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第30話 君たちの幸せを願う

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 自分はどうすればいいのかと。
死にたくはない……私を助けてくれるというアルベルトの顔が浮かぶ、次に自分を愛すると言い切った紫紋が。
二人の顔が浮かんでは消える。

「ちょっと飲み物でも……」

 千夏は上着を羽織り、ココアでも作ろうと、キッチンに向かう。
その途中、紫紋の書斎のドアが少し開き、光が漏れている。
急に気になって、覗いてみると、紫紋がたくさんの書物に囲まれて、真剣な様子で調べ物をしているところだった。

「……だめだ、見つからない……私の力が足りないのか……」

 深い溜め息をつく紫紋の苦悶に満ちた顔を見て、息を呑んだ。その途端前のめりになってしまい、物音がたった。
ハッとした顔をする紫紋……千夏は存在を悟られたと、意を決して部屋に入った。

「千夏さん、起きられていましたか」

「……はい、寝られなくて……」

 紫紋は苦笑する。

「この現場は、見られたくはなかったのですが……」

 紫紋の周りにある本は普通の本ではなかった、虹彩の、人間では読めないような文字らしき模様が、本の表紙に刻まれていた。

「この本は……」

 疑念をそのままぶつけてしまうと、紫紋は目をふせてゆっくりと話しだした。

「魔族しか読めない本です、あまり触れないように……人間にはちょっと刺激がつよい力が宿ってるので」

「この本には何が書かれているんですか」

 千夏の言葉に、紫紋は

「悪魔と人間が契約なしでいられる方法です」と答えた。

 付き合う前から……告白されて、自分の気持ちに気づいてしまったときから
この未来は分かっていました。

「悪魔は、人間と何もなしでいられませんから……」

「紫紋さん……」

「わかりきった常識でした……でも、私は、あなたと幸せになりたかったんです……あなたから何もかもを奪いたくなかった」

 悲痛さがこもった声に胸が痛くなる。
きっと千夏も紫紋も諦めが悪い存在だ。
どうなることこそが、最善だと分かっている。
分かっていても、それでもあがいている。

「だけど、見つからないんです……どうしてもっ……」

 余裕のなくした紫紋のことを、千夏は抱きしめた。
ぎゅっと、絶対手放さないように。
なんだろう、危機的な状況なのに、とても嬉しい。

 千夏が紫紋の立場だとしたら、きっと紫紋のように諦めない。
あがいてるだけにすぎなくても、二人は最後まで……同じことをしているだろう。
 本当に愛おしい、この人がたとえ悪魔という種族だとしても。

「紫紋さん……愛してます」

 千夏は優しく囁いた。

「私、あなたのこと、好きになってよかった」

 どんなに揺らいでしまっても、紫紋への愛情は揺るがなかった。
それが全てだ……。どんなことがあって変わらない真実だ。

「あー……やっぱ、千夏さん、その答えを出すと思った」

 部屋に誰かが入ってきた。
アルベルトだった。

「アル君……」

 アルベルトは目元を手で押さえている。

「俺の力で、千夏さんの心を変えることも、可能だけど……そうしたら後ろの紫紋さんがただじゃおかないだろうね」

 アルベルトは頭を横に振る。

「いや、ソレ以上に俺は俺を許せないよ……愛する気持ちを捻じ曲げるなんて」

「ごめん……アル君」

 千夏の言葉にアルベルトはまいったなと笑う。

「やめて、惨めになるから……」

 アルベルトは体を伸ばす。

「まあ、だけど? こんなかっこ悪いままでいられないからさ……俺だってなにかできるってとこ見せてやるよ」

 アルベルトは手を広げる。

「太陽の化身……堕ちしモノ……智慧をさずけし強き賢者よ……我身を持って、今ここで、その姿と意を示せ」

 アルベルトの足元に文様が刻まれ、赤黒く光る。

「じゃあな、二人共……絶対幸せになれよ!」

 文様から炎が一気にあがる。その瞬間ひときわ強く光が走り、千夏は目をつむる。
やがて光が収まったとき……千夏と紫紋の前にローブの人物が立っていた。

「ああ、人間界か……もう、ここに来ることはないと思っていたが……まあ、いい。己の力と交換に対価を支払い、召喚した堕天使の願いを、ここに叶えようぞ」

 赤い炎のような髪を持った壮年の男性。その姿を見て、紫紋は声を上げた。

「師匠……! アモン」
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