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第十五話
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途中からその様子を見ていたユタは苦笑する。
流石にナイジェルが選んだだけあって、リンカもアナイリンも強かで頭の回転が速い。
ナイジェルが断れないように話を持って行っている。
「グラム殿、ドミトリー殿、ナイジェルをよろしくお願い致します」
「ナイジェル様をお願い致します」
丁寧に頭を下げる二人にグラムとドミトリーも苦笑して、頷いている。
「ナイジェル、体を大事にしてくれ」
「ナイジェル様、薔薇の香りがお好きなのでしたら、子供たちと一緒に匂い袋を作ります。お届けしてもよろしいですか?」
リンカはナイジェルの手を握りしめた。アナイリンも反対の手を握る。
「ああ、ありがとう」
仄かな笑みを浮かべ、その後は疲れた様に目を閉じ横になるナイジェルを名残惜しげに見つめていた。
「では、バハディル殿。また」
「ええ、またお会いしましょう」
リンカは殺気も含んだ凄絶な笑みで、アナイリンは剣呑な瞳以外は天使のような笑顔でバハディルに言う。
バハディルは口を皮肉な形に歪める。
「はい、奥方様達もこちらのことは私に、おおこれは失礼。私たちにお任せいただいて、心穏やかにお過ごしください」
恭しくに頭を下げるバハディルに二人は睨み殺さんばかりに視線を送り、青白い顔のナイジェルを何度も振り返りながら帰っていった。
バハディルは二人を見送ると妻たちの方に向き直った。
「お前たちも帰るが良い。奥方様達を送ってきたのだろう。もう用はなかろう」
酷く冷ややかな声だった。
バハディルにしてみれば、ナイジェルをガーランド家から切り離す好機だったのにそれがリンカたちの機転で台無しとなったのだから。
増悪すら感じるほどの視線にヴェーラは冷や汗が滲んできた。
「ですが、旦那様。いつお戻りになるのですか?」
バハディルの表情に気付いていないのか、空気を読まずにニルファーが不満を口にする。
ひっと隣にいたヘザーが小さい悲鳴を上げる。
流石にヘザーはヴェーラに次いで長くバハディルの妻をやっているので、彼の様子が尋常でないことに気付いているのだろう。
瞳を閉じて、横になっていたナイジェルが目を開けた。
不安そうにバハディルを見上げている。
「バハディル、ここはいいから家に帰れ」
「ご冗談を。このような状態の軍総司令官を置いて家になど戻れませぬ。そのようなことも分からぬ愚か者ではありませんぞ、私の妻たちは」
正視し難いほどの怒りを感じる笑顔で四人の妻たちをバハディルは見渡した。
「はい、リンカ様たちに乞われてここについてきました。ナイジェル様も体調が良くないようにお見受けします。私たちはこれで失礼いたしますので、どうぞお休みください」
さらに不満を述べようとしたニルファーの口をヘザーが塞ぐ。
蒼い顔をしたシャノンが強引にニルファーの手を取り、失礼しますとナイジェルに挨拶するとヘザーと一緒にニルファーを連れて行った。
「お騒がせして、申し訳ありませんでした」
深く頭を下げると部屋から出る。
入口のところでふと振り返った。
夫がこれ以上ないほどの優しい手つきでナイジェルを抱き寄せているところだった。
目を閉じたナイジェルは安心しきったようにバハディルに凭れ掛かっている。
振り返らねば良かった。
冷たい氷の塊を心臓に押し付けられたような気がした。
「何故、旦那様に帰るように言わなかったのですか、ヴェーラ様」
ぷりぷりと怒り出すニルファーにヴェーラは苦笑いを浮かべる。
ヘザーとシャノンは蒼褪めて黙り込んでいた。
「ヴェーラ様は、ご存じだったのですか?」
蒼い顔のままシャノンが聞いた。何とは言わなかった。
「ええ、あの方がエルギンにいらしてからずっとよ」
「なんとなく……そうではないかと思っておりました」
悲しそうにつぶやくとヘザーは俯いた。
「なんのことですか?」
不思議そうにニルファーが聞く。
「旦那様に取ってあの方より大事な物は無いの。自分の命よりも家族よりも。今の地位に旦那様があるのは唯々あの方の傍にいたいが為よ。そうでなければ、今頃エルギンで中隊長でもやっていたでしょうね」
「私たちは……捨てられるのでしょうか?」
俯いたシャノンの目からぽたぽたと涙が落ちていた。
「いえ、それはないわ。捨てられない程度には私たちの事を大事に思っていてくれているわ。あの方も望まないでしょうしね」
だがそれはナイジェルに害になるとなれば別だろう。
豪放磊落なあの男は、恐らく何の躊躇も無く手に掛けるだろう。
そう、例えヴェーラといえど。
「良かったのか、バハディル」
「はい、問題ありません。ヴェーラは聡い女ですので、私がいなくても大丈夫です」
「なら…いいのだが」
嘆息するナイジェルの背中を優しく撫でる。
そのナイジェルの前に無言でユタが座る。
「どうだった?」
渋い顔のままユタが躊躇しているようだった。
「構わない、話せユタ」
「マーリクは法外な金利を上乗せして近衛大隊の兵士に金を貸していました。俸給の手数料も他の公証人より高くとっていたようです。マーリクは軍総司令官の義弟だったから訴えられなかったのでしょう。翌年の俸給まで借金のかたに抑えられている者、家をとられた者、娘を酌婦として働かせている者もかなりの数おります」
「その者の名前と数は分かるか?」
「今、審刑院の役人が調べています。表向きは軍総司令官に対する無礼を働いたと言うことで拘束していますが。……マリア小母さんは半狂乱になっていましたよ」
「……原因は何だったんだ。そんな奴ではなかったはずだ」
「賭け事が発端だったようです。何度か使用人が溢していたのを聞いていました。ナイジェルは救国の英雄だから、いろいろ持ち上げられて、煽てに乗って大金を掛けていたようですね」
ナイジェルは俯いた。
「それとだけど……」
「まだあるのか」
「はい……ナイジェルが預けていたお金ですが」
「全部使われていたか?」
「いえ、まだ賭け事を初めて何年もたっているわけではないから」
「金貨二千枚ほど足りないだろう」
「! 知っていたのですか」
「ああ、どうも数字が可笑しいなと思っていたんだ」
「だったら!」
「生活が苦しいのかと思ってた。多少減っても困らないしな」
「ナイジェル……貴方はマーリクに甘いですよ」
「その通りだ。この事態は俺が招いた」
静かに笑うナイジェルにユタは口を噤んだ。
そこに家令がやってきた。
「グラム様、公証人のマスードが参りましたが」
グラムはナイジェルを伺うように見る。
「着替えるから少し待たせておけ」
「承知いたしました」
起き上がると生成りの襯衣を脱ぎ棄て、召使いが持ってきた上質な襯衣と青い刺繍の入った上衣を身につけ始めた。
ナイジェルの着替える様子を見ていたグラムは無表情になるとそっとバハディルに近づいた。
「ちょっといいかのう、バハディル?」
「なんでしょうか、大叔父上」
そう言っていい笑顔でナイジェルに声が聞こえない距離まで連れて行く。
「お主もそろそろ自重というものを身につけたらどうだ。ナイジェル様が体調が悪いくらいわかるだろう? 好い加減にせんとその下半身にある逸物を使いものにならなくしてやるぞ」
かなりの年齢の老人とも思えない凄味のある笑いを浮かべて脅すグラムにバハディルも思うところがあるので冷や汗をかきながら、善処しますと小さい声で言った。
ドミトリーとユタもこれ以上ないくらい冷ややかな視線でバハディルを見ている。
サッシュを巻き、剣帯を身につけると隙のない姿になる。
「マスードを呼べ」
「はい」
家令が下がって、暫くすると五十がらみの恰幅の良い男と二十歳そこそこといったなかなか顔立ちの良い男が入ってきた。
顔立ちが似たところがあるので親子なのだろう。二人とも胸に手を当てて、丁寧に辞儀をする。
「はじめてお目にかかります、軍総司令官ナイジェル様。東の市場にて会所を開いておりますマスードと申します。ここにいますのは、息子のサマンです。以後お見知り置き下さい」
「ああ、呼びつけてすまんな」
「いえ、とんでもございません。ナイジェル様のお役に立つことがあれば何なりとお申し付けください」
「それでは、話しづらい。ここに座って顔を上げろ」
「はっ」
やや緊張した面持ちでマスードとサマンはナイジェルの前に座り、顔を上げた。
ぽかんとマスードとサマンはナイジェルの顔を見つめていた。
「俺の顔に何かついているのか?」
ハッと我に返り、マスードが頭を下げる。
「し、失礼をいたしました。まさか、これほどとは」
もごもごと最後の方は小さくなる。
「まあいい、聞いていると思うが、今俺の俸給も資産も弟のマーリク・イスハークに任せていたのだが、不都合があってな。お前に預けたい」
マーリクの名前を出したところでマスードがピクリと反応する。サマンに至っては明らかに不快そうな顔になる。
それが分かったのかナイジェルは苦笑いする。
「俺の弟は大分評判が悪そうだな」
「はっ、あの」
「今審刑院が調べている最中だ。いずれ、相応の裁きが下されるだろう。弟を増長させ、放置していたのは俺の責任だ。マーリクに被害に遭った者の補償をせねばならない。それを手伝って欲しい」
「それは仰せに従いますが。……本当に宜しいので?」
「ふむ、補償金が足りないだろうか?」
首を傾げるナイジェルにいえそうではなくてと赤くなりながらマスードが言う。
「マーリク殿のやったことの補償は彼自身がするべきではありませんか?」
「だがな、被害を受けているのは近衛大隊の兵士だ。俺の弟でなければ事態はここまで拗れなかっただろう。そう言う意味で俺にも責任がある」
「ナイジェル様がそこまでおっしゃるのでしたら、精一杯お手伝いさせていただきます」
「すまんな」
笑みを浮かべるナイジェルにマスードは真っ赤になり、サマンはぶんぶんと音が鳴りそうなほど首を振っている。
首が可笑しくならないかと真顔で呟いているナイジェルにユタは苦笑する。
そこに家令が慌てた様子で入ってきた。
「あの、ナイジェル様。審刑院の法官がナイジェル様にお会いしたいと申しておりますが」
「マーリクのことだろうか、通してくれ」
家令に案内され、入ってきたのは見知った男だった。
流石にナイジェルが選んだだけあって、リンカもアナイリンも強かで頭の回転が速い。
ナイジェルが断れないように話を持って行っている。
「グラム殿、ドミトリー殿、ナイジェルをよろしくお願い致します」
「ナイジェル様をお願い致します」
丁寧に頭を下げる二人にグラムとドミトリーも苦笑して、頷いている。
「ナイジェル、体を大事にしてくれ」
「ナイジェル様、薔薇の香りがお好きなのでしたら、子供たちと一緒に匂い袋を作ります。お届けしてもよろしいですか?」
リンカはナイジェルの手を握りしめた。アナイリンも反対の手を握る。
「ああ、ありがとう」
仄かな笑みを浮かべ、その後は疲れた様に目を閉じ横になるナイジェルを名残惜しげに見つめていた。
「では、バハディル殿。また」
「ええ、またお会いしましょう」
リンカは殺気も含んだ凄絶な笑みで、アナイリンは剣呑な瞳以外は天使のような笑顔でバハディルに言う。
バハディルは口を皮肉な形に歪める。
「はい、奥方様達もこちらのことは私に、おおこれは失礼。私たちにお任せいただいて、心穏やかにお過ごしください」
恭しくに頭を下げるバハディルに二人は睨み殺さんばかりに視線を送り、青白い顔のナイジェルを何度も振り返りながら帰っていった。
バハディルは二人を見送ると妻たちの方に向き直った。
「お前たちも帰るが良い。奥方様達を送ってきたのだろう。もう用はなかろう」
酷く冷ややかな声だった。
バハディルにしてみれば、ナイジェルをガーランド家から切り離す好機だったのにそれがリンカたちの機転で台無しとなったのだから。
増悪すら感じるほどの視線にヴェーラは冷や汗が滲んできた。
「ですが、旦那様。いつお戻りになるのですか?」
バハディルの表情に気付いていないのか、空気を読まずにニルファーが不満を口にする。
ひっと隣にいたヘザーが小さい悲鳴を上げる。
流石にヘザーはヴェーラに次いで長くバハディルの妻をやっているので、彼の様子が尋常でないことに気付いているのだろう。
瞳を閉じて、横になっていたナイジェルが目を開けた。
不安そうにバハディルを見上げている。
「バハディル、ここはいいから家に帰れ」
「ご冗談を。このような状態の軍総司令官を置いて家になど戻れませぬ。そのようなことも分からぬ愚か者ではありませんぞ、私の妻たちは」
正視し難いほどの怒りを感じる笑顔で四人の妻たちをバハディルは見渡した。
「はい、リンカ様たちに乞われてここについてきました。ナイジェル様も体調が良くないようにお見受けします。私たちはこれで失礼いたしますので、どうぞお休みください」
さらに不満を述べようとしたニルファーの口をヘザーが塞ぐ。
蒼い顔をしたシャノンが強引にニルファーの手を取り、失礼しますとナイジェルに挨拶するとヘザーと一緒にニルファーを連れて行った。
「お騒がせして、申し訳ありませんでした」
深く頭を下げると部屋から出る。
入口のところでふと振り返った。
夫がこれ以上ないほどの優しい手つきでナイジェルを抱き寄せているところだった。
目を閉じたナイジェルは安心しきったようにバハディルに凭れ掛かっている。
振り返らねば良かった。
冷たい氷の塊を心臓に押し付けられたような気がした。
「何故、旦那様に帰るように言わなかったのですか、ヴェーラ様」
ぷりぷりと怒り出すニルファーにヴェーラは苦笑いを浮かべる。
ヘザーとシャノンは蒼褪めて黙り込んでいた。
「ヴェーラ様は、ご存じだったのですか?」
蒼い顔のままシャノンが聞いた。何とは言わなかった。
「ええ、あの方がエルギンにいらしてからずっとよ」
「なんとなく……そうではないかと思っておりました」
悲しそうにつぶやくとヘザーは俯いた。
「なんのことですか?」
不思議そうにニルファーが聞く。
「旦那様に取ってあの方より大事な物は無いの。自分の命よりも家族よりも。今の地位に旦那様があるのは唯々あの方の傍にいたいが為よ。そうでなければ、今頃エルギンで中隊長でもやっていたでしょうね」
「私たちは……捨てられるのでしょうか?」
俯いたシャノンの目からぽたぽたと涙が落ちていた。
「いえ、それはないわ。捨てられない程度には私たちの事を大事に思っていてくれているわ。あの方も望まないでしょうしね」
だがそれはナイジェルに害になるとなれば別だろう。
豪放磊落なあの男は、恐らく何の躊躇も無く手に掛けるだろう。
そう、例えヴェーラといえど。
「良かったのか、バハディル」
「はい、問題ありません。ヴェーラは聡い女ですので、私がいなくても大丈夫です」
「なら…いいのだが」
嘆息するナイジェルの背中を優しく撫でる。
そのナイジェルの前に無言でユタが座る。
「どうだった?」
渋い顔のままユタが躊躇しているようだった。
「構わない、話せユタ」
「マーリクは法外な金利を上乗せして近衛大隊の兵士に金を貸していました。俸給の手数料も他の公証人より高くとっていたようです。マーリクは軍総司令官の義弟だったから訴えられなかったのでしょう。翌年の俸給まで借金のかたに抑えられている者、家をとられた者、娘を酌婦として働かせている者もかなりの数おります」
「その者の名前と数は分かるか?」
「今、審刑院の役人が調べています。表向きは軍総司令官に対する無礼を働いたと言うことで拘束していますが。……マリア小母さんは半狂乱になっていましたよ」
「……原因は何だったんだ。そんな奴ではなかったはずだ」
「賭け事が発端だったようです。何度か使用人が溢していたのを聞いていました。ナイジェルは救国の英雄だから、いろいろ持ち上げられて、煽てに乗って大金を掛けていたようですね」
ナイジェルは俯いた。
「それとだけど……」
「まだあるのか」
「はい……ナイジェルが預けていたお金ですが」
「全部使われていたか?」
「いえ、まだ賭け事を初めて何年もたっているわけではないから」
「金貨二千枚ほど足りないだろう」
「! 知っていたのですか」
「ああ、どうも数字が可笑しいなと思っていたんだ」
「だったら!」
「生活が苦しいのかと思ってた。多少減っても困らないしな」
「ナイジェル……貴方はマーリクに甘いですよ」
「その通りだ。この事態は俺が招いた」
静かに笑うナイジェルにユタは口を噤んだ。
そこに家令がやってきた。
「グラム様、公証人のマスードが参りましたが」
グラムはナイジェルを伺うように見る。
「着替えるから少し待たせておけ」
「承知いたしました」
起き上がると生成りの襯衣を脱ぎ棄て、召使いが持ってきた上質な襯衣と青い刺繍の入った上衣を身につけ始めた。
ナイジェルの着替える様子を見ていたグラムは無表情になるとそっとバハディルに近づいた。
「ちょっといいかのう、バハディル?」
「なんでしょうか、大叔父上」
そう言っていい笑顔でナイジェルに声が聞こえない距離まで連れて行く。
「お主もそろそろ自重というものを身につけたらどうだ。ナイジェル様が体調が悪いくらいわかるだろう? 好い加減にせんとその下半身にある逸物を使いものにならなくしてやるぞ」
かなりの年齢の老人とも思えない凄味のある笑いを浮かべて脅すグラムにバハディルも思うところがあるので冷や汗をかきながら、善処しますと小さい声で言った。
ドミトリーとユタもこれ以上ないくらい冷ややかな視線でバハディルを見ている。
サッシュを巻き、剣帯を身につけると隙のない姿になる。
「マスードを呼べ」
「はい」
家令が下がって、暫くすると五十がらみの恰幅の良い男と二十歳そこそこといったなかなか顔立ちの良い男が入ってきた。
顔立ちが似たところがあるので親子なのだろう。二人とも胸に手を当てて、丁寧に辞儀をする。
「はじめてお目にかかります、軍総司令官ナイジェル様。東の市場にて会所を開いておりますマスードと申します。ここにいますのは、息子のサマンです。以後お見知り置き下さい」
「ああ、呼びつけてすまんな」
「いえ、とんでもございません。ナイジェル様のお役に立つことがあれば何なりとお申し付けください」
「それでは、話しづらい。ここに座って顔を上げろ」
「はっ」
やや緊張した面持ちでマスードとサマンはナイジェルの前に座り、顔を上げた。
ぽかんとマスードとサマンはナイジェルの顔を見つめていた。
「俺の顔に何かついているのか?」
ハッと我に返り、マスードが頭を下げる。
「し、失礼をいたしました。まさか、これほどとは」
もごもごと最後の方は小さくなる。
「まあいい、聞いていると思うが、今俺の俸給も資産も弟のマーリク・イスハークに任せていたのだが、不都合があってな。お前に預けたい」
マーリクの名前を出したところでマスードがピクリと反応する。サマンに至っては明らかに不快そうな顔になる。
それが分かったのかナイジェルは苦笑いする。
「俺の弟は大分評判が悪そうだな」
「はっ、あの」
「今審刑院が調べている最中だ。いずれ、相応の裁きが下されるだろう。弟を増長させ、放置していたのは俺の責任だ。マーリクに被害に遭った者の補償をせねばならない。それを手伝って欲しい」
「それは仰せに従いますが。……本当に宜しいので?」
「ふむ、補償金が足りないだろうか?」
首を傾げるナイジェルにいえそうではなくてと赤くなりながらマスードが言う。
「マーリク殿のやったことの補償は彼自身がするべきではありませんか?」
「だがな、被害を受けているのは近衛大隊の兵士だ。俺の弟でなければ事態はここまで拗れなかっただろう。そう言う意味で俺にも責任がある」
「ナイジェル様がそこまでおっしゃるのでしたら、精一杯お手伝いさせていただきます」
「すまんな」
笑みを浮かべるナイジェルにマスードは真っ赤になり、サマンはぶんぶんと音が鳴りそうなほど首を振っている。
首が可笑しくならないかと真顔で呟いているナイジェルにユタは苦笑する。
そこに家令が慌てた様子で入ってきた。
「あの、ナイジェル様。審刑院の法官がナイジェル様にお会いしたいと申しておりますが」
「マーリクのことだろうか、通してくれ」
家令に案内され、入ってきたのは見知った男だった。
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