叩き起こしてくれ」


 ぽんぽんと軽く俺の二の腕を叩き、彼は自力で毛布の中に戻っていく。その一連の動作を見守りながら、俺は狐につままれたような顔で動けなくなっていた。

 俺の唇を、まるでなぞるように拭った冷たい指の感触。
 右の鎖骨の下に見えた、小さなほくろ。
 乱れた黒髪の下から上目遣いで俺を見る、鮮やかに咲く菫のような双眸。
 その全てが脳裏に焼きついて離れない。

 恋のキューピッドとやらが本当に存在するのなら、この問いかけに答えてほしい。

 この心の熱は恋なのでしょうか?

 答えは“NO”だと、信じたい。
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