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プロローグ突入はキャンセルできますか?

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 前世の俺は、俗に言う“声優オタク”だった。

 彼女いない歴=年齢。魔法使い童貞三十路になって五年が過ぎた遺伝子の末代。生活費以外の金は、推しであるアイドル声優のCDやライブのチケットにつぎ込む独身貴族。

 あるとき、そんな俺の愛してやまない推し声優A子が、乙女ゲームのアニメ化作品で悪役令嬢を演じると発表された。推しの悪役演技が聞けることに、全俺が歓喜した。
 嬉しすぎて原作のゲーム【月下のエタニティ】を購入して全ルートプレイし、スチルもコンプした挙句設定資料集まで読み込んだ。もちろんアニメは第一話からリアルタイムで視聴した。

 その結果がである。


「ほんと、コレのどこが乙女ゲームだよ」


 異世界転生。乙女ゲーム転生。
 女オタクなら喉から手が出る程欲しいシチュエーションかもしれないが、俺は生憎の男。どうせ転生するならエロゲの主人公の方が良かったかもしれない。
 まあ、金髪碧眼のそこそこの美形として生まれてこれたことは素直に嬉しいけど。

 そう。俺は月下のエタニティーー略して月エタの世界に、よりにもよってヒロインの兄というポジションで転生してしまったのだ。王太子や隣国の王子が義弟になる可能性があるとか普通に嫌すぎる。

 しかし俺は考えた。前世の知識をフル活用し、原作ストーリーの幕開けを阻止してしまえばいい。妹には悪いがロイヤル義弟コースは勘弁願いたい。
 それに悪役令嬢にも幸せになってもらいたい。確かにきっかけは推しの声帯だったが、ゲームをプレイしているうちに、彼女も俺にとって“推し”の一人になっていたのだ。

 その為に努力し、史上最年少の二十三歳という若さで、このアレビオス王国が誇る魔法師団の団長という地位を得た。ヒロインチートの兄もそこそこのチートらしい。
 このチートがあれば、俺が今からやろうとしていることも難なくこなせる。そんじょそこらの一般通過魔法使いじゃできないことをやってのける。


 目の前の竜を倒して、悪役令嬢の父親を死の運命から救うのだ。






* * *






「遺跡に住み着いた竜を討伐しに向かった王国騎士団から、我らが魔法師団への援軍要請がありました。どうします? アレン団長」


 俺ーーアレン・サミュエル・リーヴィスが魔法師団の団長という立場になって半年。とうとうこの日が来たかと息を呑んだ。

 魔の森と名高い樹海の奥にある、西の塔と呼ばれる遺跡に、黒い竜が住み着いて一週間。近隣の村はことごとく竜の餌食となり、王国騎士団が討伐に向かったものの、成果は今ひとつだった。
 ここ二、三日で更に被害が広がり、騎士団は今まで犬猿の仲とされてきた魔法師団に苦渋の選択で援軍を要請してきたのだ。
 まあ犬猿の仲になった理由は、俺が引きずり下ろした先代魔法師団長の人間性がゴミだったからなんだけど。


「俺が直接出るよ。風魔法が得意な奴か、飛行できる従魔のいるテイマーが欲しいな。今から名前を言う三十人を連れてきて。空を飛んで行けば夜には向こうに着ける」


 俺は今日この日の為にここまで成り上がったと言っても過言ではない。迷うことなく出撃を決めた。
 騎士団の方から援軍要請をしてきたのだから、これで大手を振って助けに行ける。

 原作ゲームの設定によれば、このとき魔法師団は「否」と回答し、援軍を送らなかったそうだ。あの先代狸ジジイならあり得る。

 援軍を得られなかった騎士団の竜討伐部隊はほぼ全滅。悪役令嬢の父親で騎士団長だった公爵も、この戦いで命を落とした。
 そして当主の死を受けて、まだ年若い嫡男が新公爵となる。新公爵は親族に言われるがまま、妹に性根の腐った家庭教師を宛てがい、その人格形成に多大な損失を与えてしまい……。

 その結果出来上がったのが、自分より弱い者を見下して嗤う悪役令嬢、ラビニア・エリザベス・ロッドフォードというわけだ。
 母親がいれば違ったのかもしれないが、彼女の母親はラビニアが三歳の頃に病で帰らぬ人となっていた。


(俺の見立てでは、父親が生きていれば歪まず素直に育ちそうなんだよなぁ。聞いた話だと、父親は真っ当な人物らしいし……)


 ラビニアの父親であるロッドフォード騎士団長と直接話をしたことはない。式典なんかで遠目に見たことはあるが、そもそも向こうは公爵家当主で俺は貧乏男爵家の次男。関わりがある方が不思議だ。
 その為周囲の噂から人物像を描いてみただけだが、今のところ悪い話は聞かないし、むしろ良い話しか聞こえてこない。


(これは何がなんでも生きててもらわないと……。そしてラビニアには幸せな人生を歩んでもらい、ついでに俺のロイヤル義弟コースも阻止してやる……)


 こうして全力で空を駆けた俺たちは、予想通り夜には野営地に辿り着いた。
 部下たちには怪我人の救助と手当てを言いつけ、俺はそのまま竜退治に向かう。
 重傷を負った騎士の、震える唇から紡がれた言葉が、俺の耳の奥に響き続けて消えない。


「団長が、まだ戻ってきてないんです。自分が殿を務めるから、振り返らず走れって……」


 騎士たちが竜と戦ったという、遺跡を目指して樹海を駆け抜ける。

 どうか間に合ってくれ、なんて祈りながら。





* * *






 相対した竜は遺跡の塔よりも巨大な身体を揺らし、雷鳴のような咆哮を夜の森に轟かせた。驚いた鳥たちが一斉に木から飛び立つ。
 奴は俺に気づくと濁った琥珀色の目玉をギョロりと回し、今にも食らいついてきそうな形相で睨みつけてきた。

 しかし我ながら不思議なことに、これほど大きな相手から殺気を向けられても、全くと言っていい程肝が冷えない。
 曲者揃いの魔法師団で揉まれながら、ひたすら場数をこなしてきたのは無駄ではなかった。コレに関してだけは、散々こき使ってくれた先代狸ジジイに感謝だな。


「よし! 原作通りの邪竜だ。弱点は光魔法だったな」


 原作ではこの邪竜、このとき騎士団を全滅させたものの魔力を消耗してしまい、遺跡から去って行方をくらますのだ。
 そして力を蓄え七年後。ゲーム本編開始の数ヶ月前に当たる時間軸で、今度は王都を襲う。それをたまたま城下の教会にいたヒロインが、得意の光魔法で討伐して王都を守った。
 ヒロインは貧乏男爵家の末娘という立場から一転、国を救う光の聖女として注目の的となり、諦めていた王立学園高等部への入学が認められ、そこでゲームスタート。

 そう、つまりこのプロローグとも言える邪竜の王都襲撃事件があったからこそ、ゲーム本編が存在するのだ。
 そこで俺はこう考えた。

 それならもう、いっそそのプロローグを潰してしまえばいいのでは?

 このまま俺が邪竜を倒せば、討伐部隊の全滅は防げるしゲーム本編も始まらない。一石二鳥とはまさにこのことである。
 自分の勝ちを確信し、口元がニヤける。頭上に巨大な光る槍を出現させ、竜の心臓へと狙いを定めた。


「貫け! ホーリーランス!!」


 プロローグ突入はキャンセル可能ですか?

 答えは“YES”である。
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