告げられぬ思い

ぽてち

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第十二話 ※

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 そこには、にこりと笑う女神がいた。

 腰まで届く、癖のない艶やかな砂色の髪。
 白皙の顔は小さく、切れ長の翡翠色の瞳の周りをけぶるような砂色の睫毛が彩っている。
 ふっくらとした淡紅色の唇は透明な笑みを浮かべている
 生成りの襯衣を押し上げている形の良い乳房は豊かで、頂にある薄紅色の蕾の色がうっすらと分かる。
 折れそうなほど細い腰のからズボンが落ちて臍から下がちらりと覗く。

 細く白くなった手を珍しそうにナイジェルは眺めていた。
「出来るとは思わなかったな」
「な、なにをされているのですか! アクサル様もされてましたが、半日は戻りませんでしたぞ! 軍総司令官としての仕事をどうされるおつもりか!」
「明日は昼過ぎに王宮に行くくらいだ。……アナイリンとリンカはアクサルの態度に心に傷ができたようだ。俺を見ると一瞬怯えるんだ。母上やスライもな。平静を保とうとするあまり余計に辛いらしい。だから、お前を説得すると言って家を出てきた」
 バハディルは息を呑んだ。

 アクサルは大輪の薔薇のような艶やかさがあった。
 今のナイジェルは夕闇に咲く消えてなくなりそうな白い花だった。
「軍総司令官……」
「自業自得だな、どうも俺は人を頼るのが苦手だ」
「スライは貴方を一人でここに来させたのですか?」
「……アクサルは人を寄せ付けなかったようだ」
 膝を抱えて困ったように笑う。

「アナイリンを寝室に誘ったのだが、妙な顔をされてな。アクサルがファーティマに弟か妹が出来ると言ったらしい。実際に身籠っていて気まずくなって、……リンカともうまく行かなかった。慰めてくれたが、久しぶりに一人で寝た。アクサルの記憶が残っているからなのか……ひどく寂しいんだ」
「軍総司令官、奥方様達と話し合ってください。そうすれば」
「そうやって、俺を追い出して死ぬつもりか?」
 鋭くこちらを見透かす眼差しに声も出ない。
「わからないと思ったのか? ふざけるな!」
 ナイジェルが掴みかかってきた。

 軽くなった体重で胸ぐらを掴んできても、大男のバハディルにしがみ付いているようだった。
 着ていた服もほとんど脱げかかって、目のやり場に困る姿になっている。
 ナイジェルもそれが分かったのかひどく焦った顔になる。

 バハディルの胸ぐらを掴んだまま、気まずそうに顔を伏せる。
 何かに気付いて真っ赤になった。
「……お前、なんで発情しているんだ」
「もう少し言い方があるでしょう! だったらそんな悩ましい格好は止めてください!」
「死ぬつもりじゃなかったのか!」
「それとこれとは別問題です!」

 真っ赤になって言い争っていたが、不意にナイジェルが眉を下げる。
「……俺はあの夜のことが忘れられないと言ったらどうする?」
 可憐な淡紅色の唇を震わせて、長い睫毛に涙の粒が光っている。
 涙の膜が貼った翡翠色の瞳は例えようも無く美しかった。

 気付いた時は寝室の布団の上でナイジェルを組み強いていた。
 鈴を振るような可憐な声が、色を帯びて妖艶な嬌声に変わるのに時間はかからなかった。
 白い腰を持って何度も奥まで穿つ。打ち付ける度に形の良い乳房が揺れ、白い喉が仰け反る。
 ナイジェルはどんなに乱れても、清らかな美しさは変わらない。
 決して触れることの出来なかった翡翠色の美しい人が手の中にいる幸福に酔いしれる夢の中を漂っているのだろうか。
 バハディルは自身を抜くとナイジェルの腹の上で吐精した。
 荒い息をつくナイジェルの腹の上の白濁が滴り落ちて、砂色の薄い繁みを穢している様はぞくりとするほど扇情的で、己の暗い欲望が満たされていく。

 汗で額に張り付いた髪を優しくかき上げるとナイジェルが嬉しそうに目を細めた。
 白い腕を伸ばしてバハディルの首に絡みつける。
「バハディル、もっと抱きしめていてくれ」
 その言葉の後は良く覚えていない。
 ぐったりと自分の上で疲れ切ったように体を横たえ、掠れても愛らしい声でそこまでしろとは言ってないと小さく文句を言うナイジェルを愛おしそうに撫でていた。




「えっ、あの別宅を売るのですか?」
 ようやく戻ってきた父親の顔を見る。

「うむ、ついついユーリィ可愛さに勢いで買ってしまったが、維持費もかかるしな。軍総司令官がお気に入ったようで暫くあそこに住まわれると言っていたから、御譲りすることにした」
「あの、別宅に住まわれるのですか? お屋敷にお戻りにはならないのですか?」
「戻られないようだな、ベルナルドが警備を使用人は大叔父上が手配したから問題ない」
「しかし、それでは」
「あの家の者に軍総司令官の行動をとやかく言えると思うのか!」
 顔を紅潮させて、激怒するバハディルにクルバンは何も言えなかった。


 ナイジェルが一人でバハディルを訪ねたことが問題になった。
 ナイジェルがバハディルの説得に時間がかかるかもしれない、遅くなったらそのまま王宮に行くと伝えたことで近衛兵が護衛に付くと勘違いしたスライがナイジェルをそのまま送り出してしまったのだ。
 ナイジェルも誰も家の者が護衛に付こうともしないことに何も言わずに出かけてしまった。

 ベルナルドが王宮に上がるナイジェルを迎えにガーランド家に行くとナイジェルはいないと言う。
 顔色変えてどういうことだと詰め寄ると一人で出かけたことが分かった。
「お前たちは軍総司令官をなんだと思っているのだ! そこいらの市井の男と訳が違うのだぞ!」
 普段、ヘラヘラと笑っているベルナルドの怒号にスライもガーランド家の護衛の者たちも返す言葉も無く項垂れた。

 ベルナルドは元からナイジェルの護衛をガーランドの者がするのをあまりよく思っていなかった。
 ナイジェルがスライを信用し、それに応えていたから飲み込んでいたが、今回のことも彼らの失態だと考えていた。

 それなのに、ナイジェルが皆に頭を下げたことも腹立たしかったし、戻って来てからのナイジェルに対する態度もはらわたが煮えくり返っていたのだ。
 ナイジェルの家族のことだと口出しできず、ナイジェルが悲しそうな顔をするたびに不満を積もらせ、ついに爆発したのだった。

 これを聞いたロークもバスターとスライを呼び出して叱責していた。
 原因をアクサルの態度だと聞いたロークは更に機嫌を悪くした。
 アクサルの事を知る近衛大隊の大隊長たちも眉を顰めた。ナディームに至っては怒り狂っていたとか。
 彼らにとってアクサルはナイジェルの代わりを務め、戻ってくるまで最大限の事をやってくれていた。
 態度の悪さと言っても、多少口が悪いだけではないかと憤慨していた。
 

 ナイジェルは別宅から動こうとしなかった。
 ファーティマを初めとする三人の子供たちとは会ってはいたが、別宅から王宮に出仕し、近衛大隊の兵舎に向かった。
 ベルナルドの意を受けた警護の者が決して子供たち以外のガーランド家の者を入れようとしなかった。
 
 クルバンとしては何とか橋渡ししたかったのだが、ラスロ家の者は大隊長たち以上に怒りを感じているようだった。
 ナイジェルを死なせかけた原因を作ったにもかかわらず、解毒薬を探すのもラスロ家の者に任せきりで、その上アクサルの態度を非難するようなことを口にしたからだ。
「お主らはナイジェル様の優しさもアクサル様の誠意も受ける価値はないの」
 ナイジェルに戻るよう説得しに来たスライを冷ややかに睨み付けグラムが吐き捨てた。


「あの、軍総司令官に会えますか?」
「軍総司令官はお疲れだ。余計なことに関わらせられない」
 父が元に戻ってくれたことは家族は皆ホッとしていた。
 ナイジェルが何か言ってくれたのだろう、その感謝も伝えたい。

 だが、今ナイジェルに会えるのはラスロ家の一部の人間とベルナルド位だ。
 自分もナイジェルが昏倒する原因に関わったので、ナイジェルに会わせてもらえない。

 ブレンドンかグラントが生きていてくれたらと思わずにいられない。
 ナイジェルに諫言できた数少ない人物だったが、先の内戦で戦死した。

 特にブレンドンはナイジェルが私的なことを相談できた唯一の人物だった。
 豪胆で面倒見の良い彼なら間に入って執り成してくれていただろう。
 バハディルもブレンドンには一目置いていたから、彼の言葉なら聞き入れてくれたかもしれない。
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