上 下
2 / 30

第2話 新しいバイト先に彼がいました

しおりを挟む
 夢を見ていた。内容は散々なものだ。自分の失敗ばかりの恋愛遍歴が、ぐるぐると走馬灯のように駆け巡っている。中学の初恋、初告白して成就した相手は、遊びのつもりだったらしく、すぐに千夏は捨てられ……高校の恋人は、前の彼女が忘れられないと言って、去っていった。大学はじめのころ、好きになった人は……思い出したくない。
 ああ、嫌なことばかりだ。自分は恋愛に適性がないと突きつけられているような結果ばかり……慎太郎に関していえば、失恋して恋に気づくなんて……。

 目が覚めると、ベッドでシーツに包まれていた。しかも裸……なんでと思ったら、昨日のことがおぼろげながらに思い出した。そうだ……自分は、BARで知り合った男と……そう考えると顔が真っ赤になり、勢いよく起き出す。相手の男はと思ったが、サイドテーブルにメモが残されていた。

……そこには自分へのいたわりと宿代を払った旨が書かれている。

 情けなさで頭が痛くなり、千夏は髪をかきあげて深くため息をついた。
とうとうやってしまった……
 元から恋愛には適性がない上に、今回のことでやけくそにはなったけど……見知らぬ男と夜を過ごすことになろうとは、自分に対して呆れ返って、ため息しか出ない。
 それでも、あんなやけくそ状態なのに、相手の男は優しかった。真似に過ぎないと言っていたのは、どういうことだろうと思ったが……。ぼんやりとしていた千夏はスマホで時間を確認して驚いた。今度のバイト先に出向かないといけない時間だ。慌てて身支度を整えると、飛び出すように千夏はホテルを出ていった。

 千夏の親族はハウスキーピングサービスの会社をやっていた。千夏は家事が得意でもあったので、大学のスキマ時間に親族の会社でバイトしていた。前のバイト先が満期で終わり、親族から次にどうだろうかと仕事を斡旋されていた。

 一軒家での仕事。料理を中心にさまざまな仕事を任されているが、一日中ということでないので、大学生活とのバランスが取りやすい……何より家主が穏やかなひとで、契約すると長い付き合いになることもしばしばとか……つまりトリプルA級の優良なお仕事。

 そうであるはずだった。相手の顔を見るまではそうだと思ってた。

「妹尾紫紋(せおしもん)です……家事が苦手で、そこのあたりをよくお任せしてるんですが。今日からはあなたでしたか。よろしくお願いします」

 あっけに取られて言葉がすぐに出なかった。ええ……とすら思っていた。
相手は猫を抱きかかえて、優しく微笑んでいる。その美しい顔立ちが眩しすぎると思いつつ、千夏は言葉を出した。

「はい……派遣されました、井野田千夏(いのだちなつ)です……よろしくお願いします」

 相手はどうやら、覚えていないのか無反応だった。多分今朝まで一緒にいたよね……と千夏は頭をかしげそうになった。そう、新しい千夏の雇い主は、ワンナイトした男の家だったのだ。しかし相手は人の良さそうに挨拶してくれるし、あんなことをしたなんてまったく思わせない態度だった。よく似た違う人なのだろうか……いやそれより……

 あんなに泥酔してべろべろだったし、意識もかなり曖昧だったのに……自分もよく覚えているものだ……
まあ、真相はどうだろうと、何も触れられなかったのは幸いだった。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

挙式後すぐに離婚届を手渡された私は、この結婚は予め捨てられることが確定していた事実を知らされました

結城芙由奈 
恋愛
【結婚した日に、「君にこれを預けておく」と離婚届を手渡されました】 今日、私は子供の頃からずっと大好きだった人と結婚した。しかし、式の後に絶望的な事を彼に言われた。 「ごめん、本当は君とは結婚したくなかったんだ。これを預けておくから、その気になったら提出してくれ」 そう言って手渡されたのは何と離婚届けだった。 そしてどこまでも冷たい態度の夫の行動に傷つけられていく私。 けれどその裏には私の知らない、ある深い事情が隠されていた。 その真意を知った時、私は―。 ※暫く鬱展開が続きます ※他サイトでも投稿中

本日、私の大好きな幼馴染が大切な姉と結婚式を挙げます

結城芙由奈 
恋愛
本日、私は大切な人達を2人同時に失います <子供の頃から大好きだった幼馴染が恋する女性は私の5歳年上の姉でした。> 両親を亡くし、私を養ってくれた大切な姉に幸せになって貰いたい・・・そう願っていたのに姉は結婚を約束していた彼を事故で失ってしまった。悲しみに打ちひしがれる姉に寄り添う私の大好きな幼馴染。彼は決して私に振り向いてくれる事は無い。だから私は彼と姉が結ばれる事を願い、ついに2人は恋人同士になり、本日姉と幼馴染は結婚する。そしてそれは私が大切な2人を同時に失う日でもあった―。 ※ 本編完結済。他視点での話、継続中。 ※ 「カクヨム」「小説家になろう」にも掲載しています ※ 河口直人偏から少し大人向けの内容になります

王太子殿下の執着が怖いので、とりあえず寝ます。【完結】

霙アルカ。
恋愛
王太子殿下がところ構わず愛を囁いてくるので困ってます。 辞めてと言っても辞めてくれないので、とりあえず寝ます。 王太子アスランは愛しいルディリアナに執着し、彼女を部屋に閉じ込めるが、アスランには他の女がいて、ルディリアナの心は壊れていく。 8月4日 完結しました。

だからもう…

詩織
恋愛
ずっと好きだった人に告白してやっと付き合えることになったのに、彼はいつも他の人といる。

犠牲の恋

詩織
恋愛
私を大事にすると言ってくれた人は…、ずっと信じて待ってたのに… しかも私は悪女と噂されるように…

大好きなあなたが「嫌い」と言うから「私もです」と微笑みました。

桗梛葉 (たなは)
恋愛
私はずっと、貴方のことが好きなのです。 でも貴方は私を嫌っています。 だから、私は命を懸けて今日も嘘を吐くのです。 貴方が心置きなく私を嫌っていられるように。 貴方を「嫌い」なのだと告げるのです。

あなたとはもう家族じゃない

ヘロディア
恋愛
少し前に結婚した夫婦だが、最近、夫が夜に外出し、朝帰りするという現象が続いていた。 そして、その日はいつもより強く酒の匂いがし、夫の体温も少し高く感じる日であった。 妻にとっては疑わしくて仕方がない。そして…

処理中です...