竜騎士の末裔

ぽてち

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肖像画 後編

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 クルバンは鼻歌を歌いながら、悠然と最近騎兵となって与えられたばかりの栗毛の馬に乗り実家に向かっていた。
 父からの話では今日、家宝の肖像画が修復から戻ってくるとのことだった。

 幼い頃は何度か目にしていたが、何しろアジメール王国初代国王の王妃マヌラから下賜された物なので、数百年経った代物だ。
 最後に目にした時は所々絵の具が剥がれ落ちて、無残なありさまだった。
 あの肖像画はラスロ家への王家の信頼の証だと幼い頃は思っていた。
 そう言うと普段家名を誇る父は何故か複雑な表情になった。
 ラスロ家の年長の親族たちはあの肖像画の人物を「我らの竜騎士ファーリス」としか呼ばない。

 それが誰なのかクルバンは推測できているが、何故だかその名前を呼ぶことを憚られる。

 ともかく、あの絵が無事戻ってくることが無性に嬉しかった。
 そんなことをつらつらと考えながら、実家に向かっていると前方に見知った後ろ姿を二つ発見する。
「おおい、ダダシュ、エルキン!」
「クルバン、今から帰るところか?」
「ああ、今日は休みを貰ったんだ」
「そう、だけど……いいのかな?」
「なにがだよ?」
 きょとんとしたクルバンにダダシュとエルキンは顔を見合わせた。

 クルバンはヴェーラの息子で実子だ。
 ダダシュはヘザーの子供だが、連れ子でバハディルとは血の繋がりがない。
 エルキンはシャノンの弟でラスロ家に居候の身だ。
 今日の宴席はラスロ家に代々伝わる家宝の品が無事修復が終わった祝いの席だ。
 そんな中に自分たちが入っていいのかというのを王立学問所からの帰り道、ぼそぼそと話していたのだ。
 
 その事を告げるとクルバンは鼻で笑い飛ばした。
「そんなこと気にしてたのか、いいか?うちの父上はな、肝っ玉が小さいようで、実際そういうところもまあまああるけど、意外なところが懐が深くもなくはないんだ。……だから、気にするな!」
「ううん? 父上を褒めてるのか貶しているのか分からないけど、ありがとう」
「第一、父上だけの俸給だけで我が家が成り立っているわけじゃないんだからな」
「確かに」
 そう胸を張って言うクルバンにダダシュもエルキンも苦笑する。

 そう言いつつ、只養うだけならバハディルだけの俸給で十分なことを知っている。
 ダダシュやエルキンを王立学問所に入れるのに、どれだけかかるか。
 それを文句ひとつ言わずに通わせてくれるバハディルにもヴェーラにも二人は頭が上がらない。
 クルバンだとてそれは知っているはずだ。それでもこんなふうに言ってくれてただただありがたかった。

 屋敷に着くともう宴席が始まっているようだった。
「あら、クルバンお帰りなさい。ダダシュとエルキンも遅かったわね」
「え、あれ、姉さん。何その恰好?」
 今日は身内の集まりのはずが、姉も妹も矢鱈と張り切った格好だ。姉に至っては綺麗に化粧をしている。
 元から端正な顔立ちなのは知っていたが、別人のように美しい。
「何って、ふ、普通よ。ちょっとジェンマそれは私が運ぶのよ!」
「姉さんはさっき飲み物をお出ししたじゃない、狡いわよ!」
 なんでそんなことが喧嘩になるんだと思いながら、部屋の中を覗く。

 父親と一族の長老である大叔父に挟まれて座っているのは、
「え、なんで、ナイジェル部隊長がいるんだ?」
 その声は結構響いてナイジェルに届いたようだ。
 ふと視線を上げたナイジェルと目が合い、微笑まれてしまった。

 大叔父は眉を寄せ、父親は真っ赤な顔をしている。そんな父親にナイジェルが何事か話しかけている。
 父親は何度か頷き、顔を上げるとクルバンを手招きする。
 己の失態は恥ずかしいが、拒否もできないのでぎくしゃくと手足を動かして父親の傍まで行く。

 遠目でも姿の良い人だと思っていたが、近くで見るとさらに際立っている。
 近衛大隊の部隊長の軍装に身を包んでいる姿は一幅の絵のようだった。
 心配そうに此方を見るヴェーラもいつもより豪華な宝飾品を身につけている。
 美人だが普段は地味な服装の多いヘザーとシャノンも矢鱈とキラキラしている。

「愚息のクルバンです。今は近衛大隊右翼の第二大隊に所属しています」
 「愚」は余計だ!と思いながら頭を下げる。
「ああ、聞いたことがあるな。いつも父君には世話になっている」
「至らない父ですみません。大隊長の地位にいるのが不思議な人ですが、お役に立てているのか家族一同心配でなりません」
 ごふぅとバハディルの隣に座って食事をしていたベルナルドが噴き出す。
 真っ赤になってプルプルと震えだすバハディルにナイジェルは苦笑した。
「そんなことはない、情報を扱うことに関してはバハディルの右に出る者はいない。部隊の運営でも頼りにしている」
「そう聞いて、安心しました」
「クルバン、父に対してそのような口を聞くでないわ」
 そう嗜めたのはグラム老だが、肩が小刻みに震えているのであまり説得力がない。
 申し訳ありませんとグラム老に対してクルバンは頭を下げた。

 その時後ろからかなり強い力でつつかれた。
 振り返ると姉のオクサナだった。
 その後ろにもずらりと兄弟姉妹たちが並んでいる。まだ歩くこともできない弟妹達は三人の妻たちに抱かれている。
「え、なに?」
 圧力すら感じる様な視線をクルバンに当てナイジェルの方に顎をしゃくりながら「お・ね・が・い」と声に出さずに言ってくる。
 ああ、と納得して、兄弟を一人一人ナイジェルに紹介していく。
 そのなかにダダシュとエルキンもしっかり入っていた。
 あいつら、自分は居候だの血の繋がりがないだの言ってなかったか?と思ったが、普通に家族として紹介する。
 ヘザーとシャノン、ニルファーも顔を赤らめて挨拶しているのを横目に父上が嫉妬しないだろうかとバハディルの方を見ると赤い顔のまま俯き、感極まって様に目には涙を浮かべていた。
 ベルナルドがバハディルの肩を叩きながら、苦笑いをしているのでほっといても大丈夫だろう。

 一通り家族の紹介が終わると、ベルナルドとドミトリーの間に座って食事を始める。
 隣のドミトリーが遠くなるじゃないかとブツブツ文句を言っていたが無視する。
 肉団子クーフテと豆の煮込みをとり、口に入れようとしたところで、後ろの方から盛大に腹の虫が鳴る音がする。
 振り返ると縄でぐるぐる巻きにされた小男と仔馬ほどの大きさの羽の生えた蜥蜴が転がっている。

 視線が合うとものすごく訴えかける視線を寄越す。
「ベルナルド様、あれは一体?」
「……我が家の蜥蜴と猿だ。ここに侵入して果樹を食い荒らしていたから、捕縛している」
 ベルナルドの代わりにナイジェルが答える。
 目が笑っていない笑顔に、触れてはいけない事に触れたことを知る。

 その間もひっきりなしになり続ける腹の虫にクルバンはなんだか憐れになってきた。
「あの、ナイジェル部隊長。守護精霊と神竜の御使いを飢えさせるのはいかがなものかと」
「守護精霊?神竜の御使い? いったい何のことだ?」
「そう皆が噂しています、告罪天使に守護精霊と神竜の御使いがついていると」
「とんでもない噂話だな」
 ナイジェルが少し表情を緩めた。
「坊ちゃんは、なんとお優しいお子なのでしょう! 我らを守護精霊と神竜の御使いとは分かっていら」
「黙れ、……俺の子供を殺しかけたくせに」
 シンと静まり返った。クルバンは何故ナイジェルがこれほどまで怒っているのか分かった。
 モラーヴィはさっきの威勢はどこへやら、蒼褪めて俯いてしまった。

 ベルナルドに後から聞いたことによると皿が運悪く腹に当たったアナイリンはほんの少量だが出血していたのだという。
 それに取り乱してしまい、医者が大丈夫だと宥めるまで、ナイジェルに謝り続けていたらしい。
 ナイジェルもあまりのことに茫然自失してしまい、謝り続けるアナイリンを抱きしめたまま、アイーシャや養母のマリアが話しかけても何も反応しなかったそうだ。

「部隊長、あの…お子さんができたのですね。おめでとうございます」
「ああ、だがしばらくはこの事も含めて、黙っていて欲しい」
 ナイジェルの言葉にその場にいた者は真剣に頷く。
 クルバンはその表情を見て安堵していた。
 うつむいたまま冷静に皆の様子を観察していた父とヘラヘラと笑いながら同様に針のような鋭い視線で眺めていたベルナルドに気付いていたからだ。

「承知しました。部隊長のお子さんなんですから、すごい美人になるでしょうね」
「……女児と決まったわけではないがな」
 たとえ男児でもすごい美人になりそうだとナイジェルの顔を見ながら思う。
 クルバンの言葉に少しだけ笑うナイジェルに空気が緩む。

 同時にまた腹の虫が鳴り響く。
 モラーヴィが心底情けなさそうな顔で目から大粒の涙を流していた。
 ナイジェルは溜息を吐くと自分の目の前に置かれていたパンや串焼き肉が載った皿をモラーヴィの前に置いた。
「ベルナルド、縄を解いてやれ」
「宜しいのですか?」
「ナ、ナイジェル様、誠に持って」
「もういい」
 疲れたような声で言うとモラーヴィにはもう目もくれず、出された茶を飲んでいた。
 ベルナルドが縄を解きながら、笑みを消して、次はないぞと真剣な表情で言っていた。

 モラーヴィたちが縄を解かれたのに安心しているとナイジェルがこちらを見ていてるのに気がついた。
「な、なにか?」
「いや、クルバンは優しいのだな」
「それほどでもありません。ただ、食事は皆でしたほうが楽しいですから。飢えた者の横で食べる物はどんなご馳走でも味がなくなります」
「坊ちゃんんん~!」
 涙と鼻水でぐしゃぐしゃになった顔で抱き付いてきた小男を嫌そうな顔になりながらも、振り解けずしかたなく、ポンポンと宥めるように背中を叩く。
「それに聡いな。母君に似たのだな」
 その言葉に嬉しそうにヴェーラは破顔し、頭を下げる。
 バハディルはナイジェルの言葉に衝撃を受けたようで傾いでいる。
 ……父は本当に頼りにされているのだろうか?と思わずにはいられなかった。

「ところで今日はどういう集まりだったのだ?」
 もうこの話はしたくないのだろう、話題を変えるナイジェルにバハディルが答える。
「我が家の家宝の肖像画の修復が終わって帰ってきたのです」
「ほう、先祖のものか?」
「……いいえ」
 何故か言いよどむバハディルは、部屋の隅に置かれていた肖像画に掛けられていた布を取り去った。

 ユタが茫然とその絵を見て、こんなところにあったなんてと呟いた。
「初代国王ボルトレット陛下の正妃マヌラ様から下賜されたものです」
「もしかして、アクサル・クベンタエ卿か、これは」
「!……よくご存じで」
「遺跡調査に行ったからな」
「そうでしたな」
「さすがにバハディルの家は名門だな。王家から下賜されるようなものがあるのだから」
「違います。マヌラ様からのものにございます」
「同じだろうに」
「いいえ、アジメール王家はこの肖像画を下賜することに難色を示されたそうです。国宝にもなりえる品ですからな。所有していたマヌラ様の遺言でしたから、王家も無視することが出来なかったそうです」
「お前たちはマヌラ王妃と王家を分けて話すのだな」
 そう説明するグラム老に不思議そうに言う。
 グラム老はそれには答えず、ただ皺深い顔に笑みを刻んでいた。

「さて、そろそろ戻らないとな」
「ご一緒できて、大変光栄にございました」
 ナイジェルは振り返ると後ろで熱心に食事をするモラーヴィとユタに渡された甘橙を食べるファルハードに眉を顰める。
「部隊長、宜しければ、彼らをしばらく預かりましょうか?」
 ナイジェルの逡巡する様子にそう声を掛けたのはクルバンだった。
「……そうしてくれるか」
「はい」
「すまないな、助かる」
「滅相もございません……」
 グラム老が頭を下げると同時に何かを呟こうとして、押し黙る。
 バハディルやドミトリーらラスロ家の年長者たちも同様に頭を下げた。
「ナイジェル、私はもう少しここにいるよ」
「……他所の家で食事を集るのも大概にしろよ、ユタ」
「酷いなあ」
 踵を返して、部屋から出て行くナイジェルの後姿にユタはそれまでの気やすい雰囲気を消し、恭しいほどの辞儀をする。
「……御言葉のままに、我らの竜騎士ファーリス
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