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【9】恋に落ちる社畜
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「あと少しですね。監査準備は今日で終わりそうですね」
「あ、うん」
うん、じゃねえだろ俺。
何か言わないと……あ、そうだ。昨日の礼――。
左隣にいる吉岡さんに顔を向けると、ばちりと視線が合った。
「いつもより顔色もいいようですし、よかったです」
「うん……あ、えっと。昨日……ありがとう。帰り大丈夫だった?」
「ええ。走って帰りましたよ」
「走って!? ヒールなのに?」
「はい。あの距離ぐらいは陸上部だったので平気です。すぐ着きました」
「あ、そうなんだ……」
あ、そうなんだ、じゃなくて俺!
もどかしすぎる自分に心の中で悶える。
吉岡さんは、今まで出会った女性とどこか違っていて全くつかみどころがなく、調子を崩される。まあ、彼女のせいではないのだが。
おそらく俺の男気が足らないせい……なのだろう。
「牛丼とても美味しかったですね。私、ああいう牛丼をあまり食べたことがなかったので驚きました。今度一人で行ってみようと思って」
どこにでもあるチェーン店の牛丼だったけど、そんな風に思っていたとは。
「女の子一人で? 俺と一緒に行ったらよくない?」
「うーん、でも、私が食べたい時に風見さんにつきあってもらうのは申し訳ないですし」
「いや、俺なんて寝かしつけにつきあってもらったのに」
すると吉岡さんがくすくすと笑いだした。
「風見さんって『女の子なのに』ってよく言いますよね。うちの兄みたいです」
あ、兄ー!? と叫びだしたいぐらいだったが何とか我慢する。
兄って……俺を全然男として見てないということか。
「……お兄さんて、いくつ?」
「一回り上です。結構離れてるんですよ」
「へえ……。え、俺吉岡さんとそんな歳離れてないと思うんだけど」
あ、やべ。女性に年齢の話はまずかったかもしれない。という心配をよそに吉岡さんは話を続けた。
「私は26ですが、おいくつですか?」
「俺は28だよ」
「あら、本当ですね。そんなに変わらないですね」
今までより少しだけ砕けている会話に自然と微笑んでしまう。
吉岡さんを年齢不詳だと思っていたが、こうしてみると26歳だなと思う。肌も滑らかで白くて、抱き締めたら折れそうなぐらい華奢で。黒髪が儚げに揺れると見入ってしまう。
彼女を見ていると胸に暖かな火が灯る。
資料を捲る指先。伏せられた睫毛の影。きゅっと結ばれた唇。どれも目を奪われる。
昼休みが終わる直前、作業は無事終わった。
監査は来月が本番だが俺たちの準備はこれでひとまず終了だ。
「お疲れさまでした。終わりましたね」
「うん。ありがとう」
「こちらの台詞です。ありがとうございました」
深々と頭を下げる吉岡さんに、俺も慌ててお辞儀をする。
資料室の電気を消し退室する直前。部屋が暗くなった瞬間、彼女が俺の後ろから天気でも聞くような邪気のない口調で言った。
「もう、お一人でも寝られそうですか?」
心臓がドクンと跳ね上がる。
ドアノブに掛けていた手に力が籠った。
「あ、うん」
うん、じゃねえだろ俺。
何か言わないと……あ、そうだ。昨日の礼――。
左隣にいる吉岡さんに顔を向けると、ばちりと視線が合った。
「いつもより顔色もいいようですし、よかったです」
「うん……あ、えっと。昨日……ありがとう。帰り大丈夫だった?」
「ええ。走って帰りましたよ」
「走って!? ヒールなのに?」
「はい。あの距離ぐらいは陸上部だったので平気です。すぐ着きました」
「あ、そうなんだ……」
あ、そうなんだ、じゃなくて俺!
もどかしすぎる自分に心の中で悶える。
吉岡さんは、今まで出会った女性とどこか違っていて全くつかみどころがなく、調子を崩される。まあ、彼女のせいではないのだが。
おそらく俺の男気が足らないせい……なのだろう。
「牛丼とても美味しかったですね。私、ああいう牛丼をあまり食べたことがなかったので驚きました。今度一人で行ってみようと思って」
どこにでもあるチェーン店の牛丼だったけど、そんな風に思っていたとは。
「女の子一人で? 俺と一緒に行ったらよくない?」
「うーん、でも、私が食べたい時に風見さんにつきあってもらうのは申し訳ないですし」
「いや、俺なんて寝かしつけにつきあってもらったのに」
すると吉岡さんがくすくすと笑いだした。
「風見さんって『女の子なのに』ってよく言いますよね。うちの兄みたいです」
あ、兄ー!? と叫びだしたいぐらいだったが何とか我慢する。
兄って……俺を全然男として見てないということか。
「……お兄さんて、いくつ?」
「一回り上です。結構離れてるんですよ」
「へえ……。え、俺吉岡さんとそんな歳離れてないと思うんだけど」
あ、やべ。女性に年齢の話はまずかったかもしれない。という心配をよそに吉岡さんは話を続けた。
「私は26ですが、おいくつですか?」
「俺は28だよ」
「あら、本当ですね。そんなに変わらないですね」
今までより少しだけ砕けている会話に自然と微笑んでしまう。
吉岡さんを年齢不詳だと思っていたが、こうしてみると26歳だなと思う。肌も滑らかで白くて、抱き締めたら折れそうなぐらい華奢で。黒髪が儚げに揺れると見入ってしまう。
彼女を見ていると胸に暖かな火が灯る。
資料を捲る指先。伏せられた睫毛の影。きゅっと結ばれた唇。どれも目を奪われる。
昼休みが終わる直前、作業は無事終わった。
監査は来月が本番だが俺たちの準備はこれでひとまず終了だ。
「お疲れさまでした。終わりましたね」
「うん。ありがとう」
「こちらの台詞です。ありがとうございました」
深々と頭を下げる吉岡さんに、俺も慌ててお辞儀をする。
資料室の電気を消し退室する直前。部屋が暗くなった瞬間、彼女が俺の後ろから天気でも聞くような邪気のない口調で言った。
「もう、お一人でも寝られそうですか?」
心臓がドクンと跳ね上がる。
ドアノブに掛けていた手に力が籠った。
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