アンドロイドの歪な恋 ~PROJECT II~

松本ダリア

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最終話 ハッピーエンド……?

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自分の研究室でベネラから話を聞いた暁子は、驚きのあまり飲んでいたコーヒーを危うく吹き出しそうになった。

「ハレーと結婚することになっただって?!」

「ええ。黙っててごめんなさい。暁子を驚かせたかったの。でも、勘の良いあなたのこと……気づいていたでしょう?」

「ああ、まぁ。もしかしたら……とは思ってたよ。でも、本当にくっつくとはねえ。ああ、近いうちにメトロポリス星がひっくり返るね、こりゃ」

「ふふっそうね。ハレーに言ったら困惑してたわ」

「はははっ、そりゃあそうさ。私達にしか分からない冗談だからね」

ベネラは改まると、暁子の目を真っ直ぐに見て言った。

「暁子、ありがとう。あなたが私をハレーに導いてくれた。全部あなたのおかげだわ」 

「何言ってんのさ。私は何もしてないよ。あんた達が勝手に盛り上がっただけさ。でもまぁ、あんたが幸せになってくれたんなら良かったよ。苦しい思いをさせちまってるんだと思ってたからねぇ」

ベネラは微笑んで首を横に振った。

「私、ハレーの子供を産むわ。その時は暁子にお世話になると思うの。よろしくね」

「ああ、もちろんだよ。きっちり面倒見させてもらうからね。それにしても、二人の子供ができたら教授が誰よりも喜ぶだろうねぇ、きっと」

「ふふっ、確かにそうね」

二人はそう言って笑い合ったのだった。



その後、シリウスは大人しく雄飛の検査を受け続けた。ある日、雄飛はコアを管理するチームと共にシリウスの調査を進めていた。すると、道円が解明した謎、それから動物と言葉を交わせるという特殊能力の他に驚くべき事実を発見した。

「コアが成長してる……?!」

「……えっ?」

太宙たそら博士、どういうことですか?」

「みんな、ちょっとこれを見て欲しい」

雄飛はパソコンの画面を研究員達に見せた。そこにはコアの数値が表示されていたが、前回データを取った時に比べて明らかに能力値が高くなっていた。

「異常は特に見つからないし、これは……」

「確かに、成長してるってことですよね……?」

「す、凄い……新発見だよ!これまでコアは成長することはないと考えられてきた。でもシリウスのコアは確実に成長している。コアはアンドロイドの生体に影響を与える。だから、シリウスは子供のままじゃない。きちんと成長する。大人になるんだよ!」

「す、凄い発見ですね、博士!」

「でも、何でシリウスのコアだけなんでしょう?」

「……もしかしたら、その突然変異の影響なのかもしれない。もう少し詳しく調べる必要があるけど、まずは大発見だ。みんな、ありがとう!」

研究員と雄飛は手を取り合って喜んだ。雄飛は、これらを水端流に報告した後、道円が解明した謎と特殊能力の件、そして今回自分達が発見した新事実を盛り込み「子供アンドロイド及び、動物型、人間型アンドロイドの研究成果」という題で論文を発表した。その論文は高く評価され、雄飛は子供アンドロイドの開発者として一躍有名になった。

政府は雄飛の研究を最大限に評価し、プロジェクトへの支援金予算を大幅にアップした。更に、兵器にされかけた多くの動物を救ったということで、シリウスの勇気ある行動が動物愛護団体から高く評価され、感謝状が送られた。アンドロイドに感謝状が送られるのは初めてのことだった。

また、ハレーは戦闘能力の高さを買われ、防衛軍への入隊を政府から勧められた。厳しい試験を突破し、無事に合格。入隊が正式に決まったのだった。

連日の嬉しいニュースに水端流は上機嫌で、頻繁にセンターを訪れては各チームやアンドロイド達への激励に回ったのだった。

「教授の奴、あんなに俺のことバカにしてたのに手の平返したように……」

自分の研究室で雄飛はため息を吐いた。パソコンのキーを叩く音がやけに大きく、苛々いらいらしているのが分かる。イオは彼をなだめるように言った。

「まぁまぁ。認めてくれたんだから良いじゃないの」

「そうだけどさ……」

と、その時だった。ドアを叩く音がしたので雄飛が「どうぞ」と言うと、ハレーが入って来た。思わぬ訪問者に雄飛とイオは驚きを隠せなかった。

「よう、おふたりさん」

「ハレー……どうしたんだ?」

ハレーは躊躇ためらいながら、しばらく頭を掻いていた。が、やがて意を決したように口を開いた。

「その……お前らには悪いことをした。本当に申し訳ない」

「えっ……」

「ハ、ハレー?い、一体なんのこと?」

イオが困惑したように言う。

「ほら、その……オレは前にイオのことを無理矢理……だから、傷つけてしまったんじゃねぇかって……雄飛のことも2回も殴っちまった……」

ハレーはぎこちない様子で何とか思いを言葉にしようと必死に話を続けた。

「と、とにかく、オレはお前らを傷つけた。今更だと思われるかもしれねえ。だが、オレ、今になってようやく気付いたんだ……本当に悪かった」

雄飛とイオは信じられないというような顔でハレーのことを見上げていた。ハレーは大きく頷くと、一番大事なことを伝えるため、勇気を振り絞るように拳を握りしめた。

「……なんつーか、オレは今は、お前らのこと仲間っつーか、家族?みたいに思ってんだ。ああ、小僧もベネラもだぞ。いや、このセンターにいる全員だ。また何かあったらオレが守る。雄飛、お前が小僧を守るために命を賭けたようにな」

雄飛は感激のあまり胸が熱くなった。イオのブルーの瞳からは涙が溢れた。

「ハレー、君がまさか……こんなに思いやりのある人だったなんて……いや、違う、きっと……」

雄飛が言葉を詰まらせると、イオがハレーの両手を取って、代わりに言葉を続けた。

「色々なことに思い悩んで、そう思えるようになったんでしょう?」

「あ、ああ。まぁ……そんなとこだろうな」

二人にまさかこんなに感激されるとは思っておらず、ハレーは少し驚いていた。と、同時にかつての自分がどれだけ二人に嫌われ、二人を傷つけていたのかということを改めて思い知らされ、ハレーの胸がまた少し傷んだ。

「ハレー、ありがとう。俺は君が嫌いだった。でも、今は……大切な仲間だ」

「アンドロイドのアタシには家族がいない。でも、今は雄飛とシリウスがいる。そして、ハレーとベネラ姉さんがいる。二人はアタシにとって……兄姉(きょうだい)みたいなものかな?だからハレー、アタシも同じ気持ちなんだよ」

「お前ら……ありがとうな」

ハレーはそう言うと、二人に手を伸ばした。そして大きな手でそれぞれの肩に手を回し、二人を抱き締めたのだった。



その数ヶ月後のことだった。ベネラが遂に子供を出産した。人間が産む子供よりも少しだけ大きなサイズの、女の子の赤ん坊だった。

「……やっと会えたわね。私とハレーの愛しい子」

元気に産声を上げる赤ん坊を抱き、愛しそうな眼差しでベネラはその子を見つめた。と、その時。ハレーが部屋に飛び込んで来た。

「生まれたのか?!」

「ハレー、静かにしとくれよ。あんたは図体ずうたいがデカいんだから」

暁子がピリピリしながら言った。

「だってよ、生まれるまでオレはこの中に入れねえつうんだから仕方ねぇじゃん。オレは部屋の外でずっと待ってたんだぞ」

ハレーはそう言うと、ベネラが抱いている赤ん坊の顔を覗き込んだ。

「おっ!たれ目か……ベネラ似だな。可愛いじゃねぇか」

「このちょっと生意気そうな感じの口元はあなたね」

「ふん、うるせぇよ。ところで……こいつは人間の赤ん坊なんだよな?体内はどうなってんだ?」

ハレーは赤ん坊の頭を撫でながら暁子に尋ねた。

「まだ詳しく検査してないから分からないが、恐らく人間だよ。アンドロイド……ではないはずさ。あんた達がやったことは凄いことだよ。アンドロイドが人間の子供を産むなんてさ」

ベネラとハレーは顔を見合わせた。

「確かに、そうだな」

「ええ、まだあまり実感は湧かないけど……」

すると、暁子が思い出したように言った。

「ああ、そういえばハレー。あんた、イオと雄飛に謝ったんだって?イオから聞いたよ」

「えっ?そうなの?」

ベネラは驚き、ハレーの顔を見た。ハレーは少し気まずそうに頭を掻いた。

「あ、ああ、まあ……」

「イオ泣いてたんだよ。謝ってくれたことよりもハレーの心がそんな風に変わったこと、成長したことが嬉しいってね」

ハレーは少し考えると、ゆっくりと口を開いた。

「なんつーか……ベネラに会ってからだ。あいつらのことを考えるようになったのは。見ての通り、オレは単純な男だ。好きだと思ったら突っ走る、嫌いだと思ったらそれをぶつける、それが普通だと思ってた。だからよ、オレにはベネラの考えてることがさっぱり分かんなかった。イライラしたり、この辺りがズキズキすることもあってよ」

ハレーはそう言って胸の辺りを掴んだ。

「それが『傷つく』ってことなんだって、ある日気づいたのさ。それで、ふとあいつらの顔が浮かんだ。オレはもしかしたら、あいつらにとんでもないことをしたのかもしれねえって。だが、どうしていいのか分かんなかった。オレが謝る?あいつらに?すげえ葛藤した。そんな時に小僧がさらわれて、あいつらと話をして正直、驚いた。あいつら、いつの間にかずっと先に進んでやがった。小僧が生まれたことであいつら、大人になってた。だからオレも変わらなきゃならねえ、そう思ったってわけだ」

「ハレー……」

「だからその……全部お前のおかげなんだ。ベネラ、ありがとうな」

ハレーの真っ直ぐで素直な眼差しに、ベネラは目頭が熱くなるのが分かった。彼が成長するために自分は必要な存在だったということに気づいたからだ。

「私が今までやってきたことは……全て無駄じゃなかったのね」

「そうだよ、ベネラ。色々大変な思いをさせちまったかもしれないが、全部あんたの……いや、あんた達二人の為になって、本当に良かった。私も嬉しいよ。なんていうか……あんた達の母親になったような気分さ」

暁子はそう言って今まで見た事もないような素直で優しい微笑みを浮かべた。

「ふふっ確かにそうね。私にとって暁子は仕事のパートナーだけど、母親がいたらこんな感じなのかしら?……そんな風に思ったこともあるわ」

「暁子は初めてオレを罵倒ばとうした女だぜ。ベネラよりも前にな。怖い母親の話をよく聞くけどよ、オレもその……母親がいたらこんな感じなのか、オレのことを容赦なく叱ってくれるのかって思ったことあるぜ。ベネラと一緒だ」

「なんだ……私達、三人とも一緒だったのかい。じゃあ、この赤ん坊は私の孫だね」

暁子の言葉に三人は笑い合った。

「ところで……名前は?もう決めたのかい?」

ベネラとハレーは顔を見合わせて嬉しそうに笑った。

「ベネラが決めてくれた。オレにはそういうセンスがねえからな」

こころざしに希望の希、と書いて、志希しきよ。どんな困難があっても希望を持って、強い思いで前に進んでいけるように」

「まあ……二人の子供らしい。良い名前じゃないか。志希、よろしくね」

志希はベネラの腕の中、三人の和やかな雰囲気に包まれ、安心したように寝息を立てていた。すると、ベネラが思い出したように口を開いた。

「ねえ、そういえば……彗は?最近、顔を見てない気がするわ」

その途端、ハレーと暁子が困惑した表情で顔を見合わせた。

「えっ、どうしたの?何かあったの?」

「いや……実はあいつ、最近ちっと様子が変なんだよな」

「様子が変って……どんな風に?」

「ほらよ。あいつ、ドジだけどいつもヘラヘラしてて優しいだろ?でもよ、最近はずっと暗いんだよ。たまに見た事もないような顔することもある」

「だから、何か悩み事があるなら言いなよって声掛けたんだけどねえ……大丈夫だから放っておいてくれって言うのさ」

暁子とハレーはそう言って複雑そうな顔をした。

「そうなの……何か抱え込んでいないといいわね」

ベネラは彗の素直な笑顔を思い出した。そして、時折見せる切ない表情も。不意に胸騒ぎがした。悪い予感が当たらなければいい、そう思ったのだった。


***


その日の夜、雄飛とイオとシリウスの家から見える浜辺を一人の若者が彷徨さまよい歩いていた。周りには誰もおらず、ただ静かな波音だけが暗闇の中、響き渡っている。

肩につくぐらいの純白の髪はボサボサで、細身の体に汚れていてダボっとした白いトレーナーを身に着けている。女性にも男性にも見えるその中性的な顔は、誰もが一目で心を奪われる程、美しく整っている。若者は弱っている様子で、ヨロヨロと体を大きく揺らしながら、やっとのことで歩いていた。

「ここ、どこ……?」

時折辺りを見回して様子を伺う。まるで、失った自分を探すように。


TO BE CONTINUE――

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