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第6話『クライン村③ 村長ボー』

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 朝、目が覚めると、同じベッドの横で寝ていた筈のノーラは既におらず、部屋の中にはアキラ以外は、床の上で寝ているケルンだけだった。
 部屋の外に出ると、ノーラとその家族は既に起きて、みな何処かに出掛けたようだった。
 家の外に出てみると、ノーラの祖母のサマンタが洗濯物を干していた。

「あら、お早うエルフさん。よく眠れたかい?」

「あ、すみません。一人だけゆっくり寝てしまって。」

「いいんだよ。エルフさんはお客さんなんだから。」

「ありがとうございます…
…あ、いや、何かお手伝い出来ることないですか?
 お世話になっているのに何もお返ししないのは申し訳なくて…」

「別にいいのに。あ、そうだ、じゃあノーラと一緒に林にたきぎを取りに行ってくれるかい?」
「ノーラ、ノーラ!」

 サマンタが家のそばの畑の方に呼び掛けると、よく茂った葉の中からノーラが飛び出してきた。

「エルフのお姉さんと、一緒にたきぎを取りに行ってくれるかい?」

「うんっ!」

と、ノーラは勢いよく返事をし、アキラの手を握った。

「ケルンはお留守番しといて。」

と、アキラはようやく目覚めて家の外に出てきたケルンに言い残し、ノーラと一緒に大きなカゴを背負い、村外れの林に向かって出発した。
 カゴの中には、祖母のサマンタから渡された包みが入っている。
「朝ごはんに」と渡してくれたもので、中身は昨晩食べた固いパンだった。

 林の中でたきぎになりそうな木の枝や倒木の欠片かけらなどをたくさん拾い、朝食のパンを食べた後、アキラが更にたきぎを求めようと林の奥に進もうとしたところ

「お姉ちゃん、そっち行っちゃダメ。その向こうには泉があるから。
 今は泉に行っちゃダメなの。」

と、ノーラがアキラに向かって言った。

 (そういや、昨日も言ってたな、泉に行ってはダメだって)

「どうして泉に行ってはいけないの?」

 アキラがそう尋ねると、ノーラは少し言葉に詰まりながら

「つい…つい、最近にね、その…その泉に身投げして死んじゃった子がいるの。」

と教えてくれた。

 (そうか、こんな過酷な生活環境だと自殺を選んでしまう人もいるんだな…)

と、アキラは独り合点がてんでそう思い、ノーラにその子の自殺の原因を聞こうとはしなかった。
 
 二人ともカゴいっぱいにたきぎを拾い、帰途につこうとすると

「お姉ちゃん、このまま真っ直ぐ家に帰るのではなくて、村長むらおさ様のお館に寄らないといけないの。」

とノーラがアキラに向かって言ってきた。

「どうして村長むらおさのところに寄らないといけないの?ノーラ。」

「うん。この村で採れたものにはね、全部、税がかかるの。このたきぎも一部、税として納めないといけないの。」

と、ノーラは辛そうに言った。

 村長むらおさの館に着くと、家人らしき男が門の前にいた。
 その男はアキラを見て驚きの表情を浮かべ、固まってしまったが、ノーラがすかさず

たきぎを納めにきました。」

と、男に言ったところ、家人らしき男は我に帰り

「そ、そ、そうか。ならば入れ。」

とアキラとノーラを門内に通し、庭まで案内した。
  庭に着くと、その家人らしき男が

「そこにカゴを置け」

と命令口調で言ったので

 (こいつ偉そうだな、ムカつく野郎だ)

などと思ったが、ノーラが何も言わずに黙って言葉に従っていたので、アキラも言われた通りにすると、男は無造作にカゴの中からたきぎを両手で取り出し、庭の土の上に置き始めた。

「よし、いいぞ。」

と、男がカゴからたきぎを取るのを止めたが、カゴの中には、ほんの僅かしかたきぎが残されていなかった。

「ちょ、ちょっと!」

 アキラが家人の男に何か言おうとしたが、それを察したノーラがアキラの手を引っ張り、それを制した。
 アキラがノーラの方を向くと、口に人差し指を当てている。
 何も言うな、という意味だろう。

「お姉ちゃん、帰ろう。帰りながら説明するわ。」

 ノーラはカゴを背負いつつ、そう言った。

「おい、待て!」

 帰ろうとしたアキラとノーラの背後から若い男の声がした。
 振り返ると、20歳前後の、茶色い髪のオカッパ頭、小太りで背の低い男がいた。顔中そばかすだらけである。
 そして、そばにもう一人、茶髪オカッパより少し背が高い、黒髪くせ毛の、団子っ鼻の男もいた。こちらは中肉である

「お前、エルフだな?この村の住人ではなかろう。何故ここに居る?」

 その茶髪オカッパが話すと、出っ歯が目立った。

「こちらは我が家のお客さんです。村長むらおさ様。」

と、ノーラがそう言ったことで、アキラは目の前の茶髪オカッパがくだん村長むらおさであると知った。

 (たしかに、貴族のくせに全く品性が感じられんな)

 村長むらおさと呼ばれた茶髪オカッパの若者は、真っ直ぐアキラに近づいて来て、下卑げびた視線でアキラを舐め回すように見てきた。
 そして、ノーラの方を向くと

「お客さんねぇ…お前、前の村長むらおさの家の者だったな?
 長逗留ながとうりゅうさせるつもりなら、このエルフの女にも納税の義務を課す!」

居丈高いたけだかにノーラに言った。

 村長むらおさは、今度はまたアキラの方を見て

「まあ、納められる物が無ければ、お前が館に来て下働きする事でも代替えがきくが…」

などと言ってきた。

 アキラは自分の身体、特に胸や腰回りの辺りをいやらしい目で見てくる村長むらおさが、どういう魂胆こんたんでそのような事を言ってきたのか、すぐに察しがついた。

 (このゲス、今すぐブッ飛ばしてやろうか)

 ノーラがまたアキラの手を引いたことで、アキラはグッとこらえ

「それは無用だ。すぐ村を離れる。」

そう言って村長むらおさに背を向けてノーラと共に足早に館を出た。

 家に戻る途中、ノーラは

「この村では、8割を税として納めなくちゃいけないの…」

とアキラに説明してくれた。

「8割?8割だって!?」

 (重税とは聞いていたが、8割とは…それは最早もはや完全な搾取さくしゅではないか!)

「うん。以前は4割ほどだったけど。」

「どうして、みんな黙って従ってるの?」

「少しでも反抗的な態度を取ると、ムチ打ちの刑にされるの。今まで何人もムチで打たれて、酷い怪我をさせられて…
 それと時々、コロネル男爵様が、いっぱい兵隊達を連れて村を見回りに来るの。
 それで、もう、誰も文句を言うことが出来なくなったの。」

 (暴力と恐怖による支配か…本っ当にどうにか出来ないものか…)

 アキラは怒りに震えつつ、ノーラの家に帰りついた。

 翌朝、アキラが目を覚ますと、村中が騒ぎになっていた。
 村長むらおさのボーが他殺体で発見されたという。
 アキラとノーラ、ノーラの家族も死体が放置されているという林に向かった。
 ケルンもアキラについてくる。

 ボーの死体は、昨日、たきぎを取りに行った林の、ノーラに止められて行けなかった泉の近くに放置されていた。
 一本の木にもたれかかった様な形で座った、その死体には全身に何ヵ所も刺し傷があり、そばに10本ほどの、それぞれ特徴が違う短刀ナイフ様の刃物が落ちていた。
 それぞれ、刃先の部分だけに血が付いている。
 それと、ハンカチの様な四角い白い布もそばに落ちていた。

 その死体を取り巻く状況から一見すると、複数の人間が寄ってたかってボーを刺殺したように見えるが、アキラはこの状況を見るなり違和感を感じていた。

         第6話(終)

※エルデカ捜査メモ⑥

 クライン村は元々、ノーラの先祖を含む少数の人達が開墾した小さな村であったが、作物の育ちが良く、実りも豊かな土地であったため、近隣から移住者が増えて大きくなっていった。
 かつては、その豊かで良質な収穫物を買い付けに、大勢の商人がクライン村を訪れ、その取引による現金収入も豊富であった。
 それらの収入により、ノーラの家にいたっては、本来、貴族や資産家の子弟が通う幼年学校に娘を通わせることが可能になるほどの蓄えがあったが、当代のコロネル男爵が領主となって、一気に状況が悪化した。
 たった2年でここまで村の経済状況が悪化したのは、男爵が、村の人達の蓄えにも理由をつけて、その多くを徴収したからである。
 ホンマ、どうにかならんか?このクソ男爵。
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