犬だけど世界守ることになった

青木ウミネコ

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パパさんの秘密(2)

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 強い陽光が照りつけたかと思うと、冷たい微風が総身を撫でる。
 揺れる川面を横目に見ながら、トシユキくんがリードを引き、その隣をパパさんがゆっくりと歩く。
「最近はどうだ、大学は」
 わずかな沈黙を埋めるように、パパさんが言った。
「まあまあかな。講義は難しいけど、楽しいよ」
「教育学部か。トシユキは先生になりたいのか」
「そうだね。はっきり決まってるわけじゃないけど、それも楽しそうかなって。子供は嫌いじゃないし」
「そうか」
 それきり黙り込んでしまったパパさんの横を、バイクが轟音を残して通り過ぎた。
 トシユキくんはふと足を止めてその方角を見やると、俺の被毛に視線を移し、後ろめたそうに口を開いた。
「親父はどうなんだよ。最近ずっと、帰ってこなかっただろ」
「父さんか。……そうだなあ」
 パパさんはそっと頭上を仰いだ。不可視な汚染によるものなのか、地平に近づくにつれ白練色に姿を変える碧空。まばらに浮かぶ巻積雲の向こうにある、何かを見つめているようだった。
 口を開こうとしたパパさんを遮るように、自転車のベルの音が鳴り響いた。
 見ると、自転車に乗った男子高校生二人がこちらに向かっていた。ブレザータイプの制服を締まりなく着崩し、自転車の前かごに大きな鞄をのせている。
 のんびりと並走する二台の自転車を、何とはなしに見守った。
「進路調査票書いたか?」
「いや、まだ」
「だよなあ。ずっと好き勝手生きてたのに、突然大学がどうとか将来がどうとか言われても、いまいちぴんとこないよなあ」
「突然ってわけじゃないけどな。卒業生座談会とかは毎年あったし」
「そんなもので進路が決まるなら苦労はしねえよ」
「それな」
 その様子を見ていたトシユキくんが、ふと思い出したように言った。
「親父は、なんで研究の仕事にしたの」
「……父さんはな、母さんやトシユキや柴太郎や、皆の笑顔になるものが作りたかったんだよ。日常の苦労や、苦しむ人々を減らしたい。些細なことでもいい。眼前の小さなことしか見えなくなりがちな人間の、脳天をぶち抜くようなことがしたかった。普段見えてるものはごく一部で、世の中にはこんなすごいこともあるんだぞって」
 普段は寡言なパパさんの瞳子が、幼い子供のそれのように輝く。だがそれは刹那で、光輝はすぐに空疎な闇に変わった。
「でも、それは間違っていたんだ。父さんのしてきたことは、これからお前たちを深く傷つけるかもしれない。いや、家族だけでは済まないだろうな。もしあれが使われたら――」
 パパさんはふと、川端の草地に視線を向けた。そこには大きなカマキリの成虫がいて、コオロギを今にも捕食しようとしているところだった。
 そのとき突風が吹き、そのあまりの冷たさに我知らず眼瞼を閉じた。再び瞼を開いたときには、仁王立ちのカマキリも、命を手放す刹那のコオロギも、どこにもいなかった。
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